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018_サイドル

 


 昨日は大変なことが起きた。

 このアルグリアの町を治めておられるエイバス伯爵のご息女であるアルテリアス様が盗賊に襲われ危ういところだったというのだ。

 アルグリアの町はボルフ大森林に近く、周辺の魔物のレベルも高いので盗賊など十数年出ていないのに、だ。

 他の土地ならともかく、おかしなことが起こるものだと報告を聞いて不思議に思いその盗賊のことを調べるように指示をした。

 最近のエイバス伯爵は受難続きで、何かにとり憑かれているのではと少し心配だ。


 幸い、今回の盗賊騒ぎでアルテリアス様が攫われることはなかった。

 危ないところを黒髪の、着ていた服も黒の黒づくしの人族らしき少年に助けられたというのだ。

 この土地にも黒髪の者はそれなりにいるが、伯爵家の姫様を助けたならば褒美がもらえるのでそのまま立ち去ることはしないはずだ。

 そう言えば、ラーデ・クルード帝国で召喚された勇者様たちが黒髪黒目だったと聞いている。

 しかし勇者様がこのアルグリアの町に向かったとは聞いていない。

 それにこのアルグリアの町があるテンプルトン王国は勇者様を召喚した国々とはあまり良い関係ではない。

 彼の国々は人族至上主義を掲げるラーデ・クルード帝国と考えが近い国々であり、このテンプルトン王国は獣人族と人族が共存する国だ。

 つまり人族至上主義の国々とは考え方や風習が違い、勇者召喚をする時も蚊帳の外に置かれている。

 そんな関係上、最近は特に関係が悪化しており、召喚国からの人族の流入においては厳しい監視がされている。

 つまり勇者様がこの国に入ったとなればそれなりの情報が私の元に上がってくるはずなのです。

 アルテリアス様を助けたという黒髪黒服の少年は一体何者なのでしょうか?


「商会長、米をお探しの客様がお見えです」

「わかった……」

 そう言えば、勇者様は米が主食だと聞いたが、まさかな……

 パンが主食のこの町で私が米を扱っているのは、僅かだが米の愛好家がいるからだ。

 しかもその愛好家たちは富裕層でありそれなりの権力を持っているので、品揃えを売りにしている私の店に米が置いていないと嫌味を言ってくるのだ。

 だから私もムキになってしまい米を仕入れ愛好家たちへ販売している。

 まぁ、私のプライドの問題なので利益などない状況なのだ。米の愛好家たちは他の商品も多く購入して下さるのでそっちで利益を上げれば店的には美味しいのだ。


 さて、米の愛好家の相手でもするか。

 私は座り心地の良い椅子から腰を浮かせ米の陳列スペースに向かった。

 そして私はそこで異様な光景を目にした。

 そのお客様は何というか、オカシイのだ。

 何がオカシイと聞かれると形容しがたいのだが、とにかくオカシイのだ。

 非常に曖昧な存在というか、ゴーストが恐ろし気な真っ黒な熊のコートを着ている感じと言えば良いのか……とにかく不思議な存在なのだ。


 目を凝らしてそのお客様をジーっと見ると姿を視認できる……しかも黒髪黒目の少年だった。

 まさかとは思ったが、特徴が合致する。

 私は件の黒髪黒目黒服の少年と邂逅したのだ。


 米の説明を聞いていたその少年は面白いことを呟いた。

「こっちが長細い品種ニャン、それでこっちが卵型の品種ニャン」

「長細いのはタイ米っぽいな……こっちの卵型の品種はジャポニカ米か!」

 ジャポニカ米、これは報告にあった勇者様がよく口にした言葉だったはずだ。

 つまり目の前で米を物色している少年は勇者様となんらかの関係があると見て間違いないだろう。


 氏名:ツクル・スメラギ

 ジョブ:調理師・レベル二十

 スキル:【調理】【着火】【解体】【鑑定】【素材保管庫】


 思わず【鑑定】を使ってしまった。

 私が見た少年のステータスはどこにでもいる普通の『調理師』のものだった。

 ただ、何かがオカシイと私の勘が言っている。

 その姿と良い、何かがオカシイのだ。

 そこで今度は少年が腰に携えている剣を【鑑定】してみたが……文字化けしていた。

 自慢ではないが、私の職業は『豪商』だ。その『豪商』のスキルである【鑑定】を発動させ今まで文字化けなどしたことはない。

 おかしい!だから黒い熊のコートも【鑑定】してみたが、こちらも文字化けした。

 何だと言うのだ……


「卵型を十袋くれ」

「有難うニャン!」

「おやおや、これは有難う御座います」

 私は少年に声をかけた。思わず声をかけてしまったのだ。

 彼の素性を確認するのと、何よりも彼の目的を知る必要があると思ったからだ。

「ん、アンタは?」

「私は当サイドル総合商店の商会長をしております、サイドルと申します」

「その商会長さんが俺に何か用か?」

「いえいえ、米を購入頂きましたのでご挨拶をと思ったまでで御座います。ところでお客様は初めてのご来店でしょうか?」

「ああ、昨日この町に着いたばかりだ」

 アルテリアス様の襲撃事件と同じ日です。

 間違いないでしょう。

「それはそれは、これからも当店を宜しくお願い致します」

「米が美味かったらまた来るよ」

「はい、お待ちしております。プリルや、商品の用意を」

「はいニャン!」

「大丈夫だ、ここからここまでの十袋をもらっていく」

 彼は十袋もの米を私の目の前から消し去った。

 たしか彼のスキルに【素材保管庫】というスキルがあったが、【素材保管庫】にそれほど多くの米を収納はできない。

 これほどの米を収納するにはそこそこのアイテムボックスだと思うが、そんなアイテムを身に着けているようには見えないが……文字化けばかりの装備、気になる。

「おや、お客様はアイテムボックス持ちでいらっしゃいましたか」

「そんなもんだ。会計を頼む」

 否定も肯定もしませんか。

 まぁ、良いでしょう。今回は顔を売るだけで十分です。


 彼が帰った後、私は従業員たちに「今後、あの黒髪黒目の人族の少年が現れたら私へすぐに報告するように」と指示をして店内を見回ることにした。

 今朝はあの奴隷も入荷したし、黒髪黒目の少年が現れたし面白いことが起きるのではないかと沈んでいた心を高揚させる。


 さて、私は商会長室に戻って書類のチェックでもしよう。

 と思っていたらまたあの黒髪黒目の少年が来店した。

 偶々カウンターの傍を通った時の出来事だ。

「おや、先ほどぶりで御座います。今回はどのようなものをお探しでしょうか?」

 すかさず声をかける。

 この機会を逃すようでは商人などやっていられない。

「すまないが、鍋や食器などを購入したい」

「それでしたら三階ですね。ご案内します」

 私が案内をし、三階まで階段を上がる。

 最近、年のせいか階段を上がると息が少し弾む。

 私は犬の獣人なので体力にはそれなりの自信があるが、寄る年波というやつだろうか、息が切れる。

「こちらになります」

「いらっしゃいませ~、あ、オーナー!」

「これ、オーナーではありません。商会長と呼びなさい!」

「は~い」

 まったく、彼女はいつまでも私をオーナーと呼ぶ。

 しっかり教育しなければ。

 彼はそんな私たちを苦笑して見ていた。そして商品を見て回り始めた。

 暫く鍋の棚を見ていたらある商品の前で立ち止まる。

「魔圧鍋が気に入られましたかな?」

「魔圧鍋……いや、珍しいものが置いてあるなと思っただけだ」

「魔圧鍋を知っておられるのですか?」

「知っているというほどでもないけどね」

 ほう、しかし魔圧鍋は最近発売されたばかりの新商品だ。

 それを知っているとはますます彼のことが知りたくなる。


 彼はいくつもの鍋やフライパン、食器類を購入して下さった。

「毎度ありがとうございます」

「しかしサイドルさんの店は品揃えが凄いな」

「当店は食糧から奴隷まで何でも扱うのが自慢でして、はい」

「奴隷……も、いるのか?」

 おや、奴隷がきになるのですかな?ならば!

「はい、せっかくなので見ていって下さい。こちらです!」

「え、いや、俺は……」

「見るだけでも大丈夫ですよ!」

 少し強引だったが、彼を地下の奴隷販売エリアへお連れした。

「こちらです。奴隷は販売、買い取り、そしてレンタルを行っております」

「レンタル?貸出も?」

「はい、お客様は奴隷にあまり詳しくないようですね。ご説明しましょう」

「お、おう。頼む」

 少し引き気味の彼に奴隷の基本をお教えする。

「奴隷には二種類ありまして、一般奴隷と犯罪奴隷ですね―――――」

 説明をしながら奴隷を見ていく。

 そして少し長くなりましたが、奴隷の説明を終え私は彼を見る。

 彼は興味深々といった感じで奴隷たちを見ていた。

「いかがですか?」

「この店では犯罪奴隷は扱っていないのか?」

 よし、きた!

「扱っておりますが、多くはありません。犯罪奴隷をご覧になりますか?」

 犯罪奴隷の末路は酷いことになるのが多い。

 だから私は回転が良くそれなりの儲けになる犯罪奴隷をあまり扱わないのだ。

 商人としては情に流されてはいけないのだが、どんな商品にでも愛情を持って接するのが私の信条だし、それが奴隷とはいえ人間では酷い未来を与えるのは私は嫌なのだ。

「参考にまで見せてもらいたい」

 彼が希望するように私は奥の頑丈な扉で隔てた犯罪奴隷エリアに案内する。

「けっ、若造が!?」

「お兄さん、良いことしてあげるから買わないかい?」

 檻の中から悪態をつく者や色仕掛けで買われようとする者が声をかけてくる。

「黙りなさい!」

「「っ!」」

 お客様に喋りかけるのは禁止している。

 ルールはルールとして厳しく奴隷を教育しなければいけません。

「これが犯罪奴隷です。凶悪な犯罪を犯した者を長期刑や終身刑にして牢獄に繋ぐよりもこうして奴隷にして社会の役に立てようという考えの奴隷です」

「それが鉱山や戦争などの劣悪な環境ってわけか」

「はい、そうなります」

 犯罪奴隷を所有される方は少ない。

 最も多いのは領主様、そして次に鉱山などを所有している商人が多いのだけど冒険者や傭兵も犯罪奴隷を購入することがある。

 安価で人権がない犯罪奴隷は劣悪な環境下で使い捨てができることから需要は多いのだ。

 残念ながら一般奴隷のように権利を認められていないのが犯罪奴隷なのだ。

 そんな中、彼の視線がある一点で止まる。

 あの子は今日入荷した犯罪奴隷です。しかも恐らくは冤罪で犯罪奴隷となったはずの子なのです。

 彼女は私の友人の娘です。残念なことに友人は二年前に他界してしまいましたが、私は彼女が幼いころから知っていることに変わりはありません。

 今回の彼女の罪状のような凶悪なことができる子ではないと私は知っているのです!

「あの子は?」

「……あの子はですね……」

 何と言えばよいのだ?領主の息子を殺した大罪人。

 冤罪と言えど領主の息子を殺した罪を負った彼女は生涯犯罪奴隷の身分から解放されることはない。無罪を立証しない限り……

「彼女は本日入荷したのですが……ある貴族の家で魔法士として仕えておりました。その貴族の子が殺される事件が発生しました。その時に近くにいた彼女が犯人だということになりまして……」

「彼女が犯人ではないと思っているのか?」

「分かりません。分かりませんが、裁判で有罪となりましたので……」

「ふ~ん」

 もしかしたらこの黒づくめの彼に彼女を託せば……今日初めてお会いしただけの彼にそんな重い奴隷を売るのは憚られるが……私の勘は彼ならと訴えてくる。


「サイドル殿!カナンを買い受けたい!」

 最悪な人が来ました。

 黒づくめの彼を押しのけ私に声をかけたので黒づくめの彼が不機嫌な顔をするのが見てとれました。

「これはドックム殿、よくお越し下さいました」

 この男は領主様に仕えるドックムだ。

 筆頭魔法士としての地位を鼻にかけ立場の弱いものをいたぶる最低の男だ。

「挨拶はよい!そこのカナンを買いに来たぞ!」

 彼にだけは彼女を売るわけにはいきません!

「申し訳ありません、カナンは……」

 私は無意識に黒づくめの彼を見てしまった。

「ん?どうした!?……なんだ貴様は?」

 ドックムは黒づくめの彼に気づいたのか、彼に声をかけるが相変わらず無礼な態度をとる。

「それは俺の言葉だ。俺が先にサイドルと話をしていたのに厚かましい奴だな」

「なっ!貴様!?」

 黒づくめの彼は言いにくいことを歯牙にもかけずに言い放った。

 怖いもの知らずなのか、権力に何かしらのコネがあるのか……

「サイドル。カナンは俺が買うことになっていたはずだが?」

 そんな話はしていなかったが、彼は私の思惑を感じ取って下さったのだろう。

「は、はい……お客様にお売りすることになっています……はい……」

「何を言っているのだっ!あれはこのドックムが買うと決まっているのだ!」

「そうなのか?」

 首を傾げ私に確認をされるその太々しさが頼もしい限りです。

「い、いえ、お客様の方がドックム殿よりも先に購入するとお約束頂きましたので、はい」

「何だとっ!?」

「五月蠅いな、大きな声を出すな。まったく常識を知らぬ奴だ」

「き、貴様っ!」

 煽りますね。私もドックムは好きではないので構いませんが、後始末は私がしなければならないでしょう。


 その後、ドックムは憤慨し彼に詰め寄ったが、私が領主様と懇意にしていることから辛うじて説得に応じ帰っていった。

 ドックムが帰ると残った黒づくめの彼が私の肩に腕を回し言うのだ。

「貸し一つだぞ」

 中々に強かなお方のようだ。

「はい、このサイドル、作った借りは必ずやお返しします」

「そう願いたいものだ」


 カナンをツクル・スメラギ様に五十万ゴールドで販売し奴隷契約を行う。

 スメラギ様は見すぼらしい見た目のカナンに服と靴を与え黒いコートでカナンを包み込み帰っていった。

 今後もスメラギ様とは長い付き合いをしたいものだ。

 そしてカナンの未来に光がさすことを祈ろう。


 

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