2話
私の自室としてエレニアンに案内されたのは豪華な広い部屋だった。王城の客室のうちの一つで、きらびやかな調度品がまぶしい。白いレースにベルベットの赤いカーテンが垂れた大きな窓に、細やかな装飾の執務机とふかふかであろう執務椅子。さらにこれまたふかふかであろうソファに金縁のローテーブル。この部屋に繋がっている隣部屋は寝室で、反対隣はクローゼットルームだと説明された。
部屋の中央に、窓を背にしてこちらを向くように背筋を伸ばした三人の少女が立っていた。三人お揃いの薄桃のメイド服すら美しく、私が着ているスーツがあまりにも不釣り合いだ。
着替えたい。着替えも持ってないけれど。何も持ってないけれど。
咄嗟にスマホくらいは掴むべきだった、使えないとしても。
「こちらが勇者様に付く次女たちです。順に挨拶を」
「マーガレットです」
「オリーブです」
「ベリーです」
「ザクロです」
エレニアンを見て頬を染めている少女たちが、順にスカートの裾を摘んで可愛らしい声が四つ、挨拶をしてくれた。揃いのロングスカートのメイド服を来ていて、大変可愛らしい。
なぜ私でなくエレニアンを見ているのか等と驕った考えはない。あんなイケメンがそばに居れば見ておいた方がいい。目の保養だ。
ん?三人?四つ?
「あの、三人しか?」
「あぁ、失礼しました勇者様。彼はあまりにも恥ずかしがりやでございまして、透明化の魔法を使ってこのように姿を消してしまうのです」
不思議がる私に一番年長らしいマーガレットが、先ほども注意したのですが、と申し訳なさそうに教えてくれた。
彼?透明化?魔法?そのどれもに説明がほしいんですけど、マーガレットさん!?
「またです!?」
話についていけてない私をよそに、一番年下らしいベリーがぷりぷりと怒りながら隣の何もない空間をガッと掴んだ。するとその拳あたりにじんわりと色が滲み、これまた可愛らしい少女が現れた。掴まれたのはスカートのようで、必死にベリーの手を剥がそうとしている。
そっくりの背格好や顔立ちから二人は双子かな、と思う。
「んもー!ザクロ!また姿が隠れていましたよ!」
「ちょ、やめろベリー!なんで姿消してるのに場所がわかるんだ!?」
「そんなの、あなたの姉なんだから当たり前です!」
「嗅覚に頼ってる癖に偉そうに!」
「わたしはザクロより偉いです!」
「あらあら、二人とも。大切なご挨拶なのだから喧嘩はおやめになって?」
おっとりとオリーブが声をかけるが二人は自分たちの声で聞こえていないようだ。
マーガレットは私とエレニアンに向かって一生懸命頭を下げている。
「大変申し訳ありません!きつく言ってきかせますので!」
「いやいや!お気になさらず!大丈夫!何も気分とか害していないから!」
私も一生懸命手を振って、マーガレットに気にしないよう伝える。
ちらっと双子を見たマーガレットは般若の顔をしていた。
私はエレニアンに助けを請おうと仰ぎ見ると、青い瞳と目が合った。驚きに見開かれたかと思ったらすぐににっこりと微笑まれた。
いや、あのこの状況をなんとかしてほしいんですが。
思いが伝わったかのように、エレニアンはパンパンと手を打った。
さすがに四人はばっとエレニアンに向き合いさっと姿勢を正した。
「では四人は勇者様のお着替えの準備をよろしくお願いします」
「かしこまりました!」
エレニアンが短く指示を出すと、マーガレットが代表して返事をしさっと動き始めた。
繋がっている隣部屋へ行ったり、部屋に積まれた箱を開けたりしている。
もしかしてあのジャラジャラした重そうなネックレスは私用なのだろうか。
私はザクロが持ち上げた、エメラルドのような宝石がたくさんついたネックレスを見ておののいた。
「勇者様のお部屋ですのでご自由にしてくださってよいのですよ」
「じゃあ」
エレニアンに言われ、キョロキョロと四人を見ていた私はやっぱりふかふかだったソファに座った。向かいの席をエレニアンに勧めたが騎士だからと断られてしまった。
ソファといっても日本で見慣れたものより少し高い。ダイニングチェアほどはある。
「城内を説明する前に、この世界についてお話しましょうか?」
「出来るだけ詳しくお願いします」
「ふふ。勇者様は楽しい方ですね」
エレニアンが声を出して笑った。ふふ、だけではあったが。
そのあまりに美しい光景に、忙しなく動いていたメイドたちも一瞬固まった。しかしすぐに我に返り、マーガレットは私に髪とペンを渡してくれた。鉛筆のようなものとざらざらしてはいるが薄いそれの使い方は、説明されずとも理解できるものだった。
「まず、この世界にはいくつもの種族があります。二足歩行で主に生活するヒューマン系。勇者様や私はこれにあたります。一番数の多い種族です。寿命は個体差がありますが100年前後です。僧侶や魔法使いの仲には何百年と生きている長老達も居ます。魔法により動いたり話したりする物や動物をモノマル系といいます。これは町に多いです。植物や実体の無い煙などはオーラ系。彼らは知恵のある物が多く個体数が少なく大切にされていることが多いです。寿命も他と比べて極端に長いです。あとはモンスターと魔族です。一般的には話せて二足歩行の者を魔族と呼びます」
「なるほど。種族がいっぱいですね」
「さらにすべてが属性を持っています。基本的に属性は五つ。火、水、土、草、雷それぞれの属性を持っており得意とする技に個人差が現れます。中には複数の属性を持つ者も居ます。また、技は無属性の物も多々あります。そしてここは重要なのですが、魔王は闇属性を持っていると言われています」
「火、水、土、草、雷のどれとも違うんですね」
猛スピードでメモを取っている私は相槌を入れるのでいっぱいいっぱいだ。自分の持っているファンタジー映画やゲームの知識で補いなんとか説明についてきていた。
エレニアン先生も、真剣な生徒の態度にうんうん、と満足そうに頷いている。
「だからこそ魔王は攻撃が効かないのでは、とも言われています」
「ああ。てことは光属性なら?」
「そうなんです!さすが勇者様!」
エレニアン先生は優秀な生徒の相槌に、嬉しそうに破顔した。微笑的なことで言えばずっと破顔しているが。
「ええ、勇者様の持つ光属性だけが魔王の持つ闇属性に対抗しうるのです。さらに世界には勇者様のためだけの装備が隠されているとか本当にどこまで王道…おっと」
心なしか、エレニアンは魔王対勇者関連の話がすることが好きな気がする。
ほとんどずっと微笑んでいたが急にテンションが上がったように見える。
「食料や薬、商品になるモンスターと戦う事が必至なこの世界は、戦闘においては三つの得意分野で役職が分けられます。魔法・剣・オーラですが、ここでいうオーラとは眷属使いにあたります」
使い道いっぱいだな、モンスター。
「眷属?」
「ええ。この世界には、一定数、他の世界と干渉できるものが居ます。そのうちの一人である私が今回勇者様をお呼びしたわけです」
「エレニアンさんだったの!?」
「ええ。どうしても。絶対に勇者様のおそばにお仕えしたかったので。ちなみに勇者様の召喚には王のお力も少なからずありますのでお返しすることは出来ません」
「えー…」
爽やかな笑顔ではっきりと言われた。
実は目の前の人はただの爽やかで優しいイケメン猫ではないのかもしれない。
「というわけで、外界から精霊や伝説の獣を召喚し戦うことを得意とするのがオーラになります」
私の頭はパンクしそうだった。内容はそんなに無かった気もするが、一息で言われるとメモだけで精一杯である。私は自分のメモを見て情報を整理した。
とりあえずこのメモは覚えるまで無くさないようにしよう。
「では今後勇者様には、基本的に私と一緒に行動していただきますが、もし離れたければ遠慮なく仰ってください。では私は向かいの部屋に待機しているので、着替えられましたら場内をご案内いたします。」
え、そんな近くにいるの?とか、一緒に行動?とか気になる所はあるが、なによりも、当たり前のように告げられたのが恐ろしい。
「一応拒否権はあるんですね」
「あるにありますが」
「拒否するとどうかなるんですか?」
「私が悲しみます」
しょんぼりと眉と耳が垂れ下がったイケメンを前に、私は思った。
あれ?これ犬じゃね?