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誓いの後

 どうも水ようかんです。

 連続投稿で書くことが無くなったのです。

 どうぞお手柔らかに。


「……落ち着いたみたいだね」

 こく、と目元を赤くして少女は頷いた。

 感極まりぽろぽろと珠玉の如き涙を流す伊豆乃を、なんとか宥めること暫時。

 嗚咽を抑えられなくなった鬼の子を腕に抱きつつ、柊真はこれほどまでの酷を強いた禍津鬼の陋習を激しく憎悪していた。それと同時に、勇んで啖呵を切ったものの、如何にして頑冥固陋の徒を説き伏せるか考え倦んでいた。そしてそれら憎悪と倦困が、僻遠の地にいるという不安を誤魔化してくれていた。

 そう、伊豆乃という少女との遭遇ですっかり頭の片隅に追いやられていた、当初の「気が付けば見知らぬ森の中に立っており、果たして如何にして帰るのか」という問題は、何ら解決の緒を見い出されてはいなかった。無論、その為の手段として柊真は伊豆乃の住んでいた集落に足を運び、少しでも情報を得ようと企図してはいる。しかしそれはあくまで足掛かりに過ぎず、道程も遥か、茫として終着点は見るに能わなかった。

 焦燥があった。何かに追われるまでもなく、柊真は焦っていた。突如にして、庄屋柊真という人間の基盤をなす存在が奪われたのだ。それは生活である。自分がどれほど日々の生活に依存していたかが如実として分かる。漫然と過ごしていた日々を失って、言いようのない不安が柊真を襲っていた。考えるだけでも血の気が失せる。

 半ば防衛機制という形で、柊真は事実から目を逸らすことにした。目を逸らすというのは、また別の何かに目を向けるということである。伊豆乃という少女の存在は、そうした心の働きの格好の的であった。

 もし柊真が伊豆乃に出会わず、独りのままであったならば、きっと焦燥と不安とに押し潰されていただろう。そういう意味では、伊豆乃は柊真にとって心の平安を保つ一種の逃げ道でもあったのだ。

「さて、これから君はどうしたい?」

 伊豆乃の落ち着きが会話の可能な水準に達した頃を見計らい、柊真はそう切り出した。

 気分は落ち着いたのだから、柊真の腕の中から出ればいいものの彼女は頑なにその気色を見せない。

 伊豆乃が涙を流している間、どうしたものかととりあえず抱擁してみたが、これが思いの外功を奏したらしい。咽ぶ伊豆乃は柊真の背中に手を回して漣々とし続けた。子供をあやす時を模倣して頭など撫でてみたが、これもまた気に召したようだ。お蔭で柊真は身動きもとれぬまま数分間少女を抱く破目になった。

 話をする時くらいはと柊真はその場に胡座をかき、自らの脚の上に向かい合う形で伊豆乃を座らせていた。

「あなたが、いの一番に集落に行くだなんて言い出すような大うつけでなくてよかったわ。とりあえず近くにわたしの塒があるから、そこに移動したいわね」

 あれだけ自分にしがみついて泣いておきながらこのような毅然とした物言いができるとは、伊豆乃の切り替えの速さに驚嘆を禁じ得なかった柊真である。無論、そのことを醜いだとかみっともないだとか論うつもりは毛頭ない。

 御意にとばかりに柊真が立ち上がる。が、伊豆乃は依然として座り込んだままである。俗に言うところの「女の子座り」というのだろうか、それをしたまま、何やら恨めしそうな目つきで柊真を見上げていた。

「伊豆乃?」

 訝しんで名を呼ぶと、伊豆乃はまるで抱擁でもしようかというように両腕を広げた。柊真には訳が分からず、首を傾げるばかりである。

「…………」

 察せよと強いる眼差し。

 しかし生憎と、柊真は相手の心中を推し量る神通力は持ち合わせていない。兎にも角にも立ち上がって移動せねば話は始まらないのだから、促すように手を差し伸べた。

 果たして伊豆乃はその手を摑んで立ち上がる――ことは叶わず、ぺたりと尻餅をついた。

 とうとう伊豆乃は最早耐えられぬとばかりに叫んだ。

「だから! 安心して腰が抜けちゃったから! わたしをおぶってって! 言ってるのよ!」

 きーん、と恰も万力で頭を締め付けられているかのような痛みが走る。神通力ではない。甲高い声が、柊真の頭蓋の中で何度も反響する。

「わ、悪い、気付かなかったよ。でもそれならそうと最初から――」

「うるさいッ!」

 今度はがつんと鈍器で頭を殴られるような衝撃が(額と後頭部の二箇所に)襲いかかり、視界を星が舞う。そう思った時には既に地面が眼前に迫っており、土の香りが鼻腔を満たした。


 どうも水ようかんでした。

 ご読了いただき、恐悦至極に存じます。

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