前日後日譚
どうも水ようかんです。
一本で投稿するつもりでしたが、長くなりそうなので分割の体を取りました。
そういう次第で、まずは序章です。
どうぞお手柔らかに。
庄屋柊真がその木乃伊を見せてもらったのは、つい先日のことだ。
それは建立より千年を超える寺院で、大切に保管され続けているという。その寺の住職である祖父に、注意事項を口を酸っぱくして聞かされた後、柊真は箱の中の木乃伊を目の当たりにした。
一言で表すなら、それは鬼。
その矮躯から判断するに、齢は十にも及ばなかったであろう。辛うじて残っている頭髪の長さから、それが少女のものであることが分かる。その前髪に分け目を作るように、額の右側からは大きく湾曲した、角笛のような(角笛がそもそも動物の角から作成されているのでこの形容は誤謬と言わざるを得ないが)形状の鋭い角が一本生えており、その角は、あろうことか後頭部にまで伸びて頭蓋に突き刺さっていた。
柊真は生物学には昏かったが、その木乃伊は、かつてテレビか何かで見たバビルサという猪を髣髴させた。
バビルサは雄の犬歯が皮を突き破り頭蓋に至るのに対し、この少女は額から角が生えているのだが、受ける印象に大差はない。
そもそも、どこから何が生えているなどということは些事に過ぎない。ただ、自らの身体の一部によって自らを殺すという事実を他に置いては。
箱の蓋を持つ祖父は、柊真の動向と少女の木乃伊に気を向けている。柊真は祖父に尋ねた。
「……これ、いつくらいからあるんだ?」
「確か、およそ七百年前……鎌倉時代か室町時代からかの。詳しいことが記された文書はあるにはあるが、お前に触らせるのは気が引けるでな」
「…………」
暫くの間、柊真は少女の木乃伊に見蕩れていた。元来木乃伊が持つ不気味な雰囲気を差し引いても、それは柊真を惹きつけるに足る魅力を備えていたのだ。心なしか、口元には微笑みが浮かんでいた。
作り物ではないか、という無粋な問いを、祖父に向けようとは思わなかった。確かに、人魚の木乃伊と嘯いて、実のところは猿の上半身と魚を組み合わせただけ、という贋物も過去には存在したが、柊真はその嫌疑をかけにこの寺を訪れたわけではなかった。
祖父にこの木乃伊を見せてもらうに当たって、柊真は身を伏し頭を地につけ、やっとのことで漕ぎつけたのだ。そうまでして、親類にも見せてはならないとされている木乃伊を見に来たのには理由があった。
柊真は祖父に礼を述べ、少女が再び元の場所で眠らされるのを見届けてから、祖父と囲炉裏を囲う床間に座した。
文句を垂れつつも振る舞われたぼたん鍋は、逸品の一言に尽きた。
「して、柊真よ、此度は何用でかような僻地の山寺に?」
料理に舌鼓を打ち、一息ついた頃、祖父が口火を切った。
平身低頭頼み込んでまで例の木乃伊を見たいと言った理由が、気にならないわけがない。それは柊真も承知していた。だから勿論その理由を話すつもりではいたが、きっと、訊かれなくても自ら話し始めていたと思う。
数月前の、あの不思議な出来事のことを。
現段階では、どのような結末になるかはまだ考えておりませんが、腑の落ちるような作品に仕上げたいと考えております。
今作のイメージカラーは深緑。相も変わらず明るい作調ではありませんが、どうぞお付き合いくださいませ。
ご読了いただき、恐悦至極に存じます。