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それでも夜は明けてしまう。

私の意に反して夜は開けてしまう。いつもと変わらない、時間に支度を済ませ、仕事に向かう。いっそ仕事を休んでしまいたかったが、なにもしないことのほうが、今の私にとっては苦痛だった。いつもと変わらない、仕事をこなす。変わっていることと言えばいつもよりため息をつく回数が多いことくらいだ。

定時になってしまった。なにか仕事がないかと探す。今日は、残業をしなければならないかもしれない。忙しくて、管理センターに行けないかもしれない。そう考えながら仕事をした。まだ、期限が迫っていない仕事まで終わらせてしまった。二十一時になっていた。

今日は仕方ない。管理センターには行けないだろう。無理矢理な理由をつけて、引き延ばしにしてしまう。そう、長くは続かないとわかっているのに。

気づけばそんな生活が三日間続いていた。忙しいと理由をつけて、管理センターに行かず、かと言って彼に連絡をするわけでもなく、いろんなものを先延ばしにしてしまっていた。

今日は金曜なんだし、定時で帰りな、と上司に目をつけられてしまったため、為すすべもなく、帰ることになってしまった。管理センターに、行かなくては行けない。

毎日管理センターから電話が来ていた。早く来い、ということだろう。わかっている、わかっているけれど。

ふらりと古本屋に立ち寄る。いつも通りの古臭い本の匂いがした。すぅっを吸い込むと身体が軽くなるような気がした。

「あ……」

今度は私の方が声をかける形になった。勢いよく、こちらを見る、彼。私の顔を見ると、途端にパッと顔を明るくした。

「やっと会えた……!」

その笑顔に、自分の胸の鼓動が早くなっていくことに、嫌気がさした。

結局断れずに、一緒にご飯に行くことになった。

「ずっと会いたかったんです。あ、今日はちゃんと調べてきたんで、おいしいとこ行きますよ!」

今日は管理センターに行けないだろう。仕方ない。また今度にしよう。そう考えると少し笑顔が溢れた。

案内されたのは、少しかしこまった雰囲気のイタリアンレストランだった。

自分の服が、地味でおしゃれのカケラもない事務服なのが恥ずかしい。平日で人が空いているのがせめてもの救いだった。

「ゆずりさんから連絡があるまで、こっちからはなにもしないってカッコつけるつもりだったんですけど、俺、そんなにかっこよくないから……そもそもゆずりさんが俺に連絡するメリットなんて、ないし」

「そんなこと、ないです」

「ほんとうですか!?」

少し大きい声で、こちらがなんだか恥ずかしくなってしまう。

「じゃあ、どうして連絡くれなかったんですか?」

運ばれてきた前菜のベビーリーフをフォークで弄んでいる。子供のようだった。

「私が、あの、その、か、けるさんに、連絡する義理がないと思ったから」

こんなことなら、次の日にちゃんと管理センターに行けばよかった。そうすれば、かけるさんはここで私といる無駄な時間を過ごさずに済んだのに。自分勝手な欲求だけで、先延ばしにして、かけるさんの気持ちを無視していた自分が恥ずかしい。今すぐ消えてしまいたい。

「どうして? 俺は君のこと、 好きなのに」

かけるさんは好意を伝えるときですら、こんなにまっすぐに、はっきりとしていて、すごく素敵だな、と思う。違うんです、と、言えない。

「きっと明日には消えてしまう気持ちだから」

うまく笑えなかったかもしれない。でも、それが精一杯の私の笑顔だった。美味しいご飯も、相変わらず、味がわからない。私には、もうここが限界だった。

「そんなの、まだ、わからないよ。俺は、まだゆずりさんのこと、なんもわかんないよ。わかんないけど。でも、これから知っていく中で、多分俺は君のことを好きじゃなくならない自信がある。うまく言えないけど、本当にそう思うんだ」

涙が出そうだった。たとえこれが嘘の好意だったとしても、今言われたと言う事実は消えないものだったからだ。罪悪感があるなかで、幸福感が込み上げてくる自分が許せなかった。涙が出る。

「ゆ、ゆずりさん、どうしたの?」

かけるさんは慌てて自分のスーツの中から、ティッシュを取り出す。くしゃくしゃになっていて、思わず笑ってしまった。

「ごめんなさい、私、こういうことがもう、初めてで。本当に、嬉しくて。私、こんなこと、経験してもよかったんだなって」

こんなに笑ったのは本当に久しぶりな気がする。明日から、他人になる人を前にすると、なんだか吹っ切れてしまった。

「本当に、ごめんなさい。明日になったら後悔するかも知れないけれど、今日は楽しませてもらってもいいですか?」

明日になったらかけるさんにとって、今日が最悪の思い出になるかもしれない。それでも、今日は楽しく過ごすことに決めた。ここで私がうじうじしているよりは、楽しい思い出の方がまだマシだと思ったからだ。

初めて会った時よりもたくさんの話をした。かけるさんは大学を卒業して、就職でここに来たそうだ。まだ、会社の近くを一人で歩くくらいしかしていないので、行動範囲が狭いらしい。今日来たレストランも実はネットで調べて、初めて来たそうだ。

私の好きな本屋さんと古本屋を何件か教えると、とても喜んでいた。

「あの、よかったら、今度、一緒に行きませんか?」

彼が私に好意を寄せるような言葉を紡ぐたびに、胸が苦しくなってしまう。明日からは、当分、いや、一生聞くことがない言葉だろう。

「そうですね。もしお時間があったら、案内したいです」

もう彼と会うことはないかもしれない。

「いつ、いつお時間ありますか? 俺、ゆずりさんに合わせるんで!」

うまく答えられない。きっと今約束をしたところで、それは彼にとって重荷になってしまうだけだろう。

「じゃあ」

手帳を取り出した。自分の携帯番号を書く。

「私がかけるさんに合わせるので、かけるさんの都合のいい時にご連絡してください」

自分でもずるい、ということはわかっていた。もし、なにかの間違いで、かけるさんが誘ってくれればいいのに、と考えてしまう自分がいる。

かけるさんが、私からもらった紙を喜んで大事そうにしまう姿に、思わず嬉しくなってしまった。「じゃあ、俺から連絡してもいいんですね!?」

帰り際何度もかけるさんが確認を取る。私が大丈夫ですよ、と言うたびに嬉しそうに笑うのだった。

この愛は一体、誰のものであって、一体、誰へのものだったのだろう。こんなに幸せなものを、納めなければいけない日本はなんて悲しいんだろう。でも愛が貰えない人にとって、なんて素敵な制度なのだろう。

電車が動き出すまで、手を振り続けるかけるさんに、恥ずかしくなりながらも手を振り返した。

「お別れしちゃったなぁ」

一般の人にとって、まだ金曜日として帰るには早い時間帯の電車は空いていて、私の言葉は虚しく消えるだけだった。

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