愛情測定します。
コンコン、と扉を叩く音で目が醒める。あぁそうか。昨日はネットカフェでそのまま寝てしまったのだ。
「菅原様」
店員さんだろう。何かあったのだろうか。
「菅原様。愛情計測委員会の中村です。本日、計測日ですので、計測をさせていただきに来ました。手短に済みますので、失礼させていただきます」
無遠慮に扉が開く。そこには無愛想な美人の、スーツの女性が立っていた。
血圧計のようなものを腕に巻かれる。
「あの、」
その行為は無駄なく、鮮やかであった。
「どうして、ここにいるってわかったんですか」
「仕事ですから」
彼女がボタンを押すと、機械が動き出した。私はこの人の前で恥を晒すんだ。こんな美人の前で、愛がないって証明されてしまうんだ。
「や、やだ」
腕に巻かれたものを引き離そうとする。
「もう、測定できますから」
嫌だ。愛がない証明なんて、いやだ。
ピッ
「測定完了しました。あなたからの愛は検出されませんでした。あなたへの愛は……これが検出結果です」
印字されたものを渡される。見る間もなくビリビリと破いた。言うのですら哀れだと言うことだろうか。
「どうせ、関係ないものでしょ。愛税納められるほど愛されてなくてすいませんでした」
彼女はもう一度結果を印字した。それが彼女の仕事なのだ。
「いいえ。一定量の愛がなかったので、無記名愛が配当されます。この紙を持って愛情管理センターにーー」
一定量の愛がないと言われ、恥ずかしくなる。もう一度紙を破ったところで無駄だと思い、渡された紙を乱暴に奪った。
「ご協力ありがとうございました。それでは、今度の検診は12月ですので、そのときにまたお会いしましょう」
彼女は綺麗な微笑みを見せて、帰っていった。
ゼロが並んだ印字された文字を眺めていると涙が出てきた。愛を計測できるなんて発明は、今世紀最大の、日本人の恥だと思う。
漫画喫茶にいる意味もなくなってしまったので、出ることにした。特に用事もないが、このまま一人の空間に戻ってしまうのが怖かったので、街中に出て、ふらふらと歩く。
行きつけの古本屋に行き、気になったタイトルの本を何冊か手に取る。実際に家に行けば、まだ読んでいない本が何冊かあったのだが、本を買うことでストレスを発散する私は何冊も溜め込んでしまう癖があった。
ひねくれた物欲だな、と思う。おしゃれな店で服を買う、なんてこと、恥ずかしくて私にはできない。同時に、友達と話しながら服を買う女の子を少し羨ましく思っていたりした。私には、無縁のことだけど。
あてもなく、彷徨った。まだ一人になりたくなかった。人の声がするところに紛れていたかった。
買いすぎた本が私の足取りを重くさせる。 平日のこの時間に街を歩くのは久しぶりだ。ふらふらとあてもなく彷徨った。だが、本があまりに重すぎる。これでは持っているだけで憂鬱になってしまいそうだ。帰ろうか、と一息をついたところ、大きな音を立てて本が入っている紙袋が、破れた。これは前にあの古本屋で本を買いすぎてしまったときにも起きた現象だったので、驚きはしなかった。ため息が溢れる。次に本を買いすぎたときでも、きっと私はあの愛想の悪い店主のおじいさんに言うことはできないだろう。
本を拾い出す。通行人は私を避けて歩いていく。私に関心を持つ人なんて、この世界に一人もいないのだろう。
「大丈夫ですか?」
声がした方を見てみると、そこには私と同世代くらいの男性がいた。
「あ、はい、これ、こわれちゃって」
言葉がうまく出てこない。恥ずかしさで顔が赤くなる。
男性は私の持っている紙袋をじっと見つめ、しばらく考え込むとぱっと顔を明るくした。
「もしかして、あの角の古本屋でですか?あのおじいちゃん、たくさん買っても詰め込んじゃうんですよね。でも、袋分けてくださいって言うと、ちゃんと分けてもらえるんですよ」
初対面でこんなに話されたことに呆気にとられ、じっと男性の顔を見つめてしまった。
「あ、もしかして、違いました? すみません……でも、そこの角の古本屋さん、なかなかいいものがあるので、行ってみてください」
違うんです、とも言えず、口籠ってしまうと、男性は残りの本を拾い、私に渡し、それじゃ、と恥ずかしそうに行ってしまった。
「あ……」
先ほど出てこいと切実に願った私の声は、今更になって出てきた。間抜けな声だった。