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本当のできごと。

十二月二十三日午前八時。

ピンポーン……

チャイムより前に起きていた。と言うよりも眠れなかった。ついにこの日が来てしまった。

「今日はスーツなんですね」

「仕事ですから」

中村さんは淡々と答える。

あれから、中村さんとかけるさんから何回か連絡が入っていた。出る勇気はなかった。

「私のこと、騙していたんですか」

中村さんは私を見つめる。そして、微笑んだ。

「やっぱり、聞いてしまっていたんですね」

「はい、聞いていました。ごめんなさい」

胸が痛む。もうかけるさんと付き合っているのだろうか。今日の仕事帰りに会うのだろうか。明日、一緒に過ごす約束をしているのだろうか。かけるさんの日々に、もう私はいない。

「全てをお話ししてもよろしいですか。騙してはいません。でも、お伝えしていなかったことがあります。少し、私の話になってしまいますが」

ゆっくりと頷く。涙が出ないようにきゅっと口を結んだ。

「藤重くんとは大学の時の友達でした……いえ、付き合っていました。大学1年生の時に、半年だけ。別れた原因は私にあります。お金がほしかったんです。愛税が、その時の私の承認欲求でした。たくさん愛されるためには、恋人という存在が邪魔だった。けれど、どれだけ愛されて、どれだけお金を貰ったって、足りなかった。そのとき初めて彼の優しさに気づいたんです。彼のことが、本当に好きだったということも」

伏し目がちの中村さんを眺めていると、かつて中村さんを愛した男の人の気持ちがわかる気がした。彼女は本当に綺麗だった。私が男の人だったら、好きになってしまっていただろうな、と思う。

「でも、声を掛けられないまま、大学を卒業してしまいました。声をかけられなかったのは、お金を失うのが怖かったから。私の学生生活を華々しいものにしてもらった愛情管理委員に、私はなりました。彼が同じ県に就職していることは、菅原さんからご連絡があるまでわかりませんでした。私がまだ、無自覚に彼を愛していたことも」

中村さんの瞳はまっすぐに私を捉えていた。その瞳から、目が、離せなかった。

「これは、後の研究でわかったことなんですが、自分たちからの申告がない限り、愛情計測委員会や、他の愛情管理に携わっているものから受けた、愛情の記憶は、消しにくいものだったんです。私の無自覚の愛情は、藤重くんに送られ続け、藤重くんはそれをわからないまま、愛税を納めてしまった。何重もの検査をして、サプリにすれば、そこでわかったんですが、検査をあまりせずに、あなたに注射をして、愛情を入れてしまった」

心臓の鼓動が早くなっているのがわかる。

「つまり、私が受け取ったものは、中村さんがかけるさんに送り続けていた愛だったんですか」

中村さんは、悲しそうに笑って、うなづいた。

「私がちゃんと自覚して入れば、菅原さんには迷惑がかからなかったんです、ごめんなさい」

「迷惑だなんて、そんな」

なにかがプツンと切れたように涙が溢れてきた。

「この半年間、本当に幸せだった。生きてるって、こういうことなんだって、幸せってこういうことなんだって。誰かから愛されるなんて、知らなかったから。愛されるってこんなに幸せなことなんだって。嘘でも、嬉しかった。幸せだった」

この半年間の思い出が蘇る。忘れないように何度も思い描いたところで、何十年後かには、色褪せてしまう。

「私も」

中村さんの声も震えている。気づけば彼女も、涙を流していた。

「こんなことになるなら、ちゃんと気持ちを伝えておくべきだったんだなって、何度も後悔した。どうして、自分の愛が、藤重くんからの他の人の愛になってしまうんだろう、って。そんな愛、切り取ってしまいたかった。サポート保証金、あれ、嘘だったんです。私の方で伝えなければいけないのは、無記名愛を取り除く際でも、普通の愛情を抽出する機械しか使えないから、身体に支障が出るかもしれない、それでも取り除くか、そのままにするか、ということだけだったんです」

「じゃあ、あのお金は……?」

「私が、今まで受け取ってきた愛情をお金に変えたものです。そんなものはいらないから、藤重くんとあなたを離したかった。でも」

中村さんが笑う。とても綺麗だ。

「あなたはそれを受け取らなかった。嘘でもいいから、なんて言って、たった一つの愛を選んだ。そこが私とあなたの大きな違いなんだなって。菅原さん、本当に、あなたでよかった。本当に、あなたみたいな美しい人でよかった。だから、あなたを見て、正直に話そうと思ったんです。藤重くんに4年ぶりに連絡をとって、あの日、会いました。あなたのことも含めて、すべてお話ししたんです。藤重くんは、許してくれた」

中村さんはそっと計測器を私の腕に巻いた。結果なんて、わかっているのに。


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