愛情換金制度
近年、日本では新しい制度が導入された。
「愛情換金制度」。一八歳以上の者が貰った愛情を計量化しそれを換金する、というものだ。
もちろん、回収された愛は消えてしまう。個人情報保護法に則って、名乗り出がない限り、誰からの愛情がどれくらいなのか、ということは明かされない。
この制度には出回った当初は、たくさんの人が賛否両論であった。だが今はほとんどの人たちが、この制度を受け入れつつあった。年に2回、強制的な審査が入る。誰を愛しているのか、と、誰に愛されているのか、というものを計測機に乗って計らなければいけない。愛は「愛税」として国に納められる。集められた愛は、国が決めた一定量の愛に満たない人には無記名愛が配られる。愛に満たされることによって、犯罪率が下がることが証明されたからだ。もちろんその時は愛情の記憶というものが抹消され、誰かからの愛なのか、誰に対する愛なのか、というものが消えてしまう。なので無記名愛という名前がつけられた。
六月十八日。明日が私にとって、初めての、「愛情計測日」であった。
ため息が出る。どうしてこのような制度を設けてしまったのだろうか。
半世紀前、日本で愛情分配量が計測できるようになった、というニュースは世界的に広がった。
計測機は世界中から取り寄せられ、日本は好景気となった。たくさんの人の生活水準が上がり、たくさんの人が幸せになっていた。
ただ、人間はあまりに不平等じゃないかと、私は思う。容姿のいい人がたくさん愛される。今の日本で豊かになっているのはみんな容姿のいい人達ばかりであった。
私みたいな人は、配当金なし、ということで笑われるんだろうか。家族にも愛されないという人間には、あまりに残酷だと思う。
高校を卒業してからすぐに、家を出た。家を出て三ヶ月。家族から連絡が来たことは、ない。どこに行ったのか、なんて、そもそも関心がないのかも知れない。
「私、就職決まったから。家出るから」
お母さんはテレビでお笑い芸人が言った安っぽい発言に笑っただけだった。それが母との最後の会話だった。
いっそ、逃げてしまおう、と、思う。明日の朝8時に、測定機を持った計測委員が家にやってくる。
測定日は会社も公欠扱いとされるので、会社に行くこともできない。私の居場所はどこにもないのだ、と思い知らされる。
最低限の荷物を持って家を出た。今日は漫画喫茶に泊まろう。誰かと話したくて仕方がない夜にはよく漫画喫茶に泊まっていた。私には気軽に話せる友達も、家族も、いなかった。
ネットカフェは静かだった。静かなくせに人が生活をしている音が聞こえるので、好きだった。静まり返った家で眠るより、よく眠れた。気づけば、深い眠りに落ちていた。