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新人神様のささやき戦術  作者: 味のない柿の種
プロローグ
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プロローグ④「気だるい夏の日の7月22日」

「7月22日の午前7時14分。地球滅亡まで残り4時間46分ーー時間が迫っている…」


目の前で少年が懐中時計を閉じた。


「さて、君に質問しようか」


ここはどこだろうか?

どこまでも濃く青く闇の中に光が点在する空間の中に、俺は存在していた。


上も、下も、ここでは認識ができない。

まるで宇宙で浮かんでいるような感覚。


目の前には周りの闇なんかとは比べものにならないほど底の深い闇色の髪をした少年が、ドクロの仮面越しに見える、青と赤の相対的な瞳を持った目で見下ろしていた。


お前は、誰なんだ?


「僕のことは今はどうでもいい」


少年はバッサリと切って捨てて、俺の周りを歩く。目で追って首を向けようとするが、首が動かない。

それどころか指先一本動かせない。


「世界を救いたいとは思わないかい?」


なんだ?新手の宗教勧誘か?


「まぁ、これから言うことは素直に受け取るとそうなるだろうね」


どうゆうことだ?


「質問に答える暇はないよ。君の地球を助けたいとは思わないかい?」


だからどうゆうことなんだよ!?


「君の家族を、妹を、親友を、地球に生きる全ての人を救いたいとは思わないかい?」


…質問にはトコトン付き合わないってか。

あぁ、できれば生きたいし、救いたいとは思うよ。思わないわけがないだろ。


「たとえ、それが自分の存在を賭しても?」


……あぁ。それでもいい。


「君は生きたいんじゃないのかい?」


生きたいさ。

でも、俺一人の命なんかで家族とか友人とかっていう存在を丸ごと救えるんだったら安いもんだろ。


生贄ぐらいどうってことない。


「なるほどね……じゃあいいや」


なにがだよ?


「今日君の家族と行った神社…もう一度行ってみると良い」


なんで?


「なにがなんでも」


わけわかんねえ!


「期待してるよ……」


おい!どこに行くんだよ!おい!

わけが……わからな……意識が遠く……!








気がつくと俺はベッドの上から転げ落ちていた。


頭の横には電池が溢れた目覚まし時計が置いてあり、時計の針は昨日の深夜2時を刺したまま動かない。


一緒に落ちて来たのだろうスマホを手にとって時間を確認する。


時刻は7時30分。


滅亡まではあと4時30分しかない。


俺はふと夢の出来事を思い出す。

あの少年の意味深な発言を。


「……っくそ!なんだってんだ!」


気付いた時には俺は飛び起きて着替え始めていた。

タンスにあった適当な洋服をひったくるように手にとって着る。


必要なものは全部ポケットに入れる。

財布はもういらない。

ケータイは持って行く。


俺は部屋を飛び出した。


「おはよう。お兄どこに行くの?」

「おはよう妹よ。ちょっと原付借りてくぞ」

「えっ!? ちょ、ちょっと!?」


玄関の上履き棚の上に置いてある妹の原付の鍵をひったくって、ドアを開ける。

そのままの流れで原付に鍵を刺してエンジンをかけたところで妹が駆け寄って来た。


「お兄、どこに行くのよ!?」

「ちょっとコンビニ」

「はぁ!? 歩いていけば!?」

「頼むよ」


頼み込むと、妹はため息を一つして呆れた声をあげた。


「まぁ…もう必要のないものだしいいよ」

「サンキュ」


感謝してから改めて跨り、ヘルメットを被り、アクセルを握る。


「……待ってろ」

「なにを?」

「なんでもねーよ!強く生きろよ絵里ぃ!」


手を振ってアクセルを握りしめて絞る。

軽快な音を出して原付を走らせ、とにかく飛ばす。


ミラー越しに見た妹の表情は、遠すぎて見えなかった。






街は酷い有様だった。


至る所でガラスの破片が飛び散り、どこかしらで破裂音や争っている音が聞こえる。


やけに鼻に着くのは火薬の匂いと鉄の匂い。


何が起こっているのかを把握すら出来ない。

そこまでだと感じられるほど酷い。

ペットボトルやビン、缶のゴミが道端に捨てられ、ビルの窓は叩き割られ、投身自殺をした後の遺体が放置され、そのままにされている。


「吐き気がする…」


そこまでの死の匂いを振りまく街の喧騒は、すでに混乱とも言い難い、混沌とした状況だった。


さすがに道なりに行くとガラスの破片などや缶やビンを踏みつけて転ぶ可能性がある。

そうなると致命的なタイムロスだ。


この先の道は走っていかなくてはいけない。


妹の原付を適当な駐輪場に停めに行く。

駐車場には車という車が少なくなっており、意図せぬ事故の後だろう車の残骸が大通りの交差点に捨ててある。


結論で言えば、すでに手遅れなのだろう。


助けようと助けまいと、すでに死を選んだ人間なんて星の数ほどいるだろうことは、今の状況からでも想像できる。


うちの家族の感覚が緩いだけなのかもしれないから感覚が麻痺していたが、結局は俺が救おうともせずとも俺とは全く無関係でも死ぬ人は死ぬ。


「それでも……行かなきゃ」


俺が諦めたらそこまでだ。


気だるい夏の日の7月22日 午前10時13分。

パニックになっている街のど真ん中。

発狂する人、天に祈る人、恋人との最後の逢瀬を味わう者の中に俺は居た。


その地獄を走り抜ける。


耳に響く人の嘆く声や、祈る声、そしてまだ生きている人たちの無念が声として耳に入ってくる。


反射的に耳をふさいだ。


「鳥居が見えた!」


行く先あと1キロというところ、大神宮を主張する鳥居が見え、さらに足のペースを早める。


時刻は10時半。

なんとか間に合いそうだ。




「はぁ…はぁ…!!」


1枚目の鳥居をくぐり境内までの長い階段を二段飛ばしで登って行く。

高校の時に、好きな女子を目当てに入ったバスケ部でもこんな苦行は積まなかったのが仇になったのか進みは悪い。


ここまで走ってきて足はすでに乳酸がだいぶ溜まってパンパンに張り詰めている。


昨日はあそこまで軽快に石段を登っていけたのがただの偶然のように思えた。


「はぁ…着いた!」


やっとのことで石段を登りきり、鳥居を潜って境内に。


大きな神宮はあいも変わらず整理されているのか、綺麗だった。


「人が……いない?」


これだけの混乱、神頼みで拝みにくる人間だっているだろうとも思ったが、予想とは違っていた。


むしろ人がいない神社の中は不思議な神々しささえ感じられる。


「それはウチが人払いをしたから、誰もいないってわけ」


その声に反応して、社の中に視線を向けると、昨日と変わらない佇まいで、狐の面を被った幽霊はそこにいた。


あいも変わらず半透明で、賽銭箱に腰掛けるような姿勢でふわふわ浮いている。


「んで、アンタがオリトに呼び出された奴ってわけね」

「お前は?」


俺が近寄って問いかけると、幽霊は狐の面を取って素顔を晒す。仮面の下にあった素顔はこの世のものとは思えないほど綺麗で、それでいて可憐な少女のものだった。


琥珀色に光り輝く瞳は、まるで天上を写すかのような鮮やかさを持って、俺を見据えていた。


「アタシはツクモ。この神社の守り神であり、この世界の管理を任されている『地神』が一人……ってわけだけど」


「ーーそんなの今はどうでも良くってねえ」


背後からかけられた別人の声に振り向くと、そこには闇より深い色の黒髪を持った、オッドアイの少年が、夢で出会ったそのままの格好で、そこにいた。


「だいぶ時間に余裕が出来たねえ。いやぁ今回はスムーズで助かるよホント」


「お前は?」


「僕はオリト……君の世界とはまた別の…『外神』だよ」


オリト。

そう名乗る少年はドクロの仮面を手にかけながら答えた。


「さて、質問は以上かな?」

「え?あ、あぁ……」


オリトにかけられた言葉に俺は言葉を失う。

実際問題『外神』とか『地神』とかわからないワードが出て来て、理解が乏しい。


だが、そんなことよりも優先されることを進めたいのだろうことを、さすがに察した。


「それで、君に頼みたいことなんだけど」


オリトはどう言ったもんだとばかりに、手を持て余す仕草をするままに言う。





「地球が終わった後、君には神様になって欲しいんだよ」




口が開いたまま戻ってこない。

どうゆうことなのか問いただす間も無くオリトは続ける。


「この地球は終わるわけだけど、神性を持つ人間の選定が終わってないままだったんだ」


この少年の言ってることが理解できない。

頭で考えようとしても理解の範疇を度し難く超えてくる。


「それでたまたまツクモが君を見つけたって言うから頼みに来たんだ」

「話を聞かないまま飛び出すから手を煩わされたわけだけど」


「ちょ、ちょっと待て!」


言い出して二人の言葉は止まる。

気づけば俺は視線を下に向けて立ちすくんでいた。


「終わるってどうゆうことだ!お前は……地球をーー」





「地球を救えるとは一言も言ってないよ?」





思考が止まる。

じゃあ、なんだったんだ一体この茶番は。

足の力が抜ける。全てが真っ暗だ。


「目を閉じてる暇じゃないよ」


うるさい。


「ここまで来たのに無駄骨かよ……!」


手の先に見えかかっていた希望を、真っ黒い泥で塗られたような絶望感。肌に触れた風さえも、体を切り裂くような痛みがする。


それでもオリトは俺になにを語るのだろう。

俺になにを求めると言うのか。


「あのね…僕たちだって地球をなんとか助けてあげたいんだよ? 特に地神であるツクモなんか特にさ」

「それならなんで!?」


俺が問い詰めるために顔を上げる。




目線の先にいたのは、傷ついた、申し訳なくて、どうしようもなく悲しそうな顔をした、少年と、ツクモの姿があった。




「今回が戦争による環境の崩壊とか、循環が滞って星の命が枯れたとか、そういった『イレギュラー』ではなくて、単純な『現象』による滅亡だからさ」




「現象…?」


「そうだよ。隕石とか、星同士のぶつかりとかは神がどうあがこうと、どうしてもどうやっても避けられない」


ギリッという音が、オリトの仮面越しに聞こえて来た。


「結局今の君にできることも、僕からどうすることもできないのさ」


オリトは、悔しそうにそう言い切った。

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