プロローグ③「家族」
家に帰ってきた。
現在は布団に丸まって震えている。
「結局なんだったんだアレは……死ぬ間際に心霊現象とか勘弁願いたいとこなんだけど…」
なんて考えて数分ぐらいを過ごしているが結局アレは幽霊の類だと思う。
しばらく布団の中でおとなしくガタガタ震えていたが、しばらくすると家族が帰ってきたようで、ドアの開く音と閉まる音が自室のドア越しに聞こえてきた。
「お兄いるー!? 帰ってきたよぉ〜!」
愛しの妹の声が聞こえてきて、俺は廊下に躍り出る。
「おかえり」
「もう、お兄ちゃんってばいきなりどこか行かないでよね。父さんも母さんも慌てたんだから」
「うぅ…すみません」
俺は妹に頭を下げ、手に持っているものを見つめた。そこには正方形の箱を包むビニール袋がぶら下がっており、何を買ってきたのかは外側のビニールの模様でわかった。
「ケーキ?」
「そうだよ。今日はお兄ちゃんの誕生日だよ?もしかして忘れてた?」
言われて気づいた。
7月21日、確かに今日は俺の誕生日だ。
朝のニュースの件ですっかり忘れてた。
「父さん達は一度たりとも忘れたことないんだぞ?」
「父さん…」
言葉を探そうと思っても出てこなかった。
きっと何かかける言葉を探していたのかもしれないし、感謝の言葉を言いたかったのかもしれない。
鼻に何かが溜まって、それが嗚咽となって出てくるまで、俺は何も言えなかった。
21本の火がついたロウソクに息を吹きかけて今日というめでたい日を歌とともに祝う。
「今日はスペシャルにチキンもあるわよ〜」
「おぉー!さすがお母さん!」
はしゃぐ妹。
だがしかし、肝心の主賓は脂っこいものは苦手なため、泣く泣く手をつけなかった。
そしてみんなで食卓を囲みながら談笑する。
世界の終焉が迫っているという中での本当の最後の晩餐。
絵画のように優雅な絵面ではない。
ただ俺にはこれが合ってるような気がした。
「俺…諦めてるのかな」
ポツリと口に出た。
家族もその呟きを聞いて全員の顔が強張る。
「あ、ごめん……テレビでもつけようか」
凍った空気を変えようと、慌ててバラエティ番組でも見ようとリモコンを手に取る。
「あれ?なんにも映らない…」
テレビはどんなにチャンネルを変えようが映ることはない。既に電波も生きておらず、管理できる人間ももういないのだろう。
「ごめん…」
「気にするな」
そう言われて、気にするのをやめられるほど、俺は大人ではなかった。
程なくして、夕食を食べ終わって、家族はそれぞれの行動に戻っていく。
俺に至っては母親の洗い物を手伝おうと声をかけたが、「これが一番落ち着くの」と言われて、部屋に帰るのを促された。
首を掻きながら二階に上がり自室を目指す。
妹の嗚咽が廊下伝いで聞こえてくる。
「死にたくない」と繰り返しながらひたすらに、懸命に祈る声を聞いて「俺もだよ」と独りでに返し、自室に入る。
引越しのおかげで片付いたテレビと布団とゲーム機と、部屋の脇に意味ありげに置いたティッシュの箱だけの質素な部屋。
テレビはやはりチャンネルを変えても映らない。
途中で攻略が止まっているゲームは結局クリア出来ていない。
俺は今更ゲームをするヤル気も起きず、眠気とおはようございますで、早々に毛布と3Pベッドイン。誰とでも寝る癒し系家具の力を持ってしても、今日は不安で息が苦しい。
死んだら一体どうなるんだろうか?
輪廻は本当に転生するんだろうか。
骨になった後はどうなるんだろう?
意識はあるのだろうか。
ずっと闇の中にいて、意識もなくずっと虚無の中なのだろうか。
死とは終わりなんだろうか?
地獄とはどんなところなんだろうか。
天国とはなんだろうか?
意味のない不安が俺を襲って、体とベッドが汗でベッドベトになってしまう。
ふと、今日の昼のことを思い出す。
「あの子、なんか聞いてほしいとか言ってたな……」
思い出すのは狐の耳を生やした和服の幽霊。
幽霊というにはいささか妖怪だが、あの時は幽霊だと本気で思ったため、逃げた。
だが、もしもあの子の話が有益なものであったなら。
もしもファンタジーのように俺がこの地球を救えるんだとしたら…。
なんて思わないでもない。
「いや、そんなのは考えすぎだ」
それに、こんな平凡な俺に一体何が出来るってんだ。
頭の中にあった考え事を丸ごと絡めた眠気に逆らわずに、俺は泥のように眠るのだった。
気だるい夏の日の7月21日の午後23時12分。
地球滅亡まで、あと12時間48分……。




