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TRY HARDER!  作者: 伊那
9/10

 やわらかな黄色の光がまぶたをつつく。

 わたしはゆっくりと目を開けた。

 頭がはっきりしない。けれど小さな痛みがよみがえってきた。特に手首がヒリヒリする。

「あっ、起きた」

 最初に飛びこんできたのは、女の子の姿。セミロングの髪に赤いリボンがよく似合う子だ。

 名前はたしか……マルティア。

 なんで、彼女がここに? てゆうか、ここどこ?

「よかった、目が覚めて。心配したんだよ」

 ベッドに寝ていたわたしは体を起こす。見たことのある部屋だ。モークロイ魔術学園の医務室に似ている。

 目をしばたいて辺りを眺めると、やっぱりわたしの通う学園の医務室にしか思えない。

「あれ……? わたし……」

「マースティン」

 低い声は、判決を言い渡す裁判長のようだった。ガレヴィル先生は相変わらず厳しげな顔をしている。医務室に入ってきたのはガレヴィル先生とウィルクスだ。

「先生……ウィルクス」

 マルティア以外は、気を失う前に見た顔ぶれ。そこにはもう一人いたはずだ。

 わたしの手首に包帯が巻かれているのは、手枷が傷をつけたからだ。誘拐されたこと、ケイドが一緒だったこと、自分が倒れてしまったことを思い出した。

「ケイド、は?」

 まさかケイドだけ――

「彼も無事だ。別のところで休んでいる。ここはモークロイ魔術学園の医務室で、君はもう安全だ」

 その言葉を聞いて、やっとわたしたちは助かったのだと実感した。

 肩の力を抜いていると、養護教諭の先生がやってきて、わたしの加減を見て問題ないと判断し、自分の書き物机に戻って行った。

 わたしには分からないことがたくさんある。あれからどうなったのか、誘拐犯は捕まったのか、そもそもわたしに何が起こったのか。

「ガレヴィル先生、一体、何が……」

 先生に助けられたのは覚えている。ウィルクスも一緒にいて、何かよく分からないことを言っていた。

 たずねられたガレヴィル先生は椅子を引っぱってきて腰かける。いつの間にかマルティアはいなくなっていた。

「追って話そう。まず君とヘイフォンを誘拐した男二人は捕まった。どうも街に何度も出入りして我が学園の生徒の誘拐を計画したようだ。最近の学園長先生不調の噂を聞き計画に踏みいったのだろうが、結界はゆるんだりはしない」

 ルスディオにかけられた学園長の結界がどんな力を持つのか、正確には知られていない。だから生徒たちは学園長先生の不調が結界に影響するのではと不安がった。外部の人間なら、なおさら勘違いするだろう。

 ウィルクスは空いてるベッドに座った。

「不審者がいるから気をつけろって話、聞いてただろ。誘拐犯(あいつら)が下見してみたいだ」

 そういえば少し前にドリアート先生がそんなことを言っていた。

「君が(さら)われた事を知り、学園長先生が結界に入った外部の人間を探し、我々が駆けつけた、という訳だ。もっとも探索の途中で君の方から居場所を知らせてくれた形になったがな」

 居場所を知らせた、なんて記憶にはない。「あの木」とウィルクスが言うのでやっと分かった。

 たしかに、あの巨木は何よりの目印となっただろう。

「で、でも先生、わたし、あんなこと……出来ません。なにかの間違いです」

 それに先生たちはどうやって、わたしたちがさらわれたのを知ったのだろう。

「間違いじゃねえよ」

 ウィルクスを見ると、自分が座るベッドのシーツの端をつまんでは戻していた。

 どういうことだろう。

「そう、心して聞きなさい、エヴァニー・マースティン。君は、二つ以上の属性を使える特殊な存在のようだ」

 普段と変わらない、冷静な声。でも、いつも以上にガレヴィル先生は慎重に言葉を選んでいるように思えた。

 二つ以上の、属性。

 わたしの頭はまた混乱した。

 二つ以上?

 魔術の属性が二つ以上使えるなんて……そんなことが、ある?

「現段階では、火に水に風、木の属性の使用が確認されている」

 ガレヴィル先生は淡々と数えあげる。

 わたしの頭はぐらぐらしてきた。

 風の魔術がどうこうと、わたしが気絶する前にウィルクスが言っていたけど、まさかこのこと?

 シーツいじりをやめたウィルクスはわたしをちらりと見た。

「お前、さらわれた時に、オレを呼んだだろ。お前の声が聞こえて、オレはガレヴィル先生に異変を知らせた。お前は風の魔術を使って学園まで声を届けたって事だ」

 ウィルクスの名前を呼んだことは確かだ。でも、あれはひとりごと、というかぼやき、というか叶わぬ願いを口にしただけのはず――。

 というか普通に恥ずかしいんですけど……!

 あれがあって先生たちが来てくれたのだからよかったけど、でもなんか、みっともないところを見られた気分。

 俯くわたしを、まったく気にしないガレヴィル先生のお話は続く。

「無意識だったかもしれないが、時にはそういった事もある。危機的状況下で膨大な魔術を発現させる事が、な」

「でもふつう、魔術師は一つの属性しか使えない……」

「全く例がない訳ではない。はるかに少ない数だが歴史上に確かに存在する」

 わたしは聞いたことがない話だったけど、そうなのか。

「これからが大変だぞ、マースティン。もしかすると君は六属性全てを使えるようになるかもしれん。だからこそこれまで魔術が上手く扱えなかった、という可能性もあるな。何にせよ持てる属性全てをコントロールするには相当の努力が必要だ。体への負担も少なくはない。今回倒れたのも初めて膨大な量の魔術を使った為かもしれないが、複数の属性に体が耐えられなかったのかもしれない」

 まだ自分がたくさんの属性を使えるという話を信じきれていないのに、ガレヴィル先生はもっと信じられないことを言う。

 はっきりいって、もうこれ以上のみこめない。

 わたしには問題が山積みのように思える。

「ガレヴィル先生、そろそろ休ませてあげてください」

 養護教諭の先生が、わたしにはとても助かる言葉をかけてくれた。

「……うむ、その通りだな。また話があると思うが、今はゆっくり休みなさい」

 うなずいたわたしを見て、ガレヴィル先生は医務室を出た。

 わたしは先生たちの言葉に従って体を休めることにした。体を倒して天井を眺める。

 本当に、いろいろあった。

 もう、試験勉強に必死だったことも昔のように感じられる。

 魔術師見習いを狙う誘拐犯に会い、思わぬ魔術を発動させ、なんとか無事に学園に戻ってきた。誘拐犯を思い返してもあまりこわくはなかった。一気にことが運びすぎてついていけてないのだろう。

 ため息をつくしかなかった。

 そういえば、試験はどうなったのかな。

 わたしが倒れてからどのくらいの時間がたったのか。日にちはまたいでいる気がするのだけど、そうなると今は試験初日なはず。

 それにケイドはどうしてるのか。無事だとは聞いたけど軽くない怪我をしていた。小屋にいた時には誘拐されても憎たらしいと思ったけど、あんな風に殴られるのを見るのはつらかった。

 気になるといえば、マルティアはどうしてここにいたんだろう。

 それから、わたしの家族はどうしたんだろう。話は行ってると思うけど、学園に部外者が出入りするには手続きが必要だから時間がかかってるのか。そんなにフクザツな手続きじゃないはずだけど。一回家に帰ってるだけかもしれない。

 それに……、わたしはウィルクスが医務室を出ていかなかったことに気づいた。また体を起こす。

「あの……」

 思わず呼びかけちゃったけど、この前、自分が風の魔術で何をしたかを思えばウィルクスと話すことは難しかった。

 あの時は咄嗟だったから、強い魔力を持つ人物のことを思い返してしまった。

 ただそれだけ。なのにこの恥ずかしさ。

 緊急時に一番に思い出したのがウィルクス・キルケンススだったなんて、誰にも、本人にはなおさら知られたくない。

「なんだよ。言えよ」

 ウィルクスは不機嫌そうだ。いつも通りの彼に、なんだか安心してしまいそうだ。人は、混乱してる時にいつも通りのものを見ると、ほっとするのかな。

「な、なんでもない」

 わたしが言うと、ウィルクスは息をついた。

「お前ほんとに……」

 この空気は、お説教タイムか。

「口にしろって言っただろ。なんのために言葉があるんだよ」

 呼びかけられたのに何も言われないと、納得がいかないのだろう。ウィルクスには前にも似たようなことを注意された。だからこそ二度も言わせるなって怒ってるのだ。

「あ、うん……でも、なんでもなかったから……」

 本心を伝えたのに、ウィルクスは疑いの目を向けてくる。

 どうしたらいいか分からなくて、わたしは自分の頭をぽりぽりとかいた。この時やっと、髪の毛がぼさぼさなことに気づいた。普段からあまり櫛通りのいい髪ではないけど、これは頭から布団をかぶった方がいいのではというレベル。

 変な頭を見られたくない。ウィルクスはいつまで医務室にいるんだろう。

 わたしはそっと布団を引きよせた。

「……たいした怪我がなくてよかったな」

 声は聞き慣れたもの。

「え……」

 なのにウィルクスが言ったなんて思えなかった。

 それは、心配してくれたということ?

 単なる社交辞令?

 ウィルクスは、わたしがケイドみたいなひどい怪我をしなくてよかった、って思ってるってこと?

 それってつまり……ウィルクスってけっこういいひと?

「手の……、」

「おじゃまします! マルカム先生からエヴァニーに伝言~!」

 ウィルクスが何か言いかけたが、新たな訪問者によってさえぎられた。

「ちっ」

 医務室に入ってきたのは、またマルティアだった。

「どうしたの?」

 ウィルクスが苦虫を噛んだみたいな顔をしてるから、わたしは彼を見つめた。

「なんでもねぇよ」

 わたしたちは“なんでもない”ばかり言っている。そのことがおかしく思えて、わたしは小さくほほえんだ。

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