このチカラは誰が為に
旅館、『夢の舞』にやってきた。木造二階建ての宿で、奥行きがあり見た目とは異なり中はかなり広い。
そして私たちは今その宿の食堂にいる。
「遠いところからお疲れ様〜!」
出迎えてくれたのは優しそうな垂れ目のおばさんだ。
食堂は学校の教室ぐらいの大きさでテーブルが5つほどある。私たちはその一つに寄り、おばさんに会釈して席についた。
「この度は有難うございます」
松本が笑顔でおばさんに話かける。私はお冷を飲みながらその様子をぼんやりと眺めていた。
「いえいえ!璃空ちゃんの頼みだもの。裏庭、誰も使っていないから存分に遊んで行って。他のお客さんもいないし」
「それじゃ、お言葉に甘えて」
璃空ちゃんと知り合いなんだー、と考える。というか顔広すぎ…。
無造作に風見さんがテレビを付けた。画面に映るのはあの無機質な見覚えのある文字列。
『ーーーー×××から捜査が続いている谷狭野村の連続殺人事件の事ですが』
「あの…」
呪文のように読み上げるアナウンサーの言葉に風見さんが口を開いた。
「女将さん…でしたっけ?貴方はお一人で?」
「ええそうよ。私ひとりでこの民宿を管理しているの」
暫し考え、再び彼は口を開く。
「村には女将さんしかいないんですか?」
「いや、私以外いるはず。隣…って言っても1km先に住む吉村さんと…あと並木さんかしら?後は皆殺されたか出て行ったわ。貴方たちよくこんな物騒な村に来たものね…。気を付けた方が良いよ?」
山田も何か腑に落ちない表情をした。
そう、やっぱり何かがおかしい。
あの廃病院にしろ、この連続殺人事件にしろ何かが気になって仕方が無いのだ。
だって、ーーー何故この村に入ってから警察の人を見ていない?
また音葉の仕業か?それとも霊〈ゴースト〉の仕業か?いや、霊〈ゴースト〉にそんな力はあるはずない。
「まあまあ皆!とりあえずうどん食べようよ!村の名物なんだよね女将さん!」
濁った空気を雛子ちゃんが変える。
「そうだね〜。僕はどれにしよっかなー!」
「松本は泥水で良くね?」
「おいこら山田!さっきまで狂っていた癖にあんまり僕を虐めんなよ」
「もう大丈夫ですぅ〜」
横目でニート共を流しながらメニュー表を見上げた。
「えっと…じゃあ女将さん。うどん4つでお願いします」
「ちょっ…桜花!てめぇまで虐めるのかよ!?女将さん追加で一つ!」
「分かってるよ。ふふっ」
女将さんは楽しそうに笑った。
その目は我が子を見守る母親のようだった。
うどんが出来上がるまでの間、松本が唐突に手持ちの鞄から例の割り箸を出した。例とは無論先程の悪夢、王様ゲームである。
「またやるの?バカじゃないの?」
「馬鹿とは何だ!この前合宿やる目的を話しただろ?」
「ええっと…確か模擬戦だっけ?」
「あまり大きい声出すなよ。下手に一般人に聞かれたら〈神〉がどう手を下すか怖いからな」
「一般人が聞いてもただの厨ニ病だと思うんじゃないですか?早く話を進めてくださいよ」
私たちの会話に風見さんが混ざった。
「そうだな。山田と雛子も心して聞いてくれ。てか山田は体調大丈夫か?」
「問題無い。心配かけてごめんな」
つい一時間前まで叫んでいたとは思えないぐらいのけろっとした表情で山田は答えた。
「そうと決まれば早速僕が決めてきたルールを話そう」
「まともなのじゃ無かったら燃やすね」
「まともだから燃やさないでください!」
そして松本は割り箸の隣に白い紙を出した。それは少し細長い半紙のように見える。
「半紙はとりあえず置いといて…まずチーム決めだ。僕たちの能力って風見や以下略みたいに攻撃するタイプと僕みたいな攻撃しないタイプがあるだろ?」
「無駄に端折られて腹立つんだけど」
「まあまあ雛子落ち着いてください」
猫のように「ふぅー」っと髪の毛を逆立てた雛子ちゃんを風見さんが宥める。
「それでだ。さっきの前者と後者をそれぞれ1ペアずつ組んで戦う。例えば桜花と風見が組んで、風見と相手とのバトルを桜花がサポートする…みたいな?審判は前者の余り…というのはどうだ?」
「それって即ち私と松本は決してペアにならず、100%戦うってこと?」
「そういうことだ。誰か意見あるか?」
なるほど。勝てる気がしない。
「俺は良いと思うぜ」「わたしも一応さんせー」「俺も賛成です」「まあ…皆がそうなら私も同じく」それぞれが賛成した。
「前者をチーム攻め、後者をチーム受けとして」
「BLのカップリングみたいに言わないでよ」
そもそも受けとはなんだ。守りじゃないのか。
「…前者をチームA、後者をチームBとしよう。この割り箸、1と2の番号がふたつずつ、審判に値する王冠マークがひとつ入っている。僕と桜花で1と2を引き、そっちで1と2と王冠を引いてくれ」
「長い。飽きてきた」
「とりあえず割り箸引いてください!」
そんな訳で割り箸を引かされた。不正が無いようにお隣さんの雛子ちゃんが握る。
…ジャラジャラジャラジャラジャラジャラ。
「2本しかないのにそこまでシャッフルしなくて良いと思うぞ…?」
「占い師雛子なのです!」
隣の可愛い生き物に思わず頭ぽんぽんしてしまった。
「むぅ…桜花ちゃんくすぐったいよ〜。もう良いよ、引いて!」
私たちは頷き、割り箸を引いた。番号は1。じゃあ松本は2な訳か。
「ほほう…。僕とペアになるのは2を引いた人になるんだね。誰かな誰かな」
「絶対2番引きたくねえわ」
「わたしも〜。審判か、それか桜花ちゃんとペアがいいな」
「だからあんたら僕の扱い厳しすぎるんだよ!」
「王冠混ぜたから桜花ちゃんシャッフルして〜」
「スルー!?酷くない!?僕空気!?」
完璧すぎるスルーをして雛子ちゃんが私に割り箸を託した。手のひらでそれをジャラジャラと回す。
「どうぞ。適当に選んで引いちゃって」
「アイサー!」「了解です」「おう」三人がそれぞれに言い、私の手のひらから棒を摘み、引く。
「うっわぁぁぁぁぁわたし松本と一緒じゃん…」
雛子ちゃんが世紀末のような叫びを上げ、机に伏した。というのも束の間。再びむくりと起き上がる。
「って言うのは冗談で、松本強いから助かるよ。宜しくねリーダー」
「なんだ!?雛子はツンデレだったのか!」
あの扱いをツンデレで片付けられるなんて、相当Mなんですね。分かります。
「俺は桜花とだ。サポートは任せたぜ」
「う、うん!頑張るわ」
1番の割り箸を振りかざす山田に私は答えた。
「俺が審判ですか…。このゲームって判定どうするんですか?ペア決まったことですし説明お願いしますよ松本」
「おう。判定だがこの半紙を使う」
今にも破れそうなペラペラな半紙を摘まんだ。先程机に出されたものと同じものである。
「これを腕に巻いて腕章みたいにする。腕章を巻くのはプレイヤーのみだ。プレイヤーはここを的として相手に能力を放つ。サポーターは味方のプレイヤーの腕章を破壊されないようにする。これでどうだ?」
「なるほど。なかなか面白そうですね」
「ねえねえサポーターって無限に能力使えるの?桜花ちゃんのって結構体力消費するんでしょ?」
「そうだな〜。制限時間が15分としてどれくらいが限界か?」
「短時間限定で使うなら3回が限界よ…」
能力が芽生えた頃は不規則に発動し吐き気を齎したが、最近は大分コントロールできるようになってるつもり…だ。ただ、相変わらず平衡感覚は狂わされる。なんとかして慣れたいな。これさえ無ければまさに『完成された能力』、チート級って名乗れるのだけれども。
「じゃそうだな。ハンデとして僕は1回、桜花は3回ってのはどうだ?」
「私は別に良いけど松本はそれで大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。こいつとっておきの秘策持ちなので」
「ええ!?何それわたし超気になるーっ!」
秘策?時に関した必殺技なのだろうか?
質問しようとしたちょうどその時、女将さんがうどんを運んできた。
「おまたせー。あら?何やら楽しそうね。私も混ぜてくれないかしら?」
「ありがとうございます。駄目ですよ。ふふっ女将さんには内緒です」
自称コミュ障なのを疑うくらいの巧みなスマイルを見せる。松本、多分それで接客できるよ。だから働け。
「熱い体をうどんで冷やしてね」
「いただきまーす!」
皆で声を揃えてうどんをすする。
なるほど、これは美味しい。冷やしうどんなだけあり、ぽん酢とおろしが外の炎天下で火照った体を冷やしていく。麺ももちもちで食感が楽しめそして美味と名乗るに相応しい。
「ところであなたたち、心霊スポット巡りに来たの?年からして学生さんよね?大学生…いや、高校生かしら?」
「ブッ…!」
1番尋ねて欲しくなかった質問に思わずうどんを噴き出した。
「ネットで知り合ったオカルトグループですよ。心霊写真を撮るために来たんです」
「あらそうなの…。そう…やっぱ心霊よね…」
風見さんの嘘に女将さんは螺旋のように繰り返し唱える。
「あのね、ここに来た時病院は見なかった?」
「病院って…隔離病棟のこと?」
ポーカーフェイスを保ち続けている松本が問う。
女将さんが尋ねるぐらいだから、やはりあの病棟は“普通”では無いと確信する。
「そうよそれよ。まさかあなたたちそこに入ったの…?」
「そうだけど…やっぱ彼処ってやばいんですか?」
「やばいも何も。…今すぐ帰った方がいいわ。死にたくないなら」
「すみません、どういう意味です?」
「彼処には人ならざるモノがいるわ。私はここ30年ほどこの旅館に勤めていて見てきたの。心霊スポット巡りにあの病棟とそしてダム湖を見にきた客は沢山いた。しかしあの子たちはーーー」
間を開けて重く、重く。鉄か鉛のように言葉を吐き出す。
「皆あのダム湖の橋で自殺するの。死ぬ前に彼らは口を揃えて言うわ。“ユズリハ様が自分を連れて行く”ってね。この村の主、“ユズリハ様”に憑かれたら最期だよ。お陰でここは自殺の名所さ」
沈黙。山田だけがうどんを啜っている。
その山田が空気を読んだのか、箸を置いた。
「俺はそんな事どーでも良いんすよね。うーん…どーでも良くないか?まあいいや。おばさん質問」
遊ばせた金の髪が汗で首筋に引っ付いている。
髪がかかったうなじを掻きながら山田は顔を顰める。
「…やっぱいいや。ご馳走様。俺、先にダム湖の方を観光してるから食い終わったら探してくれ」
返事を待たず山田は席を立った。
そこにあるどんぶりは既に空っぽだった。
その後私たちは昼飯を終え、旅館の裏庭に回った。
建物の影から青白い閃光ーーー山田の能力が伺える。
「やっほ。練習?意識高いね」
「ばーっか。な訳あるか。きちんと発動できるか心配だっただけだ」
手をパンパンッと払い、大きく伸びをした。
「やる?」
「ここじゃ人に見つからないよね?」
「多分大丈夫だろう。サツもいねぇし、女将さんも出て来ないだろ」
「おっけ。おっけ。じゃ山田と雛子は半紙を腕に巻いてくれ」
「りょーっかい」「あいよ」
二人が腕に巻いている間、私は周辺を歩き回る。
「ねえ風見さん」
唯一暇そうな風見さんに話しかけた。
「なんです?」
「ここ登ればダム湖なんですよね」
目の前に立ちはだかるのはコンクリの壁と安っぽい階段だ。階段の段数は15段ほど。最近出来たばかりなのか、真新しい。
「登ってみますか?」
風見さんの問いかけに私は頷いた。
「霊〈ゴースト〉って巷に騒がれる幽霊とどう違うんですか?」
二人の足音を虚しく響かせながら階段を上がる。
「ほとんど一緒ですよ。たまに一般人に見える人がいたり、波長が合うと写真やビデオに映り込むだけです」
「そうなんですか…。一般人には見えないものがはっきり見えるなんて不思議ですよね」
足元から無限に湧き上がる霊〈ゴースト〉を虫ケラ同様睨みながら階段を上がった。
流石心霊スポット。私たちが住む町に比べて霊〈ゴースト〉の量が半端ない。
「作業員の思いですね。薄っすらと残っています。恐らくダム工事の際に亡くなった方ですかね」
足元を見下しながら風見さんは言う。
彼が言ったのはこの温泉の泡のように湧き出る黒い塊のことだろう。
「そんなことも分かるんですか?凄い…」
「あはは。まあ桜花ちゃんより長く〈能力者〉やってますからね。見るだけで大体察せます」
夏の日照りの中、上がった階段の先には不気味な湖が佇んでいた。深い深い、緑色の下は闇が広がっている。
その闇を二つに分けるかのように白い吊橋が向こう岸へと掛かっている。女将さんの言ってたこれが自殺の名所と呼ばれているものと見える。
「このダム湖、周辺の住民からかなりの反発を受けたんでしょうね。でも政府は無理矢理開発を進めた」
「一体なぜ…?立地条件が良かったから?」
「まあそれもありますが、俺の推測はあの病棟がヒントではないかと思います。謎の病が流行った結果、世間に広めないためにーーー」
「村を潰そうとしたのね。怪しまれないように一部だけ残して」
「そうですね。それだけでも十分怪しいと思いますが」
私と風見さんが湖を見ながら思い更けていると下方から声が飛んできた。
「風見ー!桜花ー!始めるぞー」
「分かりました。今行きますよ」
大声で風見さんが松本に答え、そしてくるっと方向を変えた。
「じゃ行きますか」
彼の返事に頷き、後に続いて階段を降りる。
だけど何だろう。この胸に渦巻く違和感は…。
「ルールを確認します。チームはプレイヤー、それを補佐するサポーターで成り立つ。プレイヤー同士が戦うのは15分間。その間常識の範囲内で戦うこと。着ける腕章は左腕で、3つまで装着可能。先に無くなったら負け。サポーターはそれを破られないように補佐する。尚、ハンデは先程話した通り。少し追加しましたがこれでいいですか?」
「問題ない。さっさと始めよう」
山田と私、雛子ちゃんと松本が向き合う。
「ふふふ…僕がWiiスポーツで鍛えた運動能力を見せるときが遂に来たか!」
「時間は俺の携帯でカウントします」
「えっ、無視!?また無視なの!?せめてツッコんでよ!?」
相変わらずのペースの松本を白い目で見る。
「風見っち早く話進めちゃって」
「そうですね。あ、チーム名決めておいた方が良さそうですね。では山田の方をウサギさんチーム、雛子の方をゾウさんチームにしましょう」
「え…風見さん…。何だよそのネーミングセンスは…」
「さて、なんでしょうか?ふふっ」
「そっちにはツッコミ入れるんだね!?」
「松本は本当可愛いですね」
「はぁ!?」
風見さんが笑いながらポケットから携帯を取り出す。そこはかとなくホモの香りがするのは気の所為だろうか、いやない。これ反語。
「始めますよ?いいですか。それでは3秒前ーーー2、1、0」
カウントダウンが下され、0になると両プレイヤーが能力を発動させた。
「燃やし尽くしなさい、火怨の祈りよーーー!」
「我が血に変えて、煉獄の門へと送り払う。神殺せーーー!」
厨ニなワードを繰り広げ瞳を異色に染める。
能力。そんな非現実が目の前で弾ける。
「綺麗だなぁ…」
山田の背後に佇みながら、帯びる光の残存に目を細めた。
「関心してる場合か?先手必勝だ」
山田が叫び、右手を掲げる。彼を取り巻く光の弾丸が速度を増し、ゾウさんチームへと進んだ。
「弾ぐらい燃やせるもんねっ!」
蒼い弾はかすりもせず、雛子ちゃんの紅蓮の炎に消されてしまう。
「やられたらやり返す500万倍返しだよっ!いっけぇぇ!」
ライターから溢れ出した火焔が踊り、私たちの方へと疾風の如く放たれる。近づく度に感じる熱量に命の危機を察してしまう。
「やばっ、ちょっと一旦引くわよ」
山田のフードを掴み、近くの倉庫の裏へと回った。
「どうするか…15分だぞ?その間にアレをなんとかしなきゃなぁ…」
「ねえ山田、腕章を破壊するのってプレイヤーじゃなきゃ駄目なの?」
「それは無いと思うが」
「分かったわ。ひとつだけ案があるの。ちょっと試しに付き合ってくれる?」
「なんでも実践が大事だろ。向こうも作成建ててるな。よし、聞くぜ」
そう、それはーーーーー
「ほら、こっちだぜ!」
山田が建物の陰から飛び出した。
両手を広げ、再びあの能力を発射する。
「そうは行かないよ」
雛子ちゃんも負けずに火種から生まれた炎を駆使する。
「審判、ここで能力一回目使うわよ」
「デッドジョーカー始動ですね」
「恥ずかしいから言うのやめて!?」
左手で火照った頬を抑えながら、利き手である右手を挙げた。
呪文詠唱するかどうか迷う。どうするか?いや、そんな事どうでもいい。
わが身に委ねよう。
「こんにちは松本」
雛子ちゃんの背後を守っていた松本に話かける。
背後にいる為うなじに第3の目がない限り山田の攻撃は見えてないはずだ。
「何かな桜花。何をしてもどかないけど」
「あら?話してる余裕なんてあるのかしら?」
力を全身から抜き、能力を発動。今瞳は金に染まっていることだろう。
浮遊感と落下する感覚が包み込むが、初期ほどではない。ある程度耐性はついたのかな?
「おっとと手が滑ったぜ」
あちら側で山田が嗤う。態とらしく嗤う。
軌道を外した弾丸は雛子ちゃんの炎を華麗に避け、松本の頬を狙った。
炎より小さい弾丸は機敏に動き、速度を増す。増したそれを松本が右に回避する。
「おいっ!山田危ねぇだろ!?」
「すげえ避けた…。でもね、右だと思った?実は左でした、なんて…ね?」
松本が山田の的と化す。雛子ちゃんが慌て陣形が崩れる。
今だ、この一瞬、この間隙を…!
体が軽い。いつかショタっ子を事故から救ったときよりも軽くふんわりと雲のように舞う。
数秒先の未来が見える。彼が山田の能力を完全に避け切った未来。
大丈夫。真っ直ぐ進めば雛子ちゃんの背後はガラ空きだ。
そしてーーーダッシュで近付き腕章を鷲掴みにした。
「やっぱり一瞬じゃひとつが限界ね」
息を切らし破った半紙を摘む。
「そう来るとはな…。風見、今時間ってどんくらいだ?」
「もうちょっとで五分ですね。残り時間は10分ちょいといったところでしょう」
「おーけーおーけー!ちょろいもんだぜ」
「桜花ナイスだ」
「いえーい」とお互いハイタッチを交わす。
「ではいいですか?再開しますよ?」
風見さんが告げ、またカウントが始まった。
とりあえず物陰に隠れる。
「なあ桜花」山田が耳元で囁く。
「松本がどんな手を使ってくるかは予想出来ないが、雛子の能力はある弱点があるんだ」
「ほほう?で、どう攻めるのよ」
「あいつの能力って火種が無いと使えないんだ。だからライターが使えなくなるまで打ち続ける」
「10分で何とかなるの?」
「何とかしてみせる。この時のためにあいつのライターこっそり取って爆竹したり喫煙ごっこしたりして無駄遣いさせてきたからな」
「どこまでDQN系厨ニ病ぶる気!?」
それ雛子ちゃん知ったら泣くよ…。
あと喫煙ごっこって何?吸ってはいないんだよね!?良い子は真似しちゃダメよ。桜花ちゃんとの約束だよ!
「…俺の腕章が破れないようにサポートしてくれ。能力使わなくても桜花の動体視力はかなり上だ。頼んだ」
「う、うん…やってみるわ」
正直不安だらけだ。急に言われても私は背後で立つことしか出来ない。
山田が飛び出した。それに続き私も建物の影から飛び出る。
「おっそーい!ヘタレ!」
「誰がヘタレじゃ」
「まあいっか。戦いの続きをしようじゃないの」
再び紅の炎が炸裂する。山田が舌打ちし、蒼い弾丸を飛ばす。ふたつが折り重なり舞台のセットのような光が溢れる。
「これじゃ打ちっぱなし…キリがないよ〜!貯めて撃ってやる!」
「火事起こすなよー」と松本が注意をしたのも束の間、先ほどの熱量を遥かに上回る巨大な炎の塊が現れた。
「化物かよ…」
「山田に言われたくないよっ!」
握り合わせた両手を下ろすと火災旋風が巻き起こった。
「こっちの方が逆に燃料が消費されて好都合だ」
「…なんか言った?」
火災旋風が私たちに直撃する。それを右に避けようとした時、雛子ちゃんがまた力を貯めているのが見えた。
「左に避けて!そしたら伏せなさい」
山田のフードを引っ張り、その金髪に手を当て地面に伏した。今だけ土下座をしている人の気分がわかった気がする。
その隣、右側では火災旋風に遅れて威力を増した鬼火のようなものが迸った。右に行ってたら消し炭になっていたと思う。てか殺す気!?
「桜花…マジさんきゅ」
金髪が顔を真っ青にして言った。
「あれ〜もう出ないや」
雛子ちゃんがカチカチとライターを鳴らすもののその先からは炎は出ない。どうやら山田の作戦は実行されるようだ。
「はははは残念だったな雛子…チェックメイトだ」
「あんたはいつなら悪役になったのよ」
「僕もいるよ!」
「松本は空気アピールしなくていいわよ!?」
無意識でツッコミを入れてしまう。芸人気質とまではいかないはずだが、明らかにこのメンツと連むようになってからツッコミ役になってる。
「打ち抜け!」
山田が弾丸を放ち、雛子ちゃんの腕章に当てた。
「クリーンヒットだぜぃ!さよなら逆転ホームラン!」
「もう意味が分からないわ」
そう喜んでたのも一瞬、私たちは松本の切り札を忘れていた。
「風見、能力を今使う」
時間はまだ残っている。
そう、制限時間はまだあるのだ。
「はじめから巻き戻し〈リセット〉」
松本と初めてあった時に見たあの懐中時計が揺れた。
錆が浮き、時計の針が止まったそれはゆらゆらと振り子のように揺れている。
だがしかしーーー
「何にも起きねえじゃん!」
「それはどうかな?」
何も起こってない?いや、それは違う。
何かが、確かに変化している。
アハ体験のような既視感が私を酔わせる。
「あ…あれ?」
先程山田が破った腕章が雛子ちゃんの腕に再び蘇っていた。
但しそれはひとつ少ない。ふたつだけだ。
「ただ、これは弱点があってな。モノが壊れてから直ぐにやらなきゃならないんだ」
「使えな!?」
「そう言うなよぉ…僕としては1度に破壊して欲しかったんだけどね」
「でもまあ中々面白い能力じゃないですか。必殺技使って負けるって展開も面白いです」
「お前ら酷い!!ドイヒー!」
「はいはい。風見さん、次はメンバー入れ替えてやりますか?」
「ちょっとその前にわたしライター買いたいんだけど…。スペアを旅館に置いて来ちゃった」
「うーん、ここら辺にタバコ屋ってありますかね?どう見てもコンビニは無さそうですし」
「松本〜、負けた次いでにおつかい手伝って。仮にタバコ屋あったとしてもわたし未成年だから入りにくいし」
「別に良いけどそんなとこあるのか?初めから旅館に取りに行った方が良いだろ?」
「そうだね。じゃあ皆さんちょいとお待ちを〜」
「あのー会話の途中失礼しますが」
「どうしたの桜花ちゃん」
ずっと気になっていた疑問を突きつける。
質問する機会が無さすぎて忘れてたほどだ。
「松本って歳いくつ?」
「え?それ?璃空の設定年齢と一緒」
「ますます分かんねえよ!?」
「ツッコミが雑になってきてるぞー」
まず璃空ちゃんっていくつ!?設定年齢!?
いや、作られた人形だから設定があってもおかしくないけど!
「俺は23歳だ。大学は中退したから大学生じゃねえぞ」
「は、はぁ…」
二つの影がパタパタと旅館の方へ傾くのを眺めた。
高校生ではないと思ってたけど。
思ったより年上だなぁ…。
このあと再び模擬戦をまたやり、私と雛子ちゃん対松本と風見さん、私と風見さん対雛子ちゃんと松本でやった。何と無く山田とのペアが1番やりやすかったかな。
まあ、この続きはまた今度の機会にでも語ろうと思う。
まだまだつづくよ