ハジマリは哭く
「暑い…」
思わず口に出してしまった。
時は6月下旬。夏を感じさせる熱気と共に私、華の高校2年生の穂高桜花は下校していた。
どうでもいいかもしれないが読みは“ほたか”ではなく“ほだか”である。
「なんなのよ…」
やっぱりセーターなんて着てくるんじゃなかった。
桜花ちゃん激しく後悔してます。
私はプロローグでも述べた通り、普通の女子高生ではない。
普通じゃないというと『蝉を食べます』とか『特技は顔面パンチです』とか『将来の夢は赤いバケツです』とかではなくて、既に現実的にありえない能力を持っているのだ。
能力、と言うと皆はどんなものを想像するだろうか。少なくとも中学時代の私だったら、瞬間移動や天地を操る様な漫画やアニメのPSIやESPを連想すると思う。
しかし、私の場合人の死を予知できる能力という皆が想像するものとはまた違った力なのだ。私自身幼い頃は不思議な力に憧れたが、今はそうではない。自分の能力が好きではないだけかもしれないが。
この能力が目覚めのは高1のはじめだった気がする。ある時気が付いたら黒マントのジジイに会い、まるで知っているかのような口ぶりで押し付けられた。
1年経ったけど未だに制御が出来ない始末だ。
どうにかなんないかな。
賑わう雑踏の中でそんな事を考えてみる。
考えても何も解決しないと思うのだけれども。
周りを挙動不審に顔を回しながら歩いているとちょうどすれ違ったおじいさんと目が合ってしまった。
…あ、しまった…。
突如、高層ビルの最上階から急降下するような感覚が全身を駆け巡り、ノイズが混ざるように白黒の映像が瞼の裏にフラッシュバックする。“顔”がそして見えてしまった。
「もう嫌ッ…!!」
感覚になれない上、そんな人の死に顔なんて見て楽しいかと思う?
耐えられない、気持ち悪い…。
おぼつかない足取りで商店街を抜けて、大通りに出る。はやく帰りたい、という感情だけが募っていた。
週末の所為なのか、とにかく今日は人が多い。
なるべく人を避けた道を通りたいが仕方ない。ここの交差点を渡ればもう駅だ。そこから家まで二駅。大丈夫、我慢できる。
信号を待っていると、どこからか小学3年生ぐらいの男の子が少し離れたデパートの前で真新しいボールでリフティングをしているのが見えた。
小さい子って呑気でいいよね。ああ、あの頃に戻りたい。
しかしその時、ボールが男の子の足から離れ、宙に浮き、道路へと勢いを失わないまま吸い込まれていった。
もちろん信号は赤で…男の子はそれを追いかけて…
「危ない‼︎‼︎」
このままじゃ引かれる!
喉が引き裂かれるかと思うぐらいの声を出した。周りの視線が一気にこちらに集中する。
私の大きすぎる声に男の子がこっちを向きその目が合った。
瞬間、あの感覚が全身を流れていく。
「え…?」
荒れ狂うノイズの中、バスに跳ねられる男の子の姿が赤い…紅い血だけが鮮明に脳裏に映された。バスの運転手がひたすら男の子の母親に頭を下げていてーーー
「なんで…?」
そんな、幼い子の命を見殺しにするわけにはいかないよ…。
偽善?そんなの知らない。私の今やるべき事は…。
私はありったけの力を振り絞り6月の日差しに熱せられたアスファルトを蹴った。
実はこのいらない能力が目覚めてから運動神経も上がっていた。
運命になんて負けてたまるか。
刹那。
私は男の子を抱きかかえ、そのまま歩道へと倒れこむ。
しかしまた別の感覚が全身に伝わる。まるでストロボのように眩しいぐらいの血が滴るグロテスクな映像が流れこんできた。これはバスの運転手…?
腕の中に男の子がいると確認すると共に近くでありえない音が聞こえた。
まるで自動車が事故を起こした時のような音が。
ゆっくり目を開けると、そこにはバスの前面が大破し、電柱がめり込んでいた。
「うそ…」
めり込んだ電柱はヘッドガラスを破り、運転手の頭に直撃していた。外からでも赤い何かが滴っているのが確認できる。
それじゃあ桜花ちゃん、自問自答してみよう。
私はなにをしているの?
ショタっ子を助けました。
なんでバスが大破しているの?
…ブレーキで事故ったんですかね?
なんで事故ったの?
……私のせい???
辺りはキャーキャー悲鳴を上げる野次馬で溢れかえっていた。
「こうちゃん…‼︎‼︎」
「お母さん!」
男の子の母親らしき人物が息を切らしながらこっちに駆け足でやってきた。
「た、助けてくれてありがとうございました」
深々とお辞儀をされたが、私は喜べなかった。
「いや…いいんです…」
野生の本能ってやつなんです。いや、違うか。
「あの、学校はどちらで?」
そうショタっ子の母親が私に問いただした時、ちょうど運良くそこにいたのか、警官が駆けつけた。
「お嬢さん、目撃者だよね?」
「い、いえ!…ち、違います!!」
違わなくないが、もう私の暑さで腐った脳じゃ判断出来なくなっている。
人を助けたら、違う人が亡くなりました。本来死ぬべきない人を殺してしまいました。これ即ち桜花は人殺しです、ということしか理解できなかった。できれば理解したくもない。
ーーー私が最初に見た男の子の死相にはあの運転手は生きていたんだから。
「ねぇ…なんで…」
堪えず涙が瞳に溢れる。
嫌だ、嫌だ、嫌だよ…
助けてよ?
人の波に抗いながら、手の甲で涙を拭き路地裏へと逃げるようにして走る。
もし神様がいたならいますぐこの能力から解放してほしい。
どうして私にこんな能力を押しつけたの?神様なんて大嫌いだよ…死んじゃえっ!
暗い路地裏をフラフラと歩んでゆく。
外の音が遠くなる、まるで世界から切り離されたような孤独感が私を襲った。
「誰か…助けて…」
涙が頬を伝う。泣いたのはいつ以来だろうか。
その時、後ろから声が聞こえた。
「神様なんていないよ」
低い、透き通るような一般でいうイケボな声が彷徨う私を止める。
「そもそもそんなものなんて、人間が作った空想でしかないんだ。」
イケボは続ける。
「大丈夫。安心しな。僕は君の敵なんかじゃない。むしろ仲間だ。同じ選ばれた〈能力者〉というね。」
…え、今なんて言った?
「運命を変えるような真似はもうしちゃダメだよ?今回はまだよかったけど君が死んじゃったら僕たち困っちゃうし。運命がディスティニーしちゃうっ!!」
両手を横に広げ、戯けた様子で私の背後で囁く。
最後の一行の訳が分からない。
「桜花…ちゃんだっけ?話は全て〈神〉から聞いてるよ。あ、神は神でも廃れた“神様”さ」
イケボの声にゆっくり私は振り向いた。
だれもいない路地裏。
建物の影と逆光になり、イケボの顔はよく見えない。白い半袖のパーカーとカーキ色のハーフパンツを履いた長身の男の姿だけは辛うじて認識できた。
「なんで私の名前を知ってるの?」
自分の声が震えているのが分かる。
「一般常識だよ。〈能力者〉じゃみんな知ってる。人の死を予知できる眼、不完全な能力を持つってね。」
イケボは左手で古めかしい懐中時計を握り締めながら呪文のように告げる。
「僕は松本。話があって君をここから助けにきた。僕と一緒に事務所まで来てもらおうか」
「嫌だ、と言ったら…?」
私は恐る恐る尋ねる。
「あ、ごめん。君に拒否権はないんだ」
「私の人権は!?」
基本的人権の尊重は何処に言ったんだ。これじゃ日本国憲法もびっくりだ。
「じゃあ言い直す。君を誘拐させてくれ」
「なにこの犯罪臭!?」
「駄目かな?」
「何キラキラした瞳で見つめてくるの!?やめて、気持ち悪い!」
「ガーン」
ガーンって声に出すものなの?てかお巡りさん、事故もいいけど、こっちにも不審者いるんで助けてください!?
「返事」
「え?」
「もう一度言う。僕と一緒に来てくれ。君をその能力から助けたい。セクハラは絶対しない、大丈夫だから安心して!」
「ここまで来て何を断るっていうのよ。今のはほんの少しのジョークよ」
私は大きく息を吸って告げた。
涙で掠れた声を精一杯振り絞る。
「私を助けてください」
握った拳を彼の胸に押しつけ彼を見上げた。
しかし、澄んだ瞳が私の目と合うとあの感覚が駆け巡る。瞼の裏に実際に見ているかのような鮮明な映像が流れてきた。
佇む少女は左目を苦しそうに押さえあるいている。あれは…何だろう?古い洞窟、石板、その奥の部屋は見方によっては迷路のようにも見える。少女はそこに千鳥足で歩いて…。そして歩いている少女に銀色の槍が禍々しい音を立て突き刺さり、そこで映像は途絶えた。
「…これは死相?」
「ん?顔色が悪いけど、どうかしたの?」
私は裾の長いセーターを捲り上げながら呼吸を整える。
「今、あなたの死相が見えたはずなのに、見たものは女の子だった…」
「僕は女の子じゃないよ!?」
「知ってるわよ!てかこんな推定身長180cm以上のデカい女と一緒に歩くのは嫌!」
「さりげなく酷い事言うね!?」
「しかし、あの子…誰なんだろう。茶髪のロングで三つ編みしてて…私みたいな編み込みじゃないんだけれど。服装は黒いジャンバースカート…。」
そう私が言った時彼が止まった。
「どうしたの?」
ロボットの様に小刻みに動きながら再び私を見下ろす。
「…なんでもない。今は僕たちが君を助ける。それだけさ」
「本当に大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫さ。」
「なら良いんだけど…」
不安は喉の前に出かかっていたが、本人がそう言うなら大丈夫だろう、きっと。
私は先ほど途切れた言葉を言い直す。
「改めて私を助けてください。」
そして私と彼らの世界を賭けた物語が産声を上げる。
厨二は素晴らしい