晩秋ノスタルジック
「何だこれは」
僕は今、職員室にいる。
何故いるのかと問われたら皆のお察し通りの答えだろう。
「何だと聞いている」
___僕のクラスの担任、笹村夏未は先程提出した進路希望調査という名の紙をその机の上に乗せた。
「進路希望調査票っす」
「そんなのは猫でも分かる。私が聞いているのはお前…松本が書いた回答だ。大学進学、その下に“ニート”と書いているな?」
「はぁ」
「私はニート大学なんて知らんぞ?」
「アメリカにでもあるんじゃ無いっすか」
「適当な事を言うな。半年後は卒業するんだ。一体ご両親は…」
そう笹村は言い、口籠った。
僕の家の家庭環境を知っているのか知らないのか。雰囲気からして少なくとも家庭が崩壊してるのは承知しているらしい。
まあ言う通り、僕には家族がいない。
正確には、二年前姉を 亡 く し た。
表面上では事故死とされているが殺された。それもこの世を制する〈神〉と名乗る者に。
原因は〈能力者〉と呼ばれる姉以外の奴らが辞退したからだ。辞退も何も僕は姉から少ししか話されていないから詳しくはよく分からないが、デスゲームなるものに参戦させられたらしい。最後の1人になり〈裏切り者〉を見つけられ無かった罰として殺められたそうだ。全く神とは理不尽である。
そんな事を世間に口外できる訳はなく、姉•松本葉夕に関わる全ての人物から彼女に関する記憶を抹消された。戸籍も、写真も、卒業証書も、彼女の部屋も全て無かった事にされたはずだったが母親だけは誤魔化せなかったらしい。存在しないはずのお腹を痛めて産んだ娘の名を連呼する妻に父親は愛想を尽かし、そのまま離婚。現在母親は精神病院に入院している。そんな中僕は父親に引き取られ、ほぼと言っていい程一人暮らしをしていた。
何故僕の記憶の中に姉の存在があるかと言うと姉の死の直後、能力に目覚めたからだ。
彼女によく似た、時の能力を。
「おい松本聞いているのか」
視界を遮る長い前髪を掌で上げながら笹村が心配そうに見つめる。
「でも父親はいるんだろう?今度の面談に」
「もういいです。考えておきます」
勿論嘘だ。建前だ。
将来の事なんて何も考えるつもりはない。
職員室を後にし扉を閉める。笹村が何か言いたそうな顔をしていたが、それは気にしないでおこう。
そう考えながら僕が廊下に出た時、何かにぶつかった。
一瞬思考が止まる。だって目の前にいたのはどう見ても小学生の女の子だったからだ。
腰に届くぐらいの長い黒髪は緩くウェーブしており、雪のように白い肌には桜色の可愛らしい唇が映えていて見とれてしまう。レースが揺れる水色のワンピース、そして羽織った白い半袖のカーディガンが彼女の肌の白さを際立たせる。一言で纏めるとめちゃくちゃ可愛い女の子だった。
「えっと…何かな?」
僕の言葉に答えることなく、大きな瞳で見上げる。その色は黒ではなく群青にも緋にも見える不思議な色をしていた。
「君に用があるから学校という施設に来てみた」
「僕に?用?」
そう尋ねると幼女はこくりと頷いた。
「ところで君誰?」
考えてみても幼女には見覚えがない。友達なんていないし、仮にいたとしてもこんな綺麗な幼女が妹だなんて噂はすぐ広まると思う。
「ボクは〈神〉の意思疎通者。名前は璃空」
「…厨ニ病?」
「むむ。ダークネスと彫られた十字架のペンダントと針の止まった懐中時計を首からぶら下げている君には言われたくないのだよ」
「何で知ってんだよ!?」
誰にも見られないようにワイシャツの下に着けているのに!というか懐中時計は姉の形見で決して厨ニではない!
「うーん。まあいいや。ここじゃ目に留まるから屋上に行こう」
幼女が目を閉じた瞬間、青白い光が輝いた。余りの眩しさに自分も目を閉じる。
風を感じ、再び目を開くとそこは屋上だった。
傍らには息を切らした幼女が座りこんでいる。
「…タイムテレポート?」
さっきまで廊下にいたのに一瞬で屋上に来てしまった。
「違う…はぁっ、君の…能力をコピーして…時間を止めて…君を担いで…ゲホッ…階段を上がったんだ」
「僕を誘って普通に上がればいいでしょ!?」
「やってみたかったんだ…ふぅ。警備とやらが面倒だったから学校に侵入するのもそいつを借りさせて貰ったよ。少し後悔」
息を整えながら幼女は立ち上がる。
「それより能力って?」
「ああ、そうだ!ボクは0人目の〈能力者〉だ。能力はそれ自体をコピーするもの。会いたかったよ松本朝緋」
「0人目…?」
「うん、0人目だ。今は〈神〉だからね」
聞き覚えのある単語に思考がショートする。
「〈神〉ってまさか、姉ちゃんを殺した…」
「まあまあ落ち着きたまえ」
降参を示すかのように両手を上げ、幼女は続ける。
「ボクは〈神〉だがそいつではない。奴が切り離した意識でしかないんだ」
「じゃあ君の意識の元とやらの〈神〉は何処にいるんだ」
「死んだよ」
感情の見分けがつかない低い声で囁くように彼女は言う。
「死んだ?」
「うん。だから再び宴が始まる。そしてあの人は蘇る」
最後の方は屋上に吹く風に掻き消されて聞こえなかった。
「だから、君には残りのボクを除いた9人の〈能力者〉を見つけて欲しい」
「なんで僕がやらなきゃいけないんだ。君がやればいいんじゃないか」
「それかできたら良いんだけどね。さっき試してみたけど激しい運動はできないみたいだ」
そう言い、陶器のように白い左手を突き出す。
「あくまでこれは入れ物で中身のボクは霊〈ゴースト〉だ。負担をかけると壊れてしまう」
「霊〈ゴースト〉?」
「君にも見えるだろう?」
顔色を伺うようにして言うものの幼女は言い直す。
「もしかして君には見えていないのかい?」
視線を僕の後ろに移す。僕は振り向いたがそこには何も無かった。
「むむむ…。まだ不完全なのかね…」
幼女は暫し考えるとケータイを取り出した。今は絶滅危惧種のガラケーである。
「うーん、まあ後ででいいか。とりあえずこの学校にもう1人〈能力者〉がいるんだ。だから君から干渉して仲間にして欲しい」
「コミュ障の僕に随分無理を言うね!?」
「なんとなんと、今から30分以内にお申し込みして頂くとアパートの一室プレゼント」
「いらねえよ!?通販みたいに言うな」
アパート貰って何するんだよ!…いや、待てよ。別の部屋があれば休日にいる父親と顔を合わせる機会が減るんじゃないか?
「悪い、前言撤回だ。アパート欲しい」
「まさかの食いついた!?狭いけどいい?ボクの貯金じゃ無理があってねえ。駅前だし此処から10分ぐらいの近場だから許してくれるかい?」
「くれるなら何でも良い。有難く頂くよ。で、その〈能力者〉の能力とか名前とか分からないのか?」
「確か名前は風見なんとか」
分からないんじゃねーかよ!
「学年は2年。能力は鎌鼬みたいなやつ。ほら風が刃になるみたいなのだろう?」
「説明適当すぎだな」
しかし風見?聞いたことある。
何せ学年トップの成績を取っていて僕のクラスメイトが騒いでいた。確かひとつ下の学年のはずだ。
そして眉目秀麗、才色兼備。女子からはかなりモテるらしい。非リアの敵、まさにリア充である。とっとと爆ぜろ。
「分かったみたいだね。まだ部室に残っているみたいだから君から会いに行ってくれたまえ」
「今からかよ!?急すぎないか!?」
「まあまあいいから。アパートが待ってるよ、ね!」
強引に両手で僕を押し出し屋上から退場させる。
そんな僕が消えた屋上で幼女…璃空は先程取り出した携帯に電話をかけた。
「やあ音葉、ボクだよ。やっぱり2人目だ。覚醒を求める」
とりあえず職員室に戻ってきた。
風見なんとかさんというやつのクラスと所属部活を探すには此処が1番妥当だと思ったからである。
個人情報を漁るためあの能力を始動させる。
胸元の懐中時計を握り締め深呼吸をし、目を閉じる。
僕が目を開くと廊下の時計の針は止まっていた。
「よし」
職員室に侵入しクラス名簿を出し奴の名前を探す。この能力は持って5分だ。急がなければ。
適当に開いてみると風見の文字があった。2年4組だ。
次に4組の担任教師の机を探す。
マネキンのように動かない教師の座っている椅子を転がし、引き出しを開けた。
なんだろう。とてつもない罪悪感に見舞われた。
「うーん…。なんか自己紹介表みたいなの無いかな」
手当たり次第掘り出すと、彼の書いた学期末振り返り表があった。名前は風見奏士。腹が立つほど綺麗な字である。死ねばいい。
そして風見奏士とやらは“勉強部”に所属しているらしい。というかそんな部活あったの初めて知った。どう考えても教師受けだよね!?リア充してるよね!?
部室は3階の多目的室か。よし、分かれば良い。
僕は出したプリントを元通りにし、もう一度自分が弄ったままの所がないか確認して職員室を後にした。立つ鳥跡を濁さずって言うもんね!
扉を再び閉めた所で能力を解除する。
階段をあがり、3階へ向かう。見つけた。此処だ。部屋の内側なら何やら笑い声がする。
疑問に思いながらもノックを2回すると「はーい」と軽い返事が聞こえた。
ドアを開くとテレビ番組を見る男子生徒が1人いた。人間1人とテレビと整理されてない机と椅子しかない質素な部室である。因みに番組はエンタの神様。笑い涙で溢れた目元を拭いながら少年は振り向いた。
「勉強部に何ですか?」
「あ、ごめん。部屋間違えました」
咄嗟の判断で言葉を投げ捨て扉を勢いよく閉めた。
それじゃあ整理してみよう!なんで勉強部と名乗る部活がお笑い番組を見てるのかな!?
「あの…」
再びドアが開き、少年が顔を覗かせる。またこれが腹立つ事にイケメンな眼鏡少年であった。
「すまない、質問だ。風見奏士はいるか?」
「俺ですけど」
ポーカーフェイスで答えたイケメンがどうやら風見奏士らしい。
「もう一つ質問だ。何してる」
「そりゃ勉強部ですから勉強です」
何を言ってるんだコイツは。
「でも君はテレビを」
「じゃああれです!ギャグセンスを磨くための勉強ですよ」
「学年1位が何をしている…!?君以外の部員はいないのか?」
「いるけど幽霊部員ばかりです」
なるほど。確かにこんな用途がわからない部活じゃ部員は通わないよな。
「えっと…松本朝緋先輩ですよね?」
空気のような僕の名前を言われた事に挙動不審になる。
「何故僕の名を?」
「先日夢の中で黒いマントを羽織ったオジサンが松本先輩の事をおっしゃっていました」
「夢?」
「夢なのに夢だと理解できる明晰夢でした。多分あれは何かの能力だと思います」
「能力の事を知ってるなら話は早い。璃空と言ったか。あの幼女が君と仲間になれって言うんだが」
「リクは幼女じゃないですよ」
「え、何!?実はBBAとか!?」
「いや、そもそも女じゃないです。男ですよ。彼は」
言葉を失った。
「そんな事どうでもいいですね。彼からアパートとやらの鍵を預かっているので一緒に行きましょう」
「お前も一緒に来るのか?」
「ひとりじゃ〈能力者〉探すの大変でしょう。俺も暇なんで手伝いますよ」
「助かるが…勉強やらはいいのか?」
「俺、元から頭良いですので」
…なんだろう。こいつ、アレだろう。無意識に自慢するナルシストだろ。
そんな会話をしながら鞄を持ち、校舎を後にする。
「お前さあ」
「風見奏士です」
「…なんて呼べばいいか」
「好きなように呼んで下さい」
「じゃあお前で」
「前言撤回します」
「…なんかあだ名とかあるのか?」
「言わなきゃ駄目ですか?」
風見奏士の表情が曇る。どうやら黒い歴史があるらしい。
「小学校のころのあだ名は“掃除機”でした」
掃除機?
奏士→そうじ→掃除→掃除機か。なるほど。
「てかそれ虐められてるんじゃ…」
「そんな訳無いです!うちの小学校はいじめゼロが売りなんですよ!」
「PTA仕事しろよ!?」
「決して皆にハブにされたり、掃除ロッカーに閉じごめられたり、給食にハエをいれられたりしてませんから!」
「だからそれいじめられてるって言ってるもんだろ!?」
担任教師も仕事しろ…。大人って本当駄目だね。僕はそんな人間にはなりたくない。
「じゃなんて呼べばいいんだ?奏士さん、とか?」
「夫婦かっ!!」
やべぇ…この子のノリ分からないよ。僕理解出来ないよ。
「絶対先輩とならお笑いコンビ組める気がします。コンビ名はかざちゃんまっちゃんで」
「ネーミングセンス無さすぎ…」
「では貴方だったらどう名付けるのですか」
「時を切り刻む双剣…《二刀流武宴-時-》とかはどうだ?」
「先輩実は厨二病ですよね」
うるせえ!てかここでコンビ組んだら作品変わるし。あとこの状況じゃ全国の腐った乙女たちの餌にされるよ。それだけは絶対嫌だね!僕は嫌だ!
「もういっそ無難に風見で良いだろ。あと、僕のことは松本でいいから。先輩後輩気にしないで」
「朝緋さん」
「おい!新婚夫婦じゃないんだからやめろ!人の話を聞け!」
てかこれ恥ずかしい。まんま返されただけだけど、下の名前をさん付けされるとか普段ないもん。
「じゃあ松本って呼びますね。久々に人と話した気がします」
「久々!?別にタメ口で良いのに」
「この方が落ち着くのでこうさせてください。松本は本当面白い方ですね」
「そ、そうか」
「東進ハイスクールのCMと同じくらい面白いです」
「それ褒めているか分からねえから」
「褒めているんですよ〜」
不服そうに風見がぶーっと唇を3にする。
そんなくだらない会話をしていたら目的のアパートについた。
「学校から意外と近いですね。ここの二階だそうです」
風見が僕に璃空から預かったらしい紙を見せる。
確かにその簡易地図ではこの目の前のアパートのようだった。
「アパートというよりも雑居ビルって感じですね。とりあえず鍵はありますし、上がりましょう」
「分かった」
今にも抜け落ちそうな錆付いた階段を登り、アパートの1番奥の部屋へ向った。そして風見が鍵を開ける。
「オープンザウィンドー!」
「いやドアだから!?」
「さすが松本、ナイスツッコミです」
「あ、ありがとう?」
もう訳が分からないよ。
ペンキの剥げたドアを開く。すると真っ暗闇の向こうから人間が顔をのぞかせた。
「早かったね」
「なんだ璃空ですか…。ん、後ろの人は誰ですか?」
璃空の後ろに人影がある。部屋自体が暗いからよく認識できないが黒い服を纏った男性のようである。色素が薄いのか、不気味な程白い肌に髪の毛は灰色がかっていて瞳は赤が入った茶色だった。
とりあえず僕は何故部屋の電気を付けずに人間二人が一緒にいるのかが理解できない。
「あ、この人はペッパーくん」
「…古城と胡椒を引っ掛けてみたらしいけど俺の名前は古城音葉だ。それだとロボットになっちゃうよ!?」
とりあえず古城音葉というらしい。黒いマントから手を出し、腹の前で指を重ね会釈した。服装はアレだが常識人なのかもしれない。
「夢で会いましたね。俺は風見です。璃空さん…リクたそナイスギャグセンス!」
「ふんどし一丁!わっしょいわっしょい!やっぱり風見くんはボクのギャグセンスを分かってくれるのだね!嬉しいよ」
「お前ら一旦黙れ」
というか璃空、お前風見の名前まともに覚えていなかっただろう。
ハイタッチを交わす璃空と風見に喝をいれ、話題を切り替える。
「あんたらが此処で待ち伏せしていたのには何か理由があるんだろ?例えば能力の事とか…お前の性別の事とか」
「ああ、そうだ。うっかり忘れるところだったよ」
「忘れるな!?あんたは認知症か」
「ここで駄弁るのもあれだし、今日からお前らの部屋なんだから中に入って。ゆっくり話そうか」
音葉の提案でアパートの中へ入る。中には部屋が3つほどあり、意外と広かった。
「てかさ、ずっと気になってたんだけど電気付けろよ!」
「電気と仲良くしようってでんこちゃんが」
「いいから付けろ!ホラー映画の主人公じゃないんだから」
「仕方ないなぁ」
嫌そうに璃空が電球からぶら下がっている紐を引いて電気を点けた。
関係無いけどホラー映画って電気を点けたがらないよね。あれ見てていつもイライラする。
「じゃあ話そうか」
中央のちゃぶ台を囲む形で座り、ようやく本題へと入る。
「まずボクは男らしいのだよ。ほれ」
そう言い、璃空が立ち上がり、自身のワンピースの裾を摑み捲った。
ノーパンだった。
「履けよ!!!」
「安心してください!履いてませんよ!」
「風見、お前は黙れ!横からネタ挟むな!つーか安心できないからマジで!?」
「ぴーちゃんが付いてるだろう?これでボクがオスという証明ができた」
納得できたけどさ…。見た目女の子が思いっきりスカートを捲ってしかもぴーちゃん(由来はピー音から)がついているという現実を僕は受け止められないよ。
「…もうその話はいい。で、なんだ?まだ僕たちに伝えることがあるんだろ?」
「ああ、そのことだが」
すっかり存在が空気だった音葉が質問する。
「松本朝緋、君には見 え て い な い んだな?」
「…見えるって何が?」
「やっぱりそうなのかね」
不思議そうに璃空が僕の目を見つめる。
「それじゃあ風見くんはどうなのかい?黒いのが…ボクの中にいるモノが何か分かるのかい?」
その璃空の表情は真剣だった。僕はこの能力を手にいれた事で自分が姉と同じ悲劇を辿ってしまうのか不安になった。だいたいこれから何が起こるのかも聞いてはいないのに。
「少し安心しました。自分だけなのかと思いましたよ」
「か、風見…何のことだよ?」
「見えるんです。アレが」
まるで某ラノベの霊感少女のように低く呟く。彼の視線の先にはやはり何も無い。
「屋上での璃空も何か言ってたよな?僕にも説明してくれないか?」
「分かっている。そのつもりなのだよ」
璃空の言葉に応じるかのように音葉が立ち上がり僕の後ろへと回った。
「今からちょいと弄らせてもらう。痛くはないから」
「何をだよ!?」
「30秒ぐらい適当に数えてて」
そう告げ僕の目を音葉が手で覆った。
その瞬間、流れるプールの排水溝みたいに引力が僕を浚う。
赤、青、黄色…。様々な光が点滅し、まるであちらの世界に引き込まれるような、又、夢へと堕ちていくような、それが包み込んだ。
引っ張られる力が一旦止んだ所で僕は目を開く。そこは真っ白な空間だった。例えるならば某錬金術漫画に出てくる目の前に真理の扉があるような、そんな白い空間だった。僕は人体錬成をしていないけど。
「ここは?」
自分の声なのに僕のだと実感できない不思議な感覚。
「〈仮想世界〉だ」
後ろから聞こえた声の方向に振り向く。そこには黒いマントを纏った青年、古城音葉がいた。
「えっと…今なんて?」
「2度も言わせるな。〈仮想世界〉、即ち俺が作り上げた空間だ。人はそれを夢とも言うな」
「これは僕の夢の中なのか?何故こんな事を?」
「松本朝緋、君は璃空の正体を知ってるか?」
確か彼女…彼は自身のことを神の入れ物だとかゴーストとか言っていた気がする。
「璃空の中身は霊〈ゴースト〉だ」
「しかしお前らが言う霊〈ゴースト〉ってなんだよ」
「まあ教えてやってもいいが」
音葉は僕に近付き目を合わせる。
「歳上には敬語を使おうか少年」
「…音葉さんお幾つですか」
「今年の冬で21」
嘘!?もっとジジイかと思った!?
「ちょっ…松本少年、君今俺のことジジイだと思ったね!?そうだよね!?」
本当に失礼だが彼の見た目は30を超えているように見える。
「まあ仕方ないか…。やっぱこれの所為だよな」
そう言い、音葉は自身の白髪を指で梳く。
「それは染めているのか…ですか?」
「地毛だ。染めたらキシキシに痛むだろ?」
地毛!?まさかの地毛!?
「話が逸れたな。まあいい。目を瞑って数を数えてくれ。素数でもいいし、九九でもいい。1000から7引いてもいいよ」
「これから何をするかはっきり教えてくれよ!?」
怖いよ!まるで拷問でもされる気分だ。いくらなんでも説明不足すぎる。
「君に霊視の力を呼び覚ます」
「は?」
「…だから説明するより見た方が早い。目をしっかり閉じろ」
音葉は無理矢理僕の正面からその手のひらを目に押し付けた。
それと同時にまたあの感覚が僕を襲う。
「上手くいってくれよ…松本朝緋」
遠くで音葉が僕の名前を呼ぶような気がした。
気が付いたら机に伏していた。
「あ、松本起きた。おはよー」
カーテンのない窓から夕陽が差している中、呑気な声で両手でめいいっぱい広げた新聞紙から推定身長145cmの幼女が顔を覗かす。
「突然だが璃空、何才だ」
「寝起きになんだね。レディーに歳を尋ねるとは愚問であるよ」
「お前男だろ」
「…23歳と名乗るように作られたであります。因みに歳はとらないのだよ」
「作られた、か」
あの身長で23歳、しかも男の娘とか霊〈ゴースト〉を埋め込んだ奴の気が知れないな。
目を細め辺りを見回す。璃空の横にはコーヒーを啜る風見がいた。音葉の姿は見当たらない。
「音葉は帰りましたよ」
僕の心を見透かしたように風見は言った。
「そうか」
そっと呟いた時、ふと違和感に気付いた。壁を這う黒い塊ーーあれが皆の言う霊〈ゴースト〉だと認識する。
「どうやら見えるようになったみたいだね」
「あれが霊〈ゴースト〉…」
「そうだ。人に取り付き悪事を働かせる。別名魔が差すとか言うのかね?〈能力者〉が全員揃うまでそっちの方の駆除作業もやっていきたいと思うけど君たちはどう思うかい?」
「…いいと思う」
「特にすることないので俺も賛成です」
「そうか、それは良かった!」
璃空が新聞を卓袱台に起きゆっくりと立ち上がった。その拍子にワンピースの裾がひらりと舞う。
「スカート捲らないで欲しいのだよ」
「捲らねえよ!?」
「なるほど、松本はムッツリであるのかい」
「1人で納得してんじゃねぇよ!?風見助けてっ!?」
「俺は通りすがりの傍観者Aです」
もうこいつら嫌だ…!
「で、霊〈ゴースト〉が見えるようになったということで仕事だ」
「なんだ?〈能力者〉探しか?」
「ビンゴ。そんなところなのだよ。風見くんと松本の2人なら何とか手に抑えられる相手…だと思う…?」
「なんですかその疑問形は…」
風見が唸る。
「手に抑えられる可能性が低い相手ってことは、僕たちより能力が優れてるってことか?」
「それもあるのだが奴は一般人に能力を使う危険人物なのだよ。その能力は狂弾。無限に銃を打ち続ける能力だ」
手をピストルの形にしたまま璃空は続ける。
「幸運なことに能力は目覚めてから一週間弱しか経ってない。出来ることなら奴を捕らえて仲間にして欲しい。仲間になった暁には霊〈ゴースト〉駆除作業と〈能力者〉探しを手伝って欲しいと思うのだ」
「なるほど、未来のメンバーですか。しかしこのグループ、何か名前が欲しいですね」
「エデン」
僕は無意識に思い浮かんだその名前を口にした。
「エデン?アダムとイヴが暮らした楽園ですか?
」
「ああ。エデンが駄目ならもっと厨ニっぽいのを…えっと…ルナティッ」
「はいそれじゃあエデンにしましょう」
「無視すんな!」
「ボクもそれで良いと思うのだよ」
意外とすんなり決まった。
スルーされてしまったが、僕はルナティックブラッドと言いたかった。狂う血液…。ああ、かっけー。
「で、リクたそ。その〈能力者〉の名前ってなんですか」
「その事の話が続きだったね。忘れてたよ」
「忘れるな!?」
何度ツッコミを入れればいい。
「名前は山田祈樹。手蔦中の一年生で筋金入りのDQNだ。日が暮れたら奴は動き出す。もう時間だよ」
手蔦中とはこの地域で3本指に入るくらいの有名な中学校だ。何しろ小中高一貫のマンモス校。つい最近校舎を立て替えたばかりでなんと築5年、手蔦高校の方の大学進学実績は98%とかなり凄いところらしい。残りの2%は知らん。
そんな有名な学校に通う中学生が〈能力者〉か。しかもそんなエリート学校に通うぐらいの脳を持つのに一般人に力を奮う?今一実感が湧かない。
「初任務か…。緊張するな」
「俺も頑張りますよ」
風見と共に僕は立ち上がり、この部屋のーーエデンの事務所のドアノブに手を伸ばした。
「気を付けて。ボクはここから見守ってるから。ヤバイと思ったら音葉を応援に寄越すからね?」
「相手は中学生だよ。大丈夫。いざとなれば時間を止めれば済むし。あと序でに風見の能力も見たいから」
「序でにってなんですか!俺の能力は松本のおまけじゃありません!」
「そんなに怒るなよ。それじゃ行ってくるぜ」
「うん、行ってらっしゃい」
笑顔で両手を振った見た目幼女を残して、僕たちはアパートを後にした。
「それにしても寒いな」
日が暮れかけた街にふたつの影法師が細く、長く伸びる。
「ですね。今年の冬は寒くなるそうですよ」
「そうか」
沈黙。黙々と手蔦中学の方へ歩むばかりである。
「なんか松本面白い話を」
「無理言わせんな!」
「松本は彼女いますか?」
「黙れリア充!どうせおめーみたいなイケメンは彼女なんて2人や3人とかいるんだろ!?」
「彼女2人や3人もいたら随分最低な男ですね」
「いや、それ嫌味のつもりで言ったのだが」
「そうですか…。俺に彼女はいませんよ?」
…!?なんだって!?
「そんな驚いた顔をしないでくださいよ…」
「貴様、随分とモテる噂が」
「まあ告白はされます。でも皆俺の見かけだけにしか惚れてないんですよね。デート行くならお笑いのライブ行きたいです」
「僕は皆が知らない風見の趣味を知っちゃったな」
「付き合っちゃいます?」
「僕はホモじゃないよ!?」
「ふふっ冗談ですよ」
冗談にしても酷い。僕は普通に女の子とキャッキャウフフな恋愛をしたいのに!
「松本だってクマさえなければルックスは上の方だと思いますよ」
「そうか?」
「その身長だって女の子受けだと思います。羨ましいですね。それだけ身長高いと本屋行っても上の段に手が届くじゃないですか」
「そっちかよ!?」
「台に登るの恥ずかしいんですよね〜」
僕の身長は185cmある。母親も父親もどちらも高身長だったので完璧に遺伝だ。
得したことは足の長さが活かせる運動面と本棚の上の段に手が届くこと。あと小学校で1番早く電車の吊革に手が付いたことだ。
「そろそろですね。霊〈ゴースト〉の数が増えてきました」
大通りから高架下にでる。
そういえば璃空が言っていたが、〈能力者〉の近くには霊〈ゴースト〉が近付きやすいらしい。〈能力者〉が能力を撃つ時に発動させるエネルギーを求めているとかなんとか言っていたけどよく分からない。
柱の影に隠れ、奥を目を凝らして見ると人間3人に暴行を加える少年の姿があった。
「おい風見、手蔦中の生徒ってそんなに柄が悪いのか?」
遠目だから分かりにくいが、いるメンバーは全員金髪。おまけにジャラジャラしたもんを体にくっつけている。学生がするファッションではない上にエリート学校のお坊ちゃんがそうなんて目を疑う話だ。
「最近あまり良い噂を聞きませんよね。近辺の中学じゃ荒れている方じゃないですか?」
「やはりそうなのか」
少年ーー、恐らく山田祈樹なる少年は、暴力だけではなく銃のような弾丸を大量に自分の周りに浮かせ、人間の急所から外れた足や手の甲に打ち始めた。
「ギャァァァッ!!!」「痛いですっ!すみません山田様…!」「ごめんなさい!山田さん…許して…!ひぃっ…!」などが聞こえてくる。
「悲鳴が雑魚っぽいな」
「そんなことよりどうするんですか!!俺の能力じゃ切ることしか出来ませんよ!?」
風見がすっかり怯え、涙声で訴えてきた。
守りたい、この泣き顔。
「生憎僕の能力は時間停止だけなんだよなぁ…。使うと僕以外止まってしまう。」
「えっ?思ったんですけど時間停止だけなんですか?例えば時間の早送りとか早戻しとか…。あと単体のみ、松本以外の時間が止まるなら俺だけの時間を早めるとか遅めるとかできないんでしょうか?」
「あ、そっか…」
やったことが無いから分からなかったけどその可能性だって十分にある。姉がタイムトラベラーになろうとしたのだから逆に出来なければおかしい。
「理論上可能だと思う。とりあえず僕が時間を止めてアイツ…山田をここにつけてくる。まずは話し合いだ。それで駄目だったら山田自身の時間を遅らせて風見のその力、エターナルゲイルで黙らせろ」
「永遠疾風ですか。確かに山田自身の時間は遅れているので彼からみたらずっと風が吹いているようなものですよね。まさに凪殺しです」
「能力に名前が無いと寂しいだろ?」
「じゃあ松本は刻と書いて〈ゲームオーバー〉…とかはどうでしょう?」
「ゲームオーバーか。センスあるな。唯、『刻』だけじゃなくて『時を欠かす針』とかの方が面白そうだな」
「なんですか…その『時かけ』みたいな…」
「細かいことには口を出すな!ゲームを終わらせるならいつかジョーカーも仲間にしたいな」
「俺たちの切り札ですか。まあ仲間にできると良いですけどね」
「切り札なだけあって物凄いチートな能力とかな!スーパーのお肉売り場を全て激安黒毛和牛にしたり、食べ放題でいくら食べてもお腹いっぱいにならない能力とかさ」
「えー…それはチートに入るんですかー?」
「あったらいいだろ」
「小林製薬じゃないんですから」
的確にツッコミをいれてくる。リア充だと思って軽蔑していたけど、案外コイツと相性いいのかもな。
「だから超能力戦争は面白い」
「ですね。そろそろいきますか」
ポキポキと指を鳴らす。
そして深呼吸。手を胸の懐中時計に当てる。
ふうっと息を着くと時間が止まっていた。
振り向くと風見の顔が会ったので序でに頬をぐにぐにする。
「ふっ…。大丈夫。相手は中学生だもんな」
自分にいいきかせ山田少年の元へ駆ける。随分派手にやらかしたみたいで被害者のDQNは手や足からかなりの出血をしていた。あーあ、僕もう知らない。
山田少年を抱きかかえ先ほどいた柱の影へと運ぶ。この能力を得てから何と無く気付いていたが明らかに身体能力が上がっていた。お陰で苦労せずに運ぶことができた。
風見の足元に少年を寝かせて能力を解いた。
「本当に一瞬ですね」
風見が驚き目を見開く。
一方山田少年は上半身を起き上がらせ、辺りを見回した。
「おっと少年、起きちゃった駄目だよ。これからお兄さんと楽しい事しようか」
必然的に少年を床ドンし、押し倒す態勢になる。
「松本、キモいです」
「うるせー!さっきまでホモホモさせてた貴様に言われたくないわ!」
男2人が騒ぐ中、山田は驚かず直ぐに状況を飲み込んだみたいだった。
「…あんたが松本?」
僕の名字に反応した。恐らく音葉の野郎が例の空間で僕の事を語ったのだろう。あの音葉が〈能力者〉に干渉してないことは無い。
「そんじゃ本題だ。まず僕の能力は〈能力者〉の能力を略奪することだ。能力を盗られたくなかったら今からする質問に正直に答えてくれ」
勿論嘘だ。敵に能力を知らせるなんてまず僕はやらない。
「嘘ですよ。こいつそんなんじゃなくてもっとモブっぽい能力です」
「風見裏切ったな!?モブってなんだよ!僕の〈ゲームオーバー〉馬鹿にするなよ!!!」
せっかくのハッタリも何の効果も生まないじゃないか!
「でも質問にはきちんと答えてくださいね」
少年に威圧たっぷりの微笑みをかける。
「はぁ…言われなくてもそうするつもりっすよ。自分より強い相手には能力を使わない。それが俺の中のルールなので」
眉を寄せて少年は言った。
金髪DQNだけど僕たちよりまともな人間かもしれない気がするのは何故だろう…。
「俺風見って言うんですが、あ、風を見るで風見です。本題の前に一緒に暮らすなら俺と、身長に学力を吸い取られた脳味噌空っぽオバケの松本とどちらがいいですか?」
「質問しろよ!!!」
「ねえ、あんた松本だっけ?これって答えた方がいいの?」
「何故僕にはタメ口!?!?」
ひどくね!?年下に舐められるとかどんだけ僕馬鹿にされてるの!?
「是非答えてください」
「…暮らすなら真面目そうな風見さん」
どうでも良さげに質問に答える山田。
「わーいやったぁぁぁ!」
松本くん地味に傷付きました。もうやだよ…この人たち。
「僕から質問していいか?」
相変わらずの姿勢を保ったままで山田少年に問う。
「俺、松本嫌だからダメだな」
「嫌じゃねえよ!?東京湾に放り投げるぞ?」
「冗談っす。答えればいいんだろ?」
ようやく脱線し続けた話が元に戻った。
「山田少年ーー改めて山田、君はあいつらに何をしていた?」
あいつらとは無論、山田が〈能力者〉として能力を奮っていたDQNのことである。
「ヒーローの鉄槌を落とした」
「そんな残虐なヒーローいねぇよ!?」
血に塗れた金髪なヒーローがいたら子供泣いちゃうよ!?
「…俺のクラスの知り合い以上友達未満の人があの高校生にリンチされたらしい。だからやり返しただけだ」
嘘だろ……。倒れていた人たちって高校生かよ。
「なんで自分がやられた訳じゃ無いのに復讐するんですか?しかもリンチされた子って友達未満なんでしょう?」
風見が首を傾げながら質問する。
「倍返しっす(キリッ)」
「それが分からないんだよ!」
話にならない。でも山田と能力を使って戦う始末にならなくて良かった。物事はなるべく穏便に済ませたいからね。
「実は質問は2つあるんだ」
「あいつら呼ばないと思うけど警察来たら面倒だからさっさと終わらせてくれよ」
「そのつもりだ。知ってることだけで良いから答えてくれ」
突然のシリアスな展開に辺りは静けさを増す。
というか今迄が自由すぎただけなんだけれども。
「黒い塊…霊〈ゴースト〉は見えているか?」
僕の問いに山田は静かに頷く。
「松本の名前知ってたぐらいですし、既に音葉と会ってるってことで良いんですかね」
「そうだな。それで間違いはないだろう」
それより何故僕は自身がついさっきまで霊〈ゴースト〉が見えなかったのか気になる。
「あのさ…なんだよ神って、能力って。今日までよく分からず人を傷付ける為に使ってきたけどさ、やっぱり俺理解できねぇよ…」
顔を横に逸らしながら山田は告げる。
「そうですか。じゃあ俺たちの仲間になってくれたら全部教えてあげましょう」
「仲間?」
暴走しないようにずっと山田の両手首を摑んでいたが、さすがに可哀想になってきたので離した。
山田は僕が摑んだことで赤く腫れ上がった手首を摩り、そして上半身を起こす。
「そうだな、仲間だ。僕たちの仲間になってくれ」
璃空に頼まれた本来の目的を遂行する。
「…仲間って何するんすか」
「このグループ、今日出来たばかりだから何も言えないが暇な時集まって雑談になるのかな。少なくとも僕は彼処で寝泊まりするつもりだ」
「ゔぇ…松本あそこに住むつもりなんですか」
序章で述べた通り僕の家族構成はピースの欠けたパズルみたいなものだ。家にいても常に機嫌が悪い父親しかいないからエデンに住み着くのが妥当だと思っている。というか始めからそのつもりでしたてへぺろ。
「グループ名がエデンとか言うカオスですが松本とリクたそもとっても良いお方ですよ!」
「カオスってなんだ!ひどいよ!?僕泣いちゃうよ!?」
「耳が悪いので聞こえませ〜ん」
「目閉じて手を耳に当てるポーズを取るな!佐村ごっちとノノちゃん足すんじゃねえよ!」
次々と繰り返されるネタにツッコむ僕の立場を考えてくれよ…!もう疲れたよ…。
「ふふっ…」
まさにカオスな茶番劇をやってると山田が笑った。
あどけない、中学生らしい笑い顔だった。
「じゃあ俺も仲間に入れてくれよ」
少年は立ち上がり、僕らを見上げた。
「今後一般人に能力使っちゃダメですよ。あとその髪なんですか…ピアスも…。見た目の偏差値23ぐらいですよ?」
「あの、これはファッションで…」
「とりあえず髪の色戻してピアス外してこい。見苦しい。まあ今はトンズラすんぞ。アパートに案内してやるから」
「ふぇぇぇ…」
この山田DQN事件の後に雛子と出会い、そして〈神〉の瞳を持つ桜花と出会うことで再び物語は動き出す。
深い深い眠りについていたみたいだった。
「…夢か?」
体を起こし壁に掛かった時計を見上げる。時刻は四時半すぎ。そろそろ桜花や雛子たちが遊びに来る時間かもしれない。
小さく窓を開けた隙間から吹く風が僕の背中を撫でる。その時、自分が想像以上の汗をかいていたことを悟った。
「シャワーでも浴びるか…」
ベッドから降り、風呂場へと向かう。ドアノブに触れ、扉を開けた。だがしかし、何かが引っかかる。鍵を閉めたはずなのにドアの鍵は開いたままだった。まるで誰かが進入したように。
それにさっきの夢。いや、夢ではない。僕が体験した四年近く前の過去だ。
故にこれは誰かに見せられた、と言ってもいいかもしれない。可能性のひとつに賭けてみるか。
「いるんだろ…古城音葉?」
必要最低限の家具しかない殺風景な部屋へ告げる。僕の声が虚しく響いた3秒後、空間から闇を象徴する黒マントを羽織った音葉が浮かび上がった。深淵のような服装に対して、真っ赤な目が僕の瞳と合う。
「やっぱりか。何のつもりだ」
「相変わらず松本はタメ口だなぁ。それにしても俺の能力を見破るなんて桜花の時にしろ、やはり同じ相手の脳を騙すにも回数規定があるのかな…」
「ただの勘だよ」
どちらにせよこの男には聞きたいことがあった。
まずあの記憶の中で璃空が言ってたことについてだ。
「なあ古城音葉、2つだけ聞いていいか?」
「それを言うなら1つだけじゃないの!?」
松本くん、少し欲張っちゃいました。
「とりあえず質問だ。お前は何処まで知っている?」
僕の問いに音葉は顔を崩し、歪め、嗤った。
人の罪を舐め回すようなそんな奇妙な嗤いだった。
「さあ、どこまでだろうね?」
誤魔化すつもりか。僕は腑に落ちない点を追求する。
「〈能力者〉は10人いるんだよな?だけどあの記憶の中で璃空は“自分を除いた9人の〈能力者〉を探して欲しい”って言ったんだ」
音葉は顎を黒い手袋で撫でながら僕の話を目を細めながら聞く。
「9人を探す、とは僕は入ってないんだよね?ていうことはもう1人〈能力者〉がいるということじゃないのか?」
「そうだね」
音葉は続ける。
「一つ、付け加えるとその9人の中には俺は含まれていると思うよ」
それにしても数が合わない。璃空のいう9人は音葉、雛子、風見、山田、桜花、天堂、夢路、細川、そして+α。僕と璃空は除外されてるはずだ。
あと1人いるはずなんだ。
「そうだな。ヒントを言うなら璃空の裏人格かな」
突然の音葉の助言に困惑する。
「君の姉…葉夕、だったかな?彼女は確かにこの世に生まれてきたはずだ。しかし、8年前の悲劇によって存在を消された」
「な、なんでお前がそれを知っている…」
この事は誰にも知られていないはずだ。いや、初対面の時桜花に覗かれた可能性があるか。しかしあいつの音葉を嫌う様子から彼女が告げ口するのはありえない。
「何で知ってるかは秘密だ。で、消された彼女は何処に行ったと思う?この世の何処に存在してると君はどう考える?」
音葉の赤い瞳が三日月のように細く歪む。
まるでそれは姉が生きているかのように僕へと語る。
「まさか…そんな…姉が…生きている…?」
姉はあの悲劇によって〈神〉に殺められたはずだ。姉は死んだ。この世からいなくなったはずだ。少なくとも僕の記憶の中には姉はいない。
「だって君は松本葉夕の死体を見てないだろう?何故死んだと言い切れる?じゃあもし、君の記憶を〈神〉によって操作されていたら?言い切れないよね?」
「…それは……」
そんな中、遠くから足音が近付いてきた。特徴的なローファーの音が床を鳴らす。
「こんにちは。風見さんいるかしら?」
桜花がやってきた。そういえばもう4時半を回っていたんだっけ。廊下を渡りノックもなしに僕の部屋のドアを開け姿を現す。
「うわっ…音葉来てんの…」
「そんな嫌そうな顔しなくても良いじゃん!?」
「やめて、変態。話しかけないで。変態が移るから。私音葉アレルギーなの」
「ちょっと…いつもに増して酷いよ…」
緊張が走っていた部屋に花が咲く。
ん…?桜花が来たということは…そうか。そうすればいいんだ。
「桜花、頼む。そいつの心を読んでくれ!」
「はぁっ!?いきなり何よ。私は風見さんに微分係数を教えてもらいに来ただけなんだけど」
「誤魔化さなくてもいいんだよ」
珍しく音葉が感情の無い声で言う。
「廊下で聞いていたんだろ?」
桜花は鞄を床に下ろし、僕たちの側へ歩みよった。身長差から桜花が僕たちを見上げる姿勢になる。
「ねえ音葉。私、初めて松本に会った時にあいつの記憶覗いたの」
「…ほう?で、なんだ?まだ自分の能力をコントロールできないのかな?」
「はぁ…人の事言えないけど、今日の貴方って随分冷たいわね。私だって先日の合宿で鍛えたぐらいだから能力の使い分けぐらいできるものよ」
「先日の合宿…あ、谷狭野村のことか。〈鍵〉も確保出来たぐらいだからそれは良かったね」
「そう、貴方が見逃してくれたお陰よ。それで私たちは次の〈鍵〉のある場所を探しているの。何か心当たりは無いかしら?貴方知っているんじゃない?」
ほんの一瞬音葉の表情が眩んだ。そのタイミングを逃すことなく彼女は能力を使う。風が吹いたかのように髪が舞い、桜花の瞳が異色…綺麗な黄金に染まる。すると音葉は眠るように倒れた。
桜花は能力の反動で床に座りこむものの、小さくガッツポーズをした。
「幾ら親戚だからって油断は禁物ね…」
「お、おい。何の能力使ったんだよ!?」
「案外上手くいくものね。邪眼と記憶を読む能力を同時に使っただけ。いつ目が覚めるか分からないけど眠らせただけだから問題ないわ」
「本当にチート級だな…」
目眩がするのか両手で目を抑えながら掠れた声で言う。
「最後の〈能力者〉の名前は《杠》。〈鍵〉についてはよく分からないけど、これだけは確か。音葉が言った通りリクたその裏人格…いや、《杠》の裏人格がリクたそと言って良いかもしれないわ。そして松本のお姉さん、葉夕さんを食らった本人よ」
「《杠》…か」
全部繋がった。
ダム湖の“ユズリハ様”ーーーあれはあの〈神〉と名乗る奴だろう。〈神〉も〈能力者〉にカウントされるのか。能力を所持しているのだからそりゃそうか。
前話で記述した通りあいつが心霊スポットを訪れた客や住人を喰い、霊〈ゴースト〉へと化かした。
あいつが姉を殺した。
あいつさえいなければ僕の家は平和だった。母さんも父さんも、みんなみんな幸せに暮らせたはずだ。なのに…。
「復讐でもするつもり?〈神〉と呼ばれているだけあって私たち一般人には勝ち目は無いわよ?」
壁に寄り掛かりながら桜花が尋ねる。
「そもそも僕たち一般人じゃないけどね!?」
ツッコんだ後で先程の言葉が脳にこだまする。
「復讐か…」
「そもそも〈神〉の目的は世界を消失させることでしょう?それを止めるのが私たち〈能力者〉であって、ついでに〈神〉に味方する裏切り者を探すのよね?」
「そうだな。それが一番妥当だろう」
「妥当?じゃ他にやりたいことがあるって言うの?」
僕のやりたい事か。何の為に生きてきたのか。
姉を消されて、家族をバラバラにされても。
「僕は姉が消された理由を探したい」
「やっぱそうよね。ごめんなさい。貴方に謝らなくちゃ」
謝る?この僕に?
「改めて言おうとすると緊張するわね…。心臓から口が出そう…」
「それを言うなら口から心臓だろ!?」
さっきからこのペースだけど、この僕が桜花にツッコミを入れる日が来るなんて思いもよらなかったよ。
「その前に松本、汗臭いわ。臭いとモテないわよ?」
「シャワー浴びようと思ったら何故か音葉と話し合いになったんだよ!」
それにしても音葉の奴、いつまで寝てるんだ?
「音葉、この部屋の窓から突き落として良いかしら?」
「桜花ちゃん時々怖いこと言うよね」
「死にはしないんじゃない?」
「だからなんで落とす前提なの」
音葉の事は置いておいて、そもそも僕は桜花に邪眼の能力があるなんて聞かされてないし。邪眼って確か魔女が持つ瞳だっけ?睨むだけで相手を呪い殺すなんて物騒な話だ。
「で、桜花。話を戻そうか」
「そうね。そう、謝らなければならないの。貴方ーーー松本朝緋に」
大きく息を吸って、少女は禁断の呪術のように唱えた。
「私の兄貴は“8年前の悲劇“を知る者、元〈能力者〉。狂宴を辞退して貴方の姉を殺した者のひとりよ」
暫く休載。
この話の全部を伏線にしました。ネタを練り直すので誰も見ていないだろうけどおやすみするね。
怖い夢みました。携帯変えたらその夢を再現した片目をグリグリするお話書きます




