ヒマワリの咲く湖で
風呂上がり。
火照った体をコーヒー牛乳で冷やす。
それにしても風呂のお湯が熱すぎる。京都タワーの銭湯に負けないぐらい熱い。いや、マジで。
多分50℃はあるのではないだろうか。雛子ちゃんが気持ち良さそうに入ってたら私も真似したら死ぬかと思った。結局水で薄めたけどね。
「はぁ…」
うん、美味い。これこそ至高の味。
「あ、桜花じゃん」
振り返ると浴衣バージョンの山田がいた。風呂上がりなだけあってなんか違う。特に耳。
私の目線に気付いたのか山田は耳たぶを触りながら言う。
「ピアス付けてると温泉の成分で錆びるらしいから外した。なんか変か?」
「…DQNって感じがしない」
「何だよそれ!?」
ピアスが無いとめちゃくちゃ童顔に見える。黒髪にしたら中学生に勘違いされるんじゃないかな?それぐらい幼い。
「男風呂って熱かった?」
「死ぬかと思った」
「ですよねぇ…」
コーヒー牛乳を味わっていると、山田が私の向かいのソファに腰掛けた。
「それってここの自動販売機のか?」
「このコーヒー牛乳?そうだけど」
「…あんまり口にしない方が良い。帰れなくなる」
「ちょっとどういう事よ?もしかしてヨモツヘグイってやつ?」
ヨモツヘグイとは異世界のものを口にしたら帰れなくなるとかそう言ったものだった気がする。兄貴が愛読してた黒ジャージの神が刀を振り回す漫画に出てきた単語だから記憶にある。
「分かってんなら飲み込むな。いくら〈能力者〉といえ霊〈ゴースト〉の力は侮らない方がいい」
そう言って山田は浴衣の懐からポリ袋を取り出した。その中身は昼に食べたうどんである。一言で纏めると炎天下の所為で見た目がやばい。汚い。
「てかそれ持ったまま模擬戦したの!?」
「うん。口にしたらやばいと思って食べるフリをした」
「あんたどんな特技あるのよ!?全然気付かなかった…」
「小さい頃から好き嫌い激しくてな。17年間でこの技を生み出したぜ…」
「ドヤ顔すんなし!?それ処分どうするの!?」
「だから困っている」
「…もう分かったわよ。話進めて。何か感じてるんでしょう?」
「うん。ここは現実から離された空間だ。分かりやすく言えば音葉が見せる世界に木やら湖やらが生えた感じだ」
言われれば分かる。この建物に来てからの違和感。ニュースで話題になってるのに1人も見ない警察。全てがおかしいのだ。
「風呂の温度もな」
「それは違うと思うわよ…。でも管理する人がいないならあれぐらいの温度になってても不自然じゃないかしら」
「それが問題なんだよなぁ…」
まだ湿っている髪を山田はタオルで覆う。
「あくまで仮説だ。あの女将さんは死んでいて霊〈ゴースト〉かもしれない」
「でも霊〈ゴースト〉って話せるの?」
「璃空がいるだろ。リクたそが」
「璃空ちゃんは例外でしょう?大体〈神〉の意思疎通者とか言っているんだし。だけど一体何の為に?」
「何の為に俺たちに空想を見せるのかって事か?そりゃあれだろ。〈鍵〉があるんだろ」
「もう訳が分からないわよ。例の厨二病会議の話だって先日聞かされたばかりなのよ?」
「まあいい。とりあえずもうひとつ俺の推理だ」
「探偵みたいね」
「いや、だから探偵だし」
そっか探偵だったか。初対面でも松本が言ってたっけか。
「この事件の犯人、つまり殺人鬼は〈能力者〉だ」
「音葉とか言うオチは読者がキレるわよ」
「それは無いと思う。根拠は無いが、事件の黒幕は俺たちがまだ知らない奴だろう。古城音葉が此処に紛れ込んでるかもしれないが」
「じゃあもうひとりの〈能力者〉がーーー」
「桜花ちゃんお待たせ!いいお湯だった〜」
もうひとりの〈能力者〉がいると言おうとした時、顔を真っ赤に染めた雛子ちゃんが暖簾をくぐって出てきた。
「…?いいお湯だった…?」
「ちょっと山田そこまで引かなくて良いじゃん!大体君たち耐性なさすぎだよ?」
「耐性とか以前に熱湯でしょ!?」
「むぅ…熱湯は100℃以上の事を言うんだよ?ほら山田だって好きでしょう?」
「それはネットだ!」
ネットと熱湯…まあ似てるけどね。
「ナイスツッコミ!松本と風見っちは?」
「ちょっと見てくる。女子組は女子部屋でのんびりしてな」
「おけおけ!じゃ夕食でね〜」
ひらひらと片手を上げ男子風呂の方へと向かっていった。
「山田と桜花ちゃん何話してたの?」
「ここの話。明らかに何かが変なのよね」
「そういうことね。音葉とかいう白髪さんがいたから此処が曰く付きなのは確かじゃないかな?」
「…待って聴力が衰えたみたい。今なんて言った?」
「音葉…音葉っち来てたよ〜。多分わたしたちが気付いていないと思ってる」
あの音葉が来ているだと?というか何故名前の後ろに『っち』を付けるのか。たまごっちか。それともあれか、バスケのあの人か。
「…どこにいたの?」
「女子風呂の露天風呂の塀に」
「殴ってくる」
お巡りさん、犯罪確定です。
「待って待って!わたしが超スーパーさりげなく目潰ししといたから大丈夫だよ!?ここの温泉しょっぱいから間違いなく掛けたら痛いと思うし。あとあっちは桜花ちゃんが気付いていないと思ってるから!今言っても話がややこしくなるだけ!」
「雛子ちゃん、なかなかゲスな…」
温泉のお湯で目潰しとか新しすぎる。
「…確かにそうよね。向こうが動くまで大人しくしていましょうか。一応松本たちにはこの件を伝えとくわ」
昼飯前に無理矢理加入らされたコミュグルに送る。
あいつが来ていることだから〈神〉に関することが知らされるに違いない。
そんな事を話す内に部屋に着いた。
部屋の広さは八畳ほどの和室。トイレもテレビも付いている。そこらの旅館とあまり変わらないノーマルな部屋だ。むしろ2人で八畳は広いんじゃないか、と思う。
「ねえ雛子ちゃん。夕食って何時だっけ?」
「確か女将さんが7時って言ってた気がするよ」
時計を見上げると5時。まだ二時間も時間がある。
「夕食時に電話かけるって言ってたから少し寝ちゃえば?疲れてるっぽいし」
「ありがとう。じゃあ一旦仮眠を取るね」
そう言い、部屋の隅に置かれた布団を敷いて眠りに付いた。
✳︎
これは夢だ。
ソースは私。音葉ワールドのような不思議なぬくもりがある。
あくまで“ような”だ。此処は音葉ワールドではない。あの無機質な白さは何処にもなく、儚い向日葵が太陽に手を振っている。
広い向日葵畑に私がひとり。いや、これは私ではない。私の中の五感がそう訴えている。生後二ヶ月ぐらいの赤ちゃんを抱っこしている、というのも根拠のひとつだろう。
『…っ』
声は出ない。目を細めると所々に民家があるものの一面といって良いぐらい黄色が揺れている。
胸元の赤ちゃんに微笑みかけると「だぅ」と言って手をばたつかせた。どうやら自分の表情は作れるらしい。謎だ。
徐に歩き出すと重力が後ろに傾いた。掃除機のように吸い込まれる。こりゃ、ダイソンもびっくりだ。
辺りの景色が点滅を繰り返し絶えず変わりゆく。目に痛い人工色ばかりで吐き気が込み上げてきた。何なんだ、ここは。
次に目の前に開けたのは商店街のようなところだった。建物は皆木造ばかり。人は多いがその服装は流行が過ぎ去ったもののように見えた。
手にじんわりとした暖かさを感じた。手を握っているのは小学生ぐらいの女の子ーーー多分私が先程抱いていた赤ちゃんと同一人物だろう。その手に引っ張られ奥へ、奥へと行く。
街は賑やかだった。ただ、光景が今ひとつ違う。嬉しさで賑やかなんかじゃない。焦りで賑やかなんだ。嫌な予感がして足元に散り落ちる紙を拾った。地方新聞だ。既視感が私を襲う。一面には『謎の病流行する』の文字。裏には『ダム建設、避けられぬ運命か』と記されている。
そうだ、これはあの隔離病棟で見た新聞と非常によく似ているんだ。
…ということはこれはただの夢じゃない。記憶?じゃあ誰の?何の為にこの記憶を見せているの?
考える時間も与えられず再び無重力の渦へと吸い込まれる。水滴を垂らしたようにぼやける視界が鮮明になるまで頭の中をリセットさせる。
今度は…フェンスの前に群がる人々の中にいた。私の隣には中学生ぐらいの女の子、そして女の子と似た雰囲気の男性がいた。多分旦那だろう。私の勘がそう言っている。
本当にすごい人の多さだ。上から見たら「人がゴミのようだ!」とか言えるのかな。言えないか。
もう分かるだろう。ここは谷狭野村の過去だ。そして私たちはダム建設のデモ運動をしているのだろう。
フェンスの隙間、その遠くに作業員が吊り橋を整備しているのが見えた。ーーー丁度その時、背後から悲鳴が聞こえた。
振り向いてみるものの人ばかりで分からない。仕方が無い。視線を戻そうとするとーーーー
作業員が血塗れで倒れていた。
この数秒間で何があった?数人、しかも同時に殺すなんて。人間業じゃない。じゃあやっぱり〈能力者〉?でも人を殺してメリットなんてある?絡まった蜘蛛の巣のような思考を巡らせながら隣に目をやると、娘らしき女の子と夫らしき男性が血塗れで倒れていた。
不思議なことに、怖くはなかった。
辺りにたかっていた人はいない。もうこんなハテナ空間だからツッコミは控えておこう。
犯人…そうだ犯人は…!?
右往左往する私の肩を、誰かが突然叩いた。香水だろうか、甘い香りがする。そして耳元で囁く。英語で言うとウィスパー。ウィス〜…駄目だ妖怪ウォッチに失礼だ。
ーーーそれは女の声だった。
「早く来なさいデッドジョーカー。もう宴は始まっている」
『…ッ!!』
声は出なかった。これはこの世界の演出なのか、それともこの体の本人が喉が不自由なのかさっぱり分からん。
顔は見えなかった。なぜならーーー肩に温度を感じたのに、誰もそこにはいなかったからだ。
デッドジョーカー。私の事をそう呼ぶ奴は細川…ぐらいしか思いつかない。そもそもこれは二つ名なのか能力名なのかはっきりしましょうよ。
また意識が吸い込まれて行く。
こうしてよく分からん詰みゲーは無理矢理幕を引かされていく。
✳︎
頬が柔らかな力でぺちぺち叩かれる。
「…ふぁっ」
目を覚まして一番最初に見たのは木製の天井。木の木目はどこか泣いているような表情をしていた。
「雛子ちゃん?お、おはよう?」
右隣にいる雛子ちゃんに声をかけた。頬を叩いていたのは彼女らしい。
「凄い魘されてた…。大丈夫?汗冷えたら寒いよね。下着、変えた方が良いんじゃないかな…?」
「大丈夫。何ともないし、下着変えるほど汗かいてないわ。それよりもう時間なの?」
「まだなんだけど…あれ、見て」
目線の先にはぼんやりと発光するテレビ。その画面の上方には『谷狭野村、新たに行方不明か』の文字が記されている。
「これ、多分わたしたちだよ…」
雛子ちゃんの声が震えてる。そうだ、携帯。GPS機能はオンにしてあるから何かあったら兄貴が何とかしてくれるはず。
リュックに手を伸ばし携帯の電源を入れる。まあ知ってるけどさ。こういう時って大体ーーー
「圏外じゃないのかよ!?」
「桜花ちゃん…!口調!もっとお淑やかにっ!」
圏外じゃなかった。念のために兄貴に連絡しとこう。「元気です」でいいや。ゾンビと戦いながら学校で難民キャンプやってる訳じゃないしね。他に思い付かないからシンプルに行こう。
文を打ち続けている中、アナウンサーの声は八畳間に虚しく響く。
『先日から話題となっている谷狭野村の猟奇殺人事件ですが、新たに遺体を発見しました。遺体は白骨化しており前に同じく八年前に殺されたものと見られますーーー』
八年前…?
よく調べないで来たけどもしかして現在進行形では殺人は起きて無いっていうこと?
『続いて行方不明者ですが、今日昼頃に廃線された谷狭野駅にて若い男女の5人グループが目撃されたまま行方不明になっているそうです。地元では心霊スポットとして親しまれていますが、皆さんは呉々も近付かないようにしてください』
ニュースはそこで途切れ、CMが入った。
「やっぱりわたしたち、呼ばれたんだね」
画面に流れるシャンプーのCMを虚ろに見ながら雛子ちゃんは言う。
「今のは結構な情報になったかも。あの電車は廃線…か。それで近付かないようにだなんて随分矛盾しているわね」
私たちは廃線に乗ってきたということになるのか。まさかレトロなデザインが伏線になるとは。
「どうしよう…帰れるかなぁ…」
「最悪歩いて帰るのかしら…」
「人間離れした体力持っててもこんな暑い中帰るのは嫌だよ〜」
私もそれは嫌だ。
それよりこの霊〈ゴースト〉の巣から出る手段を考えないと…。
そんな中、部屋に備え付けられた電話のベルが空間を揺るがした。
「あ、はい。夕食ですね!今行きます」
もう7時前だ。思ったより昼寝してしまったみたいだ。
「それじゃ行きますか」
「桜花ちゃん鍵持ってて。わたし、よく物失くすからさ。あはは…」
「ドジっ子アピールしなくても良いのよ?」
「ド…ドジっ子じゃないもんっ!」
可愛い。うん、可愛い。大事な事だから2回言ってみました。
部屋に鍵をかけて食堂へ向かう。
食堂の中には既に松本たちが来ていた。ただ山田がいない。どこに行ったのだろうか。
「あ、風見っち!松本!お疲れさまさま」
「あれ?山田は何処に行ったの?」
「うんこじゃねぇの?」
松本君、もう少し言葉を選んでください。
「大きいお花摘んでるんだね!」
「う、うん?」
「絶対意味分かって無いですよね松本」
「悪いかよ!とりあえず飯だぞ飯だ!」
「はぁ〜い、お待たせ〜!」
ジャストタイミングで女将さんが登場。
器用に乗せたお盆にはお肉と野菜が顔を覗かす。
そして机上に乗せられた鍋。
「分かった、鍋だ!」
「そうよ、正解。自分たちで煮る?やらないなら私がやっちゃうけど」
こんなに暑いのに鍋か、と思ったけど暑い日に熱々のものを食べるのは体に良いらしいね。そう言えば中学の時の担任が言ってた。
「俺たちでやるから女将さんはのんびりしていてください」
「あらそう?じゃ何かあったら呼んでちょうだい。貴方たち、沢山食べそうだからおかわりのお野菜を用意しているわ」
女将さんがそう言い退場。山田抜きのエデンのメンバーになったところでさっきの話題を出す。
「ーーーーなるほどですね。ヨモツヘグイですか。食べない方が良いですかね」
眼鏡を曇らせながら風見さんが言う。てかそれで前見えてんの?危なくない?
「でもおかわり用意するってよ?」
「食べなかったらスタッフが美味しく食べてくれるだろ?」
「松本は馬鹿ですか。馬鹿なのは知ってましたけどやっぱり馬鹿ですね」
「馬鹿馬鹿やかましいわ!」
「うましかですね」
「ちょっと…いつまでコントやってるつもり?早く〈鍵〉とかいうのを探さないとまずいんじゃないの?」
馬鹿な会話を聞きながら溜息を吐く。
こっちまで馬鹿が移るわ。
「私山田探して来るから雛子ちゃんよろしくね」
「えっ!?桜花ちゃん逃げるの!?」
逃げます。ごめんね雛子ちゃん。
席を立って、ロビーの方へ向った。そんなに広い旅館じゃないから、もし山田が館内にいればすぐ見つかるだろう。部屋にはいないみたいだし、椅子がある場所と言えばロビーか風呂前だな。
「あ、やっぱり」
予想通り山田がいた。特徴的な赤い缶を握っている。私の声を聞くとこちらへゆっくり振り向く。
「夕飯出来てるわよ?」
「そうだろうな。何度も言うが俺は食わねーよ」
赤い缶ーーードクペを啜る。
「ドクペで栄養補給だなんて何処の探偵よ」
「いや、探偵だからね!?」
うん、知ってる。
「何か考えがありそうな顔してるわね」
話やすいように山田の隣の椅子に腰を掛けた。私たち以外には外のヒグラシの声しかしない。またこの音が私の恐怖感を煽る。
「これを見てくれ」
山田が四つ折りのパンフレットを出した。
黄色く、鮮やかに拡がる向日葵畑の写真だ。
「これが何…ーーーーあ」
「心当たりがあるだろう。これは今のダム湖の前に咲いていた向日葵畑の紹介パンフだ。昔、向日葵はこの村の名物だったらしい」
紙一面に写る向日葵はどこか哀愁を感じられる。
「これ、夢で見たわ。多分誰かの記憶なんだと思う。今はもう亡くなった誰かの」
「亡くなったんじゃない。殺 さ れ た んだよ」
殺された。その言葉が私の脳内に虚しくこだまする。
「…〈能力者〉の仕業なのね」
「恐らく、な。多分奴は八年前、真っ先に目覚めた二代目なんだと思う」
「二代目って?初代がいたの?」
「俺も軽くしか聞いてないから断言出来ないけど。色々酷かったらしいな。〈神〉が失望するぐらいに」
え、何それ。どんな伏線だよ。
「なぁ、俺と一緒に謎を解いてくれないか?」
「プロポーズに聞こえなくもないわね」
「俺は真面目なんだよっ!」
ちょっと巫山戯すぎました。ごめなさい。
「良いわよ。何か案があるんでしょう?ここから脱出する為のね」
「ああ。とりあえず心霊スポット、あのダム湖へ行く」
「そうね。夢で見たあの向日葵畑の伏線を消したいし、霊〈ゴースト〉がいるところは〈鍵〉があるって言うぐらいだもんね」
「話が早くて助かる。丑三つ時…2時にここの旅館のロビーに集合。持ち物は防水ケースに入れた携帯と予備充と懐中電灯。服装は渇きやすいシャツが好ましいかな。問題無いか?」
「大丈夫…だと思うわ」
「おうけい。2時まで仮眠して体力蓄えとけよ。ドクペ飲む?」
「いらんわ」
部屋に戻ればカロリーメイトがあるから夕飯は抜きでも餓死することは無い。両親が仕事でいない時は一食抜くこともあるし、ある程度栄養バランスが取れていれば体力面は問題無いだろう。
「じゃ、また後でな」
山田は缶をゴミ箱に投げいれた。結構な距離があるのに華麗にシュート。コントロール力凄い。
「戻って松本たちに伝えなきゃ」
あの残りのメンバーたちは誘っても着いて来ないだろうな。良い子は寝ている時間だし。
そんなことを考えている当たり、自分がすっかりエデンに馴染んでいると感じたのだった。
✳︎
結局寝なかった。いや、寝れなかったに近いだろう。
時計は1時45分すぎを指している。
私は布団から出て支度を始めた。服装はどうしようかな。黒Tシャツと短パンで良いか。スニーカーも持ってきて良かった。サンダルだと足が死ぬ。
ビニール製のナップザックに予備充を詰め、首から紐付きの防水ケースにいれた携帯をぶら下げた。ダサいけどこれなら失くさないだろう。ところで予備充ってリア充みたい。
懐中電灯は携帯の機能があるからそれで良いかな。能力に目覚めてから夜目は利くようになったしそこまで必要なものでは無いだろう。
準備してたら50分を過ぎていた。そういや10分前行動をする人ってメンヘラ率が高いらしい。やばいな私。友達がいなくて病んでるのは認めるけど。
雛子ちゃんを起こさないように物音を立てず忍び足で部屋を出て、再びロビーへ向った。後ろ姿からでもわかる独特の金髪頭。
「おまたせ。早いわね」
「そっちこそな。ところで10分前行動する奴ってメンヘラ率高いらしいぞ」
やめてよ!気にしてるんだよ!?
「髪の毛、縛ると随分印象変わるな」
山田が私のお団子頭を指差して言った。暑いからアップにしてたままだった。櫛で丁寧に梳いてないから恥ずかしい。因みにいつもは両サイド編み込みロングスタイルである。
「解かなくていいぞ?まあ行くか。ここからすぐだからな」
「そうね」
緊張する。ガチ目の心霊スポットは初だし、テレビで映像とか見てもDQNの溜まり場ってイメージしか無いし。
山田が立ち上がった。そこまでは良い。問題はその次だ。
「何その服!?」
「自作だけど」
「そうじゃないそうじゃない!てかそのアニメキャラのプリントTシャツが自作!?ふぁっ!?」
「俺の趣味のひとつだ。オタクだって知ってなかったのか?」
いや、軽く理解はしてたけど!説明できないけどとにかく派手なんです。あと絵が上手い。兄貴と仲良く出来そう。
お陰で緊張が解けた。
外に出た。田舎ならではの虫の音が私の五感を擽る。
「涼しいわね。斫華とは全然違う」
斫華市は私が住んでる地域である。
「秋みたいだな。それにしてもーーー」
「本当に凄い霊〈ゴースト〉の量だわ」
足元に蠢き続ける霊〈ゴースト〉たち。それは虫を連想させる。現代風に言えばマジでキモい。その霊〈ゴースト〉たちが流れるプールのように一方向へ向かっている。その奥を見ると焚き火だろうか。何かが揺らめいているのが見えた。
「奥、何かあるみたいだな。キャンプファイヤーか」
「随分楽しそうね!?」
てか霊〈ゴースト〉もキャンプファイヤーはするのか?元は人間だと言っても想いの塊だし。
「てか奥って…ダム湖の方向ね」
「ダム湖の中でキャンプファイヤーか」
「それって鎮火するんじゃ…!?」
とりあえず進もう。そう頷き合い、灯火の方向へ向った。背の高い草を掻き分た先にはーー
「なんていうか…幻想的、だな」
そう、それはダム湖だった。予想はしていたがやっぱり信じられない。ダム湖が黄色く発光してる。夜空に瞬く星座に負けないぐらいに。
「階段を上りましょう。正体探らなくちゃ」
「霊〈ゴースト〉が吸い込まれてるな。よし、とりあえず吊り橋まで向かおう」
昼飯後に風見さんと上がった例の階段を山田と上る。足元を霧のように霊〈ゴースト〉がすり抜けていくがもう気にならなくなってきた。
吊り橋に上がった。あの深緑が茂っていた汚らしい水は今は金色に煌めいている。そして私たちは金色の正体を知る。
「向日葵が…」
向日葵が咲いている。水面の遥か下に自己主張をするように咲いている。広い広い湖に美しい太陽の花が咲いている。
「呼んでるな、ユズリハ様が」
山田が目を細め、遠い空を仰いで言った。
「だからユズリハ様って誰なのよ」
「分からない。ただ声が聞こえるんだ。昨日俺が豹変した時もそうだ。あいつはここの土地神かもしれないし、もう殺された人かもしれない」
「そのユズリハ様がここに訪れた人たちを自殺に追い込んでいるのね」
「そうかもしれないな。ーーーさて、飛び込むか」
「は?」
ちょっと待て、飛び込むって?
「行くぞ。なんだ足が震えてるけど怖いのか?」
「待て待て待て待て待て待って!!ウェイトアミニット!飛び込む?ここの高さを見てから言いなさいよ?貴方の目は飾りなの?」
「飾りじゃないけど、中に行かなきゃ全部解決しないぞ?」
「な、中に行って何するのよ!ししししし死ぬわよ!?」
「あの霊〈ゴースト〉たちについていく。そしたら廃れた迷宮があるはずだ。俺たちはその謎を解かなきゃならない」
「え、え…ヒロインに紐なしバンジーさせるとか信じられない」
どう考えても水面までビル15階の高さはある。
普通の人なら生きては帰れないだろう。そう、普通の人なら。
「てか飛び込むなんて聞いてない…」
「だから防水ケースに入れて来いって言っただろ?」
「そういう伏線貼るのはやめて欲しいわ!」
深呼吸した。吸った息を止めて空を見上げた。
プラネタリウムのような満天の夜空があった。天の川がある。午前2時の空はとても綺麗だった。
「行きましょうか」
吊り橋の手すりに足を掛ける。
「流石ヒロイン、決心が早いぜ!松本っぽく言うなら飛翔べ、だな」
「厨二はお帰りください!」
怖い、って言ったら勿論怖い。でも大丈夫。
そんな自身が漲っていた。
「行くぞ!」
山田に手を握られた。びっくりする間も無く急降下する。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁあqswでghtyきkぉ」
最後の方は何を言ったか分からない。
とりあえずめちゃ怖い。良い子はバンジーするときは紐を付けようね☆
硬く化けた水面に叩きつけられそのまま沈む。
息ができなーーー息が出来る…?
「や、山田…!」
声も出た。イミワカンナイ。
中はますます幻想的だった。水の中で何千万の向日葵が咲き乱れてる。淡い発光が私の目を奪う。
「見惚れてる場合か!こっちだ、来い!」
山田が私の手を引く。息が出来てもここは水中。水たちが動きを制限する。幼少の頃水泳を習っていて良かった。
黒い影となった霊〈ゴースト〉たちを追い続けると洞窟のような穴があった。そこに霊〈ゴースト〉が床屋の看板のようにとぐろを巻きながら吸引されていく。
「穴だ…洞窟みたい」
霊〈ゴースト〉に紛れて穴に入った。不思議なことにここは水中ではない。ゴツゴツした岩肌に触れてみるとカントリーマアムのようにしっとりしていた。
中は真っ暗だ。並の人間なら1分で発狂しそうなほど暗い。瞬きをしているかどうか分からないが、〈能力者〉だからか次第に周りが高感度カメラのように見えるようになっていく。
「うわ…びちょびちょだ…」
自らのシャツを見下ろすと水が滴っていた。
「水も滴るなんとやら」
「それは女の子に言うセリフじゃないわよ」
「俺が言われたいだけなんだ」
「…」
「無視された…!?」
水も滴る良い男だっけ?山田には似合わない言葉だ。
「スニーカーの中まで濡れてるわね。生履で歩くのは嫌だしちょっと待っててくれる?」
「俺も絞りたいから待つよ。お互い様だ。それよりーーー下着透けてんぞ?」
透けてました。ハイ。
「貧乳で悪かったわね!」
「…雛子よりはあると思う」
「それは褒めてない!」
雛子ちゃん、お風呂で見たけどおつるぺったんでした。本人に言ったら殴られるどころか燃やされそう。怖い怖い。
「俺見る気ないからそっちの岩陰でシャツ絞って来るか?」
「別に良いわよ。いくらJKって言ったって、たかが布切れ透けてたって興奮しないでしょう?」
「まあ俺も妹の裸見ても興奮しねぇし」
「それで興奮したら変態よ!?」
妹いるんだ。初耳。まあ安心した。ほっとけば乾きそうだし、放置で良いかな。
そんな空気の中、急に場違いな電子音が鳴り響いた。
「こんな時間にツブヤキの通知…?てか圏外じゃないんだな」
ツブヤキとは今流行りのSNSのことだ。同じ趣味の人と繋がれるということで多くの若者から支持されてる。
時は午前二時半を回ってる。こんな時間にメッセージを送るなんて相当な暇人なのか。
「…なんだこれ」
山田が私に画面を見せた。美少女アイコンの下、そこには山田にあてられた言葉が。
「“早く先へ進め”ーーー?」
意味がわからない。表情を曇らすゴシック体の文字たちが私の中を掻き暗す。
「なんだ?ユーザー名はikutam。こいつは俺のフォロワーだが、…まるで俺たちが目に見えてるかのような文章だな」
「そうね…」
なんだ、この既視感は。それに美少女アイコン。どこかで見た事がある。そうだ、兄の部屋でだ。
まさか…まさか…?
タイミング良く携帯がバイブした。防水ケースの上から、画面をスワイプする。
「あ、間違えて切っちゃったわ」
「あるあるだけどさ桜花がボケてどうするんだよ!」
「…兄貴」
「え?」
山田が聞き直す。
「どうして兄貴が…」
さっき兄貴と仲良く出来そうって思ったけど、現に仲良くしているんじゃ?…桜花ちゃんフラグ立てすぎました。
もう一度掛け直した。呼び出し音が3回でかかった。通話の設定をスピーカーにし応答する。
『ねぇねぇなんで切るの!?酷いよ!!桜花ちゃんの大好きなお兄ちゃんが泣いちゃうよ?』
「勝手に泣いてなさいよバカ兄貴」
最初から出オチ。スピーカーにした所為で山田がドン引きしてるんですが。
「間違えて切ったことは謝るわよ。で、何?山田宛にメッセージを送った理由、教えてくれるんでしょう?」
『まあまあその前に隣に涼雅くんいるんでしょ?』
「涼雅?誰よそれ」
「あ、それは俺のハンドルネームだ。ネット上じゃ涼雅=フランシス・レーヴィンって名乗ってる」
絶対こいつも松本と同類だろ。特にネーミングセンス。フランシスってベーコンかよ。
『あ、涼雅くんそこにいるみたいだね。スピーカーモードにしてるのか。始めの聞かれちゃったのか。恥ずかしいな』
「あははは」と馬鹿けた笑いを浮かべ、兄貴は続ける。
『電池消費させちゃうのも悪いから手短に話すね。まず、音葉とかいう奴だかーーー古城音葉とオレは会ったことがある』
いきなり急展開。
「でも兄貴、音葉のこと知らなかったじゃない」
『知らなかったんじゃない。忘れていただけだ。なんせ可愛い妹の桜花ちゃんの年齢がまだ一桁だったんだよ?』
「一桁?俺と桜花は同い年だよな。今17歳だから一桁というと…八年以上前か」
8年前。より前という可能性があるけど、また例の話題と繋がる。
「一応言っとくけど私はまだ16歳よ」
「それは失礼した。まあ俺もまだ16だが。桜花って言うぐらいだから早生まれか?」
「…誕生日ハロウィンです」
「なぜ!?」
『あー、それはオレが桜って漢字が好きだったからと言う理由で…』
「あんたらの家族ある意味凄いな…」
山田がジト目でこちらを見てきた。芸術家家系て変な人多いよね。うちの親は両方とも美術を生業にしてるし。ところでコスモスって秋桜って書くじゃん?だからもういっそ名前の由来を秋桜にしちゃえば良いと思うの。でもコスモスちゃんはやめてほしい。
『話を戻そう。奴はまず苗字が変化している、と言うのが気づかなかった理由の一つだ。あと桜花が言った通り、あいつはオレたちの親戚だ。だけどちょっと血が遠いな』
「やっぱそうなんだ」
自称じゃないことが分かってすっきりした。
『勝手に話を進めて悪いが、何処でどういう経緯で古城音葉と会ったのかは今は言えない。ただあいつは人を欺く。心を殺す。なるべく…いや、関わるな。今、唯でさえ異常世界に放り込まれているのにあいつに関わったら“廃迷宮”から出られなくなる』
「ちょっとーーーー」
兄貴に聞きたいことは山程ある。絶対に兄は、穂高拓弥はこのゲームについて知っている。聞きたい、訪ねたい…だけど兄は私の言葉を遮る。
『聞くな。お願いだ。電話を切ったら真っ直ぐ進め。石板があるから涼雅くんと確認だけしておぃて。そしたら大きな扉がある。驚かなくていい。中の迷路…パズルかもしれないが落ち着けば桜花なら解ける。大丈夫だ、行ってこい』
「…分かった。絶対帰ってくるから」
あれ、私今から死ぬみたいじゃない?
『あと涼雅くん。可愛い妹を宜しく頼むよ。ネットにまた浮上したらコラボ絵描こうね』
「もちろんだ。…コラボは考えておく」
『えぇぇ〜…。カスミちゃんの連載続けるからさ〜』
「…カスミちゃん?」
私の疑問に山田は答える。
「ああこれカスミちゃんっていうの」
山田の白くて長い手が自身のTシャツに向かった。何か見たことあると思ったらあれか。版権が兄貴にあるパターンか。
『じゃあ切るよ?困ったことがあったら電話してね。あ、2人とも合言葉決めておいた方がいいよ。古城音葉は他人に化けるからね。念のために用心しときな。じゃあね〜』
一方的に話した後、電話は切れた。
「行きますか…」
携帯の懐中電灯機能をオンにした。山田がびしょっ、と効果音を立てて歩き出す。その後ろに私は続く。
沈黙。
高さ二メートルほどの狭くて暗い洞窟に2人の足音は響く。コツコツコツコツと音は反響する。
「合言葉、決めようか」
山田が呟いた。コミュ障だと思ってたけど、意外と自分から話せるんだなと見直した。
「じゃあ餃子のタレのお酢と醤油の割合についてにしましょう」
「何故敬語!?」
「ツッコミ入れるところ違うわよ!」
「悪りい悪りい。俺、餃子好きだぜ」
「私もよ。適当に言ったけどやっぱり餃子は人気ね。適当に歩けば餃子好きに当たるわ」
「犬みたいに言うなよ」
ぷぅ、と頬を膨らます。意外と仕草が子供っぽいんだね。
「そういや山田のこと何も知らないわ。山田山田言われてるけど実は山田自体が偽名でしたとか無いわよね?」
「だから微妙に小ネタ挟むんじゃねえよ。じゃあ自己紹介するか。相手のことを知っていた方が音葉の作る“ニセモノ”にも引っかからないだろう」
そう言い、山田は歩く速度を落とした。私と山田が直線に並ぶ。
「俺の名は山田祈樹。祈る樹と書いて“いつき”だ。血液型はB型。誕生日は海の日の1日前で大体夏休み前日だ。餃子のタレはお酢にブラックペッパーを入れる」
お酢に胡椒とか宇都宮人か。
「誕生日を言うって事は誕プレくれアピールってことかしら?」
「別に欲しいなんて言ってねぇよ」
「実はツンデレね」
「デレてねぇし!それより桜花も自己紹介しろよ!なんで俺だけなんだよ!」
「はいはい。私は穂高桜花。桜花だけど秋生まれよ。誕生日は10月31日のハロウィン。ニキビが出来るから誕プレはお菓子以外がいいわ。血液型はA型。餃子はいつも…お酢と醤油の割合は9:1ぐらい…ね」
「やっぱお酢がメインだよな!今度飯食いに行こうぜ」
「良いけど男の人と餃子屋行く女子なんて新しすぎないかしら」
「そんなこと無い。エデンの近くにおいしい餃子屋あるんだぜ」
「…連絡くれたら一緒に行きましょう」
「やったやった。女の子と餃子デート」
嬉しそうに山田が鼻歌交じりで言った。
しかしもう一度考えてみよう。年頃の男と女が餃子デート。想像してみて?シュールすぎない?
「随分奥まで来たわね」
話していたから回りに気がつかず、2mあった天井は1m70ほどに、幅もさっきの半分程になっていた。
「松本ぐらい身長があったら頭打つわね」
「どうせ俺はチビですよ!」
あ、小さいこと気にしてたんだ。ごめんなさい。
「道合ってるわよね?」
「他に分岐が無かったから此処で良いんだろ?お前の兄貴もそう言ってたんだし。それより本当に霊〈ゴースト〉の姿を見ないな」
「言われて見ればそうね。もう少し先を行きましょう。霊〈ゴースト〉がいない手掛かりもあるはずだわ」
再び歩き出す。
5分ぐらいだろうか、私たちはあるものを見つけた。
「…石板…か?」
「…石板ね」
縦30センチ、横60センチ程の石板が通路の幅にあった。見過ごすことが出来ない禍々しい何かを感じる。
「文字が書いてあるけど読めないな」
石板には彫ったような文字が刻まれていた。読めない、のではなくその文字は私たちに読むことが出来ない。
よくネットのオカルト板で異世界に行ってきたスレみたいなのがあるが、そこで見かける日本語擬きの文章が連なっていた。カタカナ、平仮名、そして漢字と怪しく言葉が並んでいる。
「桜花、ものの記憶を見る事って出来るよな?」
「出来るわよ。分かってるわ。見れば良いんでしょ?」
「話が早くて助かるな。体調がやばくなったら止めろよ」
「分かってるって」
両手を石板の上に乗せた。意識を目に集中させる。熱いものが流れる。吐き気も目眩もしない。これなら行けそうだ。
ああ、またあの既視感だ。松本の中で見たあの女の人が再び浮かぶ。何処か松本の面影を感じる少女が1人歩いている。故に8年前以上にも此処は存在してたのだろうーーーーだって、彼女が此処に来ていたのだから。
いや、しかしあの時はまだダムに無かったはずだ。ヒマワリ畑の地下に此処が隠されていたのか?分からない…分からない…!
そうだあの謎の〈能力者〉は何処に?先日出会ったツインテール女とは何の関係は無いのか?私はネットサーフィンをするかのように記憶の情報へ絡みつく。もっと、もっと…。
「大丈夫か?」
山田が心配そうに顔を覗き込んだ。
「問題無いわ。山田は…〈能力者〉が何人いるだとかどんな異能を持ってるとかは把握してる?」
「すまん、それは無いな。松本なら知ってると思う。早い段階で能力に目覚めたみたいだし、俺が知り合った時にはリクたそと仲良かったから」
「そうなんだ…。あのね、松本って1人であのアパートに住み着いているじゃない?家族構成とかはどうなってるのかしら?」
「…それは風見でも知らないと思う。あいつ、家族の事になると極端に話題を逸らすし。出会ったばかりの頃、初期メンバーでサザ○さん見てたら松本半泣きしてた。相当辛い事あったんじゃないか?」
「そのサザ○さんは泣けるストーリーだったの?」
「家族の温もりが懐かしくなったんじゃないか?ちなみにストーリーはタラちゃんが」
「名前隠す気が無いならもういいわ」
松本朝緋。初めて会ったあの日、記憶の中で垣間見た少女の話した時のあの反応がどうも腑に落ちない。
石板から目を離し、もう一つの問題点に目を向ける。
「凄く…大きいです…」
「頭の中がネットの脳の人って皆そう言うわよね」
問題点ーーーー私は立ちはだかる扉を見 上 げ た。
見上げる程それは大きい。さっきまで低かった天井は、今は此処だけドーム状に手が届かないぐらい高い。大きさを例えるなら山田24人分ぐらいだ。
その奥に立ち聳えている扉。恐らくドアの構造からして観音開きだろう。これで実は引き違い戸でしたとかなったら…いや、ないな。うん、ない。
「真理の扉みたいだなぁ…」
「だから名前出さないでよ」
「ここがディバインゲートか…」
「ポエムは出ないわよ」
「お前って地味に二次元方面詳しいよな」
「私が小さい頃から兄貴が洗脳して来たのよ。実際面白いからどんどんハマるのよね」
「二次元は素晴らしいね〜」とニヤニヤしながら山田は扉の前に出た。私もドラクエのパーティのように後ろに続く。
「鍵が掛かってるわね」
「多分この中に〈鍵〉があるんだろ。見た目はどんなものかは知らんがな。まあ、こんな扉の鍵なんて、ちょちょいのちょい、と」
右手を横に出し彼の能力を展開させた。青白い光を伴いながらその弾丸は扉の鍵穴へと激しく撃たれる。鈍い金属音が幾重にも反響する。
「開いたかな?桜花はそっちの扉を押してくれ。いや、引くのか?むむ…?」
「そんな事しなくても、ほら」
山田が振り返った先には扉が外開きに解錠されていた。
「本当に不思議空間だな」
「細かいことにツッコミ入れていたらキリが無いわ。早く行きましょう」
中に入ると、そこは先が見えない高い壁が無造作に並んでいた。これは私でも知っている。
「迷路ね」
「クリアすれば〈鍵〉を貰えるって事か。在り来たりだな」
「もしこれが本当に迷路なら壁に沿って歩けば出口に行けるはずよ」
「そうか、じゃあ行こう」
怪しみもせず、スタスタと山田は先へ行ってしまう。待て、これは本当にただの迷路なのか?体育館のような高すぎる天井を見上げた。最大限の注意力を働かせ、能力で裏を読む。
「…パイプ?あっちは穴?」
地下の駐車場のようにパイプが天井に複雑に絡み合っている。目を凝らす限り角まで行き渡り、焼肉屋の換気扇のようだ。何かパイプそのパイプの隙間からは凶器が出てきそうな穴が。
わかった。これはただの迷路じゃない。
人を殺す迷路だ。
「山田ストップ!」
「あ?」
丁度曲がろうとした山田の頭上から水が流れてきた。例のパイプたちから勢いを失う事なく噴き出る。あちらもこちらも遠くの方からも水が溢れて、その量は近所のプールの水汲みに負けないぐらいだ。
「…罠か?いや、違うな」
現在進行形で水をもろ被りしている山田が頭上を見た。
「進む道は此処しか無いし罠はまだ先よ。多分、これはタイムリミッター…。溺れ死ぬ前に出口に行かなくちゃいけないんだわ」
「あ、そういや入り口は?…ああなるほどな」
真理の扉のように大きい入り口は隙間が無い程しっかりと閉じてしまっていた。
「溺死よりも徐々に体力を奪っていくスタイルね。とりあえず慎重に行きましょう」
「ってもなぁ…。早速分岐があるんだぜ?」
水が噴き出すパイプの下を通り、山田の視線の先へ伺った。なるほど、ふたつに分かれている。
「壁の上に登るか」
「それは流石に危ないわよ。絶対上の穴から何か出てくるわよ…」
「そうだな…こう言った時は棒倒しを」
「私が記憶を読むわ」
山田の妄言を無視し、目の前のコンクリートの壁を見上げる。
「大丈夫か?使いすぎじゃないか?」
正直かなり使いすぎている。軽く目眩がしてる。この能力って燃料は何で発動しているんだろう。精神?体力?考えるだけ無駄か。
「…大丈夫よ。きっと」
私はそう言い壁に手を付けた。
「壁ドンだな」
「……」
駄目だ、ギャグがつまらない。
再びスルーし、見えない糸を手繰るように集中する。
能力が目覚めた頃と同じような吐き気が込み上げてきた。気持ち悪い…お願い、見えてーーーしかしこの迷宮は私の期待を裏切る。
「何で見えないの…?」
「壁ドンだな」
「わ〜山田くんのギャグは面白いな〜」
「やっぱり!?…見えないのか。ここはやっぱり俺の勘で」
え、今棒読みで返したのにまともに受けいれた?ちょろすぎだろ。ちょろ山田と呼ぼうか。
「だから危ないって言ってるわよ…」
こんな時、どうすれば良いのか。攻略どころか最初すらも突破出来ないだなんて。賢い風見さんを誘えば良かったなと後悔する。
あ、そうだ…兄貴なら…。
私は震える手で通話のボタンをタップした。
呼び出し音が3回響く。
『桜花ちゃん!頼るのおっそいよー!お兄ちゃん、待ちくたびれちゃったぞい☆』
スピーカーにしてたの忘れてた…耳が壊れるかと思った。
「ikutam…いや、桜花の兄貴さん。もしかして分かるのか?」
『分かるっちゃ分かる。分からないっちゃ分からない。だってその迷路、答えなんてないんだよ』
「…は?」
言っている意味が分からない。
『うーん、上手く説明出来ないな。まあ時間も無いでしょ。オレから電話掛けたら君たち絶対成長しないから我慢するのしんどかったよ。とりあえ答えは言わない、ヒントだけだ』
早口のまま兄貴は続ける。
『まっすぐに行け。絶対どちらか迷うな。迷う心はここの迷宮の魔に触れる。真っ直ぐが無くて迷ったら右だ、右に行け。いいか、分かったか?』
「…大体分かったわ。迷わなければ良いんでしょう。…兄貴にひとつだけ質問して良い?」
『ひとつだけだぞ?』
「なんで…迷宮の出口を知っているの?まさか行ったことがあるの?」
『行ったのはオレじゃない。知り合いだよ』
「知り合いって…」
『質問はひとつだけだよ?』
「やっぱ無しよ!帰ったら一緒にお風呂入りましょう?だから良いでしょ?」
「とりあえず桜花落ち着け」
『よし乗ったァァァァ!!!』
「奇声上げんなやかましい!」
なんかとんでもないこと口走った気がするけどきっと気のせいよね!水着着れば問題ないよね!
「松本と言う姓を持つ人に知り合いはいる?」
兄貴は少し黙った。溜め息のように息を吐いた音がスピーカーから漏れる。
『何処まで嗅ぎつけたか知らないけど…』
「早く答えて」
『いるよ。その人に当たって情報を聞き出そうとするのか?それは無駄だ』
「それは槍が胸に刺さって死んだから?」
『…ビンゴだ。ちなみにここ、その人が亡くなった場所だ。朝緋くん、だっけ?隠すの大変だろうな。いや、記憶が削除されてるから関係ないのか…?』
「ikutam、俺からも質問だ。ユズリハ様と呼ばれる人物は知っているか?」
『それは答えられないよ』
「ありがとう。分 か っ た」
『もう良いよね、切るよ?んじゃお二人ともファイトー!』
はたまた一方的に話すと切られた。プーと気の抜けた電子音が流れる。
「随分進展したな」
「そうね。やっぱり八年前、私たちと同じ〈能力者〉は此処に来ているわ」
「でもなぁ…どうにも何かを忘れてる気がするんだよ…」
「さっさと行くわよ。えっと…右よね?」
悩む山田の手無理矢理を引き、右に曲がった。
すると不思議なことに背後にギュインと不穏な音がした。なんだろうねこれ!
「…ナニコレ」
「見て分かるだろ。矢だ」
「そうじゃなくて!運が悪かったら死んでたわよ!?あんたまさか迷ったの!?」
「俺は左の方が好きだから」
「だから迷ったら駄目だって…」
私の台詞を最後まで言わせず、矢が雨のように降り注ぎはじめた。
「バカバカバカバカバカ山田!!!」
「まあ落ち着けって。悪かった。必ず右に曲がるから…」
いきなり山田は私を自らの胸に抱き寄せた。そして上に手を伸ばし、掌から能力を出す。彼の能力の狂弾は正確に矢に当たり、水面へとゆらゆら落ちた。
「今のは悪かった。ごめん、謝るよ。さあ、行こう」
「う、うん」
やっぱり山田のコントロール力凄い…。
手は握られたままだから手汗が嫌がられないか心配になってきた。
先へ進むとまた分岐が出てきた。今度は三つに別れている。
「真っ直ぐに進むか、右に曲がるかどっちが良いか?」
「出口は入り口の反対側でしょう?だったら出口側の扉に近い右が良いんじゃないかしら」
「そうだな。右に曲がろう」
そんな感じで右に曲がることを6回程繰り返した。水位はもう私たちの太ももまであり、冷たい水が歩くだけで体力を奪っていく。歩きにくい。
「なんだあれ」
7回目の分岐の前で山田があるものに目を付けた。山田が目を付けたものーーー床のコンクリートが山のようになっている。
「今まで触れなかったけど、微妙に足元が傾斜になってるわよね。だけどこれほどまでは…」
目の前の山は坂道と呼ぶに相応しい。
「あ、そういうことか…」
山田はポケットからロビーで見てたモノを出した。それは谷狭野村の道案内と向日葵畑が載っているパンフレット。
「どういう事か説明してよ」
「迷宮の中、旧谷狭野村と同じ道筋になっている」
「…そう、それで?」
「良いか、この地図と迷宮を照らし合わせながらよく聞け。俺たちが出発したのは今で言うとダム湖の中、この村の一番奥地だ。そして今この村の入り口へ向かって進んでいる。村の入り口付近何があったか分かったか?」
「隔離病棟ね。しかしそれが何と関係あるのよ」
「まあ聞けって。桜花の兄貴が右に曲がれと真っ直ぐ行けって言ったことは分かった。だって俺たち、その道の通りに村に来たんだよ」
「じゃあ何故私たちは最初に右に曲がって矢に打たれそうになったのよ」
「言っていたそのままの通りだろ。迷う心は迷宮に殺される」
「…分かったわ。話を戻してちょうだい」
「ここは正解の道順だ。目の前の山を超えて分岐を右に曲がれば出口に付くはずだ。だけどその前に隔離病棟のある位置に寄らなきゃならない。ついでに言うけど、ここが隔離病棟の位置だ」
「何故そこまで病棟に拘るのよ?」
「…気付いて無かったのか?」
一拍おいて、山田は言葉をぽつりと告げる。
「さっきからずっと呼ばれてるんだ。病棟だけじゃない。村に来てからずっとだ」
「その呼んでいるのはユズリハ様って奴なの?それとも霊〈ゴースト〉?」
「それがやっと分かった。ユズリハ様では無い。考えてみれば自分で自分の名前は叫ばないだろ。霊〈ゴースト〉…ではないか。まあ半分霊〈ゴースト〉と呼んで良いだろう」
手を解き、山田は歩きだした。そして目の前の山に足を乗せる。
「バレバレだぜ。早く出てこい〈霊憑き〉が」
凛と声を張り上げると頂上の辺りから女がぬぼぅと間抜けな効果音を上げて出てきた。いや、本当ぬぼぅと形容するのに相応しいんですって。
「バレた。なぜ」
「お前〈能力者〉だよな。何故取り憑かれている?その状態で何人殺した?」
「もしかして!?山田この人って例の殺人鬼?」
「そうだ。おい、〈能力者〉質問に答えろ」
女は目を細め、微笑みながら言った。
「全てはあの方の為。人の魂を集めなきゃならない」
綺麗なよく通る声は感情が無かった。顔は微笑んでいるのに。
女が歩みこちらへ近付いてくる。暗くて遠目からじゃ分からなかったが、顔付きは日本人離れしている。山田と比べたら月とスッポンのような美しい金の髪に真っ赤なリボンで結ったポニーテール、深海のように深くて青い瞳に目元の泣きぼくろ、長い足を主張するガーターベルト。そして目を引く巨乳。服装がハイウエストスカートだからか、余計に目立つ。
「…君らは〈能力者〉みたいだね。名前はなんて言うの」
「おいおい。自分から名乗るのが礼儀ってやつだろ」
「失礼。天堂は…天堂・エリアノーラ・依乃。適当に呼んで」
「じゃあドラミちゃんで」
「何故!?」
ちょっとツッコミを入れずにはいられなかったよ。ネーミングセンスどうなってんの。
「金髪に赤いリボンだからさ。ドラミちゃんって感じしない?」
「しないわよ!しかも初対面だよ!?もっとまともなあだ名ないのかしら!?」
「じゃあエリーで」
「それ微妙に他のアニメのキャラと被るから…。ミドルネームより苗字で呼んだ方が良いと思うわよ」
金髪ポニーテールでエリーだなんて某スクールアイドルのファンから怒られそう。
「ねねねどこの国の人なんだ?」
「イギリス人と日本人のハーフ」
「ハーフか。俺は神奈川県民と東京都民のハーフだぜ?」
「それハーフって言わないわよ!天堂さん困っちゃうでしょ、早く名乗り出たら?」
「俺から言う前提なのか…うーん…」
唸ると私に小声で囁きかけてきた。
「なんか良い二つ名ない?」
「めんどくさいわね。私が代わりに言うわよ。天堂さん、諸事情あって本名言えないんだけど二つ名で良いかしら?」
私の問いに天堂さんはコクリと頷いた。
「えっとこっちの偽金髪が〈パイナップル・キング〉で」
「ちょっと待て!そっち!?俺の勝手に決めんな!てかパイナップル引きづるな!」
「だったら〈パイナッポー・キング〉にする?」
「変わんねぇよ!」
「フルーツの王様だけに〈ドリアン・キング〉の方が良いわよね。ごめんなさい」
「その山田くん臭そうだよ!」
「で、私が」
「無視すんな!ツッコミさせんな!こっちのJKは〈ロンリー・スクールライフ〉と言う」
「ちょっと山田地雷踏んでない?JKだけに冗談は金髪だけにしておきなさいよ」
確かにぼっちだけど、そういう山田も友達いないんじゃ無かったけ?あとしてやったみたいなドヤ顔腹立つ。お兄さん完璧に地雷踏んづけてますって。
私たちのカオスな会話を真顔で聞き続けた天堂さんが口を開いた。
「…仲良しさん。〈デッドジョーカー〉と…そっちは〈ブリッドモーメント〉だっけ」
「「知ってんじゃねーかよ!?」」
ふたりしてハモりました。
「知ってるなら早い。その情報は誰からか?古城音葉からか?」
「そう言えば村に音葉来てるらしいわよ」
「マジかよ!?」
「そう。君たちの名前はペッパーくんから聞いた」
「誰よそれ」
ペッパーくん?古城…胡椒…ペッパーってこと?確かペッパーくんていう名前のロボットいなかったっけ?
「質問ばかりで悪いな。俺たち〈鍵〉が欲しいんだ。だからその先へ行かせて欲しい」
「それは無理。ユズリハ様が君たちに〈鍵〉を渡すなと言っている」
「ユズリハ様ねぇ…。矛盾してない?君の中にいる霊〈ゴースト〉たちは俺らを此処に呼び寄せたみたいだけど。てかさニュースもあの旅館もこの街も全て幻想なんだろ?それで俺たちを呼んでしかも閉じ込めて何をしたいの?」
「それとそれは別。天堂は松本朝緋に会いたかっただけ」
この子一人称が苗字なんだ、と関心する。
「だって…だって……」
突然、天堂さんが呻き出した。両手で頭を抱えしゃがみ込む。前屈みになった所為でたわわな果実が強調された。
「でかいな」
「小さくて悪かったわね」
「…小さくはないと思うぞ」
目の前で敵とはいえ人が苦しんでいると言うのに呑気な発言をする山田だった。
そんな山田が人格が抜けた天堂さんに話かける。
「やっと中の人のお出ましか」
中の人って着ぐるみやアニメキャラじゃないんだから。
「よう霊〈ゴースト〉。お前の主は松本朝緋に会いたがっていたけど実際会ったら浄化されるぞ。人に取り憑くなら支配人らしくしろ」
ポッケに手を突っ込み、DQNぽく山田は言う。
『貴様らも〈能力者〉か?』
天堂さんの薄い表情がますます平べったくなった。例えるならさっきはトタン板で今は伸ばした粘土のような感じがする。うん、意味が分からん。
「そうよ。貴方は霊〈ゴースト〉ね。何故彼女に取り憑いているの?旧谷狭野村の住人よね?」
『そうじゃ』
「なんで村の人を殺すの」
『ユズリハ様は我々に約束した。魂を捧げればダム湖の工事を中止にしてやると。しかし、なんだ?ダム湖の工事は中止になるどころか進展しているではないか!それどころか今度は謎の伝染病が流行り、ユズリハ様は助かりたければ魂をくれと言うんじゃ!!あやつは一向にやる気を見せない、だからワシたちはこの娘に取り憑きユズリハ様の為に魂を』
「おっさんストップ…。それ騙されてるぞ?オレオレ詐欺って知ってる?いや、これは村を救うのをするする詐欺か」
『はて?オレオレ詐欺…?』
オチが見えた気がした。くだらない。非常にくだらない。それユズリハに騙されてるだけだろ?
あとユズリハ。貴様はよくいる国会議員か。待機児童対策するする詐欺と微妙に被ってる。しかも天堂さんの声でおっさん口調だからじわじわ笑えてくる。
「で、霊〈ゴースト〉のおじさん方。私たちをこの先に通してくれないかしら?」
『そいつは無理な注文じゃ』
「戦うしかないわね」
「そうだな。サポート頼んだぞ」
「任せて。相手の能力が分からない限り無駄に手は出せないわね」
水嵩は増し、腰の辺りまでになってきた。あの坂を登れば少しはマシになりそうだ。
『絶対に通らせないのじゃ。邪眼使いと忌まわしい弾の魔術師よ、ここで死ぬが良い!』
なんだ何が来る?
この瞳の能力を使わなくても奴の所持能力を見破れるはずだ。暗い中の対象物に目を凝らす。
「山田、水から離れて!」
同時に大ジャンプした。その瞬間、水面にバチバチと黄色の電撃が走る。
「水って電気通さないんじゃ無かったのか?」
「それは純水だけよ。これは昼間見たあの汚い湖の水ね。不純物バリバリで電気通しまくりよ。生憎私たちの能力じゃ相性が悪いわ」
この間会ったあの八神少女のような能力があればこの水を純水に変えられるだろうけど、彼女はいない。無理だ。
「…ッ!」
山田が叫んだ。懐中電灯の明かりを追うと、彼の右肩から腕にかけてパックリ裂け、血が流れている。その足元を見るとバタフライナイフが壁に刺さっていた。
「壁…この柱の向こうをジャンプで越えようとするとトラップが発動する。気を付けろ…ッ」
やはりあの穴は予測した通りだったか。気のぬけたように山田がコンクリの頂部から落下し水面に直撃した。
「今行くわ!」
「桜花、懐中電灯を消せ!向こうに居場所がバレる!」
「わかったわ!一旦態勢を立てましょう」
片手で携帯を操作し、ライトを消した。一瞬だけ急な暗さに目が眩む。
『行かせるか』
「デイズ!」
弾丸が天堂さん付近の水面を撃ちつけ水飛沫が舞った。目眩ましーーーそれでデイズか。その隙を付き、死角へと回り込む。
「どうする?奴を倒そうにも暗すぎて見えないぞ?俺の弾は光を伴うから、あの女に回避されやすいぜ?」
「そんな事より腕…大丈夫なの?」
女の子の腕より少し筋肉質なそれを女子力抜群なハンカチで圧迫し止血した。かなり深くまで裂けていて、見るからに痛そうだ。
「ありがとな。後で新しいハンカチ買って返すよ。元々〈能力者〉は治癒力高いしこんなのは擦り傷程度だ。痛そうに見えても今はアドレナリンが大量放出されてるから大したことはない。それよりタイムリミットがやばいな」
水は胸の辺りにまで達していた。動くとちゃぽんっと音がするし、時々聞こえてくる天堂さんの『早よう出てこい!』の声が怖い。
「天堂さんさ、私のこと邪眼使いって言ったわよね?」
「ドラミちゃんが?確かに言ってたな。てか邪気眼使いって名乗れば桜花も楽しい厨二ライフ送れるぞ」
だからそのあだ名やめなさい。厨二ライフに巻き込むな。
「邪気眼じゃなくて、邪眼よ。なぜ〈神〉の目を持つものって言わないか不思議なのよ。邪眼ってさ、魔女の持つ能力なのは知ってる?」
「ああ。俺の知識量舐められちゃ困るな」
「英単語も分からず英語話せないのに?」
「………。そんなことないぞ」
「イルカ、英語で言うと?」
「…イルーカー?」
「……」
「邪眼って睨むだけで相手を呪い殺すってやつだろ」
逃げたな。イルカは間違っているけど、邪眼の答えについては正解だ。
彼女が私のことをそう呼ぶのなら似たような力が備わっているはずだ。ここまで話が進んで自分の能力を未だ理解出来てないのは恥ずかしいけど。
「私が天堂さんに能力を使う。だから山田には囮になって欲しいの」
「…大体言いたい事は分かった。俺は後ろから攻めれば良いよな?」
「そうね。弾丸を撃ち込んで気を引いて。彼女が油断したとき接近して能力をかけるわ。流石に呪い殺すとはまで行かないと思うけど…」
「じゃあ行くか。えっと天ドラミちゃんは…あっちか」
変なあだ名に進化してるけど、そこには触れないでおこう。
天堂さんは…いた。あまりこちらからは離れていない。中のおっさん、脳味噌単細胞生物っぽかったもんね。
「さあ、こっちだ!」
山田が駆け出した。水の中とは思えないスピードっぷりだ。
『飛んで火にいるなんとやらじゃな』
天堂さんが水面へ電撃を走らせた。
「てめえの行動パターンはまるっと全てお見通しなんだよ!」
山田が後退しながら大ジャンプをした。同時に何十発もの弾を放物線上に放つ。天堂さんの周りが落下と共に水飛沫で視界を曇らせた。この隙をつく!
『っ…何処じゃブリッドモーメント…!隠れてないで出てこんか!』
少年野球をしてたら近所のおっさんの家の窓ガラスが割れた時のおっさんのような剣幕で奴は威嚇する。大丈夫、ターゲットは目の前が見えていない。
彼女の足元からゆっくりと顔を覗かす。
「水の中まで気が回らなかった?それともまさか私自体を忘れて無いわよね?」
『き、貴様はデッドジョ』
「言わせない、てかそのあだ名本当やめてください!切実に。おっさんと私たちの反射神経の差、甘く見るんじゃないわよーーー意識を虚無へ送り込む〈ヴォイド〉!」
最大限に目力を込めて、天堂さんの瞳と合わせた。するとなんと言うことでしょう!天堂・エリアノーラ・依乃さんが倒れて行くではありませんか!え、まさか死んでないよね!?私また人殺しにならない?
はぁ…ますます自分までも厨二になって行くなぁ…。自覚があるからこそ痛い…。
私は汗を拭い、足元を見た。水位がどんどん減っている。ラスボスを倒したからか?
「山田お疲れ様。…あれ、どこ?」
携帯の懐中電灯機能を入れた。序でに時刻を見ると5時前。思ったより時間が経っていた。
「山田〜?坂登って出口行くわよ?…山田?」
背後にふと気配を感じて振り向いた。
山田だ。うん、まごうことなき見た目は山田だ。
でも残念ながら違和感が仕事をしているんだな!
「…山田?」
「山田だよ!」
ほら絶対違う。こいつ、身内に心当たりあるわ。
「餃子のタレを作ります。山田は小皿に何を入れる?」
「ポン酢おんりー」
ポン酢で餃子美味しいよね、って…違うわ!
「古城音葉クンこんにちは。山田を返してくれるかしら?」
「…1度やるとやっぱりバレるのかなぁ?君で3回目だよ」
燐光を放ちながら目の前の山田(偽)が本来の姿に成した。その左右の手には山田(本物)と天堂さんの襟が握られている。そして相変わらずの黒い姿。フード付きのマントのような、ローブを着ていた。いやフード付きのマントがローブなのか?分からん。
「山田くん、この子霊感強いね。〈能力者〉の中で一番視認できるんじゃないかな。聴覚も凄まじいし」
「じゃあ山田がユズリハ様の声が聞こえるとか言っていたのは…?」
「それは多分霊〈ゴースト〉たちの心の悲鳴なんじゃないかな?ユズリハ様ってのは違うけど」
なるほど。合点がついた。
「手元のその…天堂さん、死んでないわよね?私殺してない?」
「眠ってるだけだよ。俺が能力を使う手間が省けて良かった」
それなら安心した。音葉の顔を凝視する。暗くて気付かなかったが、幾つかの疑問が浮かぶ。
「そんなに見るな、照れるだろっ!」
「勝手に照れてなさいよ。その目の下が気になっただけ。どうしたの?絆創膏が貼られているのだけれど」
「転んじゃった♡」
ドジっ子属性か。お前男だろ。誰得だよ。
「あと、その目。あんたの目色赤だったわよね?」
「目の下怪我したからカラコンしてないだけだ。目の周りは清潔にするように医者に言われたからな」
「カラコンだったの!?」
「俺見ての通りアルビノなんだけど、日本人のアルビノって目の色青なんだよ」
「初めて知ったわ…」
やっぱりアルビノなのね。
「話変わるけど…私に霊視を宿した時も貴方が風見さんに化けていたんだっけ?まあ今はその話は良いわ。何か用があるんでしょう?山田は大丈夫なの?」
「山田は俺の作る世界で眠っている。〈仮想空間〉やら〈仮想世界〉と呼ばれているが名前は正直どうでも良い、で」
「話突然変わるけど何で女湯覗いたの?」
「気付いてたの!?…じゃなくて人の話は最後まで聞け!あと誤解だ!!順序だてて話すから聞いてください!」
誤解?雛子ちゃんが温泉で目潰しできるぐらいの距離があったんだからかなりガン見してたんだよね?え??
「まず迷宮クリアおめでとう。右に曲がれば出口がある。その手前に〈鍵〉があるから持ってけ」
「音葉は〈鍵〉持ってかないの?」
「今回俺はそっちよりもこの娘の除霊目的で来た。君たちが〈鍵〉を持ってくのは見なかったことにしてやるよ」
「そうなのね。じゃあ私たちの手柄にしちゃうわよ」
「そうしてくれ。あと次、女湯は覗いたつもりはない。実際あの付近は散策していたら迷って、声が聞こえたから助けを求めようとしたのさ。そしたらそこは女湯だったんだ」
「…湯気があるんだからいくら塀で囲まれててもお風呂だって分かったでしょ?」
「男湯だと思ったんだよ!」
「ホモだったのね」
「断じて違う!」
母親にオモチャを強請る6歳児のように声を張り上げ、「目潰し痛かった!」と付け足した。そりゃあの温泉しょっぱかったから目にいれたら辛いでしょうよ。
「最後にネタバラシだ。この迷宮を抜けたら君たちは元の世界に戻れる。その前に」
軽く指パッチンをしカッコつけると坂の奥から着物が似合うある女性が出てきた。
「女将さん!?」
「あら…あなた松本さんところの」
名前覚えて貰えないって寂しいね!名乗ってないけど!
「俺は今、霊〈ゴースト〉を呼び寄せた」
女将さんが霊〈ゴースト〉?じゃあこれも予想に同じく全てが淡い幻想なんだね。
「ちなみに〈能力者〉なら誰でも霊〈ゴースト〉を呼び出せるよ。元々好かれやすい体質だからね。それはポイっとおいておいて、女将さん。自分が誰であるか分かるかな?」
「私は…この村の住人で『夢の舞』の女将よ」
ゆっくりと老いた声が紡がれる。
「うーん、そうだね。それは生きていた頃の話だ。死んでなお、貴女はここにいる。俺たちはどうして死んでまで生きた人間に憑き纏うのか、っていうのを知りたいんだ。俺の右側に倒れている女性、知ってんだろ?」
「…どうして……」
今にも泣き崩れそうな表情で俯く。
所詮は霊〈ゴースト〉、と言ってしまえば女将さんは霊〈ゴースト〉だが何だか見捨てられなくなってきてしまった。
「この女将さんは天堂・エリアノーラ・依乃により家族…娘と旦那を殺害された」
「じゃあ私が見たあの記憶は…」
「私のよ。若い頃に感じた私の想いたちだ」
「聞きにくいのですが…あの記憶で声が出なかったんだけど喉の病気を患っていたんですか?」
「声が出なかった?演出じゃないかしら?」
スタッフ仕事しろよ。
ダム湖の建設現場で起きた大量殺人事件と隣にいた男性と女の子の全てに辻褄が合った気がした。
「私は君たちに出会えて良かった。気付かされた。これでもうこの地に想いを残すことはないわね。あと…」
表現しがたい笑顔を向け、言葉は再び紡がれる。
「そこの横の男の子、山田くんだっけ?彼が私のことを殺されたと言ったみたいだけどそれは違うの。自殺よ。本当に自分は愚かだった…。家族を失った辛さは語りきれないよ。お嬢さんはまだ若いんだからこれからの人生をうんと楽しみなさいよ!」
そう告げ、「ありがとう」と名残惜しく言って消えた。
「これが正しい人の形を為した霊〈ゴースト〉の除霊方法だ。向こうも人だから話せば分かり合えるよ」
音葉がズボンのポケットに手を入れ、女将さんがいた付近を見ていた。
「もう彼女の因果に縛られることはない。山田はほっときゃ目を覚ますからあげる。俺はこの娘に説教しないと。じゃあな」
私に山田を物理的に押し付け、入口側へと歩んで行った。仕方なく私は山田をおんぶし出口まで行く。思ったよりも山田が軽くて良かった。
坂道を登り、そして下り、水が引きかけている中を音を立てながら進む。山田が軽いと言っても眠っている人間に変わりはなく、段々息が上がってきた。
右へ曲って壁沿いに真っ直ぐ進んだ。その先にはーーーーまたあの見上げる程大きな扉とその前にちんまりと置かれている宝箱。
ここが旧谷狭野村の地図と一致していると山田は言ってたけど方向音痴な私には結局分からなかったな。隔離病棟と村の入口って裏ルートで行けるのだろうか。
宝箱に手を翳した。するとゆっくりと開く。
中には西洋風のオルゴール箱の鍵のようなものが置かれていた。チェーン付きで首から掛けられるようになっている。これがきっと〈鍵〉というものだろう。
首から下げた。同時に扉の隙間から朝日が漏れ、そしてダイナミックに開いた。
眩しい。外の世界はこんなに明るかったっけ。
山田を背中に乗せた覚束ない姿勢のまま、門下をそろそろと通過する。
ーーーー通った後、私の意識はそこで途切れた。
✳︎
人の気配を感じた。
〈能力者〉でもない、霊〈ゴースト〉でもない、正真正銘の100%ジャパニーズヒューマンの気配だ。辺りにはおひさまの香りがする。ところで布団を干した後のおひさま香りって、ダニの香りらしい。うん、衝撃的。どうでも良いねこの情報。
「大丈夫かな?」
「…ここは?」
眠気を押し殺して声の正体を探るとお巡りさんがこちらを見ていた。そして改めて事の深刻さを思い知る。
私の周囲には松本と風見さん抜きのお馴染みのエデンのメンバー。私が起きるのを待っていた雰囲気だ。いや、起こしたのだけれども私が起きなかった可能性もある。残りの2人はと言うと少し離れたところで別のお巡りさんたちと会話していた。紛らわしいからあちらのお巡りさんBと呼ぼう。私に話かけたお巡りさんはAで良いや。
そして私の背後には爆弾でも墜落したかのような崩壊しかけた廃墟があった。中の様子を凝らして見ると暖簾やタオルが散乱してるーーーこれはあの旅館の元の姿だ。音葉の言う通り、偽りの世界から帰って来れたんだ…!
「雛子ちゃん…山田…良かった…。ヨモツヘグイなんて杞憂だったみたいね」
「そうだな。腹減ったし…食った方が良かったかもな」
「腕、大丈夫なの?」
「心配かけてごめん。見た目はグロいけど傷は塞がってるし瘡蓋状態だから大丈夫だ。救急車呼ばれそうになって焦ったぜ…」
自身の右肩を摩りながら山田は苦笑いする。
「桜花ちゃんも山田も戦場に行って来たみたいだね…」
「まあそんなもんだよな」
「ふふっそうね」
シャツの下からペンダントにしている〈鍵〉を取り出した。
「うおおお!本当に桜花ちゃんが取って来たんだ!山田なんで覚えてないの〜?」
「それがよぉ…音葉のバカに〈仮想世界〉に引きづり込まれてさ」
「ってことは桜花ちゃんが山田担いで来たんだ!重かった?」
「それがね、意外と軽かったの!姫抱っこ出来るかと思ったわ!」
「乙女だね〜。ダイエット?」
「う、うるせぇ!食うもん食ってるわ!」
そんな中、お巡りさんAが申し訳なさそうに話に入り込む。
「話してるところ悪いけど…とりあえず署まで来て欲しい。疲れてるところごめんね?」
そうお巡りさんAは言い、二台も止まっているパトカーへと案内された。手持ちのリュックやスーツケースは既にトランクへ運びこまれていた。さすが仕事が早いですね。
「僕と風見はあっちのパトカーに乗るから、山田たちはそっちに乗ってくれ」
「分かった」
「その前に、風見さんや松本とこっち来て。並んでくれるかしら?」
手招きするとこちらに来た。
崩れた旅館の奥、湖の方に体を向けた。
合掌し、頭を下げる。私がすると残りのメンバーも手を合わせた。
「起こしてしまってごめんなさい。どうか安らかに眠ってください」
特に思いつかなったのでそう言った。
「もう2度とこんな事が起こらないように…ユズリハの奴ぶっ飛ばしてやる」
「ユズリハって結局誰だったんですか?事務所に戻ったらちゃんと聞かせてくださいよ?」
「ははは実は桜花の兄貴がユズリハだったりしてな」
「やめてよ、変なフラグ立てないで欲しいわ」
ユズリハ。不思議な響きだ。漢字はどんな字を当てるのだろうか。楪、それとも杠か。分からない。
「…桜花?」
松本が話しかけた。私が複雑な表情を浮かべていただろうからか。
「何でもないわ。付き合わせちゃってごめんなさい。さあ、行きましょう」
雛子ちゃんや山田の後ろに続き、パトカーへ乗り込む。山田が助手席を嫌がったから仕方なく山田、私、雛子ちゃんの順で後部座席に三人並んだ。
エンジンがかかる。
発車し、そして高速道路に乗り30分ほどお通夜のような空気が続いた。
そんな重い空気の中、お巡りさんさんが口を開いた。
「お嬢ちゃんたち学生さんだよね?親御さん心配してない?あんな危ないところまで行って何したの?」
ずっと聞きたかったのだろうけど、話にくい…!
思ったけど、雛子ちゃんに迷宮の攻略とか女将さんが実は霊〈ゴースト〉だった件とか話したいけど出来る雰囲気じゃない!お巡りさん相手に何を話せば良いの?何をしてきたと問われて「ちょっと霊〈ゴースト〉退治して迷宮攻略してきました(笑)」なんて言えないよ。うん、無理だね。
「迷惑かけてすみません。両親には話してあるんで問題無いと思います」
山田と私が硬直する中、以外にも雛子ちゃんが答えた。やばい、緊張で腹痛くなってきた。
「あの村は心霊スポットって呼ばれていますが、お巡りさんは何か噂とか聞いた事ありますか?」
山田と私が再起不能状態になった為、雛子ちゃんがお巡りさんAと会話を始めてくれた。元からコミュ障という病を患っているのに、これで知らない人と会話なんて5秒で即死ものだよ。
「やっぱり行くからには君たちホラー系好きなのかな?おれは住んでいるのはこの付近じゃないんだけど、小さい頃から彼処には近付くなって言われていたよ。彼処に行くと魂を喰われるって」
魂を喰われるーーーそれがダム湖の“ユズリハ様”なのか、それとも実際に憑かれた天堂・エリアノーラ・依乃であるのかはわからない。だけどあの場所は霊〈ゴースト〉が住むと言うのは嫌なぐらい理解できた。もう疲れた。迷宮なんて見たくもない。
それっきりお巡りさんAは話しかけてくる気配は無く、私は車の揺れに身を任せ眠りに包まれた。
✳︎
「おーい着いたぞ」
山田の声に起こされ我に帰るとアパートの目の前だった。
「あれ?警察署までじゃ」
「とりあえず黙って降りろ」
急かされ車を降りるとリクたそが出迎えてくれた。今日の髪型は前髪をピンで上げている。子犬のように手を降ってる姿も愛らしい。写真撮りたい。
「お疲れ様なのだよ!とりあえずコミュグルを見てくれたまえ」
ずっと首から下げていた携帯をケースから取り出し、アプリを開く。充電がもうそろそろ切れそうなのを横目に見て通知を確認すると『ボクの主が警察らに能力をかけた。今回の事件は世間の記憶から削除される』と記されていた。主って〈神〉だよね?万能すぎでしょ…。
パトカーが遠のくのを確認してからずっと出番が無かった松本が話し始めた。
「えっと…今は午前7時半だよ」
「だから何よ!?」
「俺が代わりに話しますよ。桜花、山田、迷宮に行くなら俺たちにも相談してください。無断で行くなんて信じられません!俺も行きたかった!」
「風見さん本音が出てるわよ!?」
怒るところそこじゃないでしょう!?
「じゃ今後は風見も誘うぜ。見ての通り桜花が頑張ってくれた。報告としては向こうで電撃使いの〈能力者〉に会った。因みに奴が今回の殺人事件の黒幕だ。それでーーー」
今回体験した事を山田が詳しく説明していく。その説明は分かりやすく、その場にいなかったメンバーたちは引き込まれた。
「うん、そうだね。初めてにしては良い出来なのだよ」
ニコニコと笑みを浮かべたリクたそが言う。
「なあ、リクたそ。君は8年前は生まれているんだっけか?」
「残念ながらボクが生まれたのは5年前。8年前については知らないけど、ボクの意識の元を辿れば分かることだ」
「…皆して8年前、8年前って繰り返し言うけど一体何があったの?」
静寂。
但し松本だけが目を逸らしているように見えた。
「リクたそは俺の質問には答えられるか?」
「今から君が言う質問は“ユズリハ”についてだね。それは答えられないのだ」
「…読まれたか」
忘れかけていたけど、リクたその能力はコピー。私が使いこなせないだけで、私の力を借りれば心理なんて読み解けるだろう。
「ボクから言えるのは“ユズリハ”っていう単語はもう口に出さない方が良いと思う。触らぬ神に祟りなしって言うぐらいなのだよ」
最後の言葉は松本に言ったように見えた。
「じゃあ解散。明日の月曜日、学校終わったらエデンに集まることだ。いいかね?」
重たい空気を打ち払い、リクたそがアパートに上がって行った。
「松本!何をしている!早くボクの朝ごはんを作るんじゃなかったのかい!」
「ハムエッグで良いか?そんな訳で悪いな。じゃあな。また明日!」
松本も続いて登り、私たちは階段の下に残された。
「俺たちも帰りますか」
風見さんがそう言い、頷き、駅へと向かう。
合宿…やっと終わった。
そもそもこれは合宿だったのかというツッコミは置いといて、迷宮の攻略や〈鍵〉の探索はこれからも続けられるんだろうなぁ…。
歩きながら移り変わる町並みを見渡す。所々に霊〈ゴースト〉が見られる。一般人にも感じられる人がいるって風見さんが言ってたっけ。明日学校に行ったら勇気を出して探してみようかな。
疲労でずっと無言だった皆と駅で別れ、電車に乗った。最寄りの駅に着いて改札を降りる。
駅から徒歩5分程の一軒家。寝ても眠いフラフラの足取りで家の前に来るとーーー
ポーチの前に兄貴が座っていた。
「桜花ちゃぁぁぁぁぁぁん!!」
「うっさい!近所迷惑よ!?」
それが我が家に帰ってからの第一声だった。
✳︎
その後の話。
分かりやすく言い変えればエピローグ。
「で、何?少しぐらい教えてくれたって良いじゃない!」
「だって〜お風呂入ってくれないし〜」
すっかり拗ねた兄貴は何も教えてくれなかった。
一緒にお風呂に入れば教えてくれるといってるが、やはり無理だ。その場のノリで言ったけど無理なものは無理なのです。
「兄貴は私がどんな状態に置かれてるか知ってるのよね?」
焼きたてのフレンチトーストを齧りながら問いかける。兄貴の手作りだが、これがまたびっくりするぐらい美味しい。
「知ってるよ」
「じゃあどうして知ってるのよ」
「…答えられない」
さっきからずっとこれだ。このやり取りが無限に繰り返される。英語で言えばエンドレスループ。
「兄貴は…お化けとか信じるの?」
お化けーーー私たちに言わせればそれは霊〈ゴースト〉だ。
「信じるよ。いたら面白いし」
「“面白いし”じゃなくて、なんで見えないものを信じるの?」
ふと質問してみた。
見えないものが怖いのではなくて、見えるからこそ怖いと答える人がいるらしい。まあそうだよね。花粉とかPM2.5が怖いかって聞かれたら嫌いなだけで怖くは無いし。
「…あの時の後遺症みたいなもので見える」
「見えるの?黒い影が?霊〈ゴースト〉が?」
「今でも見えるさ。…言ってしまうか」
あーあ、もう知らないと不敵に笑い、
「おれはね、これを言うと可愛い可愛い桜花ちゃんからの目がますます白くなるんじゃないかって思ってたから言わなかっただけなんだ」
「もう十分白い目で見てるわよ!?」
「そんな熱くなるなって。妹がこんなに頑張っているのに全部話したら偏見の眼差しを受けるさ、きっとね」
「まさか自分がユズリハとか言うんじゃないでしょうね?」
「そんなバナナ。てか訳の分からんフラグ立てたの誰?」
山田です…。
「良いや。さっさと話してしまおう。“上”からの命令も無いし、そもそもおれは辞めたし。そうすりゃ楽になる」
赤いメッシュの髪を掻き上げ、私の兄は言葉をひとつずつ丁寧に告げた。
「おれは能力者なんだよ」
次は過去編
そしたら別の話書きます。




