序章(あとがき)
あとがき
小説を書き続けて何年になっただろうか。
気づけばもう、60代後半。そろそろ身の回りを整理しようかと思い先日、何年も開けていなかった押入れの扉を開けてみた。中からは大した物は出てこなかった。まぁ、物置なのだから仕方がないのかもしれない。けれど、一つだけ気になるものをがあった。小さい、箱だった。周りの物は、埃にまみれ薄汚くなっているのに、その箱だけは埃ひとつつかずとても綺麗だった。
箱を開けてみると、なぜかビワの香りがした。中には一通の手紙が入っていた。見覚えのある手紙だ。差出人は、私が60何年歩んできたなかで心の底から愛した、たった一人の人。私には妻と子供がいるが、妻も同じ血が流れる子供さえも彼女ほどは愛せなかった。彼女と妻、そして私の子供が海に溺れていたとしたら、私は迷わず真っ先に彼女を助けるだろう。それくらい彼女は、私にとってとても愛しい存在であり、誰よりも大切な存在だった。私の命に変えてでも守りたかった。
ここまで読んだ皆様は疑問に思うだろう、そんなに愛しているのならば何故、彼女と一緒にならなかったのか。
それと同時に、察しの良いお方ならば気づいただろう。
彼女はもう、この世にはいないと。
彼女はもうこの世にはいない。数十年前に病気で亡くなった。たった20年の人生だった。
私はあの日ほど泣いたことはない。あの日ほど悔やんだことはない。あの日ほど苦しかったことはないし、あの日ほど心が痛かったこともない。そしてあの日、私は死にたいと初めて思った。
心の底から、死にたいと思ったことは、あの日が最初で最後だ。あの日ほど残酷で苦しい日はなかった。彼女がいるだけで、私は幸せだった。生きていられた。
ここで、皆様はこう思ったと思う。そんな感情になったのに、どうして死ななかったのか。ましては、妻よりも子供よりも大切で愛していた彼女が死んだというのに。
私が生きてこられたのは、彼女からの手紙のおかげだ。そう、物置から出てきたあの箱に入っていた手紙だ。内容はそれほど多くはなかった。そして、手紙の最後に、「私が見られなかった、未来を貴方の寿命が尽きた時に教えてくださいね。」そう書かれていた。そんなことを言われたら、生きるしかないだろう。彼女に、日本の未来を伝えなければならないのだから。どれだけ日本が発展し、どれだけ日本が豊かになり、どれだけ日本が平和できれいな国になったのか、伝えなくてはいけないのだから。
此処まで来て、察しの良い皆様はもう分かっただろう。手紙とこの物語の関係性を。
さて、この文章をあとがきと言って良いのかは分からないが、此処までにしようと思う。
あの手紙とこの物語の関係性は、皆様のご想像にお任せしよう。どうしても、答えが知りたければ私の所まで送ってくれ。気が向いたら、返答しよう。ただし、私が生きていれば。
長くなってしまったが、最後に謝辞を。
私が何十年と小説を書いてこれたのは、読者の皆様と、長い付き合いの友人、家族、それと中沢くん。貴方たちのおかげです。これが遺作にならないようにはするつもりですが、私も歳です。なった時のために言っておきます。
ありがとうございました。
2×××年 ×月×日 吉田敬典