エピローグ
「でもまあ、ものは試しっていうからなあ。ちょっくらやってみっか」
間延びした声を出しながら、竹之下は一度降ろしかけた手を再び構えた。すると、ほんの一瞬、竹之下の顔つきが変わった。普段の竹之下からは間違っても想像もできないような真剣な顔だ。
その表情に、北村が思わずたじろいた次の瞬間!二発の弾丸が、勢いよく拳銃から放たれた。
弾道はまっすぐに、大杉と岩本へ伸びていき、弾丸はそれぞれの踝の中にのめり込んでいった。
「あら、当たっちゃったよ。やってみるもんだねぇ」
北村の方を振り向いた竹之下の顔は、いつもの間の抜けた表情に戻っていた。
「まさか!この距離で……」
崩れ落ちて、向こう側に転がっていく大杉と岩本を見て、北村はただ口を半開きにして唖然としている。
「あ、北村、これありがとね」
その様子を気にとめる風もなく、竹之下は北村に拳銃を返した。
「これで、警視総監賞も決まりだな。お前、いい腕してるじゃない」
「どういう意味ですか……?」
「あいつらは、お前がしとめたってことだよ。いいか、もし俺の腕がばれたら……」
竹之下は声をひそめた。
「ばれたら?」
北村の顔に緊張が走る。
「俺の仕事が増えちゃうかもしれないじゃない」
北村の口は再び半開きになった。
「さてと……、県警が来ちゃう前に捕獲しにいくとするか」
竹之下に肩を叩かれて、ようやく北村は我にかえった。
「そうですね」
言いながら、北村は竹之下の顔をまじまじと見た。
「なんだよ。俺があんまりいい男だからって、そんなに見つめるなよ」
「いえ、それは絶対にないですけど。ただ……」
「ただ?」
「竹之下さんだよなって思って」
「それ、どういう意味?」
「別人じゃないよなって」
「お前そりゃ、俺みたいにダンディな男が二人も三人もいたら、世の中の女性がどっちにしたらいいか決めかねて、悩んじゃうじゃないの」
ばかばかしくなって、北村は竹之下を置いて高台へと歩き出した。
「あ、待ってよ!ちょっと、北村!老体は労わるもんだと昔から決まっているんだぞ!おい!」
慌てて竹之下も後を追った。
高台から下を見渡すと、呻きながら転がっている大杉と岩本の姿があった。
――やっぱり、夢じゃなかったんだ……。
北村はそれを見て、改めて竹之下の顔をじっと見た。
「だから、見つめるのはやめなさいって!北村、素直に諦めてくれ。俺にはその趣味はない」
再びばからしくなって、竹之下から視線をそらすと、そこには呆然と立っている圭の姿が見えた。
――あれ、あの顔……。どこかで見たような……。
「あ!思い出した!なんだ、そういう事か……」
すっとんきょうな北村の声に、反応したのは郁子だった。
――まずいわ……。
郁子は急いで圭の足元に落ちているライフルを拾うと、すぐさま逃げるように立ち去って行った。
都心へと車を飛ばすKの横には、老けたメークを施したIが座っていた。
「もう少し丁寧な運転ができないの?傷にひびくじゃないの!」
みれば、Iの右手には痛々しく包帯が巻かれている。
「知るかそんなもん。自分のドジのせいだろう」
Kは相変わらず、つっけんどんだ。
「そりゃそうだけど……」
「そうだろ?」
「でも、人の事ばっかり言ってられる立場じゃないでしょう?」
「……」
珍しくKの顔色が変わった。
新橋。うらさびれた空間に、疲れたサラリーマンが集うガード下の飲み屋。そのまったりとした雰囲気に、二人の姿は絶妙にマッチしていた。
「悪かったな。お前んとこの若いモン巻き込んで。まさか護衛につけていた奴がまかれちまうとは……」
言いながら、西田は徳永に酒を注いだ。
「いや、お前が謝ることじゃないよ」
注がれた酒を、徳永はうまそうに飲み干した。
「でも、ひやひやしたぜ。あの状況で圭に本気を出されたら、どうにもできんからな」
徳永はすでに手酌で飲んでいる。
「いっそうちのと交換したいよ」
西田はため息をついた。
「うちのって?」
「ほら、例の圭太郎君にそっくりなやつ」
「ああ。でも、なんで?」
「あいつは、嫌味なくらいなんでもできて、度胸もあるくせに、これだけはまるっきり駄目なんだ」
西田は鉄砲を撃つ真似をした。
「動くはずのない練習用の的ですら、逃げていってるんじゃないかと思うくら当たらない」
「ほう。そりゃ誰かさんと間逆だな」
徳永の言葉に、二人は顔を見合わせて笑い出した。
「あいつは、他の科目はからきしのくせに、射撃の成績だけは良かったもんな」
「そうそう、警察学校の同期の中でもダントツのトップだった。いっそうちのを竹之下のところへ修行に出すか」
「そんなことしてみろ。下手なギャグだけ覚えて帰ってくるぞ」
「それもそうだな」
酔いがまわってきたのか、二人は他の客の迷惑も考えずに豪快に笑い出した。
「でも、竹之下も年をとったのかこの頃すっかりぐちっぽくなってさ」
「へぇ」
「たまに桜田門に行くと掴まっちまって、たっぷり聞かされるんだ。それもいっつも同じ話」
「何?カミさんの悪口か?」
西田は頭を振った。
「公安は経費使い放題でいいなあ。俺たちなんて、張り込みの時のジュース代すら出ないのに……。同じ警察でも、扱いが違いすぎやしないかあ」
西田は竹之下の口ぶりを真似しながら言った。それがまた、あまりにもよく似ていたので、徳永は目に涙を浮かべながらいつまでも笑っていた。
真新しい墓石に水をかけ、花を供えると、圭は静かにその前に座り、手を合わせて目を閉じた。
――タカシ、カッチャレンジャーの収録も無事に全部終わったよ。子供たちから、『ケッツ・ヒェンを出してください』っていう手紙がたくさん届いてた。俺も、もっと見たかったな……。
圭の隣には、同じように墓石に手を合わせている、愛理奈の姿があった。
了
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。拙い文章、稚拙な構成だと自負しておりますが、もしお楽しみいただけたならうれしいです。