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第四章 F

   一


「どこかで見た事ある気がするんですよねぇ」

 北村のこのぼやきを、もう何度聞かされたことだろう。

「昨日からそればっかりだな。聞いてる俺の方が面倒だから、思い出すなら、とっとと思い出せ」

 たばこの火をいかにも面倒くさそうに灰皿に押し付けながら、竹之下はうんざりした声を出した。

「それができたら、苦労しませんよ……。なんかこらほう、女優さんとかでも、顔だけ出てきて名前が思い浮かばないってことよくあるじゃないですか。その気持ち悪い感じがたまんないんですよ」

「おまえ、そりゃ年食ったって事だ。大丈夫、そのうち名前どころか顔も浮かばなくなって、もっと進みゃありがたいことにかみさんの顔もわからなくなるって」

 あと数年で定年を向かえる竹之下の一言に、最近脳のおとろえをはっきり感じている三十八歳の北村は反論できなかった。

 人を見た目で判断してはいけないというが、確かに、この二人が刑事だとは誰も思わないだろう。しかし、出世できそうにないという印象は大方当たりである。

 千代田区霞ヶ関中央合同庁舎二号館。警視庁組織犯罪対策組織犯罪対策第二課。

 そんなだいそれたところが、この二人の職場なのである。

「前を走っていた赤い車を運転していた女と、成田空港で黒塗りの車に乗り込んだ男……。俺、前にどこかで同時に二人を見た気がするんだけどなあ」

「思い過ごしなんじゃないか。ま、思い出してもロクなことはないから、余計なことは思い出さない方がいいぞ」

「竹之下さん!」

「まあ、大体あんなタレコミ本気にする方がおかしいんだよ。国内に潜伏する黒色テロリスト組織が、成田空港で超一流のスナイパーと接触を図るなんて。まったく、仕事増やしやがって……。おとなしくしてりゃ、俺はもうすぐ定年なんだ。まあでも、あの時パンクしてくれて良かったよ。黒塗りの車が走ってったの東京とは逆方面だぞ。まともに追跡したら、どこまで連れていかれたかわからないもんな」

「なに言ってるんですか。定年だからこそ、もうひとはな咲かそうとは思わないんですか?」

「ちっとも思わないね」

「……」

「北村ももういい年なんだからさあ、そんな青臭いこと言うなよ」

「竹之下さんと一緒にしないで下さい。僕は定年までまだ二十年以上あるんですから。その間に、やっぱり警視総監賞の一つや二つ欲しいじゃないですか」

「そんなもんもらったって、どうするんだ?食えるわけじゃないし」

 竹之下は興味なさそうに、タバコに火をつけた。

「大体、今日日そんなこという刑事は早死にするぞ。いいか北村、この世は生きててなんぼだ。ましてや俺たちゃ公務員。公務員は公務員らしくしてないとな。そこんところちゃんとわきまえておかないと、お前いらん苦労するぞ」

「いらん苦労なら今させられてます」

 ため息が一つ、北村の口からこぼれた。



   二


――潮の香りがする……。ああ、波の音も聞こえるじゃないか……。ってことは、やっぱり失敗したのか。俺、あいつらに捕まっちまったんだな……。

 圭ははっきりしない意識の中で、漠然と考えていた。

――でも、まだ生きてるってことはそれだけでも奇跡的か……。それにしても、なにがどうなってるんだ?

 亡き母の優しい声が耳に響く。

――知らない人に付いて行っちゃいけません。

「母さん……。本当だな。知らない人には付いていくもんじゃないね」

 そうつぶやくと、圭は再びまどろんでいった。

 しばらくして、ようやくはっきりと意識を取り戻した圭の目に飛び込んできたのは、見知らぬ老人の柔和な顔だった。

冬だというのに日焼けした顔に、背が低くてずんぐりとした体型。耳が遠いのか補聴器をつけている。

「おお、気が付かれたか?良かった!良かった!」

 老人は安心したように言った。

「気分はどうです?あなた、丸一日眠っていたんですよ。なかなか目を覚まさないから、本当に心配していたんです」

 老人はおだやかな口調でやさしく圭に問い掛けた。

「あの……、俺……?」

 言いながら、圭はハッとした顔になり、身を固くした。

――奴らの仲間かもしれない……。

 圭の心情を察したのか、その様子を見て老人はクスッと笑って、

「大丈夫。心配しなくていいですよ」

 と、まるで子供をあやしているような口ぶりで言った。

「一体何をやったのか、私なんぞには検討もつきませんが、この寒さの中で海に浮かんでおったということは、どちらにしろ相当の事情がおありなのでしょう」

 老人の口調はあくまでも穏やかで優しかったが、それでも圭はなかなか警戒心を解く気にはなれない。

「私も、まさか夜釣りに出て人を釣ることになるとは思ってもいませんでしたよ」

「夜釣り?この寒いのにですか?」

 圭は不信そうに聞いた。

「ええ、この時期はメジナが豊富なんですよ」

「そうなんですか……」

「うまくすれば、クロダイもおがめます。いや、しかし冬の夜釣りは体には堪えますなあ。もっとも、寒中水泳に比べれば大したことじゃないでしょうが」

 老人はクスッ笑った。

「しかし、びっくりしましたよ。エサを釣り針につけながら、何気なく沖合を見たんですよ。そうしたら、遠くの方でなにか動いているじゃありませんか。魚にしては随分大きいなと思って、望遠鏡を覗いたんです……。そうしたら、この寒いのに人が海を泳いでいるじゃありませんか!びっくりして、急いで救助に向かったんですよ。いや、世の中何が起こるかわかりませんな、まったく」

 楽しそうに笑う老人のその柔和な顔を見ていると、少しずづ圭の警戒心もほぐれていくようだった。

「ところで、あの、ここは?」

「ここ?ああ、ここは私の家ですよ。定年になったら海の傍に住んで、釣り三昧の生活を送るのが長年の私の夢でしてね。五年前にようやくその夢を叶えて、この家に移り住んできたんです。まあ、さして広い家じゃないですが、年寄りが一人で暮らしていくには十分ですよ」

 そういわれて、圭は部屋を見回してみた。六畳の和室に、古びたたんすが一竿置いてある。床の間には掛け軸と、『王将』の大きな将棋の駒の置物が飾られている。が、掛け軸は素人目に見ても大したものではないことがすぐに見てとれる。それに柱や壁の感じからすると、決して新しくも上等でもない家のようだ。

「お一人なんですか?」

「ええ、気楽なもんですよ」

「そうですか」

「まあ、たまにおせっかいな娘が様子を見に来ますけれどね……」

 そう話す老人の顔は、少しさびしそうに見えた。

――もしかして、父さんが生きていたら、このくらいの年なのかな?

 老人のその姿に、圭は久しぶりに自分の寂しさを思い出した。

「ところで、自己紹介がまだでしたね。私は、西田明と申します。あなたは?」

「あ、俺、俺ですか」

「そう、お名前は?」

「十文字圭です」

 答えて、圭はしまったと思った。

「十文字圭……?」

 その様子を見て老人の目が鋭く光った。

「本名ですか?」

 だが、口調はあくまでも穏やかなままだ。

「え……?」

「いや、実に響きのよい、はいからな名前だと思って」

「あの……、本名は……、村岡圭太郎です」

「村岡圭太郎君?」

「はい」

「なぜ、うそを?」

「あ、いやうそじゃないんです。芸名なんです」

「芸名?」

「ええ、俺、売れない役者をやってて……。仕事上、自己紹介するときはいつも芸名なんで、それがクセになっちゃってて」

「なるほど」

 西田はさも納得したといった風情だ。その様子に圭もほっとした。

「しかし役者さんとは、すごいですね」

「いや、全然すごくないんです」

「いえいえ。大したもんですよ。私は芸能人という人に、生まれて初めてお目にかかりました」

「いや、芸能人という程のものじゃないんですが……」

 圭は照れくさいというよりも、困ったという顔をした。

「確かに言われて見れば、大変ハンサムなお顔立ちをしていらっしゃる」

 西田は改めて圭の顔を眺めた。

「それにしても、なんで真冬の海を泳ぐなんてことになったんですか?あ、もしかして何かの撮影だったんですか?それで、事故でも?」

「それは……、自分でもよくはわからないんですが……」

 そういい置いて、圭はいままでのことを素直に西田に話した。

「そうですか……。それはとんだ災難でしたねえ」

 圭の話を聞き終えた西田は、心から圭に同情しているようだった。

「まあ、ほとぼりが冷めるまで、しばらくはこのあばら家においでなさい。もっとも、こんな年寄りの相手がお嫌じゃなければの話ですが」

「お嫌だなんて、そんな……、でも……」

 圭の頭に濡れて駄目になったであろうスーツや、タカシの顔が浮かんだ。

「大体、今下手に外に出たりしたら、またどんな事があるかわかったもんじゃありませんよ。今外に出るのは、絶対に危険です。しばらくはここに留まって、様子を見たほうが賢明でしょう」

 西田は心から心配しているようだ。

――確かに、何が起きてもおかしくはないな……。

 想像して、圭は固まった。

「無茶をしたんだ。体だって休めないと。圭太郎君は覚えていないでしょうが、夕べは高熱を出して大変だったんですよ。今日の午後になって、ようやく下がってきたんです。後のことはまた改めて考えればいいじゃないですか。私も出来る限りの事はしますから。それに……」

 そう言うと、西田は懐かしそうな顔をして圭を見た。

「圭太郎君を見ていると、なんだか死んだ息子が帰ってきたみたいでほっとけないんですよ……」

「息子さん……?」

「ええ、生きていればちょうど圭太郎君ぐらいのはずです。七年前に事故でなくしましてね」

「……、そうだったんですか……」

 うら若い我が子を亡くした父親と、両親を幼くして亡くした子。

 奇しくも二人は、同類の感慨と寂しさをを持っていたらしい。

――だから、俺も父さんのことなんて思い出したのかな。

 西田の気持ちが痛い程分かるだけに、圭は辛かった。

「それじゃ、お言葉に甘えてしばらくごやっかいになります」

 後のことはなんとかなるだろう。今は、この人のよさそうなさびしい老人の側にいたいと、圭は思った。

「そうですか!それはよかった」

 圭の言葉を聞いた西田の声は、本当に嬉しそうだった。

「ああ、そうだ、そうだ。息子で思い出しました」

 そう言って、西田はたんすの引き出しを開けた。その中には、若者むけの男性の服が入っていた。

「少し古いものなので、お気に召さないかもしれませんが……」

 言いながら、西田は懐かしそうにたんすの中を見やった。

「私と違って背が高い子だったから、圭太郎君には多分ちょうどいいと思いますよ」

 確かに、サイズは合っていそうだ。

「出来る限り処分はしたんですけど、やはり全部という訳にはいかなくて……。こんなもので良ければ着てください。ほんとにいつまでいてもいいんですから!ああ、そうだお腹がすいたでしょう。大したもんはありませんが、何か作ってきましょう」

 そういうと、うれしそうに西田は部屋を出て行った。


 部屋を出た西田は、台所に向かった。が、台所を通過してその隣にある居間らしき部屋に入ると電話の前に座り、なにやらぶつぶつと独り言を言い出した。

 「私だ。そちらの首尾はどうだ?」



   三


「ああ、F」

 独り言ではなかったようだ。Fの補聴器はイヤホンになっているらしい。

「はい、手配はすべてしておきました。じきに裏が取れると思います。でも、私が見ていた限りでは、その必要もなさそうに思いますが……。ずっと彼の表情を読んでいましたが、嘘をついているようにはとても見えませんでした」

 ヘッドセットをつけたIはそう言って、並べて配置されている無数のモニターの方を見た。どれもが、西田の家の模様を映し出していた。当然、圭の姿も!

 今、圭が寝ている部屋につけられている監視カメラは、大きな将棋の駒の中に仕込まれている。

「しかし、油断は禁物だ。あの無数の体の傷跡は、平凡な人間に作れる代物じゃない。やはり、何か訳があるのだろう。それに、本当に表の顔が役者だとしたら、それこそ騙されかねないからな」

「そうですね……」

「とにかく裏づけを急いでくれ」

「わかりました。なにか情報が入り次第、ご連絡します。Fもお気をつけて」

「分かっている。じゃ、頼んだぞ」

 二人の会話が切れたと同時に、微かな音をたてて入り口のドアがゆっくりと開いた。Iはとっさに身構えながら、耳を澄ました。

「俺だ」

 聞こえてきたのはKの声だ。

「なんだ、脅かさないでよ」

「お前を脅かしてもしょうがない」

 Kは無愛想な口ぶりでいいながら部屋に入ってきた。もちろん、いつもの格好で。

「どうだ?」

 暖房の効いている部屋である。Kはコートと帽子を脱ぎ、サングラスを外した。すると、その顔をIがまじまじと見ている。

「なんだよ?」

「本当によく似てるわねぇ。そら恐ろしいくらい」

「生き別れの双子の兄弟はいないの、なんて聞くなよ」

「言わないわよそんなこと」

 先を越されてIは少し面白くなさそうだ。

「Kと同じ人間がもう一人いるなんて、考えただけでゾッとするわ」

 Iは大げさに嫌そうな仕草をしてみせた。

「どういう意味だ?」

 KはIをジロリとにらんだ。

「ほら、そのこっわい目。見た目の作りはまったく同じなのに、どうしてこうも違うのかしらね。やっぱり性格の問題かしら」

 Kの視線を避けるように、Iはモニターを見つめた。そこには、安心しきった顔をして眠りこけている圭の姿があった。

「あら、また寝ちゃったわ。熱はもう下がったはずなんだけど」

「のんきな奴だな。こんなのと一緒にされたら俺もたまらん。俺はこんなに呆けた顔はしていない」

 モニターを覗きこみながら、Kは不機嫌な声を出した。

「はいはい」

 Iの声はうんざりしている。

「それより」

 Iはモニターから目を離すと、Kを振り返った。

「こっちが彼の救出やら身元の確認やらでテンヤワンヤしてったいうのに、あなたは何をしてたの?」

「奴らが彼のスーツに仕込んでいた発信機を持って、少し目立つように街中を動いていた」

「それで?」

「追尾が始まったんで、頃合を見計らってまいてきた」

「まいた?さすがのKが随分と弱気なことだわね」

 Iの声は皮肉たっぷりだ。

「仕方がないだろう」

 Kの声はさらに不機嫌さを増している。

「まさか街中で拉致されることはないだろうが、いきなりドスンときた日にゃ、いくら俺でも防ぎようがないからな。とりあえずは、俺が無事でいるということを、相手に認識させりゃいい」

「なるほど」

「そういうことだ」

「それで、発信機は?」

「ここにある」

 Kは自分のポケットを指した。

「いやだ。持ってきたの?それじゃここも危なくなるじゃない!」

 とがめるようにIが言う。

「大丈夫だ。俺がそんなミスをすると思うか?」

「……?」

「ちゃんと、電波を遮断するケースに入れてある」

「なんだ、そうなの」

 Iはホッと胸をなでおろした。

「ああ、もしかしたらまたコイツを使う時がくるかもしれないからな」

「そう、そうよね」

 あまりにも当たり前の事に気づかなかった自分が恥ずかしくて、Iはつい照れ笑いをした。

「なに気味の悪い顔してんだよ」

 Iの照れ笑いに対するKの口調は、あくまでも不機嫌かつぶっきらぼうだ。

「悪かったわね!」

 その言い方に、Iの口調もついけんか腰になってしまう。

「あ……、そういえば」

 しかし、KはIの様子を気に留める風もない。

「お前、『WILDKATZE』って知ってるか?」

「そのくらい知ってるわよ。ドイツ語で『山猫』」

 Iはなにやらとぼけている。

「いや、そうじゃなくて」

 Kの頭に、必死に追いかけて来る園児の集団が浮かんだ。

――思い出さなきゃ良かった。

 あまりいい記憶ではない。

「あ、いいんだ気にしないでくれ。なんでもない」

「あら、どうして?」

 Iはわざとらしい笑顔を見せた。

「今さっき調べがついたところよ。でも、どうしてあなたがヴィルト・カッツェのことを知っているの?随分と情報が早いじゃないの」

「いや、知っているというほどのことではない。ただ、街中で偶然耳に入ってきたから……」

「そうなの……。じゃまだ詳細は知らないのね」

 じらすように言いながらも、Iはうれしそうにパソコンの画面を開いた。

「……?」

「ほら、見て」

 うながされてKが画面をのぞくと、そこにはカッチャレンジャーのホームページが。

「これが……、なにか?」

「いい、ここからよ」

 そう言ってIがマウスをクリックすると、画面いっぱいにヴィルト・カッツェの写真が映し出された。

「……」

「言葉も出ないっていうことは、説明の必要はなさそうね」

 呆然としているKの顔を見て、Iは勝ち誇ったように言った。



   四


 パソコンの画面右半分に映し出されたヴィルト・カッツェ。

「これが……、Kか?」

 それを見ながら、疑わしげに男が聞いた。櫻井だ。

「はい、ボス。見てて下さい」

 そういって岩本はパソコンを操作すると、一枚の写真を画面左半分に出した。

「奴が気を失っている間に撮ったものです。それをこうすると……」

 岩本は画面上でヴィルト・カッツェと圭の写真を重ねた。

「ほう、輪郭から目の位置、鼻や口の位置までぴったりと一致するな」

「はい。どう見ても同一人物としか思えません」

 答えたのは大杉だった。

「そうか」

 櫻井は満足気にうなずいた。

「しかし、よく気が付いたな」

「はい。ヴィルト・カッツェという名前に聞き覚えがあったものですから。実は、うちのガキがカッチャレンジャーの大ファンなもので」

「カッチャレンジャー?一体なんだ?それは?」

「ヴィルト・カッツェが登場する子供向けのヒーロー・アクション番組です」

「ヒーロー・アクション番組?」

「はい」

「ということは、銃や爆弾なんかも出てくるのか?」

「はい。もちろんです。なにしろ子供向きですから、それはそれは分かりやすい形で出てきます」

「そうか……」

 櫻井はまたもや満足気にうなずいた。

「ところで、奴の居場所は分かったのか?」

「すみません。今、必死で追ってはいるんですが、何しろ発信機が電波の届かないところにあるようで……」

「そうか。まあ、自分たちのミスは自分たちで挽回するんだな」

「は、はい」

「楽しみにしているよ、大杉君、岩本君」

 櫻井の瞳が冷酷に光った。



   五


 経理にまわすための領収書を必死に探している北村の元に、刑事というよりもその道の方といった風貌の係長が近寄ってきた。

「北村、竹之下は?」

風貌通り、ドスの聞いた声だ。

「さあ……、私に聞かれても……」

 言いかけた北村の頭を係長はいきなりひっぱたくと、北村の頭上に無数の星が飛んだ。

「お前の相方だろうが!ちゃんと見張ってろ!」

「見張ってろって言われても……」

「言い訳してるんじゃねぇ!」

 再び北村の頭上に大量の星が飛んだ。

「まあ、いい。お前らにうってつけの仕事ができたぞ」

 そう言うと係長は北村に一枚の紙切れを渡した。

 紙切れに簡単に目を通すと、

「これは、俺たちじゃなくて、五課の仕事だと思うんですけど……」

 と、北村は恐る恐る言ってみた。

「バカヤロー!どこも手が足りないんだよ。このビルで暇そうにしてるのは、お前と竹之下くらいのもんだ。仕事が来ただけでも、ありがたいと思え!」

 北村の頭上には、季節外れの天の川が輝いている。

「いいか、この間みたいに、タイヤが突然パンクしましたなんて間抜けな報告するくらいなら、もう二度と帰ってこなくていいぞ。今度そんなドジ踏んで見ろ、無人島に派出所作って島流しにしてやるからな!」

 言い捨てて、係長は自分のデスクへと戻っていった。

「いてててて。ほんとに手加減ってものを知らないんだから、やんなっちゃうよな。ったく、竹之下さんのせいでいつもこれだよ……」

 頭上の星が収まるのを待って、北村は渡された紙きれに再び目を走らせた。

「はあ……」

 読むなりうんざりし、それでも仕方なく竹之下を探しに部屋を出ていった。


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