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第二章 K

   一


「へぇ〜、先輩そういう格好してると、まるで売れっ子のモデルみたいっすね。すげぇかっこいいっすよ」

 某テレビ局の一室。衣装合わせをしている圭の横で、タカシは感嘆の声を上げた。

「よせやい!照れるじゃないか。でも、ま、これが真の俺の姿だ。まったく、みんな俺の使い方間違えすぎてたぜ。ま、額のあせももようやく消えたことだし。これからはどんどん顔を売ってくぞ」

 今までに着たことのないような高級スーツに、トレンチコートをはおりながら圭はまんざらでもなさそうに言った。

今回の圭はおかまのヴィルト・カッツェでも、顔を映してはならないスタントマンでもない。とは言っても、役どころはいつもとあまり代わり映えがしないが……。

一仕事終えて、これから高飛びをしようとしている巨大窃盗団の一人。追ってきた刑事と派手な格闘を繰り広げた上で、捕獲される予定。

「いや、でもマジかっこいいっすよ。この人が、実はヴィルト・カッツェと同じ人だなんて、絶対誰も思わないっす。いや、見違えるって、こういうことをいうんっすねぇ」

タカシも窃盗団の一員の役をつかんで、この作品に出演することになっている。もっとも、彼の衣装はチンピラ風スタイル。窃盗団の中でも下っ端らしい。やっぱりエキストラと変わらない程度のものである。

「こういうの『マゴニモイショウ』っていうんっすかね」

「おだまり!」

 圭はふざけてヴィルト・カッツェの口調で言った。

 横で会話を聞いていた六十がらみの衣装さんが、思わず噴出した。

「それじゃ、『馬子にもう一丁』」

衣装さんは笑いながらそう言うと、ボルサリーノを圭に差し出した。

「それを被ったら、お前さんもっと男前があがるぞ」

 衣装さんの言ったとおりだった。どちらかというと童顔で甘めの顔をしている圭だが、ボルサリーノを被るととたんに大人の男の渋さが出た。

「へぇ、やっぱり役者さんだねぇ」

 思った以上のできばえに、思わず衣装さんも目を見張った。

「やっぱり、は余計ですよ」

 圭はいたずらっぽい目で衣装さんをにらむと、背筋を少し丸めてトレンチコートの襟を立て、たばこに火をつけた。

「『ルイス、これが美しき友情の始まりだな』」

 圭がヴィルト・カッツェとは正反対の低い声で言うと、

「『君の瞳に乾杯!』」

 衣装さんも、呼応するように渋い声を出した。

「なんっすか?それ?男に向かって気持ち悪くないっすか?」

 タカシがクビをひねりながら聞いた。

「知らないのか?」

 圭はびっくりして言った。

「知らないっす」

「カサブランカだよ!ハンフリー・ボガード!」

「なんっすか?それ?それも生きた化石の一種っすか?そういや昨日、テレビで『生きた化石の世界』って番組やってましたけど、先輩見ました?」

「『昨日?そんな昔のことは忘れたよ……』」

 さすがにこのセリフはタカシだって知っているだろうと圭は思った。

「やばいじゃないっすか先輩!昨日のことくらい覚えてないと!」

 タカシの表情は、真剣に圭を心配している。

「……」

 さすがの圭も疲れてきた。

「まあまあ。いまどきの若いものは知らないんだろ。昔はボギーって言えば、男の代名詞だったのになぁ。それが、今じゃ化石扱いか……」

 衣装さんは少しさびしそうだ。

「ああ、そうそう忘れるところだった。これもだ」

 そう言うと衣装さんは申し訳なさそうに、圭にサングラスを渡した。

「……」

「高飛びしようとしてる犯人が、堂々と顔出してちゃまずいからな」

「そう……ですよね。そりゃ、そうだ」

 笑っているつもりの圭の顔が、微妙にひきつっているのを、タカシは見逃さなかった。

「先輩、なんだかますます渋いっすよ。男っぷりがあがったっす。俺なんてサングラスなんてカッコいいもんじゃなくて、これっすよ、これ」

 そう言ってタカシが、規格外のばかでかいマスクを掛けると、衣装さんともども圭は腹を抱えて笑い出した。

「よくこんなの作りましたねぇ。これじゃ口さけ女ですよ」

 つぼにはまったのか、圭は笑いすぎてしゃっくりを始めた。

「なにも、そこまで笑うことないじゃないっすか」

 タカシは少しふくれっつらだ。もっとも、マスクで隠れて見えはしないが。

「悪い、悪い。でも、そのマスク、インパクト抜群だぞ。一度見たら忘れられない。『マスク・オブ・ゾロ』を凌ぐ、『マスク・オブ・タカシ』ってとこだな!」

「先輩、それ全然誉め言葉になってないっすよ」

「やっぱり?」

 タカシは深くうなずいた。

「あ、ところで先輩は明日何時入りっすか?一緒に行きましょうよ」

 圭はサングラスを掛けながら言った。

「『明日?そんな先のことはわからない……』」



   二


 永世中立国スイス・チューリッヒ中央駅。その男はいつもの井出立ちでホームに立っていた。

 雪を頂いたアルプスの絶景も、やはり彼の前では、ただの風景にしか見えない。

 スイスらしく時間どおりにやってきた電車に、彼はゆったりといつもの優雅な足取りで乗り込んだ。電車の行き先は――チューリッヒ国際空港駅。

 


   三

 

 成田空港・第一ターミナル四階の国際線出発ロビーでは、映画のロケが派手に行われていた。

「よ〜い!本番スタート」

 監督の掛け声と共に、幾人もの役者が動き出す。例の衣装を身にまとった圭とタカシも例外ではない。

 ゆったりとロビーを歩く窃盗団のボス。もちろん、超有名人気俳優が扮している。ボスを警護するように、その真後ろを歩く圭たち数人。全員がピシッとした、スーツスタイルだ。どうやらボスの側近らしい。

圭たちから少し離れたところをちょこまかとせわしなく歩くタカシたち数人は、やはり下っ端のようだ。みな、チンピラ風の衣装をまとっている。

 ふと気配に気づいて、ボスは立ち止まって後方を見やった。そこには、知名度抜群の売れっ子俳優扮する刑事の姿が……。

「しまった!」

 ボスの声に、慌てて後ろを振り返る圭たち。

「逃げろ!」

 叫びながら慌てて走り出すボス。ボスについて行く圭たち護衛軍団。圭たちとは別の方角に逃げて散っていくタカシたちチンピラ軍団。

「待て!」

 ボスを追って刑事も走る。

「待て!待つんだ!もう後はないぞ!あきらめろ!」

 いつの間にかあちこちから警官がゾロゾロと出てきて、その数は窃盗団を超えた。タカシたちチンピラ軍団は、すでに確保されつつある。

 ボスと圭たちが逃げていく前方にも警官たちが……!囲まれてしまった。もう逃げ場はない。

「なにをコラァ!」

ボスを守ろうと、雄たけびをあげながら警官たちに向かっていく圭。複数の警官を相手に、一人孤軍奮闘の大立ち回りを演じる。長い足で、回し蹴りを繰り出す。が、ひらりとよけた警官のパンチが、圭のみぞおちに入って、あっさりとノックアウト。倒れるように床にくずれおちたら、あとは刑事とボスの芝居が終わるまでじっとしていなくてはならない。これが以外と、ツライ。



   四


 機内から空港へと続くボーディングブリッジに、真っ先に姿を現したのはその男だった。どうやらファースト・クラスを利用したらしい。

足早にボーディングブリッジを渡りながら、彼は左手に巻いたドイツ製の超高級ブランド、ランゲ・アンド・ゾーネの腕時計に目をやった。

風の影響で、飛行機の到着は一時間ほど遅れている。待ち合わせの時刻に間に合うかどうか……。

 ボーディングブリッジを渡り終え人気のない通路に出ると、彼の歩みは早歩きから小走りへと変わった。



   五


「カーット!よし!今日はここまで!」

 監督の声が空港のロビーに響き渡った。

 その瞬間あちこちで転がっていた窃盗団の団員が起き上がり、近くにいた警官たちと談笑しだした。

 うつ伏せに倒れていた圭が起き上がると、目の前にボス役の俳優が立っていた。

「お前、いい動きしてるな。回し蹴りなんて最高に決まってたぜ。空手かなんかやってたのか?」

「あ……、いや……、あの」

 大物俳優に突然話しかけられ、緊張のあまり圭の口からはうまく言葉がでない。

「いい感じだったぜ。ま、頑張れよ」

 そういって圭の肩を軽く叩くと、ボス役の俳優は監督の方へ歩いて行った。

「すごいじゃないっすか!あの人に誉められるなんて。滅多に他の役者の事を誉めないって、有名なんっすから」

 いつの間にか圭の傍に来ていたタカシは、まるで自分が誉められたかのようにはしゃいでいる。

 圭は感動のあまりしばしボー然。

「先輩、良かったっすね」

 タカシは床に落ちていたボルサリーノを拾って、圭に手渡した。

「ああ、なんか俺……、自信着いてきた!」

 そう言うと圭はボルサリーノを粋に被ってみせた。

「やっぱり先輩、かっこいいっす!」

「よせやい!照れるじゃないか。それより、これからどうする?メシでも食ってから帰るか?おごってやるぞ」

 万年金欠状態の圭だが、後輩には気前がいい。さらに今は近年まれにみるほど気分がいい。最もおごるとは言っても、牛丼程度の話ではあるが……。

「あ、すいません。俺、このあとまだ成田で、エキストラのバイトがあるっす」

「そうか。じゃまた今度な。成田空港なんて久しぶりだから、俺はちょっとウロウロしてから帰るよ」

「そうっすか。それじゃ、また」

 タカシはキチンと圭に一例すると、足早に去っていった。



   六


 成田空港・第一ターミナル一階の国際線到着ロビーに、その男はいた。

 彼は腕時計をちらちらと見ながら足早に歩いている。もともと歩幅の広い彼が足早で歩くと、そのスピードは結構なものだ。

 彼はわき目もふらずに歩いていたので気づかなかったが、途中幼稚園の遠足と思われる一行とすれ違った。もちろん幼稚園児が海外旅行から帰ってきたわけではなく、ただの見学だろう。

 と、突然、一人の男の子が列からはずれて彼を追って走ってきた。が、幼稚園児が追いつけるスピードではない。彼はどんどん遠ざかっていく。

 それでも男の子は諦めず、とうとう叫びだした。

「待ってー!ヴィルト・カッツェ!待ってー!」

 その声に、他の幼稚園児も一斉に反応して走り出した。

 声に驚いて後ろを振り返った彼の眼に映ったのは、必死の形相で彼に向かって走ってくる幼稚園児の集団だった。

――いったい、なにごとだ?

 いぶかしいとは思ったが、まさか自分が関係しているとは思わずに、彼はさらに歩調を早めた。

「待ってー!ヴィルト・カッツェ!」

 しかし、その声は一丸となって彼の背中に向けられた。

 あちこちで子供の泣き声が聞こえてきた。走っているうちに転んだらしい。その痛ましい光景に胸を痛めたのか、とうとう若い女性の保育士が怒鳴りだした。

「こら!そこの変な帽子の男!止まりなさいよ」

――変な帽子?

 よもや自分のことではあるまいと思いながら、彼が再び後ろを振り返ると、

「そう!あなたよ!あなた!」

 保育士は彼を指差して、絶叫した。

――私……?

 その瞬間さすがに彼の足が止まった。そして……、彼はあっという間に幼稚園児たちに囲まれてしまい、身動きがとれなくなってしまった。


 

   七


 圭は成田空港を文字どおりウロウロしていた。しかも、衣装のままで。何しろ、普段は絶対に着られないような上等なスーツを着ているのだ。圭は、せっかくだからもう少しこの格好でいたかった。

時々、通りすがりに訝しげな顔をする人もいる。もしかしたら、どごぞの組の人と間違われているのかもしれない。なんといっても、今時日本でボルサリーノを被っている人になんて、まず滅多にお目にかかれない。しかも、この寒空にサングラス。怪しい……。最も、もともとその手合いの人物の衣装なのだから、ごく自然なことではあるが。

それでも、今日の圭はなんといっても気分がいい。皆の視線さえ、

――もしかして、俺って思ったより有名人?

と勘違いできるほどに。

――それにしても、成田空港もすっかり変わっちゃったんだな。もう、どこがどこだか全然分からないよ。

 成田空港へはロケなどでも何度か来てはいるが、なんだか来るたびに変わっているような気がする。

――軽く迷子だな、こりゃ。ま、いいか。今日はバイトもないし……。

 圭はおのぼりさんよろしく、物珍しそうに周囲を見ながら当て所なく歩いていた。

――ああそうだ、そういや、帰りは何で帰ろうかな?成田エクスプレスは高いし、京成だと乗換えが面倒だしなぁ。

 そんなことを考えながら、ぶらぶらと歩いていると、自動ドアの向こうにバス乗り場が見えてきた。

――ああ、バスか……。そうだな、バスで帰るか。どうせこまで来たんだ、着替える前に場所を確認しとこうっと。

 そう思って空港ビルから外に出ると、そこには二十近いバス乗り場が存在していた。

――えーっと、新宿行きは?

 圭は、きょろきょろと周囲を見渡した。

――あ、あっちか。いや、待てよあっちにもある……。なんで二つあるんだ?

 お目当ての新宿行きのバス停は、バス乗り場のほぼ中央にいる圭の、右側にも左側にもあった。

――まあ、いいか。取り敢えず右に行ってみよう。

 圭は何気なくそう思って、右手にあるバス停へと歩き始めた。

圭の向かったその前方には……、黒塗り高級車が停まっていた。その車には運転手を含めて二人の男が乗っている。いずれも黒尽くめの服装。サングラスこそしていないが、「ニセモノ」の圭とは違って、かなりその筋のホンモノ感が漂っている。

「岩本、見えるか?」

 後部座席に乗っていた若頭風の男が、運転席の若い男に声を掛けた。

「はい、大杉さん。自分は遠視ですから良く見えます」

「そうか。見逃すんじゃねえぞ」

 言いながら大杉も、前方に目を光らせている。

 岩本も、ひっきりなしに往来する人物を、一人一人注意深く見ていた。すると、

「あ、あれじゃないですかね」

 と、少し裏返った声で言った。

「ど、どこだ?」

 その岩本の言葉に、大杉は色めき立った。

「ほら、あそこですよ。今、七番のバス停の前にいる男です」

 岩本が指差した先には……、圭の姿。

「トレンチコートにボルサリーノ、サングラス。顔立ちもええっと」

 言いながら、岩本は一枚の写真を見つめた。

「間違いありません。あの男です!」

 圭はゆっくりと、車の方に近づいてくる。

「時間どおりだな。よし、行け!」

 時計を見ながら大杉が言うと、岩本は急いで車を降りて圭の方へと向かって行った。岩本は圭の前まで来ると、その正面に立ちはだかった。

「あの?何か?」

 突然のことに圭はたじろいだ。何しろ、岩本の服装は分かりやすい。

「ケイさん、ですよね?」

「ええ……、そうですけど……?」

 圭はわけが分からず困惑していたが、その様子を気に留める風もなく、岩本は一枚の紙をポケットから取り出した。

「これからどちらへ?」

 紙をちらちらみながら、問い詰めるように岩本は聞いた。

「あの……」

 岩本は、それがクセになってしまった「メンチ」をきるように圭を見つめている。圭は怖くなって、少しうわずった声になった。

「し、新宿へ……」

「そうですか」

 新宿と聞くと、何故か岩本はほっとした表情になった。が、次の瞬間また真剣に紙を見つめながら言った。

「それならば、新宿までお送りしましょう」

「?……」

「新宿からはどちらへ」

「あ、あの、な、中野ですけど……?」

 圭のとまどいは増すばかりだ。しかしなぜか岩本はその言葉を聞くと、ほっとした顔をして満足気にうなずいた。そして、後方を振り返り大杉になにやら合図をすると、圭を車に誘った。

「さ、こちらへどうぞ」

「こちらって?」

「車を用意してあります」

「車……?」

「はい。ささ、お疲れでしょう。どうぞ、どうぞ」

 うながされて訳も分からぬまま、圭は取り合えず岩本の後を着いて行った。

 圭が車の前まで来ると、後部座席のウィンドーがゆっくりと開いて、中から大杉が顔を出した。

「どうだ?」

「へい。ばっちりです」

 岩本は持っていた紙切れを振りながら言った。その紙切れには、小さく「新宿・中野」と書かれていた。

「そうか。それはよかった」

 岩本が後部ドアを開けると、大杉が中から出てきた。

 決して大きな男ではない。むしろ大杉は貧相な部類に入るだろう。しかし全身からかもし出される「ホンモノ」の雰囲気は、岩本の比ではない。圭はその雰囲気に、恐れをなした。逃げ出したかったが、足がその場にはりついて動かない。それに、ヘタに動いたら後ろからドスンということにもなりかねないと思った。

――圭ちゃん、強盗にあったら素直にお金を出すのよ。いいこと、決して抵抗しちゃダメよ。いいわね。

 今は亡き母の声が頭をよぎる。

「ボスがお待ちです。さあこちら」

 どうやら大杉は、圭に車に乗れと言っているらしい。

「ちょっと待って下さい。あの、ボスって……?」

 恐る恐る圭は、聞いてみた。

「あ、今の世の中じゃボスと言ってはいけないんでしたっけね。いけませんな。つい、長年のクセが出てしまって。さ、櫻井会長がクビを長くしてケイさんのこと待っております。なにしろ、うちのボ……、じゃあねぇや、会長はケイさんがえらくお気に入りで……。自分たちもケイさんの活躍の程を、毎日耳にタコができるくら聞かされております次第です」

「活躍?」

「そうです。世の中いい奴ばかりに人気が集まるが、それだけじゃ世の中回らねぇ。『本当の美学は悪役にある』って。それが会長の信念です」

「『本当の美学は悪役にある』……」

 そうつぶやいた圭は、ようやく納得のいく顔をした。

「わかって頂けましたか?」

 うなずきながらも、圭は念のためにと思い、謙虚に聞いてみた。

「あの、もしかして、会長さんって俺のファンなんですか」

「もちろんですよ!会長はあなたのファンなんです」

 大杉はなにを今更といった表情だ。

「いや、ファンなんてもんじゃありやせんよ。大のつく大・大・大ファンです。ですから、ささ、早く車にお乗り下さい」

 『大ファン』という言葉ですっかりいい気になってしまった圭は、大杉にうながされるままに後部座席に乗り込んだ。荷物も持たずに、衣装のままだということさえ、すっかり忘れて……。

 少し離れた別々の場所で、その様子を伺うようにとまっている二台の車があった。一台は真っ赤なスポーツカー。もう一台は年代物の白い国産のセダン。

 圭を乗せた黒い高級車が動き出すと、それに呼応するように、二台の車も静かに走り出していった。



   八


 圭を乗せた車が去って行った直後、その男はバスターミナルに走りこんできた。しかし、注意深く辺りを見回してみたが、それらしい車がない。

 彼が腕時計に目をやると、無常にも約束の時間を五分過ぎていた。

 彼は内ポケットから携帯を取り出して電話をかけると、話しながら仕方なくタクシー乗り場の方へと歩いていった。

 電話の相手は男だった。落ち着いて凛とした声。年は……、若くはないだろう。

――この時間に君から電話がかかってくるとは……。

――……。

――珍しいこともあるものだな。

――……。

――『カミカゼ』がしくじるとは!いや……、コードネーム『K』!


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