【競演】 ロリコン医師の仁義なき転職話
今回、新たに始動いたしましたSMD企画!
その名も『競演』
今回は記念すべきその第一弾です。
お題は『クリスマス』
素敵なイブの夜に、皆様の心を彩るお手伝いが少しでもできるよう、執筆させていただきました。
それでは、どうぞ!
「……」
「おう、敬二待ってたぞ」
俺は無言で自分の家のドアをそっと閉める。
(なんだ今の?)
俺は状況を整理する。
仕事を終え、コンビニで弁当を買い帰宅。
ここまではいつも通りだ、うん。
ドアの鍵を開ける、ドアを開ける、ここから先が問題だ。
(連日の夜勤で俺は疲れているんだろうか?)
俺は一度大きく深呼吸をする。チラチラと雪の降る十二月の空に、俺の吐いた白い息が舞う。
(そう、何かの見間違いか、でなければ疲労と疲れ目が見せた幻だ)
そう思い直し、俺は再び玄関のドアをゆっくりと開ける。
「どうした? 急に無言でドアを閉めて」
「……」
すっかり冷え切って、ほんのり赤くなった手で目をゴシゴシとこすり、俺はゆっくりと目を開ける。
「おい敬二、寒いから早くドアを閉めろ」
「……」
OK、認めよう。
どうやら、これは見間違いでも幻でもないらしい。
俺の視界に広がっていた光景。
俺の家の居間で、口からスルメの足をはみださせ、あまつさえ冷蔵庫にしまっておいたビールをかっ喰らい、家主である俺にフレンドリーに話しかけてくる人物。
「そうだ敬二。ビールが無くなっちまったんだが、他に買い置きはないのか? 無いならひとっ走り、買いに行ってくれんか」
全身をまばゆいばかりの真っ赤な衣装で着飾り、ビール缶をズズッとすすりながら、俺にパシリをしてこいというこの人物。
「あぁ、それとついでにチー鱈も買ってきてくれんか。ワシはあれが大の好物でな」
そう、今俺の家のリビングには、
顔面にでかい十字傷のある、
控えめに見ても、軽く十人は人を殺してそうな、
サンタの衣装に身を包んだ、
『間違いなく堅気ではない、がたいのいいおっさん』が座っていた……。
「まぁ、とりあえず中に入れや。少々汚い部屋だがな、ガハハハ!」
いや~ここ俺の家だよね? しかも今軽くディスられたよね俺?
「……お邪魔します」
「おう!」
持て余すほどの殺意と憤りを抱えながら、俺は中に入り、ゆっくりと玄関のドアを閉める。
「で……あの、ご用件は?」
俺はマダガスカルゾウガメが、ヒンズースクワットをしてるところでも見てしまったような顔で、ヤクザサンタにお伺いを立てる。
「おーそうそう。敬二、お前……ワシの後釜としてサンタにならないか?」
「……はっ?」
長い夜になりそうな、そんな予感がした……。
……それから二時間。
「サンタからの手紙なんてものがあるだろ? 毎年大変なんだぞ、ガキ達の夢を壊さんように歯の浮くような言葉を考えて、それを何枚もコピーして。それから封筒に入れて、これがまた手間でなぁ……」
自称、サンタクロースと名乗るヤクザサンタは買ってきたポン酒(俺がパシらされた)を飲み、拳銃をクロスで磨きながら、延々と愚痴をこぼしていた。
「……」
「ん? あぁ、これは今年配る予定のクリスマスプレゼントの一つだ。どうだ? いい品だろう! 大変だったんだぞ。より良い物を手に入れるためにロシアの軍事基地に潜り込んだり……」
拳銃をガン見している俺に気づき、ヤクザサンタがドヤ顔で、俺に拳銃を見せながら入手までの苦労話を語り始める。
クリスマスプレゼントに拳銃、しかも本物。一体どんな捻れた人生を歩んでいる子供だ?
「途中で捕まって、拷問されそうになった時は本当に死ぬかと思ったな、ガハハハ! ……グビグビ」
希望に満ち溢れているお子様達が聞いたら、心ごと夢をクラッシュさせてしまうであろうエピソードを雄弁に語るメルヘン世界の住人。
程よく酒も回り、ヤクザサンタは絶好調だった。
「グルルルル! ブフゥッ!」
飢えた猛獣のような声に俺は窓の方を見る。
窓の外では、左目にでかい十字傷のある全長三メートル程のトナカイ(?)が、荒い息を吐きながら、ガツガツとトレーに入った生肉(これも俺が買ってきた)を貪っている。
(そもそもトナカイって生肉食ったっけ?)
というか、どう見てもあれは、角の生えた四つん這いのヒグマだ、間違いない。
少なくとも、いっつもみんなの笑い物にはなりそうもない。
あの物体Xを笑ったりなんかしようものなら、笑った子どもは間違いなく、ガブガブとかじられ、はらわたをぶちまけさせられちゃうだろう。
(つか、長い夜の予感ってこういう意味?)
俺は心の中で2時間前の自分に突っ込みを入れた……。
「なぁ、そろそろ……」
それから更に二時間。
お空にボチボチお日様が昇りそうなので、俺は未だに愚痴をこぼし続けているヤクザサンタの与太話を遮る。
「あぁ?」
話を中断され、ヤクザサンタが俺を睨む。
「円も酣な所、大変恐縮ではございますが、サンタになるという詳しいお話を、卑しいこの下僕めに是非ともお聞かせ頂けないでしょうか」
動物的本能が命の危機を予感したので、俺は全力で媚び諂うことにする。
「ん? おぉ、そうだったな。いかんいかん、話に夢中ですっかり忘れていたわ、ガハハハ!」
腕組みをしながら、豪快に本題を忘れていたことを笑い飛ばすヤクザサンタ。
俺は心の中で、ヤクザサンタに雪崩式ツームストンドライバーを決めつつ、顔を引き攣らせながら愛想笑い浮かべる。
「……なぁ、敬二。お前、ワシの後釜として、この町のサンタにならんか?」
ひとしきり笑った後、ヤクザサンタは息子に店を継がせる、親父のような顔で俺にそう告げる。
「どういうこと? 意味がわから……」
ギロリ。
「……どういうことでございましょうか」
めんどくせぇ。
「サンタってのは、周期的に交代するものでな。ワシも前任のサンタに引き継ぎをされてな。この町のサンタをかれこれ三十年ほどやっている」
「!?」
こんな大親分みたいなサンタとヒグマトナカイが、三十年もこの町の上空を闊歩していたとは……。
(なんという驚愕の事実。ディス○バリーもビックリだろうな)
驚くべきところはそこじゃないだろう! という、天からの突っ込みをスルーしつつ、俺はヤクザサンタの話の続きに耳を傾ける。
「サンタになるといっても、誰でもなれるってもんじゃない。サンタになる条件を満たした者だけが、サンタを引き継ぐことができる。この町にはなかなか条件を満たす人間が現れず、ダラダラと三十年もサンタをやっちまったが……ようやくサンタの条件を満たす人物が現れた。それが敬二……お前だ」
ヤクザサンタが俺を真っ直ぐに見据える。
「サンタの……条件?」
射抜くどころか、どてっ腹にでっかい風穴が空きそうなヤクザサンタの眼光に目を逸らしつつ、俺はヤクザサンタにそう尋ねる。
「まぁ細かい条件はいくつかあるが……そうだな、一番重要なのは『子ども好き』ということだな」
「子ども好き……」
「お前さん小児科の先生なんだろ。しかも、そこらの連中みたいに上辺だけの子ども好きとは違う。本物の子ども好きだ」
「いや、それほどでも…」
あまり、人に褒め慣れてない俺は気恥ずかしくなり、頭をポリポリと掻く。
「まぁ最も、お前さんの場合は女児に限るようだがな」
ドキッ。
「それに、今お前の好きな奴は確か……楓といったか? ほれ、お前の病院に入院している。今年で九歳だったか」
「……」
予想だにしてないヤクザサンタの爆弾発言に、頭の中が真っ白になる。多分、今の俺は相当アホの子みたいな顔をしていることだろう。
「いやはや、自分より一回り以上も離れている相手に恋をするとは! ガハハハ、正に子供好きの証だ」
もしかして俺にプライバシーとかない?
誰かー、とりあえずこのヤクザサンタを黙らせるか、もしくは俺を殺して下さい。
「とにかく、一番重要な条件は子どもが好きということだ。あー、お前さんみたいなのを今の言葉にするとなんと言ったっけか? 確かロリ……」
「懇切丁寧なご説明ありがとうございました! とてもよく理解できました!」
俺の人としての尊厳が粉々に叩き潰されそうなので、俺は咄嗟にヤクザサンタの話をぶっ千切ることにする。
「おぉ、そうかそうか! では早速サンタの引継ぎを……」
「謹んでお断りさせていただきます」
俺は満面の笑顔でそう答える。
「ん? 何故だ? 敬二、お前ほどサンタに適任な奴は他にいないぞ」
不思議そうな顔を浮かべるヤクザサンタ。
「いやいやいや、そんな面倒くさいこと、自分の人生投げ打ってまで無償で何十年もやるとか、どんだけ俺、ボランティア精神旺盛なのよ」
俺は至極真っ当な反論をする。
「ガハハハ、そんなことか! 心配するな。サンタをやっとる内は歳を取らん。ずっと今の年齢と見た目のままだぞ!」
「それはそれで怖いでしょ」
三十年経っても姿が変わらないとか、もう妖怪レベルだし。
「それに無償というわけでもないぞ。サンタを引き継ぐ人間には、その見返りとして何でも一つ、好きな願いを叶えてもらえる権利が与えられる」
ピクッ
「マジ」
「あぁ。まぁ先輩サンタからのクリスマスプレゼントって所だな」
その言葉に一気に俺の心が揺らぐ。
「何でも?」
「あぁ、何でもだ」
「先払い?」
「基本的には後払いだが、先払いも可だ」
ということは……。
(サンタ家業が終わったら夢の幼女王国創設? それとも、一生十歳のまま年齢を止める薬というのも……)
幸せな妄想で俺の胸が満たされていく。
「……幸せそうな妄想中すまんが、どうだ? これでサンタを引き受ける気になったか?」
だが……。
「いや、やっぱやめとくわ」
俺は首を横に振る。
その言葉を聞いて、器用にピクリと方眉を動かすヤクザサンタ。
「何故だ?」
ヤクザサンタが先ほどと同じ問いかけをする。ていうか今のあなた、顔怖すぎだから。
「いやぁ、やっぱり俺は普通の人生を送りたいな~って。今いる周りの連中と一緒に年取って、一緒に馬鹿やってさ。それに……」
「それに?」
「楓ちゃんともう会えなくなるのは勘弁かな」
そう、サンタ業から帰ってきた時には、もう今の楓ちゃんはいない。
その頃には楓ちゃんもきっと結婚し、子供が生まれ、周りから『近所のおばさん』と呼ばれていることだろう。
そんな楓ちゃんの姿を、俺は多分耐えられない。
「とまぁ、そんなわけで、悪いなおっさん」
「……」
ヤクザサンタは、無言だ。相変わらず顔はおっかないままだけど。
すると、そんなヤクザサンタの顔に窓から差し込む朝日が当たる。
俺は時計を見る。
「悪い、ボチボチ出勤の時間だ。まっ、この話はこれで終わりってことで」
俺は昨日から着替えていないスーツの上からコートを羽織り、髪の毛だけ軽く梳かし、玄関に向かう。
「じゃあ、いってきまーす。……あっ、もし出てくなら鍵かけてってくれな。ここに合鍵あるから。使った鍵は、ポストに放り込んでおいてくれればいいから」
俺はそれだけ言い残し、玄関を出る。
玄関のドアが閉まる直前、俺はヤクザサンタの呟きのような小さな声を聞いた気がした。
『選ばれちまったんだよお前さんは……サンタクロースに、な』
病院に着き、『関係者以外と斉藤先生(俺のことだ)立入禁止!!』と、張り紙の張られた扉をそっと開く。
いつもよりかなり早く家を出てきたせいか、俺の事をロリ害虫呼ばわりする看護士連中の姿も、いつもよりまばらだ。
俺はナースセンターの前を忍び足ですり抜け、通い慣れた病室の前に立つ。
『櫻野 楓』
見るだけで頬が緩んでしまいそうな、そんな見慣れたネームプレートを見つめながら、俺は病室のドアをノックする。
「は~い」
もう起きてるか不安だったが、どうやら杞憂だったようだ。
「おはよう楓ちゃん。俺だよ」
「あっ! 斉藤先生! どうぞー」
俺は天使の通行許可をいただき、病室の中に入る。
「おはよう楓ちゃん。どう? 調子は?」
「おはよう斉藤先生! うん、今日はまぁまぁ」
愛くるしい笑顔を浮かべながら、楓ちゃんがそう答える。
「そっかそっか、それは良かった。 お薬を変えた効果が早速出てるのかな」
俺もその笑顔に答えるように、最高の笑顔を楓ちゃんに返す。
「ホント! 今のお薬、前のお薬よりもうんと苦いけど、我慢して毎日飲んでるんだよ!」
「そっか~、偉いぞ~楓ちゃん」
楓ちゃんの頭を優しく撫でる。
すると楓ちゃんは恥ずかしいのか、はにかんだような表情を浮かべ、えへへっと小さく笑う。
(ぐはっ……! この仕草は反則だろ……)
溢れ出る『愛でたい欲』を死にもの狂いで押さえつける。
「ん? どうしたの先生。なんか手がプルプル震えてるけど?」
そんな俺の心境などお構いなしに、楓ちゃんが俺のような生き物にとっては殺人兵器といっても過言ではない、『必殺・天使の上目遣い(キラキラお目々ver)』をお見舞いしてくる。
「あーなんでもないよ。少し心の中で天使軍と悪魔軍の、激しい攻防戦が繰り広げられてるだけで……」
「? そうなんだ」
これ以上は俺の自我が危ういので、名残惜しくもそっと楓ちゃんの頭から手を離す。
俺は気を取り直し、楓ちゃんに持ってきた体温計を渡す。
「楓ちゃん、とりあえず朝の検温しようか」
「はーい」
楓ちゃんは俺の手から体温計を受け取ると、パジャマの中に手を入れる。
「つめた!」
体温計の冷たさにピクッと身体を震わせながら、楓ちゃんは体温計をそっと腋に挟む。
(あぁ体温計になりてぇ……)
脳内で体温計になっている自分の姿をそっと想像する。
・・・ジュルリ。
「先生、検温終わったよ! ん、しょ……と。はい!」
俺がそんな益体のない妄想をしているうちに、どうやら検温は終わったらしく、楓ちゃんは腋の下から取り出した体温計を俺に差し出してくる。
「……」
「? どしたの先生?」
「体温計お持ち帰り……」
「えっ?」
「あいや、なんでもない」
「??」
不思議そうな顔をする楓ちゃんの手から、俺はそっと体温計を受け取る。
(心の声がだだ漏れてた。そして、反則的な温さだぜ……)
腋の下ですっかり楓ちゃんの体温に温められた体温計。
そしてその体温計から、俺の指先に伝わる幼女の温もり。
「うん、熱も平熱だし、これなら来週中には退院できるかな」
体温計をバリバリと貪りたい衝動を何とか抑えつつ、俺は楓ちゃんに紳士の笑顔でそう告げる。
「ホントに! やった~!」
これまでで一番いい笑顔を浮かべる楓ちゃん。
(退院、か)
少しチクリと痛む俺のマイスイートハート。
だがこれでもう一生会えなくなるわけじゃない。
また会おうと思えばいつでも会える。
改めて俺は思う。ずっと、こうしていたいと。
(うん、やっぱ俺、サンタ無理)
何でも願いが叶うってのは確かに魅力的だ。
だが俺にとっては、この最高に幸せな時間を犠牲にしてまで、欲しいものではない。
ましてや、サンタ業が終わった頃には楓ちゃんは三十路のおばちゃん。
(ないわー)
うん、やはり俺の選択に間違いはない。
(こんにちは、我が素晴らしき幼女ライフ。さようなら、乾燥ワカメの如しサンタライフ)
窓から見える町のクリスマスイルミネーションを見ながら、俺はそう思った。
……数日が過ぎた。
あのヤクザサンタはどういうつもりか、未だに俺の家に居座り、昼間からタダ酒をかっ喰らいながら、ゴロ寝してワイドショーを見るという暴挙に出ていた。
(というか、もうすぐクリスマスなのにあのサンタ、こんなところでどこぞの主婦のようなことをしていて平気なのだろうか?)
今年はこの町の子ども達にプレゼントが一つも配られないという、ちびっ子クーデター勃発間違いなしの事態に陥ったりしないだろうか? 他人事ながら非常に不安である。
(まっ、俺には関係ないけどね……)
そんなこんなで迎えた十二月二十四日。
俺にとっては、嬉しい日でもあり、寂しい日でもある楓ちゃんの退院の日。
昨日のうちに買っておいた楓ちゃんへのプレゼントを抱え、ニヤつきながら病院に出勤する。
「?」
病院の入り口をくぐると、なんだろう? やけに院内が慌しい。
基本的に病院の朝は慌しいもんだが、この雰囲気は何か……。
「おっ! おーい小谷さーん」
丁度、目の前に知った顔の看護士が走っていく姿が見え、俺は声をかける。
「あっ、ロリ……じゃなくて、斉藤先生!」
「どしたの? みんな、なんか危機迫る感じだけど?」
小谷さんが言いかけた失礼な単語を爽やかにスルーし、俺は小谷さんにこのただならぬ様子を聞く。
そして俺は小谷さんの言葉を聞いて、知ることになるのだ。
この世が決して、俺にとって優しくなどはできていないということ。
そして、神って存在が如何にくそったれな奴かということを……。
「斉藤先生! それが、楓ちゃんがっ……!」
「おう、やっぱり来たか」
自宅の玄関を勢いよく開け、ゼェゼェと荒い息を吐きながら立ち尽くす俺に、あのヤクザサンタが静かに口を開く。
「今日は酔ってないんだな……」
呼吸を整えながら、俺は憎まれ口を叩く。
「今日辺りだろうと思っていたからな」
俺の皮肉に反応することなく、ヤクザサンタは今まで見たことがないほど、真面目な顔で答える。
「なぁおっさん、あんた知ってたのか。楓ちゃんが今日、こうなることを……」
「……あの娘はどうなった」
「今日の朝、外に雪を見に行こうとして、階段から落ちた……」
「そうか……」
ヤクザサンタが深い息を一つ吐く。
「専門外の俺にだってわかる。あれはもう、助かる怪我じゃない」
「……」
「なぁ! あんたは知ってたのかよ! こうなることを!」
俺は再び同じ質問を、ヤクザサンタに向けて荒々しく吐きだす。
するとヤクザサンタは目を閉じ、今度は小さく息を吐くと、いつぞやのように俺を真っ直ぐに見据え、そして話しだす。
「正確な日付はワシは知らなかった。ただクリスマスまでにはあの子は死ぬ、ということだけは知っていた」
「どういうことだよ……」
「今年のプレゼントリストの中に、あの子の『クリスマスプレゼントは無かった』からな」
説得力のある答えだった。つまり今年の楓ちゃんにはクリスマスプレゼントは必要ないということだ。
そしてそれが意味するものは、つまり……。
俺はもう一つ聞きたかったことを、ヤクザサンタに尋ねる。
「俺がこの行動を取ることは?」
「そうするだろうという確信はあった。最初に言ったろう? 誰でもなれるってもんじゃない。『サンタになる条件を満たした者』だけが、サンタを引き継ぐことができる……とな」
その言葉で全ての合点がいった。
そう、全ては神様の手で予め決まっていたのだ。
楓ちゃんが今日、事故に遭う事。
楓ちゃんがもう、現代の医学では助からないこと。
そんな楓ちゃんを俺が助けないはずないこと。
そして……そのためにサンタになる決意をすることも。
どうやら神様って奴は、大の出来レース好きらしい。
「とりあえず、神様っぽい人を一発ぶん殴りたい」
「ハハハ……それはワシもサンタになる時に思ったな」
俺はネクタイを外し、ヤクザサンタに歩み寄る。
「本当にあの子を……楓ちゃんを助けてくれるんだろうな?」
「あぁ心配するな。俺もサンタになる時、同じような事を願って、ちゃんとその人は助かった」
「ちなみに今、その人は?」
「近所では『ビッグママ』と呼ばれているらしい」
「なら心配ないな」
俺とヤクザサンタはそう言って同時に笑う。
「……心の準備はいいか?」
ひとしきり笑った後、ヤクザサンタがそう切り出す。
だから俺はこう答える。
「あぁ、それじゃあ行こうか。まずは今日のプレゼント配りからだ!」
窓の外のヒグマトナカイが『ブルルゥ!』と、雄叫びを上げる。
(そういえば俺、あれに乗ってプレゼント配らなきゃいけないのかなぁ……)
いきなり滅入るテンションを無理やりあげながら、
俺は今日、一二月二十四日に、
この町のサンタクロースに『転職』したのだった。
「すげーサンタ。窓もすり抜けられるのか」
「そりゃあこの時代に煙突なんぞはもうないからな。それより、静かにな。ばれんようにプレゼントを置いて来るんだぞ!」
「はいはい。ちわー、サンタ軒で~す」
「余計なことしゃべるな!」
怒られた。
「おじゃましま~す……」
俺は鍵の掛かった窓をすり抜け、見慣れた病室に足を踏み入れる。
横を見るとスゥスゥと、幸せそうな寝息を立てている、愛しのマイエンジェル。
繋がれているモニターを見ると、数値も安定している。
良かった、どうやら俺の願いはちゃんと叶ったようだ。
(しかしすげーな奇跡の力。あれだけの怪我をしたってのに、楓ちゃん……包帯一つしてないぞ)
まじまじと楓ちゃんの姿を見る。
愛くるしい寝顔……ゴクリ。
「コラコラ、余計なこと考えてるんじゃねぇ! 次がつかえてるんだ! さっさと終わらせろ!」
ヤクザサンタ……もとい先輩サンタが器用に小声で怒鳴る。
「へーい」
俺は枕元にそっと、昨日買ったプレゼントを置く。
(なんか随分、渡すシチュエーションは変わっちゃったけど……メリークリスマス、楓ちゃん)
「よし、次行くぞ!」
感慨に浸る間もなく、せっかちなおっさんが俺を急かす。
「はいはい」
再び窓をすり抜け俺は、ソリに飛び移る。
「随分降ってきたな……」
「そうだな」
空を見ると深々と真白い雪が、勢いを増して降り続いている。
ホワイトクリスマスか……そんなことを思いながらソリに座り、俺は病室を振り返る。
窓越しに見えるのは、安らかな寝息を立て、白雪姫のように静かに眠る少女。
(また来年……楓ちゃん)
「ところで、次の家の子ども……健太とかいったか。実はおもしろい話があるんだ」
感慨に浸っている俺に、先輩サンタが空気を読まず話しかける。
いや、案外空気を読んで、敢えてこんな話題を振ってきてるのかもしれない。
「健太君が楓ちゃんのことを好きって話か」
「ん? なんだ知ってたのか」
「そりゃあ、楓ちゃんの見舞いに来た野郎は、全て徹底的に調べたからな」
「……」
あっ、ちょっと引いてる。
「まぁその……ゲフン! それで、その恋のライバルにはどんなプレゼントを渡すんだ? 確か希望だとドラゴンなんとかっつーゲームソフトだったはずだが……」
俺は満面の笑顔を浮かべ、先輩サンタに答える。
「その点についてはぬかりない。敵に塩を送るという意味で、ちゃんと健太君用のプレゼントを用意してきた」
「ほう? 時間が無かったというのに、よく用意できたな。それで、どんなものだ?」
「岩塩百パーセントで作ったメリケンサックだ」
「……お前さん、大人気ないな」
そんな馬鹿みたいな会話をしながら、俺は聖夜の空をヤクザとヒグマトナカイと共に駆ける。
「しかし、賑わってるなぁ」
下を見下ろすと、そこは夢の国。
華やかなイルミネーションと、陽気なクリスマスソング。
そんな一夜限りの夢の国を、ホワイトクリスマスに酔いしれながら、楽しむカップルや家族。
(きっと来年は楓ちゃんも、誰かとこの夢の国に……)
チクリと胸が痛む。
「どうした? やはり……未練があるのか」
ソリを運転しながら、先輩サンタが静かな声で、そう俺に尋ねる。
「まぁね。まっ、転職にセンチメンタルは付きものってことで」
「ガハハハ! 違いない!」
「さ、感傷的になるのはこんくらいにして。行こうぜ、次の家に」
「……メリケンサックは捨ててけよ」
「へいへい」
……俺は思う。
大丈夫、これから歩む君の未来には楽しいことが沢山待っている。
俺はもう近くで見てあげられないけど。
それでも必ず、一年に一度、この聖なる夜に俺は君に会いに来るよ。
君がサンタクロースを信じなくなるその日まで……。
君が誰かのサンタクロースになるその日まで……。
【エピローグ】
ある日、俺はこんな夢を見た。
サンタ業を終え、数十年振りに町に帰ってきた俺。
そんな俺の視界に、小さな幼女の後姿が飛び込んでくる。
ジュルリ。
すると石にでも躓いたのか、その子がポテッと転ぶ。
俺は駆け寄り、その子にそっと手を伸ばす。
こんにちは。大丈夫? 痛いところはない?
紳士の笑顔で手を差しだす俺。
そんな俺の手を取り、少女は目に大粒の涙を溜め、必死に泣くのを堪えている。
俺は少女の頭を優しく撫でる。
とても懐かしい感触だ。
泣かないで偉いね。よーし、お兄さんがご褒美にこれをあげよう。
俺はポケットからイチゴ味の飴玉を取り出す。
するとパァッと明るい笑顔を見せ、少女は嬉しそうに飴玉を小さな口に放り込む。
少女の胸には転んだ時も、決して手放さなかった、可愛らしい熊のぬいぐるみ。
そのぬいぐるみには、所々補修された後があり、長い時間大切にされてきたということが伺えた。
仲良しなんだね、このくまさんと。
俺がそういうと、少女はニコニコとお日様のような笑顔を浮かべて答えた。
うん! お母さんに貰ったの! この熊さんね、お母さんが昔、サンタさんに貰ったんだって!
小さな胸を張り、少女が自慢げに話す。
俺は、そうなんだと笑顔で答える。
あっ、お母さん!
すると、少女が俺の後ろを見ながら、ブンブンと手を振る。
あらあら、家の子がご迷惑お掛けしてすみません……。
あの頃より多少低くなった声。
それでも、忘れる筈がない心地よいこの声。
俺はその懐かしい声に涙を堪えながら、そっと後ろを振り向いた。
そこには-----。
---fin---
如何でしたでしょうか?
今年こそは幼女と過ごせるよう頑張ってきましたが、どうやら今年もその夢は叶いそうにありません(泣
皆さんは、この素敵な一夜を一体誰と過ごすのでしょうね。
家族、恋人、画面の中の嫁etc……。
今年のクリスマスが皆様にとって、素敵なクリスマスになりますように!