8017E列車 出掛けよう
「ねぇ。駿兄ちゃん。どっか連れてってよ。」
僕はそう駿兄ちゃんに持ちかけた。
「おいおい。智。俺だってどっか行くんだぞ。それに今日は昼寝させてくれよ。」
「えー。どっか行こうよ。」
催促する。
「あのなぁ・・・。いいか。智。俺は智の都合で動けないの。智がどこか行きたいって言っても、行けないときだってあるんだぞ。」
脹れてやった。
「そんな顔しても無理なものは無理。また今度な。」
不機嫌のまま僕は駿兄ちゃんのところを離れた。はぁ。どうしようかなぁ。家にいても今は暇なのだ。模型をいじりたいのはやまやまなのだが、あの部屋はまだ駿兄ちゃんか淳兄ちゃんがいないと入ることを許されていない。前に一人で入って駿兄ちゃんに怒られた・・・。
「どうした。智。そんな顔して。」
そう話しかけてきてくれたのは淳兄ちゃんだ。よし。これなら入れる。
「淳兄ちゃん。」
「えっと。模型部屋に入りたいか。」
僕の気を察しているようだ。
「うん。」
「本当に模型好きだな。でも、今日はダメなんだ。ごめんな。智と遊んでやりたいけど、こっちもやらなきゃいけないことがあるから。」
「そんなこと言って。本当は何もすることがないんじゃないの。」
また声がした。今度は雪姉ちゃんだ。
「雪姉・・・。そんなわけないってば。もういろいろ頭入れなきゃいけないから大変なんだって。英才教育っていうのは大変なんです。」
「英才教育ねぇ・・・。時には休んでもいいんじゃないの。」
「・・・。」
淳兄ちゃんは雪姉ちゃんの言った言葉に何も言わなかった。
「だって。そうでなきゃ18切符買ってないよね。」
淳兄ちゃんは何か嫌なところをつかれたようだった。
「あっ。な・・・なんでそれ知ってるんだよ。」
「お姉ちゃんをなめるんじゃないの。だから。今日だけその切符貸してくれないかなぁ・・・。」
「ちょっと待ってくれよ。俺だってそれは使う予定があってかったんだからな。5回使うつもりで買ったのに・・・。」
「あとの2回は駿に切符を使えばいいじゃない。そうすれば5回行ったことになるでしょ。それに、どうせ東京近隣で乗ってない鉄道線乗るつもりなんでしょ。」
「・・・野郎。」
「それでいいでしょ。」
「・・・。はぁ。雪姉にはかなわねぇなぁ・・・。分かったよ。貸してやるよ。貸せばいいんだろ。」
そのあと淳兄ちゃんは帰省してきたときに暮らしている部屋に案内された。そして、そこで18切符をもらった。もうすでに1回使われているきっぷだった。恐らくこの1階はこちらに戻ってきたときに使ったものだろう。
「じゃあ。今日はこれ使わせてもらうよ。」
「・・・ええ、どうぞ。」
そのあと雪姉ちゃんはお父さんとお母さんにどこかに行くってことを言って、僕を家の外に連れ出した。途中駅までは車での移動。
「雪姉ちゃんって車運転できるんだ。」
「えっ。あっ。初めてだっけ。あたしの運転する車に乗るのは。」
「うん・・・。でも、早く電車に乗りたいよ。」
「分かってるよ。でも、駅まで遠いでしょ。智ちゃんそうなったら、駅まで歩かなきゃいけなくなっちゃうよ。それでもいい。」
「・・・ヤダ。歩くの疲れるもん。」
「いやならおとなしくしてなさい。」
浜松駅に着いた時には太陽の光で結構暑くなっていた。
「ここからどこに行くの。」
「えっとねえ。ここからあっちに行こうと思ってるんだ。」
そう言って雪姉ちゃんはホームから見て右を差した。僕の視線の先には左に新幹線が見えている。
「あっち。」
「うん。あっち。」
僕はもう一度指差したほうを見た。あっちに行くと何があるのかなぁ・・・。このときの僕にはどっちに何が行っているのか全然理解していない。新幹線はよくあっちと指差した方向に東京行きの新幹線が行っているような気がするし・・・。てことはあっちじゃないほうに新大阪にいく新幹線が走ってるんだな。
「分かった。東京に行くんだ。」
「えっ。東京。どうして。」
雪姉ちゃんは聞き返してきた。あれ。何か違うことでも言ったのかなぁ・・・。
「だって新大阪のほうに静岡があるんでしょ。」
そう言ったが雪姉ちゃんはクスクス笑いだした。本当に僕はおかしなことを言ったのかなぁ・・・。
「雪姉ちゃん・・・。」
「ごめん。ごめん。智ちゃん。あっちが新大阪だよ。」
「えっ。あっちが新大阪・・・。じゃああっちに静岡があって、こっちに名古屋があるの。」
頭の中がこんがらがっています。
「名古屋はあっち。静岡はこっちだよ。」
「そうなの。」
「うん。そうだよ。」
「じゃあ。あっちに東京があって、こっちに新大阪・・・。」
「これで賢くなったじゃん。」
雪姉ちゃんはそう言って僕の右についた。
しばらく列車を待っていると白い顔をした電車がホームに入って来た。どうやらこれに乗るらしい。僕はホームと電車の隙間を飛んで中に入り、雪姉ちゃんはそのあとに電車に乗ってきた。電車に乗ったら一番近い席に座って、窓側を取った。
「智ちゃん。」
座るなり雪姉ちゃんが話しかけてくる。
「靴は脱ごうね。みんなが座る席なんだから、汚しちゃいけないよ。」
「あっ。」
靴を脱いでからまた外を見る。まだ電車は発車していない。
「ねぇ。まだ。」
「・・・うーん。まだ運転士さんが来てないんじゃないかなぁ。」
こういうことも本気で信じた時である。
「じゃあ、まだ・・・。」
「ご乗車ありがとうございます。特別快速、大垣行きです。途中豊橋までの各駅と、蒲郡、岡崎、安城、刈谷、金山、名古屋、尾張一宮、岐阜と、終点大垣までの各駅に止まってまいります。あと1分ほどで発車いたします。ご利用のお客様、車内にてお待ちください。」
「あっ。もうすぐだって。」
運転士さんが何か言ったのかなぁ・・・。雪姉ちゃんの答えが返ってきた。
雪姉ちゃんの言うとおりすぐに電車は動きだした。でも、そんなに早くないし、最初はずーっと駅に止まってばっかだった。2駅ぐらい行ったところで、隣に新幹線が並走するようになった。そこを一番新しい新幹線の700系が浜松に向かって走って行く。
「あっ。700系新幹線だ。」
「700系って。あのアヒルみたいな新幹線だよねぇ。」
「アヒル。」
「うん。似てると思わない。」
「駿兄ちゃんと淳兄ちゃんはカモなんとかって言ってたけど。」
「カモなんとか・・・。」
「うん。」
「うーん。それってカモノハシかなぁ。」
「カモノハシ。」
「うん。そう言われるとそっちの方が似てるかなぁ・・・。」
「ねぇ。カモノハシって何。」
「カモノハシってねぇ、700系新幹線みたいな動物だよ。」
「700系新幹線みたい。じゃあ、カモノハシって大きいの。」
「大きくはないかなぁ。」
「大きくないの。」
「うん。そうだねぇ・・・。智ちゃんの身長と同じぐらいかなぁ・・・。それぐらい小さいよ。」
何かの駅を越えた後から駅を通過するようになる。びゅんびゅん飛ばしていくのだ。その飛ばしていく列車も途中で降りた。
舞台は小学校1年生の夏です。つまり、萌ちゃんとも会う前の話です。旅行をすることに重点を置きますが、別な話も盛り込む予定です。