第五話 ベルナーガスへ
汚れた洋服をセスのギーナレスで新調し、宝玉から扉を探り出したミティルアの邪魔にならないようにと、ブラッドは窓からフルレズナの方を眺めた。
――辺りを照らすほどの物凄い光がずっと続いている。
そういえば……
「……願いの光りって、なんだ?」
ブラッドが振り返って訊くと、壁際に座って休んでいるセスは間を置いて答えた。
「……ヴィヴィールと力を合わせて強力な加護を得るギーナレスです。……広範囲に広がった力に飲まれた者は、どんな者だろうとしばらくの間、動くことができません」
「しばらくって?」
「……術者の命が消えるまでです」
ブラッドは大きく目を見開いたが、セスは軽く首を振った。
「……あの三人なら大丈夫です。……そう簡単に挫けません」
「……、でも、……おまえ……」
「……イリアが力尽きた時、フェルナゼクスも終わります。……私も共に、終わるだけのことです」
「……」
「……目安になるでしょう? ……私が生きている間は、フェルナゼクスは無事です」
さらりと告げられてブラッドは不愉快そうに眉を寄せたが、傍に立つクラウディアに気付くと、彼女をじっと見て、少し躊躇った。
とてもかわいらしい外見をしている。グランバールでも見かけないほどの美人だ。
「……その、……クラウ……ディア、で、いいんだよな?」
「はい、ブラッド。私の愛する人」
にこりとかわいらしい笑顔で答えられ、ブラッドはやはり気恥ずかしそうに彼女から視線を逸らし、窓の外を見回した。
フルレズナから向こうは、未だ闇が広がっている。イリアたちがいつまで保つか――。
「……見えてきました」
ミティルアの声に、ブラッドたちは彼女に近寄った。
「……クレアたちは今、……森の中へ。……誰かを捜しているようです」
目を閉じたままで状況を伝えるミティルアを見ていた目を宝玉に向けると、ボンヤリとした映像が宝玉に映っている。確かに、クレアと、そして護衛のジョージ、ピート、そして見知らぬ少年が森を歩いている。
「……この少年は?」
「……さあ、知らない」
セスに訊かれてブラッドが訝しげに首を振っていると、ミティルアが少し、眉を寄せた。
「何者かがクレアに接触を図っています」
「誰が?」
「……人間ではありません。……異世界の者のようです」
ミティルアは訝しげに宝玉を触っていたが、戸惑うように手を動かした。
「いけませんっ。あれは……冥界の者ですっ。この森に潜んでいたなんてっ!」
焦るような声に、ブラッドも困惑して意識を集中するミティルアの顔を覗き込んだ。
「なんだっ? ヤバイのかっ?」
「冥界の者と親密に接触すれば、クレアが持つ冥界への扉が開いてしまいますっ……。危険ですっ。……なんとかしないとっ」
「なんとかって……! ……じゃあ俺がそこに!」
「ダメっ、……まだ扉が繋がっていないから、あなたが行ってもあの子は気付かないっ……」
「……声なら届くはずです」
セスが助言するが、ミティルアは戸惑い首を振った。
「今の私には……他のことにギーナレスを使えません……」
悲しげ眉を寄せるミティルアに、ブラッドは「……くそっ」と拳を握った。
セスは顔を上げて、ブラッドの傍を離れないクラウディアに目を移した。
「……クラウディア、あなたならブラッドの声を届けることができませんか?」
ブラッドはハッと目を開いてクラウディアを振り返った。
「できるのかっ? クラウディア!」
クラウディアはニッコリと笑った。
「ブラッドが望めば、私はなんだって遂行する。愛する人の望みは、私の誇り」
いちいち気恥ずかしくなるが、ブラッドは「じゃあっ」と宝玉に手を付いた。
「ここにいる女の子に俺の声を届けてくれ! 頼む!」
「はい、ブラッド」
クラウディアは笑顔で頷くと、ブラッドの背後から彼を包み込むように羽を広げた。体がふわりと軽くなり、ブラッドは「……えっ?」と目を見開いた。不意に視界が歪み、そして、森の中に出た――。
目の前には、確かにクレアたちがいる。……しかし、彼女らには見えないようだ。
ブラッドはなんとなく懐かしさに襲われて呆然としていたが、
「おばあちゃんいらない!!」
クレアの声が響き、ブラッドはハッとした。
「ボクが不要だと思うのはおばあちゃんだ!! おばあちゃんなんかいらないぞ!! わかったか!! こン、の……意地悪ババァ!!」
《アハハハハッ!》
大きな笑い声が響き渡り、ブラッドは「……こいつが冥界の?」と訝しげに思いつつ見回し、焦ってクレアに目を戻した。そして口を開こうとしたが、
《この……クソガキが!!》
老婆の怒り声に、ブラッドはビクッと肩を震わせて驚いた。
《いい気になるんじゃないよ!!》
「どっちがだ!!」
老婆に負けず怒鳴る、元気のいいクレアにブラッドは少し苦笑したが、気を取り直して、彼女から少し離れた前に立った。
《お前みたいなヤツに世界が救えるもンか!! 野垂れ死ぬのがオチさ!!》
「ボクは死なない!! この世界を変えるまでは!! ……絶対に死なないぞ!!」
グッと力んで言う、クレアを見て、ブラッドは軽く息を吸い込み、口を開いた。
【……俺はここにいる……】
そう言うと、クレアがキョトンとした顔をしたのが見えた。確かに通じた、そう確信が持てた瞬間、視界が歪み、そして……宝玉の前に戻っていた。
「……どうでしたか?」
羽を広げたクラウディアの中から出てきたブラッドにセスが聞くが、
「……大丈夫です。……届いたようです」
安心したミティルアの声に、ブラッドもホッとして改めて宝玉を見つめた。
クレアは探すようにブラッドが立っていた場所まで歩き、そこから白い羽根を拾い上げた。その様子を捉えてブラッドは「……あ」とクラウディアを振り返り、彼女の背中の羽に目を移した。
「お前の羽根っ……」
「はね?」と、クラウディアは首を傾げつつパタパタと羽を動かす。
ミティルアは意識を集中しながらも苦笑した。
「大丈夫です。……水鳥の羽根だと勘違いしているようですし」
「……なんで羽根が落ちたんだ? 扉が通じないと、向こうには存在できないんだろ?」
「クラウディアは力が強いから。……全身は無理でも、羽根の一本や二本くらいなら、時空を通り抜けてしまうんでしょうね。……すごい影響力です」
ミティルアに感心するように言われるが、ブラッドはホッとして、首を傾げているクラウディアに真顔を向けた。
「いいか? 変なことに力を使うなよ? お前も力尽きてしまうって言われたんだからさ」
「はい、ブラッド。私の愛は、あなただけのもの」
やはり気恥ずかしいが、ブラッドはあまり気にしないように、目を閉じているミティルアへと目を戻した。
「……どれくらいで扉は開きそうだ?」
「……今のことで、クレアが何かに気付き始めてます。……普段、彼女の心はオープンすぎて、逆に扉が見つけにくいんですけど、……今のように、感情が高ぶったとき、力が一点に集中された時が狙い目です。……その時に、もう一度、クレアに呼びかけてみて」
「……わかった。じゃあ……それまでは」
「……力を蓄えておいて」
ミティルアが苦笑すると、ブラッドは彼女の言う通りに、宝玉の傍で腰を下ろしてそこからクレアたちを窺った。
――たまに立ち上がって、イリアたちのいる方を眺め、そして、セスの様子を見る。じっとしないブラッドに、壁際で目を閉じていたセスはため息を吐いた。
「……落ち着きなさい、ブラッド」
呆れ気味な声に、ブラッドは小さく息を吐いて足下に視線を落とした。
「……そう言われても、さ。……、落ち着かない」
そう返事をして宝玉の中に目を凝らすと、朝方の景色に変わっている。こちらよりも時間が速く進んでいるのか、それとも、ミティルアの力の影響か。
「……早くベルナーガスに行って……イリアたちを解放しないと」
呟くように言うブラッドを、セスはじっと見た。
「……あなたはベルナーガスに戻ることになるんですよ? ……イリアたちの心配をしている時ですか」
説教口調に、ブラッドは少し視線を落とした。
「……わかってる。……俺はフェルナゼクスの人間じゃない。ベルナーガスの人間だ。ベルナーガスで生きていかなくちゃいけない。……そうしなくちゃいけない。……でも、俺」
言葉尻を細めて、そっと宝玉を撫でた。
「……きっと……寂しくなるんだろうな……」
そう呟いて、不意に顔を上げた。
……宝玉に映し出される朝焼けの森――。そこに、長いワンピースを引き摺ったクレアが一人、歩いてきた。
ブラッドが「……どうしたんだ?」と宝玉を触ったまま眺めていると、ミティルアの力の影響か、立ち止まったクレアの独り言が聞こえてきた。
「……意地悪ババア、いる? ……いたら返事して。……、……いないの? ……、黙って聞いてるんだろ? ……、いいや、それで。……ボク、この国を救いたいんだ」
小さく聞こえる声に、ブラッドはじっと耳を傾けた。
「……ジョージたちがいないと、なんにもできないよ。……でも、……助けたいんだ、みんなのこと。……ボクには、無理なのかな? ……ずっと、いろんなトコ旅して、やっと呪い士さんのこと聞いた。……ベルナーガスの情報を手に入れたの、初めてで、嬉しかった。……意地悪ババアの事じゃなかったの? ……今度は確かだと思ったんだけどな……」
寂しげに俯いて、地面の枯れ葉を蹴っている。
「……みんなを助けてあげたい。……笑って欲しい。……だって、その方が楽しいから。……ボクに、もっと力があったらな……。……ねえ、ボクに力を貸してよ。国王を元に戻す力。みんなを元気にする力。……その力をくれるんなら……、……ボク、生け贄って奴になってもいいよ。……その代わり、絶対、この国を元に戻してね。……みんなを、幸せにしてあげて」
――ブラッドは少し俯いた。
さっき会ったとき、なんてやんちゃそうな女の子なんだと思った。でも、根は違う。……自分と同じで、本当は臆病者なんだろう――。
「……いい子ね」
そう声が聞こえてブラッドは顔を上げた。ミティルアは意識を集中したまま目を閉じているが、か細く笑っている。
ブラッドは宝玉へと目を戻した。
……俺がいなくなって十三年。……その間ずっと荒んでいたのなら……、……辛かっただろうな……。こんなに国のために頑張ってくれている。なのに……冥界に返さなくちゃいけないなんて――。
少し悲しみに襲われ、宝玉から手を離そうとしたとき、クラウディアが寄り添ってきた。彼女の気配に肩を震わせて硬直していると、クラウディアは手を伸ばしてきて宝玉に手を付き、ブラッドが見守る中、そっと目を閉じた。すると、俯くクレアの傍に次から次へと小鳥たちが集まりだし、キョトンとしていたクレアは、嬉しげな声を上げてはしゃぎだした。……普通の子どものように。
その無邪気な姿を見て、ブラッドは小さく笑みをこぼし、宝玉から手を離したクラウディアを見た。
「……ありがとう、……クラウディア」
クラウディアは笑顔で首を振った。
「あなたが愛する者は、私の愛する者。あなたが救いたい者は、私の救いたい者。私の愛は、あなたが求めるままに」
そろそろ慣れたいところだが、やはり気恥ずかしい。
――それからも、ミティルアはクレアの心の隙を突こうと集中し、たまに、「声をかけて」と言われるまま、ブラッドはクラウディアの力を借りてクレアに声をかけた。「俺を呼んでくれ」「俺はここにいる」と。その度に、クレアはなんらかの反応をしているのだが……。
ミティルアは「……はあっ」と深く息を吐いた。その途端、フラ……と体がよろけ、傍で座っていたブラッドが危うく彼女を抱き留めた。
「ミティルア!」
すぐに床に寝かせて不安げに顔を覗き込むと、ミティルアは少し間を置いて、ボンヤリと目を開けた。
「……ご、ごめんなさい。……ちょっと……気が抜けて」
「……いいんだ、……少し休んだ方が」
「……でも……時間がない……」
ミティルアは、なんとか踏ん張って体を起こした。
「……大魔女様たちも頑張ってる……。……わたしも、がんばらなくちゃ……」
息を整えながら、座り込んだまま再び宝玉に手を付く、そんな彼女にブラッドは困惑した。そして、何か言葉をかけようとして、「……ブラッド」と、ミティルアに宝玉に触れるよう目を向けられ、彼女を気にしながらも宝玉に手を触れた。
馬車の中だ。クレアは眠っているようだが……
「……今なら、……もうちょっと長く接することができるかもしれない」
その言葉に、クラウディアがブラッドの傍に座って宝玉に手を付いた。
ブラッドは目を閉じて意識を集中した。
――俺の声が聞こえるか? ……キミは覚えているかな? 小鳥をいじめて怒られて……。俺が泣いていた時、キミは慰めてくれた。「泣かないで」って、そう言って……。あの時、キミがいてくれて俺は救われた。たくさん元気をもらった。――俺は、キミの力にはなれないかもしれない。でも……。――俺のこと、もう、忘れた? ……俺はもう、キミの中にはいないのかな? ……俺はキミの傍にいる。キミを見ている。……忘れないで。キミが辛くなった時、苦しくてどうしようもない時、一人じゃないって感じてくれ。……俺を呼んで。
ブラッドは目を開けると、宝玉を見つめた。
「……伝わったかな……」
「……、伝わったっぽいよ」
ミティルアは少し笑みをこぼした。
「……クラウディアに、大事だって事を伝えたときと同じ感じだったね」
ブラッドは、分が悪そうに口を噤む。
ミティルアは軽く笑っていたが、ふと、顔を上げた。
「……クレア、……気を失った」
「え?」
「……気を失った。……この子、水が怖いんだ」
「……、水……」
「今がチャンス。心に隙ができた。入り込めるよ。……ブラッド、がんばって」
ミティルアが真剣に告げると、クラウディアはすぐに頷いたブラッドの背後に回って彼を羽で包んだ。
ブラッドの視界が歪んで真っ白い世界に変わり、目の前に、ボンヤリとクレアが現れた。キョロキョロしている姿に、ブラッドはホッとして笑みをこぼした。
「……俺を呼べるかい?」
声をかけると、クレアはこちらを振り返って首を傾げた。
「……キミは誰?」
「俺? さぁ、……誰だろうな?」
意地悪をして答えずにいると、クレアは顔をしかめて腕を組んだ。
「……、ボクの知っている人?」
「ああ。知っている人だ」
「……仲良くしてた?」
「してたよ。……覚えてないか?」
「ゴメン、全然覚えてない」
「そうか……。残念だけど仕方ないな」
――その後、できる限りクレアと話しを続けた。彼女の記憶の中にある自分を思い出してもらおうと。
だが、結局、長く話しをしても、クレアにはブラッドのことはよく理解できないまま。
最後、そろそろ限界だろうと、話しを切り上げようとした際に、告げた。
「……、それはな……。……俺たちが、兄妹だから」
そう言った瞬間に、元の世界に引き戻されたブラッドは、少し肩の力を抜いた。
「……ありがとう、ミティルア。クラウディア。……これでなんとか、俺のこと、思い出してもらえたと……」
クラウディアの羽が広がり、ミティルアの方を見ると、そこに彼女がいない。「……あれ?」と周囲を見回すと、宝玉から離れた場所、セスの傍でミティルアが床に横たわっている。すぐにそこに近寄ってひざまづくと、彼女の顔を覗き込んで、焦るようにセスを窺った。
「……限界だったのかっ?」
セスは間を置いて頷いた。
「……先程の接触で、力を使い果たしたようです」
ブラッドが困惑げにミティルアの顔をじっと見つめていると、微かに彼女の目が開いた。
「……大丈夫か?」
ミティルアはボンヤリとしていたが、深く息を吐くと、セスに虚ろな目を向けた。
「……彼女の、他に……、……誰かが……冥界への扉を……持って、いました……」
震える声に、ブラッドは目を見開いてセスを見た。
セスがミティルアの手を取ると、彼女は苦痛に顔を歪め、息を詰まらせる。
「……国、王……」
「……無理はしないでください」
真顔で首を振ると、ミティルアは踏ん張って絶え絶えに言葉を続けた。
「……物凄い……力……。……なにかが……広がって、る……。……ずっと……、……ずっと、昔……から……、……扉、が……」
ミティルアは息を切らすと、今にも閉じそうな目でブラッドを見た。
「……気を、付けて……ブラッド……。……ベルナーガスを、……救ってあげて、ね……」
「……ああ、わかってる」
真剣に頷くと、ミティルアは笑みをこぼした。
「……クレア、を……助けて、あげ、……、……」
ゆっくりと目蓋が閉じ、体中の力が抜けると、ブラッドは「……おい?」とミティルアの肩を揺すった。
「……ミティルア? ……おいっ、どうしたっ?」
激しく揺すっていたが、何かに気付いたのか、宝玉の傍にいるクラウディアを振り返った。
「クラウディア!! ミティルアを助けてくれ!!」
クラウディアはすぐに寄ってきたが、「……ダメです」とセスに止められた。
ブラッドは焦るようにセスを睨みつけながら、息の薄れていくミティルアの手を握った。
「何がだよ!! 早くしないと!!」
「……クラウディアの力を、今、ここで使うわけにはいきません。……クレアとの繋がりを探すには、クラウディアの力が必要です」
「ミティルアをちょっと元気にするくらいなら!」
「……今度はあなたがみんなを護る番。……あなたはそう言いましたよね」
「だから俺は!!」
「……それが、覚悟です」
「なんのことだよ!! 何言ってるのか!!」
「……あなたは自らの命を賭ける覚悟をした。……違いますか?」
真っ直ぐなセスの目に、ブラッドは息を詰まらせた。
「……ミティルアも同じ。……イリアも、ウェインも。……誰かを護るということは、危険を冒すということでもあるんです。……あなたは先程、一人でアンデッドの元へと走った。……それが、あなたの覚悟。……ミティルアの覚悟は、あなたと同じ覚悟ですよ」
「……」
「……今ここでクラウディアの力を削れば、いざという時……、繋がりが絶たれてしまいます。……ここまで必死にがんばってくれた、ミティルアの意志を無駄にするつもりですか?」
「……」
「……あなたはもっと強くなるべきです。……そして、もっと残酷になりなさい。……いずれ国を治める立場になるなら、英断は必要不可欠ですよ」
険しい表情でじっと見つめるセスに、ブラッドは悲しげに視線を落とし、握り締めるミティルアの手をそっと置いて彼女の顔を見つめた。
「……、死ぬなよ、ミティルア。……絶対……フェルナゼクスを救うから」
小さくも真剣に告げると、微かにミティルアの口元が笑った。
ブラッドは気を落ち着かせようと深く息を吐いて、立ち上がると宝玉の方へと向かい、足を止めたまま窺っているクラウディアを呼んだ。
「……クラウディア。……クレアの扉を探れるか?」
クラウディアは笑顔で頷くとブラッドの傍に寄って宝玉に手を付く。
二人の様子を見て、セスはミティルアを見下ろし、そっと顔を撫でた。――…顔色が悪かったミティルアの頬が少し赤みを帯びだし、呼吸も穏やかになってきた。
セスは軽く息を吐くと、ミティルアの頭を撫でて立ち上がり、宝玉の方へ行った。そして、目を閉じて気配を探り出すクラウディアを見て、窓の向こう、光っている場所を見つめ、真顔のまま、じっと宝玉を見ているブラッドに目を向けた。
「……あちらに戻るのも、時間の問題ですね」
そう声をかけられたが、ブラッドは返事をしなかった。微動だにしない彼に、セスは気にすることなく言葉を続ける。
「……一からやり直し、というわけにはいかないでしょうが……、あなたならきっと、ベルナーガスを再建できるでしょう」
「……なんでそんなことがわかるんだよ」
セスの方を見ることはなく、ブラッドは真顔で、どこか不愉快そうに目を細めた。
「……オレは、ほとんどベルナーガスの事なんて知らない。……住んでいた所がどんな所かも、どんな物があったのかも、……誰がいたのかも、……ほとんど何も覚えてないんだぞ。……俺みたいなヤツに、何ができるって言うんだ……」
グッと奥歯をかみしめ、悔しげに、悲しげに瞳を震わせる。そんなブラッドの横顔を見て、セスは彼の背中を撫でた。
「……あなたは、若干四才で体験済みじゃないですか」
「……」
「……何もわからないこの世界にやってきた。……でも、あなたはこうしてここにいる。……みんなに白い目で見られても、無視されても、挫けなかった。……あなたは私たちとは違うのに、この世界のために、私たちのためにがんばろうとしてくれた。……それは、持って生まれたあなたの人間性です。……あなたなら、きっと、ベルバーガスに戻っても大丈夫でしょう……」
優しい声に、ブラッドは目頭を熱くし、息を詰まらせて顔を歪めた。
「……もう、……会えなくなるんだぞ……」
「……、そうですね」
「……別々に、なるんだぞ……」
「……そうですね……」
ただ同じ返事をするセスは、いつもと変わらぬ無表情さで、俯いて涙をこぼしたブラッドの腕を撫でた。
「……あなたは立派ですよ、ブラッド。……イリアの、自慢の息子です」
「……助かるよな? ……絶対。……絶対、助かるよな? ……国王さえどうにかしたら……呪いは、消えるんだよな?」
声を震わせて、息を詰まらせて訊くブラッドに、セスは間を置いて頷いた。
「……ええ、もちろん。……そうですよ」
セスの返事に、ブラッドは奥歯をかみしめた。
不安を与えないため、“嘘”をついた。そのことはわかった。けれど、今はそれを信じて行動するしかない。
ブラッドは鼻をすすって腕で涙を拭い、真っ赤になった顔を上げて、真顔で宝玉を見つめた。
「……絶対、……絶対フェルナゼクスを、……ベルナーガスを救う。……みんなを助ける」
力強く告げたブラッドに、セスは「……はい」と頷いた。
「……お供します」
ブラッドは間を置いて、クレアの気を探るクラウディアを見た。
「……、俺がベルナーガスに戻ったら……クラウディアはどうなるんだ?」
クラウディアは、ふと顔を上げ、にっこりと微笑んだ。
「私の愛は、いつまでもブラッドの物。あなたと共に、私の愛は続き、永遠に枯れない。あなたの求めに応じることが、私の幸せ」
ブラッドは顔をしかめ、セスに目を移した。
「……クラウディアもベルナーガスに?」
「……いいえ。彼女にはここに残って、扉の監視をしてもらわなければいけませんから」
セスの答えに、ブラッドはクラウディアに目を戻した。彼女は首を傾げて羽をパタパタと動かしている。どこか無邪気な様子に、ブラッドは躊躇うような笑みを浮かべた。
「……クラウディア、いいか?」
「はい、ブラッド」
「……俺が……、……、俺は、少し旅に出るから。……その間、お前はイリアの傍にいてくれ」
クラウディアはキョトンとした顔をしていたが、すぐに寂しそうに口を尖らした。
「私の愛は、ブラッドと共にあるもの……」
「ああ、わかってる。……お前が俺の……愛で育ったんなら、……わかるだろ? ……イリアは、俺にとって大切な人なんだ。……オレが大切に想う人は、お前にとっても大切だ。……だろ?」
クラウディアは首を傾げて少し考えているようだったが、にっこりと笑って頷いた。
「はい、ブラッド。あなたが愛する者は、私の愛する者」
「ああ。……だから……イリアの傍にいてくれ。……、イリアはきっと、お前を大切にしてくれる。きっと……」
……俺の分まで――。
クラウディアは「はい」と笑顔で頷き、再びクレアの気を探って宝玉に力を込める。
セスは、深く息を吐くブラッドに目を向けた。
「……イリアのことは、心配ありませんから……」
「……ウェインもな。……早くあの二人がくっつくように、罠でも仕かけてやってくれよ」
「……素直じゃありませんからね、あの二人も」
「……、お前も。……生きて……幸せになれよ。……ババアになるぞ」
「……厄介な弟分がいては、恋愛などもできませんでしたからね」
お互い憎まれ口を叩いていたが、ふと、顔を上げたクラウディアが真顔で切り出した。
「クレアに危機が迫っています」
そう言ってブラッドを振り返った。
「扉が開きそうです。とても大きな扉。危険です。冥界の扉とつながっています」
ブラッドは少し目を見開き、焦るように宝玉を見た。そこには、兵士たちに追われているクレアの姿が――。
宝玉に手を付いたブラッドに合わせ、セスも彼の隣で手を付いた。
「クレアに繋げてくれ!! ……乗り込むぞ!! セス!!」
ブラッドに言われ、セスは大きく頷いた――。
「……目が覚めましたか?」
ぼんやりと目を開けると、青空をバックにジョージの優しい顔が見えた――。
彼の膝枕をそのままに、しばらくの間、何かを探すようにゆっくりと目を動かしていると、ジョージは首を傾げた。
「……どうかなさいましたか?」
静かに問われたが、「……、いや」と小さく返事をして身体を起こし、青草の上で背中を丸める。そのまま身動きしない彼の背中を見て、ジョージは少し訝しげに眉を寄せ、首を傾げた。
「……ブラッド様? ……何か問題でも?」
真剣で、それでいて心配そうな声――。
ブラッドはじっと地面を見ていたが、目を閉じて深く息を吐くと、目を開けるなり、顔を上げてすっくと立ち上がった。
「……よし! よく寝た!!」
グッと腕を伸ばして背伸びをし、元気よく笑みをこぼして空を見上げた。
「そろそろだな!」
ジョージは訝しげに首を傾げて見上げていたが、ゆっくりと立ち上がって、笑顔で空を見上げるブラッドを窺った。
「……そろそろとは?」
ブラッドは「んっ?」と、無邪気な顔でジョージを見て、にっこりと笑った。
「運命が試される時が来たんだよ」




