瓦礫に咲くアネモネ
ネオンの光が、泥の浮いた水たまりに妖しくにじんでいた。
かつて人間たちが「繁華街」と呼んでいたらしいその場所は、いまや異形たちの蠢く巣窟だ。
頭上にそびえる高層ビル群は廃墟と化し、崩れかけたコンクリートの隙間から、見たこともない蛍光色の苔がぬらぬらと光を放っている。
「ねえ、ルゥク。あの看板の上、なんか光ってるよ。ちょっと見てきていい?」
「ダメだ。言った端からフラフラ行くな、バカ」
すたすたと危険な街灯の下へ歩き出そうとしていたカイの首根っこを、ルゥクががしっと掴み上げた。
カイは黒髪の長い髪を後ろで一つに縛り、ダボついたカーキ色のパーカーを揺らしながら、不満そうに目を細める。
「ちぇっ……ケチ。せっかく面白そうなのに」
「ケチじゃねえよ。少しは危ねえってことを自覚しろ」
ルゥクは深紅の瞳を鋭く光らせ、心底あきれたように息を吐いた。
二人の頭上からは、ぴくぴくと揺れる猫耳が生えている。
カイが被っているのは精巧につくられた擬似的な猫耳としっぽの装着品。
一方、ルゥクの頭に生えている白毛の猫耳と二股に分かれたしっぽは、本物の肉体の一部だった。
世界から人間が姿を消し、代わりに「怪物」たちが主として君臨するこの街において、二人は常に危険と隣り合わせだ。
特にカイは、何かと好奇心のままに危ない場所へ突っ込んでしまったり、「自分なんてどうなったっていい」と言わんばかりに不注意な行動をとったりする。
そのたびに、過保護な守護者であるルゥクが間一髪で引っ張り戻すのが、二人の日常だった。
「はぁ……。お前さ、自分がどれほど狙われてるか分かってんのか? さっきの路地裏だって、肉食種の嗅覚センサーの気配がしてただろ」
「だってさぁ。僕がここにいるから、ルゥクまで追われることになってるわけでしょう? 僕なんて、別にどうなったって……」
「またそうやって自分を投げ出すようなこと言う!」
ルゥクの顔つきが変わる。
パンクジャケットの腕を力強く握りしめ、前髪の隙間からカイを真っ直ぐに見つめた。
「いいか、カイ。お前がどう思おうと関係ねえ。俺がお前を守るって決めたんだ。どれだけ危ねえ橋を渡ろうとしても、俺が何度でも引っ張り戻してやる」
「過保護だなぁ、ルゥクは」
「うるせえ! 誰のせいで苦労してると思ってんだ!」
その時、遠くの暗闇から、冷たく重い足音が響いた。
複数、こちらを探る不穏な気配だ。
こちらの気配を察知した狩人たちが集まってきている。
「ちっ……嗅ぎつけやがったか。走るぞ、カイ!」
「うわっ、ちょっと待ってよ!」
ルゥクはカイの腕を強引に引っ張り、崩れかけた路地裏へと飛び込んだ。
迫る気配をかわし、瓦礫の隙間を駆け抜けていく。
ルゥクの圧倒的な身軽さと判断力がなければ、とうに捕まっていただろう。
引かれるままに走りながら、カイはルゥクの背中を見つめる。
ルゥクはいつだって、自分を見捨てない。
どれだけ世界中から追われようとも、当たり前のように隣にいて、自分を守り続けてくれる。
ルゥクはどうして、僕のためにここまでしてくれるんだろう
その疑問の本当の理由を、カイはまだ知らない。
やがて追っ手を振り切り、たどり着いたのは街の境界線。
外の世界へと続く、崩れかけた巨大な橋のたもとだった。
廃墟の瓦礫の隙間に、ぽつんと一輪だけ、小さな白い花が咲いている。
「……ハァ……ハァ……大丈夫か、カイ」
「うん。ルゥク、やっぱりすごいね」
呼吸を整えるルゥクの横で、カイはその小さな花を見つめ、静かに口を開いた。
「ねえ、ルゥク。この街を出たらさ……誰も追ってこない、静かな場所に行けるのかな。一面に花が咲いてて、誰にも邪魔されない、僕たちだけの家があるような場所」
ルゥクは驚いたように目を見張り、それから整った顔立ちを柔らかく緩めた。
「……行けるさ。絶対に連れて行ってやる。だから、勝手に諦めるなよ」
「うん。ルゥクが一緒なら、探してみたい」
廃墟の街を背に、ふたりはまだ見ぬ遠い空を見上げる。
世界からの逃亡劇の果てにある「理想郷」を目指して、二人の長い旅が、ここから始まろうとしていた。
【カイ】
人間。17歳。男。垂れ目に釣り眉。好奇心旺盛で自分でやりたがる。黒髪ロング。後ろで一つに縛っている。淡い桃色の瞳。桃色のTシャツに抹茶色のパーカー。ポケットには万能ナイフが入っている。首に02の刺青。人間とバレないようにするため猫耳としっぽ(感情によって自由に動く)を装着。短パンスニーカー。
【ルゥク】
バステト(猫の姿をした神。家族や家、子供を守る守護神)。人間年齢18歳。男。キリッとした目つきをしている。カイの守護者。カイの行動に呆れ気味だが、めっちゃ過保護。馬鹿みたいに運動神経がいい。白髪短髪。深紅の瞳。黒のノースリーブシャツにパンクジャケット。首元には包帯+首輪。ジャケットの中にはいろんなナイフが仕込まれている。短パンスニーカー。猫耳と日本のしっぽが生えている。飛ぼうと思ったら飛べる。




