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わたしの物語を終わらせないで  作者: 橘霧子


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7.国王夫妻の夜

 夜会の後、国王夫妻は共に大きな溜息をついた。悩みの種は、長男、ギヨーム王子だ。


よりにもよって、未来の王妃として最もふさわしい、公爵令嬢のカトリーヌを足蹴にし、礼儀知らずで貴族としての価値もない、没落寸前の男爵令嬢を選ぶなど。

人前だからこそ耐えたが、目の玉が飛び出るほどの衝撃だった。


国王夫妻は、ギヨームを必死に教育し、生活の管理も徹底していた。エドゥアールやリシャールにも美点があれば、欠点もある。だが、ギヨームに関しては、年頃になると欠点に拍車がかかるばかりだった。


さらにはカトリーヌをぞんざいに扱い、遠ざけた。多少、多感な時期の反抗かと静観していれば、全く無名の男爵令嬢と、いかがわしい関係になった。

慌てて素性を調べさせると、とんでもないことがボロボロと出てきた。


ブランシュ男爵はロシュフォール侯爵の遠縁であり、一門ではあるが、名ばかりの貴族だった。

その領地は国境近くの荒地で、村のひとつもない。生計は宮中の書記官の給料で賄い、ロシュフォール侯爵家に居候している身だ。どうやら当主のジャンは、ブランシュ男爵の爵位を、むりやり押し付けられたようで、贖罪の意味もあって、ロシュフォール邸内に居所を与えられたようだ。


ところが、とんでもないことに。

リリアンという娘は、ロシュフォール侯爵家嫡男、アドリアンとも関係を持っていたことがわかった。


そもそも、この密接すぎる生活環境からアドリアンとリリアンが懇ろになり、ギヨームの護衛騎士であるジルベールと懇ろになり、その手引きで勝手に宮中に出入りするようになり、シャルルと懇ろになり、最後にギヨームに行き着いたのだという。


四人の令息が一人の令嬢に群がり、体を重ね、言うがままに法と規律を犯し、大金を貢いでいた。そのおぞましさに、王妃は吐き気を堪えきれず、夫の前で盛大に吐いた。酷いつわりの時期でさえも、常に淑女であり続けた王妃が、初めて醜態を晒し、寝込んだ。


そして気がつけば、あの断罪劇。


目の前が真っ白になった夫妻である。

それでも、公爵家を怒らせるわけにはいかないし、有力貴族の眼前で、笑い者になった息子を擁護することはできない。

四方を納得させるためには、嘘でも極刑をも厭わぬ覚悟を示す必要があった。


「エドゥアールとリシャールは、王族として正しく物事が判断できるのに、なぜ、あやつだけがあんなにも馬鹿なのだ……」

「あなた、『馬鹿』は言い過ぎですわ。あの子には、常識も知性も、人並み以上に備わっております。ただ、どうしようもなく、浅慮で軽率なだけですわ……」

「それが一番いかんのだ。常識も知性も、有能な人材で周囲を固めれば、いくらでも不足を補える」


しかし。

浅慮ゆえに、国を背負うに相応しくない令嬢と恋に落ちて、体を許し。

軽率ゆえに、有力貴族が大勢集まる夜会で、王家の最大の味方であるヴィリエ公爵家の娘、カトリーヌとの婚約を破棄し、斬首刑を言い渡した。


夫妻は再び、大きなため息をつく。

ここまでやらかしてしまった息子を、どうして寛大な処置で収めることができよう。


完璧な令嬢として仕上がったカトリーヌは、国内外からも評価が高い。

見目麗しいだけ、知性豊かなだけの令嬢ならたくさんいる。カトリーヌはその両方を備え、かつ、慈善活動にも熱心な、淑女の鑑。そしてその父親は、王国の最大の盾。


隣国ヴァニタス王国の王太子も、カトリーヌにぞっこん惚れ込んでいるという噂だ。

それを裏付けるように、先の戦争で負った賠償として当初、隣国がカトリーヌただ一人を求めてきたほどだ。


既にイリスティリアの国政に携わり、未来の王太子妃としての役目を全うしているカトリーヌを、易々と渡すことはできないし、公爵が許すはずがない。

ギヨームとの婚約があったからこそ、渋々諦めてもらったのだが、この破局が知られれば、また面倒なことになるだろう。


国王夫妻の悩みは尽きない。


ヴァニタスとの戦争に負け、王家は独占していた虹玉蚕とその生息地を失った。その上で、ヴァニタスから要求された賠償金は、国家予算に匹敵する額だった。

そんな額を、どうやって工面せよと。

そこで立ち上がったのが、ヴィリエ公爵だ。


ヴィリエ公爵は、大事な娘を奪われるくらいなら、全額賠償金を払ってやると豪語した。

一体、どうやって。

どんな手を使って、その膨大な金子(きんす)を用立てるつもりなのか、一切言わない。それがまた、末恐ろしい。

一国の王が苦慮することを、一公爵が瞬時に成せると判断する能力。それを合法的に成せる能力。


若い頃、妖艶な美しさで令嬢たちを魅力したその美貌は、歳を重ねるごとに衰えるどころか、男性的な深みを増し、圧倒的な迫力で周囲を威圧する。

家族以外に唯一、彼をレオナールと呼べる国王でさえも。

幼い頃から親しくしていて今なお、その一瞥に体は凍り、言葉を失う。


「ロシュフォール侯爵は、あの場に出てくることはありませんでしたね」


王妃の言葉に、国王は再度、思考を夜会へと戻す。


「カトリーヌを陥れようとしたのは、五人。うち、ヴィリエ公爵家のシャルルは、公爵自身の懲罰によって、馬鹿げた猿芝居には不在でした。ですから、カトリーヌに狼藉をはたらいた愚か者は、実質四人。

陛下とボーモン騎士団長はあの場で謝罪をし、あの娘の父親、ブランシュ男爵はあの場に不在。ブランシュ男爵に知能が備わっていれば、知らせが届き次第、公爵家に謝罪を申し出るでしょう。

しかし、ロシュフォール侯爵夫妻は」

「ああ、あの場にいた上で、沈黙したな。自ら進み出る勇気がなかったでは済まされん」


国王は、ヴィリエ公爵が何度も宴席を見渡していたのを見ていた。上座に近い席にいるロシュフォール侯爵夫妻に、ヴィリエ公爵が気付かぬはずがない。

あえて、何も言わなかったのだ。

貴族らしい、人前でのちゃちな謝罪ごっこで済まさぬように。


貴族は虚飾と建前の生き物だ。


揉め事ひとつにも、厳格な作法がある。

作法を踏んで謝罪した者には、寛大な許しを与えるのもまた、作法。言い換えれば、作法をわきまえて謝罪した者を、許さねばならぬのだ。


ロシュフォール侯爵はその機会を逸した。

時を戻すことが不可能である以上、これから慌ててロシュフォール侯爵家が謝罪をしたところで、ヴィリエ公爵家が受け入れることはないだろう。


「だが、あの子たちの機転に救われたな。聡いエドゥアールならば、必ず上手くギヨームの助命をするとは思っていたが、それに都合よくカトリーヌが、乗ってくれた。

このまま、カトリーヌとどちらかの息子を成婚させよう。そしてカトリーヌが選んだ方を王太子にすれば良い。ギヨームと男爵令嬢は捨ておいて構わん。いずれ、飽きて離れるだろう。

もし、今後もカトリーヌに付きまとうようであれば、ギヨームとあの男爵令嬢を婚約させてしまえば良い。二人の幸せな門出こそ、カトリーヌの願いだ」

「……仕方ありませんね。わたくしの努力が足りませんでした。申し訳ございません」

「いや、我らは努力した。あれに才がなかっただけだ……」


国王夫妻とて、息子は全員可愛い。しかし、そのために国を傾けることも、他国に付け入らせることもあってはならない。


「ただ、カトリーヌがどちらを選ぶか、だな」


国王の問いに、王妃は深く頷く。


「ええ。エドゥアールは真面目で賢く、誠実。しかし、時に融通が利かないところがあります。リシャールは柔軟で機転が利きますが、自由奔放すぎます」

「どちらを選んでも、構わん。国の未来を任せられる王子は二人いるが、カトリーヌは一人だけだ。カトリーヌには悪いが、多くの貴族の前での求婚だ。逃げ場はない。カトリーヌも、それはよくよく理解しているだろう。そして、王位継承権はエドゥアールかリシャールに移る。ギヨームは、もう王太子の器ではない」


そうして、国王と王妃はもう一度、深く溜息をついた。


連載キャンペーンが今回で終了なので、次回からはのんびり投稿しようかな、など。

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