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わたしの物語を終わらせないで  作者: 橘霧子


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6.『愛ロマ』の終わり

 国王陛下の無慈悲な決断に、ギヨーム殿下はへなへなと意識を失い、衛兵の腕の中にくずおれた。


 ━━ちょっと待ってよ!


 私は内心、叫んだ。

 その辺の正義の騎士が、悪役に向かって言うのとはわけが違う。一国の王がその言葉を使った時、それは確実に極刑を指す。

 それはやりすぎ! 罰が重すぎる!!


 たしかに王太子は酷いことをした。気に入らない婚約者を排除するために、国政も貴族のパワーバランスも無視して、私に処刑を言い渡した。

 が、その親が、息子にいきなり「万死に値する」もないだろう。あんまりだ。


 そこはせいぜい、謹慎か王太子の指名取り消しくらいにしてけれないと。これでは、リリアンと結ばれるために、私に斬首刑を言い渡したギヨーム殿下と、何一つ変わらない。

 しかし、所詮私は公爵令嬢。国王の決定に異を唱えることなどできやしない。


 別の衛兵から二度三度と頬を張られ、ようやく意識を取り戻すと、ギヨーム殿下は再び立ち上がらされる。しかし、その両足には全く力が入っておらず、またしても衛兵に支えられてやっと立っている有様だ。眼差しも、魂が抜けたように、どこかぼんやりとしている。


 ハラハラしながら成り行きを見守っていると、ふと、国王の後ろに控えるエドゥアール殿下と目が合った。「何とかしてください」と、必死にアイコンタクトを送る。

 するとは、エドゥアール殿下はおどけて肩をすくめた。ダメか。助けるどころか、この状況を楽しんでいるわ。


 次にリシャール殿下を探すと、ちゃっかり王太子を囲む衛兵に紛れている。それも、ものすごいキラめく笑顔で。ダメだ。こっちもすごく楽しんでいる。


 もう一度、エドゥアール殿下に目線で助けを求めると、「やれやれ」といった表情で、彼が口を開いた。


「父上、お待ちください」


 エドゥアール殿下はギヨーム殿下に近づき、耳元で何かを囁いた。せっかく正気に戻ったギヨーム殿下の顔色が、みるみるうちに青ざめ強ばっていく。そんな兄を放置して、エドゥアール殿下はゆっくりと国王に語りかけた。


「父上、今宵は母上主催の宴です。物騒な話はふさわしくありません。心優しいカトリーヌ嬢も、そのような重い罰を望まないでしょう。

 二人が真実の愛に殉じるのであれば、それを引き止めるのもまた罪。どうか、二人の結婚を認めてあげてください。お二人なら、きっと愛あふれる家庭(・・)を築くことでしょう」


 その言葉に、ピンと来た。よくよく考えれば、敗戦国の王太子妃など、荷が重すぎる。賠償金でアップアップの状態で、さらに貴族社会に無駄な権力闘争が蔓延すれば、国民の生活は破綻するだろう。再び隣国が責めて来ないとも限らないし、きっと、国の舵取りは激ムズ地獄モードに違いない。

 ここはエドゥアール殿下に大いに便乗して、やりたがっている人━━リリアンに任せるべきだ。


 私はそっとドレスの裾を左右に広げ、つつと、流れるような動作で深く膝を折った。

 このカーテシーは、ヴィリエ公爵家直伝。一寸の乱れもない完璧な美しさで深く膝を折る。床にひろがるドレスさえ、完璧に計算尽くされ、何度でも再現できるほどに鍛錬を重ねた。

 その優雅さは他家に追随を許さない。どこからともなく、ほう、とため息がこぼれる。


 私が悩ましげに伏せたまつ毛を震わせ、許しを請う姿勢を保っていと、待っていましたと言わんばかりに国王陛下の形相が和らいだ。

 まさに、これも貴族社会の様式美。

 どうやら国王陛下は、貴族たちの手前、ギヨーム殿下に厳しい処罰を与えたものの、横から助命の声が上がるのを期待していたようだわ。

 ここは、流れに乗ってあげましょう。


「国王陛下……発言をお許しくださいませ」

「よい。許そう」

「わたくしは、婚約破棄に同意いたします」

「後悔はないか」


 国王陛下の言葉に、私は頷く。


「はい。ですが叶うのであれば、婚約破棄ではなく、婚約の解消を。わたくしは未来の王太子妃の座に、ブランシュ男爵令嬢を推薦いたします。

愛あるお二人は()()()手を取り合い、立派にイリスティリア王国の柱となりましょう。なにとぞ、お二人に一点の曇りもない門出を所望いたします」


 もちろん、私の将来も考えてね。


「すまぬ。至らぬ王太子へのそなたの慈悲に感謝する」

「こちらこそ、力が及ばす、申し訳ございません。わたくしは、陛下のそのお言葉で充分でございます」

「ま、待ってくれ、カトリーヌ!」


 声を上げたギヨーム殿下に、私はにっこりと微笑んだ。


「そんな……きみは、私を愛していただろう。頼む! 助けてくれ……!!」


 ギヨーム殿下が、私やヴィリエ公爵家の力にすがろうとしているのは解っている。散々私をぞんざいに扱いながら、今更そんなのはお断り。


 私とエドゥアール殿下の発言で、ギヨーム殿下の首は繋がった。

 本来なら、良くて王位継承権の剥奪。悪くて王族からの追放。でも、それをあえて王太子のままで、国を継がせてあげると言っているのよ。せいぜい、過酷な国の舵取りに、もがき苦しめばいいわ。


「ええ、愛しておりました。殿下はわたくしにとっては太陽であり、大地であり、空気や水と等しく、生きる糧でございました。ですが、さすがにその愛も潰えました。

 わたくしを悪者にし、命を奪うことを厭わない、それほどまでの深い、ブランシュ男爵令嬢への愛。どうして、わたくしごときが横槍を入れられましょうか。どうぞ、ご存分に貫かれませ」


 これが最後と、私はその姿を焼き付けるように、ギヨーム殿下を見つめた。

 衛兵に支えられながら、やっと立つその姿。青ざめ、膝はガクガクと震え、驚きの眼で私を食い入るように見ている、哀れな姿。


 でも、同情はしない。


 複数の男子と関係を持っていたリリアンと、その一人でしかないのに最上の愛だのなんだのと騒ぎ、その心に罪悪感の欠片もなく、私を処刑しようとした王太子。人でなし同士でお似合いだ。


 前世を思い出すまで、ギヨーム殿下を心から愛していた。今もまだ、その思いがこの胸の奥で燻って、火傷のような痛みを訴えている。


 ゲームの中もカトリーヌも、本気で愛していたからこそ、徹底的にリリアンを排除しようと、非道な手段を用いることもあった。


 でも、私は二人の奔放さに嫌味は言っても、いじめはしていない。それは、『カトリーヌが虐めなかったから聖女の力に目覚めなかった』と、リリアン自身がうっかり自白しているとおりだ。それなのに、命を奪われようとした。許せるはずがない。たとえ、ゲームの絶対的なシナリオの力があったとしても。


 さようなら、ギヨーム殿下。

 さようなら、過去のカトリーヌ。


『愛ロマ』はこの夜会まで。

 断罪が成立せず、リリアンとの浮気が正当化されない以上、国民から祝福される結婚式の動画も、ハッピーエンドの乱れたエロ展開も、きっと起こらない。その布石となる、カトリーヌの処刑も。


 二人を待つのは、最大の味方であったヴィリエ公爵家を失い、金の卵を産み続けた産業を失い、貴族の支持も失い――そんな針のむしろの中で、敗戦国としての責任を全うしなければならない、過酷な現実だ。


 これでようやく、私はゲームのシナリオから解放される。これからは私が思うように生きていける。清々しい気持ちしかない。夜会を辞するために、お父様の側へと一歩踏み出そうとした。


 その瞬間、エドゥアール殿下が私の行く手を阻むように、前にひざまずいた。少し遅れて、リシャール殿下もその隣にひざまずく。


「ならば、私と婚約して欲しい」


 エドゥアール殿下は、静かにそう言った。


「いや、僕と結婚してくれ」


 リシャール殿下は、無邪気な笑顔でそう言った。


 おっと、これは予想外。新たな事件だ。

 私は目の前でひざまずく二人の王子を見て、呆然と立ち尽くした。ゲームの攻略対象ですらなかった二人。彼らの行動は、完全に予測不能だ。


「これは、どういうこと……?」


 その場で思わず呟いた。

 私の知らないところで、この世界は、ゲームのシナリオとは全く違う方向に動き始めていた。

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