5.夜会の主役
「私にも、ぜひ詳しく教えていただきたいものですな。殿下、あなたは我が娘を蔑ろにし、我が家門に泥を塗った。我らと名誉をかけて戦う覚悟はできておられるのか?」
お父様だ。
お父様は下座の貴族の出入り口ではなく、王族専用の扉から、数人の騎士と共に優雅に現れた。勇ましい騎士らに囲まれながら、少々とうが立ってはいても、貴公子然とした優雅な仕草。背景に薔薇が飛んで見えるわ。
間髪入れずにお母様が歩み寄り、事のあらましを伝えた。お父様は「そうか」と呟いて私を見つけると、大仰に両手を広げ、抱きしめようとするポーズで再び声を張る。
「ああ。すまないね。愛しい我が娘、カトリーヌ。
バカ息子が何やら謀をしていたせいで、足止めを食らっていてね、お前の危機にかけつけることができなかった。愚かな父を許しておくれ。
おや? 一体どうした? その酷い有様は」
「ご心配には及びません。それより、シャルルは……」
「一発殴ってり大人しくさせた。今頃楽しい夢でも見ているんじゃないか? 例えば、そこの尻軽娘とよろしくやっている夢とか」
お父様、下品です……。
周囲から控えめな笑い声が漏れた。
「酷い! 尻軽だなんて」
リリアンが叫ぶ。
驚いた。王妃陛下ばかりか、お父様にまで歯向かうなんて。
周囲からは、もはや驚きの声も出ない。
「きみか、うちのシャルルを籠絡させた娘というのは。それだけでも耐え難いのに……我が家の宝カトリーヌにケチな冤罪をふっかけたと……?
フフ……。よもや、このヴィリエ公爵家にケンカを吹っ掛けて、親子諸共、無事で済むとは思っていないだろうね……?」
「な、何よ! 公爵家だってただの臣下じゃない!」
「そうか、たかが臣下か」
お父様は薄く笑みを浮かべ、ゆっくりと周囲を見回した。あれは、リリアンの保護者であるブランシェ男爵夫妻を探しているんだわ。貴族たちはそれぞれお父様の視線を避けるように俯く。これよ、これ。貴族の嗜み。
自分よりもはるかに大きなお父様に見下ろされてもなお、リリアンは負けじとお父様を睨み返している。この子、公爵家と男爵家の権力の差がわかっていないのかもしれない。はっきり言って、勇気ではなく無謀だわ。
私はそっとお父様に囁く。
「お父様、今宵の夜会は王妃陛下のご主催。ブランシェ男爵の方々は……」
「あぁ、呼ばれていないのか。しかし、その家の娘がここにいる。シャルルによると、ギヨーム殿下直々のご命令だとか。それは殿下自らがご説明してくださるのか?なにゆえに、婚約者である我が娘が、このような無惨な姿に?」
「それは先程、殿下自らご説明されていました。わたくしが殿下の愛するリリアン嬢をいじめたので、婚約破棄の上、処刑するのだそうです。そして、そちらのリリアンさんと婚約させると。
殿下はわたくしを椅子から引きずり下ろすと、王家から賜りましたあのティアラを、わたくしの頭からむしり取ったのです」
「ほほう……処刑ときたか」
「はい。斬首刑だと」
「その上、カトリーヌのティアラを奪い取ったと? その娘にでもくれるつもりだったか」
「いえ、殿下はティアラを投げ捨てました」
「ほう……投げ捨てた……?」
「あ、あ、それは……その……」
私たち親子の会話に、ギヨーム殿下の顔色がどんどん悪くなる。なにか言い訳をしなければと思いながら、語彙力が圧倒的にないから、こういう時に咄嗟にその場に適した言葉が出てこない。よく知っているのよ。だってカトリーヌにとって、ギヨームは全て。良い部分も悪い部分も、熟知している。悲しいことに。
私の胸がチクリと痛んだ。
お父様はギリリとギヨーム殿下を睨む。
「……斬首刑ですと?」
「ヒャアア!!……ち、違う……!」
お父様は国王陛下と王妃陛下に静かに頭を下げた。
「国王陛下、王妃陛下。麗しき月の女神たる王妃陛下主催の夜会にて、このような不祥事が起こりましたこと、両陛下をお守りする臣下としての力不足を、深くお詫びいたします。さらに我が愚息がその一端を担ったこと、全てはこのレオナールの不徳。重ねてお詫び申し上げます。
しかしながら、娘カトリーヌは、陛下ご自身が我が国の至宝とお認めになったはず。そのカトリーヌが、今現在、このような辱めを受けている旨、こちらの納得のいくように、ご説明いただけるのでしょうか」
お父様、圧がすごいです!
ギヨーム殿下は足の震えも最高潮に、なかば腰が抜けて、護衛に支えられるように立っている。それ以上威圧したら、間違いなく気を失うわ。
「それはもっともである。それについては、ギヨームの不実が招いたことであり、親である余の責任である。ギヨームにはしかと罰を与え、責任をとらす。カトリーヌには一片の瑕疵がないことを、ここに宣言しよう」
国王陛下が周囲を見渡すと、貴族たちは揃って頭を下げた。つまりは、「了解しました」と。
ギヨーム殿下は、媚びを売るようにヘラヘラと笑いながら、震える口を開いた。
「いや……それは、ちょっとした、冗談で……」
「ひどーい!! なんでそんな嘘つくの? 私を王妃にしてくれるって言ったじゃない!! どうせカトリーヌは私と殿下が結ばれるための当て馬だもの!
理由は解らないけど、全然シナリオ通りに動いてくれないせいで、私なんて聖女の力にも目覚めなかったしぃ! おまけに戦争にも負けちゃって、すっかり貧乏暮らしだわ! さっさと首を跳ねちゃえばいいのよ!」
シナリオ━━やはり。リリアンは転生者か。
『愛ロマ』の本来のストーリーでは、カトリーヌがリリアンをいじめることで、ブルーハートポイントが貯まる。そのポイントをアイテムに交換することで聖女の力に目覚め、国境を護る軍に神の加護を与え、よわよわの軍隊が無敵となり、隣国との戦争に勝つのだ。
けど、私はリリアンをいじめなかった。
本来のカトリーヌは、使える時間と金と権力をフル活用して、あらゆるいじめをしまくるのだが、私は淑女らしく貧民街での慈善活動に勤しみ、同時に国民の動静を知るために市政の視察にも励んだ。
前者はエドゥアール殿下、後者はリシャール殿下と協働した。王太子の婚約者として、常に淑女としての研鑽も必要で、忙しくていじめる暇などなかった。
そうか。その頃からシナリオは狂っていたんだ。
つまり、転生者はもう一人、私を誘導できる王族か、家族の中にいる?
「あの娘は、何を言っているのだ?」
「さあ……わたくしにも理解できかねます」
「お前があの娘をいじめなかったから、戦争に負けたと言っているようだが?
つまり、あの娘は、戦争に関与できる力があったが、お前のせいでそれが発揮できなかったと、そう言っているのではないか? 聖女とは? なにかの隠語か?」
「申し訳ございません。わたくしにも何のことだか……」
私はお父様の問いに、わずかに首を傾げた。
本来なら、覚醒した聖女の力こそ、この世界唯一の魔法。聖女が存在しなければ、魔法も存在しない。ここは知らぬ存ぜぬで通すのが得策。
そんな私に、リリアンが目をむいて怒りをぶつける。
「嘘言ってんじゃないわよ! どうせあんたも転生者なんでしょ! クソクソクソクソ!
クソビッチがぁぁぁぁぁぁぁ!
私が主役なのに! 正しいシナリオに戻しなさいよ!!」
リリアンの唾を飛ばさんばかりの勢いに、周囲が唖然となった。王妃陛下はあからさまに顔をそむけ、再び国王陛下が厳しい表情で口を開いた。
「ギヨームよ。そなたは王太子でありながら、己の責務をわきまえず、貴族社会の秩序を乱し、なんの罪もない令嬢の命を奪おうとした。
その罪は、万死に値する」




