2.夜会にて
夜会当日。
「嵐だわ」
色んな意味で。
支度を終えた私は、窓を激しく打ち付ける雨と、時折轟音と共に天を切り裂く稲妻に、溜め息をつく。
結局、なんの解決策も講じられなかった。朝から念入りに入浴し、香油をふりまかれて髪を結い上げ、何人ものメイドの手をかりながら、断罪されるために煌びやかなドレスに身を包んだ。
改めて鏡で確認すると……ド派手だ。
はちみつ色に輝くブロンドに、メイド二人が渾身の力で絞り上げた細いウエスト。ぶわわっと膨らませた真っ赤なドレス。大きく開いた胸元を飾るのは、王妃陛下から送られたゴテゴテのダイヤのネックレス。これ一つで離島のひとつくらいは買えるほどの高価な品だ。
そして未婚でありながら、ギヨーム殿下の婚約者である私だけが身につけられる、ティアラ。これも、代々王家に伝わるものだ。
日本の祖父母の家でほこりを被っていたフランス人形のようだが、まさしく、ゲームで見たカトリーヌそのものだ。
神絵師が最高の悪役令嬢として書き上げたと言われるカトリーヌは、恐ろしく美人ではあるが、迫力もすごい。ボンキュッボンの攻撃力も相まって、立っているだけで悪役の風格。これで意地悪小姑のイヤミ攻撃しかしなかったなど、誰が信じよう。どう見ても、一人や二人、恋敵を暗殺している顔だわ。
「今日もギヨーム殿下はお見えにならんのか」
「わたくしは気にしませんわ、お父様」
だってエロ汚物だし。
お父様こと公爵閣下は、娘を溺愛している。
とうの昔に贈り物も、エスコートもしなくなった、名ばかりの娘の婚約者を、いつかボコボコにしてやろうと毎日思っている。
本当に娘を思うなら、行動した上で、くだらない婚約も破棄してくだされば良かったのにね! そうしたら私、処刑される心配も必要ないんですよ、お父様。
「……子供同士のケンカなら、負けてはなりません。あなたは公爵家の娘なのだから」
ひっそりと重要な言葉を投げかける、お母様こと公爵夫人。
「しかし……限度を超えるなら、公爵家が出ていくこともやぶさかではありません……」
いつもおっとりとしているのに、時々鋭い言葉を放つ。怖い、怖い。扇の向こうの笑みが怖い!
公爵家にしてみたら、全面的にバックアップしている王家の息子に愛娘が軽んじられ、平民あがりの男爵令嬢には跡取り息子を籠絡され、まさに踏んだり蹴ったりの現状。
敗戦のダメージがあるからこそ、貴族の理性で危ういバランスが取れているだけで。下手したら王家と公爵家の全面戦争だわ。
━━うーん、無理! 全く頼れない。
「ご心配には及びませんわ」
あからさまな嘘に顔がひきつった。心配御無用なわけないわね! でも、他に言いようがない。
「そうだな。カトリーヌに限って、男爵令嬢に負けるなど有り得んな」
「はい。お任せください」
フフ……と、意味ありげに笑うお父様に、こちらも引きつりながらも、おほほと返す。そんな私たちを穏やかに見守るお母様。お出かけ前のスキマ時間に、確かめ合う家族愛が重い。
それなのに、ごめんなさい! 今日の夜会で、多分私は処刑を言い渡されます!
王宮の大食堂の扉が開いた。
オーケストラの優雅な音楽が流れ、既に席に案内された華やかな貴族たちが、王族の到着を待ちながら立ったまま談笑している。
「国王陛下、王妃殿下、ご入場でございます。ならびに、王家の至宝、カトリーヌ・ドゥ・ヴィリエ公爵令嬢、ご入場でございます」
高らかな侍従の声とともに、王族専用の入口から、国王陛下に手を取られて入場した。
王家の最大のスポンサーである、ヴィリエ公爵家の威厳を保つための、最上級の配慮だ。
王妃以外が立つことを許されない国王陛下の隣に、あえて王太子の婚約者である私を置き、王妃陛下の手をお父様に取らせる。お母様をエスコートするのは、エドゥアール殿下。
貴族たちは、深々と頭を垂れつつも、瞬時に王太子の不在を理解したはずだ。
と、同時に、王家がヴィリエ公爵家をいかに丁重に扱っているのかも。
上座に到着すると、国王陛下は隣の席――ギヨーム殿下の席に私を誘導し、それからご中央の席に着いた。
「カトリーヌ、今宵は余の隣に座るがよい。この席ほど、そなたにふさわしい席はない」
お、重っ! 王太子の席に、わざわざ結婚前の婚約者を座らせるとは。この席で断罪劇が行われれば、さぞかし目立つだろう。
さすが、スカッとざまぁ要素を含むエロゲーだけあって、悪役令嬢を徹底的に追い込む手立ては万全だ。
「国王陛下、王妃殿下、お側への着席をお許しいただき、心より感謝申し上げます」
私はカーテシーで国王陛下の心遣いに感謝を伝える。が、まだ座らない。ここが完璧に教育された公爵令嬢の腕の見せどころだ。
国王陛下を挟んで反対側では、お父様が王妃陛下をエスコートしている。
「王妃陛下、こちらへ。今宵、我が国の美しき月の女神の御手をとる栄誉を賜り、感謝申しあげます」
と、声をかけ、お父様が椅子を引いた。
王妃陛下は、この後の惨劇など知りもしない微笑みをたたえ、お父様の介添で着席する。
その後、お父様は国王陛下に歩み寄り、一礼してわざと周囲に聞こえる声で言った。
「陛下、王妃殿下を無事お送りいたしました。私はこれより、警備を指揮するリシャール殿下と、愚息の様子を見てまいります」
「うむ。宴の時間である。二人を連れてまいれ」
「かしこまりました」
こうした、王家側の諸事情を伝える国王陛下の小芝居の後、今度は王妃陛下の小芝居が始まる。
「まあ、可愛いカトリーヌを立ったままにするなんて。エドゥアール……」
「かしこまりました」
「エドゥアール殿下、ありがとう存じます」
王妃陛下が、立ったままの私を気遣ってエドゥアール殿下に介添を命じる。
この段階で、私は初めて着席できるのだ。
ここまで上座の準備が整うと、国王陛下のお言葉で、招待された貴族たちの着席も許される。
今日の夜会の規模は100人程度か。
コの字に配置されたテーブルの上座を、王族とわがヴィリエ公爵家が独占している。
コの字の両翼には身分の高い順に成人貴族が並び、下座には未婚の令嬢令息が座る。
令嬢令息にとって、舞踏会よりこういった場の方が、王家や権力者に名を覚えてもらうチャンスでもあり、婚活の場でもある。彼らの澄まし顔の下は、既に準備万端のハンターでいるはずだ。
戦争に負け、未だ混乱と経済危機の渦中にある我が国のおいて、わざわざ王妃陛下が大枚をはたいて宴席を設けたのは、ふっかけられた賠償金の捻出のためと、国内の勢力の分裂を防ぎ、一致団結するためだ。
大嵐の中という、最悪の天候であっても、招待された貴族たちは誰一人として欠席はしない。それが貴族の嗜みであり、駆け引きだ。
これまで虹玉蚕と虹絹を直轄地で独占していた王家は、紛うことなきこの王国の絶対的な権力者だった。
だが隣国に奪われてしまった今、その財力は逆転している。
一年の戦争に耐えられたのも、戦地と離れた領地を持つヴィリエ公爵家が、全面的に支援を続けたからだ。
今の王家なら、他の公爵家でも簡単に首をすげかけることができる。そうしないのは、お父様が王家の盾となり、それを隠していないから。シゴデキのお父様は、たった一人で全ての貴族の頭を押さえつけている。
この状況で、未来を担う王太子が私を蔑ろにしていることに、日本人の感覚として驚きしかないのだが、それがゲームの強制力ならば、いたし方ない。
乾杯の杯が行き渡る頃を見計らって、国王陛下が立ち上がる。一堂が立ち上がり杯をを手にするのを見届けて。
「諸公、今宵こうして集まったのは、他でもない。我が国の未来を盤石にするためだ。不幸にも我が国は戦争の惨禍により、苦難の道を歩むことになった。
しかし!……これにあるカトリーヌ・デュ・ヴィリエ公爵令嬢は、我が王家にとって、そしてこの国にとって欠かせぬ宝である。彼女との絆こそが、我ら貴族の結束の象徴となろう」
ここで、王家によるヴィリエ公爵家の接待と、公爵家の名を借りた諸侯への牽制は、主催である王妃陛下に、バトンタッチされる。国王陛下の視線を受け止めた王妃陛下は、優雅に杯を掲げた。
「陛下のお言葉通りです。皆様、我が国の輝かしい未来と、カトリーヌの幸せを願って――乾杯!」
さて、これからどうしようか。
宴は始まってしまった。堂々と上座に着席してしまった以上、逃げ出すことはできない。
この長ーいテーブルの先、下座に座るか弱き令嬢でしかない友人たちでは、ギヨームの暴挙に太刀打ちできない。やはり、頼るべきはエドゥアール殿下とリシャール殿下だ。しかも都合よく、今日の私のエスコートはエドゥアール殿下だと、王妃陛下自らのお膳立て。ここはエドゥアール殿下一択に絞るのが正解だろう。
しかし、私が隣のエドゥアール殿下に声をかける前に、下座からどよめきが起こった。
大食堂の扉が荒々しく開かれ、ギヨーム殿下がリリアンを腕に抱きながら、宴席を鋭く睨みつけていた。
ギヨーム殿下は侍従の静止をふりはらい、取り巻きを引き連れてズンズンと上座に向かって歩き出し、両陛下の背後に回った。
「ギヨーム、そなたこの場の意味を知ってのことか」
肩越しに振り返り、国王陛下が静かに問うた。
「無論です。わたしは正義を果たしにまいりました」
「正義。それは我が国の現状を理解し、今宵ここに集まった意味を鑑みても、最重要だと判断し」
「左様でございます」
ギヨーム殿下はわざとらしい一礼で国王陛下の言葉を遮ったあと、自信満々に腕を大きく広げ、高らかに宣言した。
「本日、この場を借りて、わたしは重大な発表をする!」
ざわめきが広がった。
ギヨーム殿下は、その隣に立つリリアンを優しく見つめ、そして私の方へ冷たい視線を向けた。
「カトリーヌ・デュ・ヴィリエ公爵令嬢。貴様との婚約を、本日をもって破棄する!」
ギヨーム殿下の声が響き渡る。
私の心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。
ギヨーム殿下はさらに続けた。
「私はリリアン・ブランシュ男爵令嬢と出会い、心の底から人を愛する尊さを知った。だが、醜い貴様は嫉妬に駆られてリリアンを侮辱し、脅迫し、命を脅かした。
さらに貴様はさかしくも私に意見し、束縛し、自由意志を否定し続けた。これは王太子に対する不敬である。
貴様のリリアンへの数々の非道な行い、そして王族に対する不敬。もはや見過ごすことはできない。よって、カトリーヌ・ドゥ・ヴィリエに、斬首刑を言い渡す!」
とりまきたちが私の元へ駆け寄り、椅子から引きずり下ろした。
侯爵令息のアドリアン・ド・ロシュフォールと、騎士団長令息で、ギヨーム殿下の護衛騎士を務めるジルベール・ド・ボーモンだ。
あっという間に後ろ手にアドリアンに拘束され、喉元にはジルベールが剣を突きつけた。これでは身動きができない。
ああ、やはりこうなるのか。
やはりゲームの強制力で、私は一人ぼっちだ。
宴は静まり返りった。誰一人言葉を発さず、この前代未聞の大事件に、ことの成り行きを見届けていた。
カトリーヌはギヨーム殿下を愛していた。幼い頃、婚約が決まった頃からずっと。
ギヨーム殿下は文字通りカトリーヌの太陽であり、水や空気と等しく、生きるために必要な糧だった。
が、日本人の記憶を取り戻した今の私にとって、ギヨーム殿下はただ性欲に負けた、下半身ユルユルの汚物でしかない。誰が惚れるか。
悔しいのは、シタ側が堂々と理不尽な愛を語り、サレ側は身分差ゆえに反論できないことだ。
「小賢しいヤツめ! この期に及んで、そのように我らを睨むなど……!」
ギヨーム殿下は荒々しく私の髪を掴んで、俯かせる。ティアラをむしり取ると、床に投げ捨てた。
未来の王太子妃の証が、無惨に穢されて床に転がったまま、誰に拾われることもなく放置された。
私はその続きを知っている。
それをリリアンが悲しげに拾い上げ、美しく涙を零しながら愛とは何かを朗々と語るのだ。自分は見境なく男に体を差し出すことに躊躇しない、エロ汚物のくせに。
リリアンの説く愛に人々は感動し、拍手喝采で王太子の婚約者として受け入れる。ティアラはリリアンの青い髪を飾り、私は地下牢へ。
私は観念して目を閉じた。
その時、一人の女性が、静かに立ち上がった。
順調にいけば、来週の火曜日に。




