1.公爵令嬢、断罪寸前
カトリーヌ・デュ・ヴィリエ公爵令嬢。
それが、今世の私の名だった。
前世で乙女ゲームにハマりまくっていた私は、この世界がまさにそのゲーム、『愛と魔法のロマンス』――通称『愛ロマ』の世界だと気づいた時、目の前が真っ暗になった。
何より最悪だったのは、私がその物語の悪役令嬢、つまりは断罪されて斬首刑になる運命の女、カトリーヌその人だったということだ。
気づいたのは、断罪の婚約破棄イベントまであと二日。すでに手遅れの状態だった。
王太子殿下、正真正銘血の繋がった実の弟、そして幼馴染の令息たち。幼い頃から親しく、私の周りを囲んでいた面々は、全て攻略対象だった。
すでに全員が平民出身の男爵令嬢、リリアン・ブランシュに骨抜きにされ、身も心もさらけ出し、存分にたらしこまれた......失礼、懇ろになった後。
そして、私ことカトリーヌは、由緒正しい令嬢らしく、一度たりとも暴力をふるったことはないものの、リリアンに言わなくてもいいような嫌味を、チクチクチクチク言いまくった後だった。
そう。リリアンこそが、このゲームのヒロイン。
小動物系の一見か弱い容姿と、人を惹きつける天真爛漫さで、周囲の男たちと次々に肉体的関係を持つ、空色の髪と瞳をした魔性の女。
平民から男爵家に引き取られた天真爛漫な男爵令嬢が、攻略対象全員に愛され、悪役令嬢を断罪する。
それがこの乙女系エロゲームのストーリーライン。それを今、突然思い出したのだ。
空は高く晴れ渡り、友人の屋敷の庭での定例のお茶会は、それぞれの恋バナで盛り上がっていたが、私は動揺し、カップをソーサーに打ちつけてしまう。
「カトリーヌ?」
「ご、ごめんなさい……わたくし、大切な用事を思い出たわ......」
こんな所でのんびりお茶など飲んでいる場合ではない。現状、王太子、ギヨーム殿下からの好感度はゼロの自信あり。むしろマイナスだわ。
つい先日も、王妃陛下とのお茶会のために王宮の庭を歩いていただけで、絶対零度の眼差しを向けられていた。このままでは間違いなく、ゲームのシナリオ通りに処刑されてしまう。
事態は一刻を争う。
私は大急ぎで、リリアンになびいていないモブキャラ、いわゆる攻略対象外である第二王子エドゥアール殿下と、第三王子リシャール殿下のもとを訪ねたのだった。
「何か……何か手立てはございませんか……!?」
細かいことは説明できない。だって、日本という異世界にある島国から転生しました! なんて、誰が信じるの。
最低限の、『あなたたちのお兄様が、スケベな青頭の男爵令嬢と浮気したあげく、そっちと結婚したいがために邪魔な私を処刑しようとしていますよ』とだけ伝えた。
縋るような私の言葉に、二人は顔を見合わせる。
エドゥアール殿下は苦々しい表情で、リシャール殿下は困ったように眉を下げた。
「……カトリーヌ、残念ながら、俺たちに出来ることはほとんどない。はっきり言うが、そんなことにかまけている余裕は無い。見てくれ、この書類の山を」
「王国は今、隣国との戦争で負けた多額の賠償金で首が回らない状態なんだ。
君と兄上の婚約は、敗戦という国家の危機にも、貴族と王家が団結していることを示す最後の砦だった。その婚約破棄となれば、公爵家と王家の間に亀裂が入ると見なされかねない。
しかし今、王家が早急に手を打たねばならないのは、どうやって賠償金を工面するかと、どうやって貴族たちにも負担させるか、だ。なぜなら、賠償金の期限は一日たりとも待ってはくれないからだ」
「で、ですから! わたくしが処刑されたら、貴族と王家の間に溝ができましてよ!」
二人の王子は、ようやく手を止め、互いに顔を見合せた。
「たとえ兄上でも、そこまで馬鹿ではないだろう。ましてや、母上が主催の夜会で処刑など」
二人の言葉に、私はただ呆然とするしかなかった。
だって、あなたたちのお兄様、そこまで馬鹿なのよ。確実に。
このゲームは、ヒロインが王子様たちとイチャイチャして、ひたすらエロいスチルを解放し、さらに恋敵をざまぁしてスカッとするだけの、平和な世界ではなかったのだ。
物語の背景には、逼迫した国家情勢が描かれていた。
わがイリスティリア王国のみに生息する、希少な蚕の虹玉蚕。その絹は虹絹と呼ばれ、文字どおり光の加減で虹色に輝き、羽のように軽い。
その唯一の生息地である、国境にほど近い山岳地帯を隣国に狙われて、たったの一年。
劇的に戦慣れしていない弱々の我が国の軍はあっさりと敗北し、かの地と、隣国からそこに至るまでの道すがらの領土まで、丸ごと隣国に奪われてしまったのだ。
戦争って、ふっかけてきた方が、ふっかけられた方に「勝手に侵略しちゃってゴメンね」って意味で賠償金を払うものじゃないのね。
むしろその逆。
「負けちゃったので、ごめんなさいします」ってシステムね。
実際に攻められて領土をボコボコにされ、奪われたのは我がイリスティリア王国なのに、戦争で誰もがが清貧に耐えている中、かなりの額の賠償金を背負うこととなった。
外貨の稼ぎ頭であった養蚕業の柱を骨抜きにされてしまったイスティリア王国は、かろうじて沈没を免れているボロ船も同然だ。
男に貢がせて高笑いしている青頭とその下僕たちを除き、貴族の皆々様は、日々倹約と金策に励んでいる。
貴族がふんぞり返って領民の収めた贅沢三昧していたのは、すでに過去の栄華。泡沫の夢。
今では領民様にたんと働いてもらい、わずかでも前年より生産性をあげ、多くの税を収めていただかなくてはならないのだ。それでも、領土の再整備と経済復興と同時進行となると、どれだけ速やかに賠償金を用意できるかは未知数だ。それほど、我が国は戦争で疲弊してしまった。
でもでも、お願い。今だけは、その権力と頭脳と腕力を、私のために使って欲しい。
「……その、夢のお告げみたいな話で、僕らが動くことはできないよ」
しかしエドゥアール殿下の言葉は、私の期待に反してすげないものだった。
「それは……存じております。その上でのお願いです」
一国の王子が動くには、誰もが納得する理由が必要だ。彼らの王族としての特権は、国益になると判断されたことのみにあり、私的に行使することはできない。
それに私が今こうして話ができるのは、本来ならば一秒たりとも無駄遣いできないところを、王家に近しい公爵令嬢と王太子の婚約者という、二重の特権をフル稼働して、無理やり時間をもぎとったからだ。
本来なら約束もない面会などありえない。
現に、エドゥアール殿下もリシャール殿下も、私の話に耳は傾けど、手と目はこなさねばならい事務作業から、一切離れてはいない。つまり、本当に余裕がない。
このままでは、王太子の独断ですべて好き勝手にされて、私の人生は終わってしまうだろう。ゲームのストーリーは、この世界の揺るがせぬ理だ。
リリアンを、彼女を慕う男たちの前でネチネチと嫌味を浴びせ続けた過去。
場所を選ばす、出会う先々でたっぷり嫌味を言い続けたせいで、すっかり悪女として定着してしまい、最近では実際にはやってもいないイジメの噂まで流れてしまっている。完全に自家製悪役令嬢のできあがり。
公爵家と男爵家。
力の差は歴然だから、ちょっと調子に乗りすぎたわ――なんて。
いまさら反省したところで、事実は消えない。公爵家の権力に甘えず、もっと謙虚に生きるべきだった。そうそうに報われない恋から離れるべきだった。なんで、あんなインケン小姑みたいなこと、しちゃったかなぁ。
いっそ、流行病で倒れたことにして、領地に引っ込むか。それならなんとか誤魔化せるかも……?
いやいや、今、こんな元気ハツラツな姿を王宮で晒して、王妃主催の夜会を病気で欠席するわけにもいかない。
詰んだ。
頭の中で絶望的な文字が浮かび上がった。
なろうの連載キャンペーンに挑戦するため、書き溜めていた分を放出しました。
すみませんねぇ、貧乏性なもので。
おいおい、訂正入れる可能性もあります。
こちらは、2~3,000字くらいの軽い感じで進める予定でございます。




