第5話 魔法の出力
王立学園の魔法実技棟。 石造りの堅牢な演習場は、新入生たちの期待と不安が入り混じった熱気に包まれていた。
「いいか、諸君。魔法とは、己の魔力を練り、イメージを具現化する力だ」
白髭を蓄えた厳格そうな老教官、ガンドルフ先生が杖を掲げる。 彼の背後には、魔法の威力を測定するための幾重もの防御結界が張られた標的板が設置されていた。
「貴族の子女であれば、家庭教師から基礎は習っているだろう。だが、実戦は別物だ。まずは基本中の基本、『ファイヤーボール』でその腕前を見せてもらおうか」
生徒たちが次々と前に出る。 パチンと火花を散らすだけの者、ふらふらと頼りない火の玉を飛ばす者。中にはそこそこの威力を出す者もいるが、まだ「学生レベル」の域を出ない。
「次は、エリザベート公爵令嬢」
名前が呼ばれると、演習場が一瞬静まり返った。 エリザベートが優雅に前へと進み出る。その歩き方一つとっても、以前のような無駄な揺れがない。体幹が据わった、美しい歩行だ。
(……さて、どう出るか)
俺、セドリックは腕組みをして彼女を見守った。 原作設定において、エリザベートは「膨大な魔力を持っているが、制御が壊滅的に下手」というキャラだった。癇癪を起こしては魔力を暴走させ、周囲を焦がす。家庭教師も何人も辞めているはずだ。
「……ふぅ」
エリナベートが杖を構える。 彼女自身、過去の失敗――狙った場所に飛ばず、庭木を燃やして父に怒られた記憶――が過ったのか、わずかに杖先が震えた。
「エリザベート」
俺はあえて、周囲にも聞こえる声で短くアドバイスを飛ばした。
「足幅は肩幅。拇指球で地面を噛め。腹圧をかけろ。魔力を放つ瞬間、広背筋を収縮させて杖を固定するんだ」
「……っ、注文が多いですわね!」
彼女は憎まれ口を叩きながらも、即座に修正した。 カカトが地面に根を張り、背筋が伸びる。骨盤が安定し、身体全体が一本の砲台と化した。
「行きますわよ……炎よ、集え!」
以前の彼女なら、ここで感情に任せて魔力を垂れ流していただろう。 だが、今の彼女は違う。 スクワットで培った下半身の粘りが、体内の魔力回路をブレさせない。プランクで鍛えた体幹が、魔力の奔流を一点に留める。
「穿て、『ファイヤーボール』ッ!!」
杖が振り抜かれた瞬間。
ズドォォォォォォォォォォッッッッ!!!!!
「えっ」
誰かの間抜けな声がかき消されるほどの轟音。 杖の先から放たれたのは、火の玉などという生易しいものではなかった。圧縮された紅蓮の光線だ。
それは一直線に標的へと突き進み――
カッ!! ドッゴオオオオオオオオオオオン!!!!
爆風が演習場を揺るがした。 生徒たちが悲鳴を上げて伏せる。俺もとっさに風除けの魔法障壁を展開しなければならなかったほどの衝撃波だ。
砂煙が晴れた後、そこにあった光景に、全員が息を呑んだ。
「な……」
標的板は跡形もなく消滅していた。 それだけではない。標的の後ろにあった防御結界発生装置がひしゃげ、さらにその奥の演習場の石壁に、直径3メートルほどの大穴が穿たれ、外の青空が見えていた。
「嘘……これが、わたくしの魔法……?」
エリザベート自身が、腰を抜かしそうになっていた。 自分の手を見つめ、震えている。かつては花火のように散らばっていた魔力が、今は大砲のように一点に収束された結果だ。
「きょ、教官!! 壁が崩れます!!」 「結界が壊れたぞ! 避難しろ!!」
演習場はパニックに陥った。 天井からパラパラと石屑が落ちてくる。構造体そのものにダメージがいったらしい。これは単なる「威力が高かった」で済まされる話ではない。事故だ。
「全員、直ちに退避!! この区画を封鎖する!!」
ガンドルフ教官が顔面蒼白で叫んだ。 彼は震える手でエリザベートを指差した。
「エ、エリザベート嬢! 君の魔法は危険すぎる! 制御ができるようになるまで、集団授業への参加は禁止だ! 今すぐ学園長の元へ行き、特別カリキュラムの申請を行いなさい!」
「えっ、そ、そんな……退学ですの!?」
「安全管理上の措置だ!! 早く行け!!」
怒号に押され、エリザベートは涙目で演習場を追い出された。 俺も慌ててその後を追う。
廊下に出ると、エリザベートは壁に手をついて肩で息をしていた。 ショックを受けているようだ。当然だろう。頑張った成果が「出入り禁止」だったのだから。
「……化け物扱いですわ。わたくし、ただ言われた通りに撃っただけなのに」
「気にするな。むしろ誇っていい」
俺は彼女の隣に並び、崩れかけた壁の穴を見やった。
「お前は今まで、魔力を『散弾銃』のように撒き散らしていた。だが、筋力トレーニングによって体の軸が完成したことで、それが『大口径ライフル』に変わったんだ」
「ライ……フル?」
「ああ。エネルギーの総量は変わっていない。ただ、ロスを無くし、一点に集中させただけで、これだけの破壊力が生まれた。……これこそが『筋肉と魔法の融合』だ」
俺の説明に、エリザベートは自分の二の腕をそっとさすった。 そこにあるのは、ドレスの下に隠された、日々の努力の結晶たる筋肉だ。
「……力が、御せなかったわけではありませんわ。むしろ、指先まで魔力が言うことを聞く感覚がありました」
「そうだ。制御できすぎて、威力が跳ね上がったんだ。次は『手加減』を覚えるための筋トレが必要だな」
「まだやりますの!?」
エリザベートが叫ぶ。だが、その顔には先程までの不安はなく、どこか晴れやかな色が浮かんでいた。 彼女は自分の拳を握りしめ、ニヤリと笑う。
「……でも、悪くありませんわね。あの教官の腰が抜けた顔、傑作でしたわ」
「性格悪いぞ、エリザベート」
「殿下に言われたくありません!」
こうして、「悪役令嬢エリザベート、魔法実技初日にして演習場を半壊させる」という伝説が爆誕した。 彼女の破滅フラグは、物理的な破壊力によって、また一つ粉砕されたのだった。
一旦ここまでにします。
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