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第4話 原作ヒロインとの邂逅

王立学園の入学式当日。 正門へと続く並木道は、新入生たちのざわめきで満ちていた。


だが、ある一角だけ、モーゼの十戒のように人波が割れていた。 その中心を歩くのは、俺ことセドリックと、婚約者のエリザベートだ。


「……おい、あれがあの悪役令嬢か?」 「なんて美しいんだ……以前はもっとこう、ケバケバしい雰囲気だったのに」 「歩く姿を見てみろよ。まるで一輪の花が風に揺れるようでありながら、決して折れない剣のような……」


周囲の視線は、エリザベートに釘付けだった。


無理もない。今の彼女は、毎日の有酸素運動で極限まで絞り込まれたボディラインと、体幹トレーニングによって手に入れた「ブレない姿勢」を持っている。 ただ歩いているだけなのに、その所作には武道家のような隙のなさと、公爵令嬢としての威厳が漂っていた。


「……セドリック殿下。周囲の視線が突き刺さりますわ」


エリザベートが、扇子で口元を隠しながら小声で囁く。


「胸を張れ。あれは畏怖と称賛だ。お前の努力が、奴らの色眼鏡を粉砕したんだよ」 「ふん……まあ、悪くない気分ですわね」


彼女はツンと澄ましているが、その足取りは軽い。 だが、俺は警戒を解いていなかった。 ここは学園。原作ゲームの舞台だ。 そして、あの「イベント」は、入学式当日の朝に必ず発生する。


「きゃあぁぁぁぁっ!! ち、ちこくちこくぅ~~~!!」


来た。 曲がり角の向こうから、食パンならぬ焼き菓子を口にくわえ、ピンク色のふわふわした髪をなびかせた少女が猛ダッシュしてくる。 男爵令嬢アリス。この世界の「ヒロイン」だ。


原作では、ここで彼女がエリザベートに激突する。 運動不足で足腰の弱かった以前のエリザベートは、アリスの体当たりで派手に転倒。


ドレスを汚され、激昂してアリスを怒鳴りつけ、それを周囲に見られて「心の狭い女」のレッテルを貼られる――という最悪のスタートイベントだ。


(来るか……!)


俺が介入しようと一歩踏み出そうとした、その時だった。


「あっ、ごめんなさぁ――い!!」


アリスは減速することなく、わざとらしいほどの勢いでエリザベートに向かって突っ込んできた。 狙いは正確だ。避ければ俺にぶつかるし、受け止めれば共倒れになるコース。


しかし。 俺の愛弟子は、眉一つ動かさなかった。


(衝突まで、あと3、2、1……)


エリザベートの左足が、スッと半歩後ろに引かれた。 地面を掴むように踏ん張る脚力。 キュッと引き締まる腹斜筋。 丹田に力が込められ、彼女の体は瞬時に「鋼鉄の柱」と化した。


ドォォォォォンッ!!


重たい衝突音が響いた。 だが、悲鳴を上げたのはエリザベートではなかった。


「ふぎゃっ!?」


物理法則は冷酷だ。 静止している質量の高い物体(筋肉密度的な意味で)に、軽い物体がぶつかればどうなるか。 アリスの体はゴムまりのように弾き返され、無様に宙を舞い、石畳の上に尻もちをついた。


「いったぁ~い……! な、なにするんですかぁ!」


アリスが涙目で睨みつける。 周囲の生徒たちがざわついた。「公爵令嬢が新入生を突き飛ばしたのか?」という空気が一瞬流れかける。


だが、エリザベートは微動だにしていなかった。 ドレスの裾すら乱れていない。彼女はゆっくりと扇子を閉じ、冷徹な瞳で地べたのアリスを見下ろした。


「……当たり屋ですの?」


その声は、氷のように冷たく、そしてドスが効いていた。


「は、はい……?」 「わたくしは真っ直ぐ歩いていただけ。貴女が勝手に突っ込んできて、勝手に弾け飛んだだけですわ」 「で、でもぉ! 普通、避けてくれてもいいじゃないですかぁ!」


アリスが頬を膨らませて可愛こぶる。 その姿に、以前のエリザベートなら「無礼者!」と喚いていただろう。 しかし、今の彼女は違う。俺が叩き込んだのは筋肉だけではない。「論理的思考ロジカルシンキング」だ。


「避ける?」 エリザベートは鼻で笑った。


「ここは混雑した通学路です。わたくしが急に避ければ、後ろを歩いている生徒に貴女が衝突するか、あるいはわたくしが他の生徒と接触するリスクがありました。ゆえに、わたくしは『動かない』という選択により、被害を貴女一人に限定したのです」 「えっ……えっと……」


「それに、その速度。貴女、廊下や公道を『全力疾走してはいけない』というマナーも教わらなかったのかしら? 貴女の不注意による自損事故に、わたくしを巻き込まないでいただけます?」


「うぅ……ひ、ひどい! セドリック様ぁ、助けてくださいぃ!」


論破されたアリスは、ターゲットを俺に変えて泣きついてきた。上目遣いで俺に助けを求める。 原作のセドリックなら、ここで鼻の下を伸ばしていただろう。


だが、俺は研修官だ。 部下の不始末は上司の責任だが、部外者の自爆営業に構う暇はない。


「エリザベートの言う通りだ」


俺は冷たく言い放った。


「彼女の体幹は見事だった。あれだけの衝撃を受けながら、重心を一切ブラさず、かつ相手に必要以上の怪我をさせないよう、とっさに筋肉を硬直させて『壁』になった。素晴らしい防御姿勢だ」 「へ……?」


「それに比べて君はなんだ。足元がおぼつかない。体幹がふらふらだ。だからぶつかった拍子にそんな無様に転ぶんだ。基礎体力が足りていない証拠だぞ」


俺とエリザベート、二人の冷ややかな視線(と筋肉へのダメ出し)を受け、アリスはポカンと口を開けたまま固まった。


周囲の生徒たちからは、「確かに、自分からぶつかっておいて被害者ぶるのは……」「公爵令嬢様、一歩も引かなかったぞ。すげえ……」と、称賛の声が上がり始める。


エリザベートはふいっと髪を払い、俺に手を差し出した。


「行きましょう、殿下。時間の無駄ですわ」 「ああ、そうだな」


俺たちは唖然とするヒロインを石畳に放置し、悠々とその場を立ち去った。 背中で「覚えてらっしゃい!」という負け惜しみが聞こえた気がしたが、今の俺たちにとってそれは、蚊の羽音ほどの脅威もなかった。


(見たか、原作の強制力。これが『物理』でフラグをへし折るということだ)


俺は隣を歩く、頼もしくも美しい婚約者の横顔を見つめ、確かな手応えを感じていた。


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