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第3話 筋トレは裏切らない

地獄のブートキャンプ開始から、三週間が経過した。


この間、俺がエリザベートに課したのは徹底した基礎トレーニングと食事管理だ。


砂糖たっぷりの菓子は没収し、高タンパク低脂質の鶏肉と野菜中心のメニューに変更。 毎朝のランニングとスクワットに加え、体幹トレーニング(プランク)も導入した。


エリザベートは最初こそ「虐待ですわ!」「人権侵害よ!」と喚いていたが、俺が「うるさい、その叫ぶ肺活量があるならもうワンセットいけるな?」と笑顔で返すと、涙目で従うようになった。


そして今日。 王宮の一室で、次期王太子の婚約者として参加する夜会に向けた、ドレスの試着が行われていた。


「……憂鬱だわ」


エリザベートは姿見の前でため息をついた。 鏡に映る自分を見るのが怖い。 連日の筋トレで、手足が丸太のように太くなっているのではないか。日焼けしてシミができているのではないか。 そんな恐怖があったからだ。


「さあ、エリザベート様。コルセットをお締めしますので、息を止めてくださいまし」


専属侍女のアンナが、いつものように背中に回る。 以前のエリザベートなら、ここで「苦しい! きつくしないで!」と暴れるのが常だった。


しかし、今日の彼女は静かに目を閉じ、腹筋にぐっと力を入れた。毎日の筋トレの癖が、無意識に発動していたのだ。


「……あれ?」


背後でアンナが素っ頓狂な声を上げた。


「どうしたの? やっぱり、背中にお肉がついて……ファスナーが上がらないのでしょう?」


エリザベートが諦め混じりに尋ねる。 しかし、アンナの声は震えていた。


「い、いえ……違います。その……」 「はっきりお言い!」 「ゆるいのです」 「は?」 「以前採寸した時よりも、ウエストが……指三本分、細くなっておられます!!」


「嘘をおっしゃい!」


エリザベートはカッと目を見開き、恐る恐る鏡を見た。 そこには、信じられない光景があった。


以前の彼女は、運動不足によるむくみと、不摂生によるポッコリお腹を、強力なコルセットで無理やり締め上げて隠していた。 だが今はどうだ。 コルセットなど飾り程度にしか締めていないのに、ウエストには美しいくびれが存在していた。


それだけではない。 毎日のスクワットで鍛えられた大臀筋おしりがキュッと上がり、ドレスの腰回りのラインを劇的に美しく見せている。


猫背気味だった背筋はピンと伸び、それによってデコルテ(鎖骨周り)が浮き上がり、首が長く、顔が小さく見えた。


「これが……わたくし……?」


運動で血行が良くなった肌は、化粧を厚塗りせずともバラ色に輝いている。 以前の病的な白さではなく、生命力に満ちた、圧倒的な「美」がそこにあった。


「素晴らしいです、エリザベート様! まるで女神様のようです!」 「……っ!」


侍女たちの称賛の声に、エリザベートは自分の頬をつねった。痛い。夢ではない。


コンコン。 その時、ドアがノックされ、返事も待たずに男が入ってきた。 もちろん、俺だ。


「試着中だと聞いたが、進捗はどうだ?」 「セ、セドリック……殿下!?」


下着姿ではないとはいえ、ドレスの調整中に男性が入ってくるのはマナー違反だ。侍女たちが慌てるが、俺は気にせずエリザベートの前に歩み寄った。 そして、彼女の周囲をぐるりと一周する。


「……ふむ」


俺はあごに手を当て、彼女を値踏みするように見つめた。 エリザベートが恥ずかしそうに身を縮める。


「な、なによ……。笑いに来たの? どうせ筋肉だるまになったとか、色気がないとか……」 「完璧だ」


俺は短く告げた。


「え?」 「広背筋が鍛えられたことで、姿勢保持能力が格段に向上している。それによりバストトップの位置が高くなり、ドレスの胸元のラインが黄金比を描いているな。さらに大腿四頭筋とハムストリングスの引き締めが、立ち姿に『幹』のような安定感を与えている」


「な、何を言っているのか半分以上わかりませんわ……」


「つまり、『最高に美しい』と言っているんだ」


俺は真っ直ぐにエリザベートの瞳を見た。 前世の推しへの愛と、教官としての達成感が入り混じり、俺の声は自然と熱を帯びた。


「エリザベート。お前が流した汗は嘘をつかなかったな。その美しさは、親から与えられたものでも、宝石で飾ったものでもない。お前自身が、歯を食いしばって勝ち取った美しさだ」


俺は彼女の手を取り、その手のひらを見つめた。 ダンベルを握ったせいで、うっすらとマメができている。貴族の令嬢としては恥ずべきものかもしれない。 だが、俺は敬意を込めて、そのマメに口づけを落とした。


「俺は、今の誰よりも努力したお前を、誇りに思うよ」


「――っ!!!」


ボンッ、という音が聞こえるほど、エリザベートの顔が真っ赤に染まった。 彼女はワナワナと唇を震わせ、パッと手を引っ込める。


「か、勘違いしないでくださいまし! わたくしは、ただ殿下がうるさいから仕方なく……! べ、別に、殿下に褒められたくてやったわけでは……!」


彼女は扇子を取り出し、バタバタと顔をあおぐ。 その瞳は潤み、視線は泳いでいるが、口元が緩むのを必死に堪えているのが丸わかりだった。


(……かわいい)


俺は内心で悶絶した。 なんだこの可愛い生き物は。原作の傲慢さはどこへ行った。いや、これが本来の彼女なのだ。 自己肯定感が高まり、努力が認められたことで、彼女の心にも余裕が生まれている。


「ま、まあ……? 殿下がそこまでおっしゃるなら、夜会でのエスコート役を許してあげなくもありませんわ」


エリザベートはツンと顔を背けたが、その耳まで赤かった。 彼女はチラリと鏡を見る。そこには、今までで一番自信に満ちた、美しい自分が映っていた。


「……少しだけ、感謝してやりますわ。……鬼教官」


最後の言葉は、蚊の鳴くような声だった。 俺は思わずニヤリと笑った。


「礼を言うのはまだ早いぞ、エリザベート。美しいドレスを着こなしたなら、次は中身だ」 「えっ」


俺たちの「更生プログラム」は、ようやく準備運動を終えたところだった。


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