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孤独を愛す。  作者: キオ


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散歩

 仕事は嫌いだ。


 責任も、コミュニケーションも、低姿勢を求められる社会性も、嫌で嫌で仕方がない。


 接客業が向いていると言われて、それを鵜呑みにして信じていた時期もあった。けれどそれは、あくまでアルバイトに背負わせられる軽い責任感の中での話で、すべてを代替わりしてくれる上の人間がいた。思えば空っぽのランドセルを背負っているだけで、力持ちだねと褒められていたようなものだった。


 大学二年生の秋、雲一つない晴れた日。家電量販店の勤務初日のオリエンテーションを十分で嫌気が差して辞めたことがある。力いっぱいに退職届に印を押した後、昼前の三角形の小さな公園で吸った煙草は人生で一番美味しかった。


 何を言いたいかと言うと、それくらいの気持ちで生きていたい。けれど金が無いと生きていけない。自分の身一つで、たとえば小説家のような仕事で極力人と関わらず生きたかったが、実力は伴ってくれなかった。

 

 だから今でも働いている。

 責任を背負わされ、コミュニケーションを義務付けられ、今日も何度も低姿勢で笑った。


 そして立派に責任を果たすために、勇敢に残業をしていた。

 文字に起こして綺麗ではない言葉を口にしたくなるほど残業は嫌いだ。やりたくもないことに、延長してまで誠意を見せて仕事をするという矛盾に自分を歪められている気がして気持ち悪い。


 なのに、自分以外の誰もいなくなって、見計らったように彼女がひょっこりと顔を見せに来るこの空間に安堵する自分がいた。


 残業する時間の感覚は奇しくも一定ではなく、長くなるにつれて伸びていっている気がした。最初は五分でさえ早く帰りたがっていたのが、やがてそれが三十分になり、最後は帰る気も失せて無限大になるのだ。

 仕事を終え、感覚が麻痺した頃に時計を見ると二時間が過ぎていた。店先のシャッターを下ろすのは見渡す限り私の店舗が最後のようだった。


 私の職場はショッピングモールの一角にテナントとして入っている。シャッターに鍵を掛け、誰もいない建物の中を彼女と歩いた。

 人が大勢いて然るべき場所に、人は誰もいなかった。周りは効率化された資本主義によって、薄い壁で仕切られた店の数々で埋め尽くされていて外の景色は見えない。不思議と眠気はなく、夜だから人がいないのだと理解したくても、私の脳みそは難しそうに皺を寄せていた。


 ひょんなことで時空がずれて、私と彼女だけが存在しているのではないかと空想する。あるいはパンデミックの序章。実は外では大混乱が起きていて、私だけ知らないでいるのかもしれない。きっと建物を知り尽くしている私は、物語を次へ進めるための尊い犠牲になるのだ。


 空腹を感じていたが、三階のフードコートも四階のレストランもとっくに閉まっていた。自動販売機を探したが、メインストリートにはそれすら見当たらなかった。偶然ではなく、そう仕組まれている気がしてならなかった。だからわざわざ立体駐車場との連絡通路まで赴き、隣に置かれた二人掛けのベンチに座った。一階の、吹き抜けの先の黄みのうすい灰色の天井を眺める自由を持ち合わせていたが、駐車場の暗がりと隣り合わせのここを選んだ。


 びぃぃぃと自動販売機が音を鳴らしていた。私は彼(性別があるのだとしたら男のイメージだった、若く静かで苦言を表に出さない人)を尊敬したくなった。綺羅びやかなショッピングモールの中で、他の質の高い飲食物がある中で、求められることも有難がられることもほんの僅かで小さなものだろうに動き続けている。こんな整えられた世の中じゃ、砂漠のオアシスのように涙を流してボタンを押してくれる人はいないのに。

 私は傲慢にも彼を悲しい人だと考え、勝手に彼の救いになろう思い、尊敬の念を込めて感謝した。


 メインストリートに戻って私は散歩を続けた。一度だけ通りすがった警備員には、従業員がトイレに寄っていただけですよという顔で会釈をした。


 彼が消え去ると、彼女は上の階から私を見下ろしていた。エスカレーターを歩いておりてきて、そこら中の店を覗き回っていた。

 たまに私の横に並び、閉じた口に微笑みをたたえていた。


 ペットショップでは犬が眠っていた。愛玩心を満たしたとき、私は彼女を忘れずに愛し続けられるだろうか少し考えた。


 小さな占いの出店は唯一入ることができそうだったが、得も言われぬ不快感があって素通りした。

 店先でスタンプラリーを押していくだけの散歩は一時間あまりで終わってしまった。


 ちょうど館内放送で完全閉館の予告アナウンスが鳴り響いた。あと十分で出入り口が施錠されます。従業員の皆様はお帰りの準備をお願いします。


 私は彼女と駐車場に出て車に乗った。


 今度は灯りが落とされる時間まで残って、日常の中の非日常を感じるのもいいかもしれない。


 きっと、もっと彼女を近く感じられる気がする。


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