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孤独を愛す。  作者: キオ


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12/18

彼女と彼女 下

 たまに会えると、その子は今までよりも必死になって話をした。胃にガスがたまって苦しいのを、死に物狂いで抜こうとしているみたいだった。


 話し終えて息をつくその子の表情は決まって疲れていた。受験勉強で忙しいのかと聞くと、その子は目を逸らして頷いた。


 ある日、私は先生に呼び出された。進学したがっている大学の推薦枠が残っているからよかったら、という薦めだった。受験が早く終わるのを断る理由はなかった。受験までの二ヶ月の自由時間ができるし、受験に必要な十数万も掛けなくて済む。実際、私は推薦枠で合格して、余った時間と浮いたお金を自動車免許の取得に費やした。


 その間もその子は受験勉強をしていた。裏切ったような気がして少し心が痛んだが、推薦合格伝えると快く祝ってくれた。


 年が明けると自由登校になり、学校で会うことはなくなった。時期が近づくにつれて連絡の頻度も減っていき、やがてぱたりとやんだ。


 そして、朝起きて、ふと思った。


 何も音がしないのだ。

 朝起きて、下の階から洗濯機が回る音もするし、住宅街を歩いていく小学生の声も聞こえるし、携帯のアラームが鳴り続けている。


 それでも静かだった。

 雑音がしないのだ。

 ノイズ。心のノイズ。大音量で砂嵐が映り続けているテレビの電源がぷつりと切れたように、うるさくなかった。


 ベッドの縁に座った彼女が久しぶりと言った。疲れているのねと言うので、私は頷いた。


 どうしてと聞かれた気がした。

 言おうか少し迷ったが、私は正直に、付き合っている人がいると答えた。可愛い子で、優しくて愛嬌があって、言葉を持っている人で、尊敬できることをいくつも持っている人だと。


 なのに疲れているのね、と彼女は言った。


 相性が悪いんだ、と僕は返した。


「別れてもいいのよ」と、彼女が耳元で囁いた。「あなたがいなくてもわたしは構わない。けれどわたしがいないとあなたは萎れて死んでしまう。このままだと、そう遠くないうちに」


 相性が悪かったのよ、と彼女は言った。


「あの子と会う時間を減らして、わたしと過ごす時間を作っても維持してもいい。でもあなたにはできない。だって不器用なんだもの」


 彼女は私をよくわかっていた。

 私は中途半端ができない性分だった。ゼロか百でしか物事に関われなかった。夏休みの宿題は一度にやりきってしまわないと気持ちが悪かった。大きなアイスを二等分に分けて残すことができなかった。

 きっと、彼女とその子のどちらともと一緒にいることも。


 今彼女が目の前にいるのはほんの偶然だった。久々の再会に感覚が鋭くなっているだけで、その子への感情が一滴でも馴染めば彼女はすぐに消えてしまうだろう。


 私は彼女の手を取った。

 不思議と迷いはなかった。

 決心ではなく、諦めだった気がする。

 相性が悪かったのよ、と彼女はもう一度言った。

 そして私はその子と別れた。

 

 当時の私は、それ以上のことを何も深く考えていなかった。

 彼女と再会して、あまりにも綺麗にポキリとその子への愛情が折られてしまったせいで、治そうとも治したいとも思えなかった。


 だから、どこまでも不誠実で傲慢な行いだったと自分を苛んだのは少し後のことだった。


 大学二年生になる手前の、冬の終わり頃。

 子供であることを卒業し、苦手なりに会話の仕方を学び、拙いながら受け渡しができるようになってきた頃。


 携帯の買い替えで会話を保存しようと思い、その子とのメッセージを見返した。


 冷え切ったコンクリートの塊に押しつぶされているような感覚だった。

 少なくとも最初は努力していたように見えた。一つ一つのメッセージが無駄に長く固く、それでも無駄を削るよう努めた跡があった。


 私が私を恐ろしいと感じたのは、その子とのメッセージでの会話をやめたあとからだ。


 私の文字は愛想笑いすらもやめてしまっていた。

 文章の砕き方や、たった一文字の気遣い、無意識にできていた想いの努力が途端に消えて、家族に向けるような無表情が貼り付いていた。

 それを恋人に向けていたのだ。別れの呼び出しの文言だって、自分で読んで応えたくはないと思えるものだった。


 返された明るいその子のメッセージに、私はさらに内臓を抉ってやりたくなった。そのときのその子の恐怖を想像することさえ烏滸がましいくらいのことを私はやってのけたのだ。


 死んでしまえ、と思った。


 それから次々と、知らずのうちにその子を傷つけていたことに気づいていった。

 私は自分ができないことを理由に勝手にレッテルを貼り貶めて、弱者の面をして、その子に無理を強い続けてきた。

 足の速いその子に合わせてもらうように願っても、その子は歩きに変えてくれたわけではなかった。走りのまま、スローモーションにして合わせてくれていたのだ。


 私がようやく一歩を踏み出すまでに、その子は脚を持ち上げたまま待ってくれていた。


 その日のうちに、私は二年ぶりにその子にメッセージを送った。

 朝から日暮れまで時間をかけて、たった一つの長い長い文章を書き上げた。



 

 お久しぶりです。

 突然の連絡で申し訳ないと思っています。君は私のことを思い出したくないかもしれない。少なくとも私は、君にそれくらい酷いことをしたと後悔しています。


 君と別れたとき、私は君を傷つける態度を取ってしまった。今さらかもしれないけれど、それを謝る機会をくれないでしょうか。


 もしかしたら、このメッセージの存在に君は気づきすらしないかもしれない。指一つで関係を閉じてしまえるのだと最近知りました。


 それでも送ったのは、これが半分は自己満足だからです。私の中で到底飲み込めそうにない後悔が今も膨れ上がっています。それを吐き出したいのです。謝ったという事実が欲しいのです。君を私の都合の捌け口にしようとしています。

 もし見てくれていて、私を許せないのであればこの先を読まないまま、今後一切の関わりを閉じてしまって構わない。


 感謝という言葉すら使うには身の程にそぐわない気がしてならないけれど、もし少しでも見てくれるのなら、君に感謝したいと思います。


 人と関わりの少ない生活を送ってきたせいで、誰かと関わり続けることに私は不慣れでした。君だったから、ということではなく、きっと誰であってもそうなっていたと思います。始めたばかりでは何事もそうであるように。

 そして、うまくいかないことを苦痛に思い、嘆いて嫌になって、私は投げ出してしまった。三ヶ月と少し、世間ではこれが長いのか短いのか分からないけれど、私はたったこれだけの時間で見切りをつけてしまったことを後悔しています。

 いや、関係がなくなってしまったことには、正直感じるところは少ないかもしれません。ひとりが長かったせいで、旅行から返ってきたような虚無感と安心感が私の中にあります。言うべきではないのかもしれないけれど、君に嘘をつきたくもないので言います。私自身の変化ではなく、そうしたことで、君を不快にさせてしまったのを悔やんでいるのです。


 このままだといつまでも言い訳と懺悔を書き連ねてしまいそうで嫌気が差すので、もう半分を伝えさせてください。主観的で上からの物言いに聞こえてしまうかもしれないけれど、どうか、言葉の額面通りに受け取ってくれると嬉しいです。


 私は君に一つの悪感情も抱いていません。

 こんな形で君から離れていってしまった理由はすべて私の未熟さのせいで、君が負うべきものは何もないということです。

 本当に今更で言うには遅すぎるけれど、もし万が一、君が君自身を責めるようなことがあったのであれば、それに口を出すつもりはありません。

 ただ私はそれを否定しているという事実だけは、どうしても伝えたかったのです。

 

 どうか、私が君の枷になっていないことを願っています。

 

 

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