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孤独を愛す。  作者: キオ


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11/18

彼女と彼女 中

 その子は教室の様子とは打って変わって、二人のときにはよく喋った。その子に思ったままを言うと、少し考える素振りを見せてから、沈黙が怖いのだと答えた。いつもはみんなが会話しているからいい。けれど誰もいないとつい怖くて話し続けてしまうのだと。たしかにその子の話は活力的というより必死という言葉がしっくりきた。


 私はゆっくりコーヒーを口に含み、胃の奥に流してから「君とは違って、私は話すのが苦手なんだ」と言った。喋りたくないわけではないのだが、どうしても言葉の変換に時間がかかってしまう。結果、相手のペースを乱すのが嫌で避けてきた。


「会話のない時間を気まずいとは思わない。無理にやっているならしなくていい。ほら、初めて話したときに君が言っただろう、初めてちゃんと声を聞いたって……そういう人間なんだ。話したくないとは受け取らないでほしいけど、なにぶん苦手分野なんだよ」


 これは良し悪しの問題ではない。そして解決はとても現実的ではない。しかし問題自体の理解はできる。納得はできなくても。世の中にはそういうものがいくつもある。噛まずに無理やり飲み込むことができるものが。


 言うと、その子は難しそうに苦笑いした。


 その子との日々はとても刺激的だった。知らない感覚をたくさん感じた。多少は感情を論理的に言語化できるようになっていたおかげで、それらを曖昧にせず言葉にして覚えることもできた。


 それでも、その子と私の関係は終わる。過去を語る以上、結末は分かっているし変えれない。

 私は酷く傲慢だった。足が遅い人が速い人についていくことはできないが、速い人が遅い人に合わせるのはできる。

 そう思い込んでいた。

 

 私たちは学校ではあまり関わらなかった。

 日本史と地学の授業は一緒だったので二言三言交わすことはあっても、お互い今までの居場所と役割があり、なにより平穏を望み、つまびらかにされることを嫌がった。


 そのぶん休日は二人での時間を優先した。

 趣味という点ではとても気が合った。

 映画をよく観に行った。その子も劇場のオレンジの光が灯るまで席を立たないタイプで、パンフレットを買うタイプで、感想を深く語りたいタイプだったので、毎回行きつけのカフェで何時間も話した。

 何処に行くでもなく散歩をした。空が暗くなってから待ち合わせて近場の公園を巡ったり、電車でわざわざ遠くに出て、海沿いを歩いて家まで帰ったりもした。歩きながら、私たちは色々な話をした。受験の話をして、車の免許の話をして、全身サイボーグにしたら性欲は生まれるのか真面目に議論した。無限に味のするガムの話は今でも覚えている。


 その子は思ったことをなんでも口にして、私はわずかな言葉を絞り出した。


 連絡先を交換して、会っていないときでも私はその子と話すようになった。

 その日あったことを、ついさっき起こったことを、事あるごとに教えてくれた。田舎の、通学路に畜産所のにおいのする高校に通っているごく普通の学生に頻繁に変わった事象が起こるはずがない。猫が擦り寄ってきたとか、アイスが当たったとか、爪が折れたとか、私なら日常の一言で片付けてしまう話題だった。

 それでもつまらないと思わなかった。むしろ感心するくらいだった。その子は類まれな豊かな感性を持っていて、一の話題を十にも百にも広げてみせた。連想ゲームの達人、と私は思った。想像もつかない変幻自在っぷりはどれだけ見ていても飽きなかった。


 私からはほとんど会話を始めなかった。私にとってメッセージアプリという代物は連絡ツールに過ぎない。事務連絡を超える情報は口頭で伝達するのが当たり前だった。

 それに、アプリでの文章やり取りはもはや文章ではなく、喋り言葉を文字起こしした、会話の延長線に等しかった。それを私が苦手と感じたのは言うまでもない。


 私は四六時中手元に携帯を置くようになった。正直、会話よりたちが悪いと思った。直接の会話は返さなければ中身は過去に置き去られ、空になった空間が気まずくさせるだけだ。しかし文字はいつまでも消えてくれず、お前は不誠実だといつまでも責め立ててくる。

 雰囲気で終わらせてくれない。そこに空気はなく、すべて電子に変換されてしまう。データは残り続ける。勝手に忘れてはくれない。

 せめて文通みたく何時間何日と考えさせてくれればいいのだが、それを望むのは生まれる世代をいくつも間違えてしまっていた。


 次第に私は疲れていった。

 寝る時間以外にその子と関与しない時間はなかったに等しい。授業中だって、前の休み時間に来たメッセージに返す言葉を模索し続け、おかげで次の成績はよくなかった。


 しばらくして、私はメッセージでのやりとりを諦めた。どうしてもうまくやれないのだと打ち明け、その子は優しく受け入れてくれた。


 またしばらく時間が過ぎて、冬になった。高校三年生の冬。受験を間近にして、その子と私が一緒にいられる時間は明確に少なくなった。

 メッセージも事務的な約束の取り付けと、様式美的な調子のやりとりだけになった。あとは何度か、メッセージが消去された形跡だけが残っていた。


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