元公爵家執事の俺は婚約破棄されたお嬢様を守りたい 第3章(5)守護者攻略、双頭の魔猿エンエン
「さぁさぁ、早くこのウマイボーを食べて」
金髪に紫色のラインを入れた長身の美男子がやたら艶っぽい喋り方で俺に赤いウマイボーを薦めてくる。
「いや、何であんたがこんなの持ってるんだ」
色こそ赤いがこの美男子・ラキアが持っているのはウマイボーだ。まあラキアもウマイボーって言っているしな。赤いけど。
「そんなのミリアリアちゃんから貰ったに決まってるでしょ。あ、今はエミリアちゃんだったかしら?」
「お嬢様から貰った?」
どういうことだ?
て、いつ貰った?
質問を重ねようとした俺の腕をイアナ嬢が軽く引っ張った。
「呑気にお喋りしてる暇はないわよ。あんた、せっかくここに現れたんだから手伝いなさい」
「状況がわからんのだが」
「ここは大森林の中にあるポッカリ石塚。でもってあの空を飛んでいるのが双頭の魔猿エンエン。あたしとラキアさんは現在あれと交戦中(ただし敵は戦闘フィールドの外にいる)。はい、説明終わり」
「……」
イアナ嬢。
非常時ってのは理解したがその説明は雑過ぎるんじゃないか?
俺に赤いウマイボーを差し出した格好のままラキアが補足した。
「あらあら、アタシは戦ってなんかないわよぉ。そんな乱暴なことなんてアタシのキャラじゃないしぃ」
「……」
ラキア。
お前、自分が人間にとってどういう存在かわかってて言ってるんだろうな?
ランクで例えたらSSSなんだろ?
いやSがあと三つくらい足りないか(*注 基本的にランクの上限はSプラスが最上位です)。
言わば災害級の存在。そこらの騎士団や冒険者パーティーが裸足で逃げ出すぞ。
あと、イアナ嬢に正体を明かしてるのか?
どっちかわからず俺はひとまずそれに触れないことにした。仮にイアナ嬢が知らなかったとして、このタイミングでラキアの正体を知ったら動揺でまともに戦えなくなるかもしれない。それはさすがにまずい。
「ねぇ」
ラキア。
「アタシ、いつまでこのウマイボーを差し出していないといけないのかしら?」
「俺にそれを食べろ、と?」
「さっきからそう言ってるつもりだけどぉ。いやーん、ジェイってばおっきくなってアタシの言葉が通じなくなってるぅ」
「……」
あれだ。
俺がガキの頃は気にならなかったけどこいつ妙な話し方するんだな。
あれか、前にお嬢様から教わった「オネェ」て奴か。
そういやノーゼアの冒険者ギルドにもこういう奴来てるな。関わったことないけど。
ま、いいや。
「ちなみにどんな味なんだ?」
「それは食べてからのお・楽・し・み♪」
「……」
絶対やばい味だ。
うわぁ、食いたくねぇ。
「ポゥッ」
イアナ嬢の片腕の中でポゥが急かすように騒ぐ。
ほらほら、とぐいぐい迫るラキアが半笑いだ。こいつ俺が困ってるのわかっててやってるな。
業を煮やしたのかイアナ嬢が怒鳴った。
「ああもうっ、どうせ食べるんならさっさと食べなさいよ。味なんてどうでもいいでしょッ!」
「……」
いやいやいやいや。
イアナ嬢、どうせ食べるって、俺に拒否権はないのか?
あと、味は大事だぞ。
とか思ってたら光の矢が降ってきた。危ねぇ。
上空の敵(確か双頭の魔猿エンエンだっけ?)がかなり降下してきている。
ああ、なるほど頭が二つあるな。白鳥のような翼を持つ白い猿だ。高度があるからはっきりとした体長はわからないが大体俺と同じくらいか? 思った程でかくないな。
なんて空に気を取られていたら口にウマイボーを突っ込まれた。うぐっ。
「ほーら、アタシが食べさせてあげたんだからしっかり食べちゃってねぇ。お残しは許さないわよぉ」
「ぐっ、うぐっ」
舌を溶解させるんじゃないかってくらいの刺激と辛さが口内を浸蝕していく。
激痛に涙が溢れそうだが我慢。
ここで泣いたら負けだ。堪えろ俺。
めっちゃ辛い。今ならブレスを吐けそうだ。
つーか吐きたい。ラキアにぶちまけてやりたい。
けど、それやったら反撃されそうだなぁ。
こいつのブレスを食らったらひとたまりもないだろうし……うん、たとえ手加減されても死ぬね。余裕で死ねる。
何せ古代紫竜のブレスだ(あっ)。
あと、めっさ苦い。辛さを上塗りするくらい苦い。これひょっとして拷問用じゃね?
ああ、そういやライドナウ家の使用人軍団の中に毒物に長けた奴がいたっけ。
あいつ、元気かなぁ。
俺が現実逃避しているとあの天の声が聞こえてきた。
『お知らせします』
『指定されたフィールドの外に離脱していた「双頭の魔猿エンエン」がフィールド内に戻りました』
『これより中ボスバトルを再開します』
「……」
え?
俺、あの敵と戦ってなかったんですけど。
それなのに戦闘再開扱いになるの?
口の中の辛さと苦さが急速に薄まっていく。
これはただのお菓子というよりも何か別のアイテムなのかもしれない。
赤いウマイボーを食べ終えた俺は身体の奥から力がこみ上げてくるのを感じた。やたらと身体が熱い。活力が漲ってくる。
そして、聞こえる天の声。
『確認しました』
『ウマイボー(ハイパーハバネロ味)の効果によりジェイ・ハミルトンのステータス数値が3倍になりました』
『なお、戦闘終了時にこの効果は終了し、アップした数値も元に戻ります』
「……」
俺は決意した。
もう二度とハイパーハバネロ味なんて食わないからな。
なーにがステータス数値が3倍だよ。ふざけんな! 殺す気かッ!
「ウマイボー(ハイパーハバネロ味)を食べても吐かないなんて、ジェイも我慢強くなったわねぇ」
ラキアが果てしなく呑気だ。これ殺意を抱いてもいいよね?
「アタシなんてこの赤さを見ただけで食べるの止めちゃったもの。これって生存本能が働いたんだからやむなしよねぇ」
「……」
ラキア。
お前、覚えてろよ。
「キシャーッ!」
エンエンが急降下してくる。
俺は長い爪で襲いかかってくるエンエンの攻撃をひらりと躱した。凄まじい一撃は俺のいた位置の地面を風圧だけで削ってしまう。
こいつは当たったら大怪我どころじゃ済まないな。
空振りしたエンエンの横に回ったイアナ嬢がメイスを振るう。
体を捻って回避したエンエンが片足で地を蹴り飛び上がった。
イアナ嬢がジャンプして打ちかかるが僅かに届かない。
「逃げてんじゃないわよ。とっとと降りてくたばれこのクソ猿ッ!」
「……」
イアナ嬢。
次代の聖女がそんな汚い言葉を使うのはどうなんだ?
とか内心でつっこんでいたらすげー目で睨まれた。怖い。
こいつ次代の聖女じゃなくて女戦士なんじゃね?
あ、僧兵の方がいいか。
「ポゥ」
イアナ嬢が攻撃する時にその腕から飛び立ったポゥがキラキラとした光の粒子を撒く。
ポゥを中心に光の粒子のフィールドが煌めく。その範囲内にはエンエン。
だが凄い勢いで光の粒子が薄れていく。魔力吸いの大森林の影響で魔力を森に吸収されているのだ。
「ぽうちゃんナイス!」
イアナ嬢がメイスを収納に仕舞い、両手を自分の腰に当てた。
何かの構えのようだ。
「クイックアンドデッド!」
腰から前方へと両手を突き出しながら叫ぶ。
二つの円盤状の小さな光がイアナ嬢の僧服の袖口から発射された。
斬。
エンエンの右肩と左翼から真っ赤な血が吹き出す。
左翼を傷つけられたエンエンがバランスを崩した。追い打ちをかけるように右翼の付け根と左脇腹を光の斬撃が襲う。
光の粒子が完全に消えた。
エンエンはまだ飛べている。辛うじて、といった様子ではあるが。
「ちっ」
イアナ嬢が舌打ちする。
「あらまぁ、まだまだ下手クソねぇ。遠隔操作できた円盤は二枚だけ? 連戦で熟練度は上がってるはずなのにぃ」
ラキアの声が楽しそうだ。
「し、仕方ないでしょ。あたしこの能力使いこなせてないんだから」
「はいはい。けど、あと二回は斬れていたはずよねん」
「外したのよ、悪い?」
イアナ嬢の頬に朱が染まった。
いやいや、以前に比べたらすんごいマシになってるぞ。
何せ円盤を一枚しかまともに操れなかったんだからな。それを考えたら一度に二枚なんて凄い上達だ。
調子に乗りそうだから口に出して言わないけどな。
エンエンが上空でもがいている。ゆっくりとだが高度を上げようとしているようだ。またフィールド外に逃げる気か?
「キャキャウキャー」
右側の頭が何か喚いた。
金色の光がエンエンの全身から放たれる。
「あ」
「おい」
「あらあら」
「ポ、ポゥ」
イアナ嬢、俺、ラキア、そしてポゥ。
光が止むとエンエンの傷が塞がっていた。つーか完全回復?
左側の頭が讃えるようにキーキー言い、右側の頭が自慢げにどやる。何か見ていてムカつくな。特に右側。
「ああっ、もうっ。またやられた!」
イアナ嬢が地団駄を踏む。
ワォ。
絵に描いたような地団駄っぷりだな。俺初めて見たかも。
「またってことは俺が転移してくる前にもやられたのか?」
「そうよ。もう何なのアレ。あたしが苦労してダメージ与えてもすぐに回復してくるし。空を飛んでるからなかなか当てられないし」
「オールレンジ攻撃なら当てられそうなんだが」
「あーはいはい、どうせ下手クソですよ!」
言い合ってるうちにまた光の矢が撃たれた。もちろん回避。
てか、あいつは魔力吸いの大森林の影響を受けてないのか?
それと、俺がここに転移してからずっとファミマたちの姿が見当たらないのだが。
あいつら、どこ行った?
**
「なあ」
俺は上空を飛んでいる双頭の魔猿エンエンを警戒しながらイアナ嬢に尋ねた。
「俺の他に誰か現れなかったか?」
「誰も現れなかったわよ」
エンエンを睨みながらイアナ嬢が応える。
「ポゥ」
ポゥが再び光の粒子を撒いた。
今度は広範囲。その分濃度が薄いのか光の消える勢いが早い。
イアナ嬢がすかさずクイックアンドデッドを発動した。
二つの光が空に煌めくがエンエンに当たらない。円盤は二枚とも外れたようだ。
「本当に下手クソねぇ」
ラキアの呆れ声。
それには同意したくなるが彼女の成長もわかるので声には出さない。
俺は自分の収納を確認した。銀玉に反応あり。
これはいけるか?
だが、魔力増幅の光は俺のアクションを待たずに消えてしまった。これではサウザンドナックルを使えない。
短期間に連続で光の粒子を撒けないらしく、俺たちのまわりを飛びながらポゥが申し訳なさそうにポゥポゥ鳴いた。
まあそれも仕方ない。
ポゥだって魔力吸いの大森林の影響を受けているはずだからな。無理はできまい。
とか思っているとエンエンの左側の頭が「キキー」と喚いた。
エンエンの周囲に光の矢が出現する。その数四本。
「何よあいつ、一度に一本ずつしか撃てないんじゃなかったの?」
どうやらこれまでは単発のみの攻撃だったようだ。
イアナ嬢が文句を言っているうちに四本の光の矢が放たれる。
俺たちは二手に分かれて回避した。
向こうも俺たちに命中しないからかヒステリックな叫びを発している。何やら右側がやたらうるさいのだが。
どうも攻撃を当てられない左側を責めている様子。左側がペコペコしてるよ。おいおい。
「……」
ん?
もしかして左右の頭で攻撃と回復を分担しているのか?
いやまあ、そんな気はしていたんだが。
「あいつ左右で攻撃と回復を分担してるよな?」
確認する俺にラキアが答える。
「あーら、よくわかったわねぇ。さっすがジェイ」
「だからあたしは右側を先に潰そうとしてるのよ」
イアナ嬢。
「なのに全然当たらないし。他の部位にダメージ与えてもすぐ回復されちゃうし、本当にイライラするわッ!」
「……」
マジか。
あれ、右側の頭だけを狙ってたのかよ。
駄目だ、こいつやっぱ上達してねぇ。アテにしてるとこっちがやられちまう。
俺が何とかしないと。
俺は収納から銀玉を取り出した。もうお馴染みになりそうな投擲攻撃です。
「ウダァッ!」
ダーティワークを発現させた身体強化を活かし銀玉を投げつける。
空中を移動するエンエンに軽々と避けられてしまった。だが、銀玉の速度はかなり速かったぞ。さすがステータス数値三倍。
ミスリル製の銀玉を回収できそうにないが勝つためにはやむを得ない。いや、余裕があれば拾いに行くけど。
という訳で次。
俺は再度銀玉を投げた。今度はもうちょい敵の進行方向を意識しつつ。
学習しないとね。
「ウダァッ!」
銀玉がエンエンの右足の先を擦る。大したダメージに繋がらなかったようでエンエンの悲鳴とかはない。
あ、右側が回復を使いやがった。
ダメージの蓄積もそんなにないだろうに……あれか、ちょっとの傷でも気になるタイプか。
それにしたってあいつ自身も魔力を消費しているんじゃないのか? そんな頻繁に回復していてそのうちガス欠になったりしないのか?
あ、ガス欠ってのもお嬢様から教わりました。
完全回復したエンエンがテンション高めに笑う。
相変わらず右側がどやっててムカつく。
俺は右側の頭に銀玉をぶつけようとしたがギリギリで躱された。反撃とばかりに左側が光の矢を作って飛ばしてくる。
俺もそれを回避すると銀玉で応戦した。こちらは右肩に命中。
よしもうちょい、と思ったのも束の間、右側が回復を行使した。
ふりだしに戻る。
「……」
「ね、わかったでしょ? あいつムカつくのよ」
そうだな。
俺は内心でイアナ嬢に同意しつつエンエンのいる高度を目測した。
魔力吸いの大森林の影響で俺たちはかなりの制約を受けている。
結界魔法などの体外で魔力を作用させるものは森に魔力を吸われてしまうのでよほど強い魔力を用いなければ発動させるのも難しい。仮に発動できたにしても速攻で行うのは不可能だ。どうしても必要量の魔力を作用させるのに時間がかかる。
ザワワ湖でレイクガーディアンと戦った時のように結界で足場を作って空中移動したりはできないのだ。
それなら飛翔の能力はどうかと言うと、そちらもちょいと具合が悪い。
俺の飛翔の能力は確かに魔法ではなく能力なのだが、体外で魔力を作用させて飛ぶため森の影響から逃れられない。つーか飛べていたらとっくにイアナ嬢たちと合流できていただろう。
ウマイボー(ハイパーハバネロ味)でステータスの数値を三倍にしてもこの状況を打破できないのだ。魔力吸いの大森林恐るべし。
ポゥの魔力増幅の力に頼るしかないのが辛いな。
エンエンが光の矢を撃ってくる。
俺とイアナ嬢はあっさりと避けられたが光の矢の一本がポゥの真横に落ちた。もう少し右にずれていたら当たっていたかもしれない。
ポゥが物凄い速さでラキアの背後に回り込んだ。
あちらは何故か安全地帯である。エンエンもラキアには攻撃しようとしないし。いやマジで理由がわからん。
あれか、自分より強者だって本能的に察しているのか?
「うふふ、ポゥちゃんったらアタシの陰に隠れても無駄よぉ。一応ここもフィールドの内側なんだからん」
「ポゥ」
「ええっ、アタシに戦えって言うの? 嫌だわぁ、アタシみたいなか弱い古代竜は先頭なんて危ないことできないわよん」
「……」
ラキア。
お前、今さらっと自分の正体バラしてるぞ。
て。
「あーうんうん、ラキアさんに先頭はできないわよね。だってただの商人だし」
「イアナ嬢?」
「もちろん一緒にいるから戦いに巻き込んじゃってるけど。それでも一応配慮はしているのよ。こうやってできるだけ距離をとったりしてるし」
「……」
え。
こいつ、ラキアのぶっちゃけを聞いてない?
あ、あれ?
「ジェイ、世の中にはご都合主義とか認識阻害って言葉があるのよん。おわかり?」
「……」
いやそれはどうなんだ?
俺としても余計な面倒事を避けられるにこしたことはないが、それでいいのか世の中。
などとやっていると上空でこれまでにない大きさの鳴き声がした。もちろんエンエンの声である。
天の声。
『規定の戦闘時間を超過しました』
『以降、双頭の魔猿エンエンが凶暴化しパワーアップします。ご注意ください』
「おいおい、それはないだろ」
あまりのことについつっこんでしまう。
エンエンが雄叫びとともに全身から赤い光を放って五倍くらいのサイズに巨大化した。
心なしか左右の頭の顔つきまで凶悪になっているような……あれ、幼児が見たら泣くぞ。それもわんわん泣く。
爪の長さも伸びてちょっとした剣のようだ。両肩から胸までの体毛が硬質化したのか鎧みたいになっている。
尻尾には何やら筒のような物が付いているのだがあれも体毛とかが変異したのか?
て、思ってたら尻尾の先がこちらに向いた。
ほわりと発光。あ、何かやばい。
俺は横に跳んだ。
尻尾の先で収束した光が発射される。
まっすぐに伸びた光線が俺のいた位置を抉った。すげぇ裂け目ができてやがんの。シューシューって変な音をさせながら白い煙まで吹いてるし。
地面が溶けて中で沸騰してるのか?
てか、おい。
あれ完全に大森林の影響無視してるだろ。
「てめぇふざけんなッ! 魔力吸いの大森林の影響はどうした?」
キーキー言ってエンエンが返してくるが何を言っているかわからん。人間の言葉で話しやがれ。
左側の頭が周囲に光の矢を量産する。
て、待て。
ありゃ、百本はあるぞ。そんなもん避けきれるか!
「ポゥ!」
「ポゥポゥッ!」
俺が名を呼ぶと意図を察したのかポゥが広範囲に光の粒子を撒いた。これだと長く持たないが構わん。
光の矢が雨のように降ってくる。
俺は収納の銀玉を確認した。
よし、動く。やれるぞ。
「サウザンドナックルッ!」
俺の収納に収められた銀玉たちが一斉に飛び出してくる。
銀色に輝く光のシャワーだ。まあ下から上という逆向きだが。
「ウダダダダダダダダダダダダダダダダ……ウダァッ!」
銀玉は降ってくる光の矢を全て迎撃した。
光の矢にぶち当たった銀玉が相殺されるように消滅する。足りないとこちらが危険なので過剰なのを承知で収納から目一杯射出したのだが多すぎただろうか。
サウザンドナックルは最大1000個までの銀玉を同時に遠隔操作できる。現在はいくつか1000個に足りないがそれは後で補えばいい。
俺が光の矢の雨を防いだからか、エンエンが信じられないといったふうに驚いている。
斬。
光の斬撃がエンエンの右側の頭を捉える。
イアナ嬢のクイックアンドデッドだ。
切断された右側の頭が驚愕の顔のまま首から離れ落ちる。
返す刀のように光が左側の頭にも襲いかかった。
しかし、そちらは側頭部を掠めつつ左翼を切り落として終わる。惜しい。
回復手段を失ったエンエンはもうふらふらだ。この分だとじきに墜落するだろう。
今なら簡単にサウザンドナックルでとどめを刺せそうなのだが残念なことに光の粒子が消えた。
コントロールを失った銀玉が全部落ちてくる。あっ、やべっ。
俺はダッシュでイアナ嬢の下に行き拳のラッシュで銀玉をガードした。収納で個々の銀玉を回収している余裕はない。
イアナ嬢も結界で身を守ろうとしたがやはり森の影響もあって間に合わなかったようだ。クイックアンドデッドを発動させていたしタイミングも悪かったのかもしれない。
ポゥとラキアはというと……あ、やっぱ無事か。
片手を軽く振った風圧だけで銀玉に対処したらしい。さすが古代紫竜。化け物だね。
片翼だけではやはり飛べないのかエンエンが落ちた。自重も関係したかもしれない。巨大化なんかするからだ。
落下の衝撃で土煙が立ち激しく地面を揺らす。あーあ、石塚の前にクレーターができちゃったよ。規模は小さめだけどね。
天の声が聞こえてきた。
『お知らせします』
『魔力吸いの大森林エリア・ポッカリ石塚にて「双頭の魔猿エンエン」が次代の聖女イアナ・グランデに討伐されました』
『なお、この情報は一部秘匿されます』
この天の声の討伐報告に俺の名はなかった。
**
「さっすが天の声ちゃんねぇ。あえてジェイの名を出さないようにしてその存在を秘匿しようだなんて」
エンエンの討伐報告が終わるとラキアが拍手した。呑気だ。
「どういうことだ?」
「ふふっ、どういうことかしらねぇ」
「……」
質問を質問で返されてしまった。
俺の表情の変化にラキアがひらひらと手を振る。
「そんな顔しないでよん。あのね、アタシとイアナちゃんはこの大森林にある五つの増幅装置を破壊して回っているの」
「あんたとイアナ嬢でか? つーか、ここって森のどのあたりなんだ?」
「ここは森の南側よ」
イアナ嬢。
「ここから北側に向かって真っ直ぐ半日くらい進めばマリコーのラボのある森の中心部に辿り着くわ」
「今あそこに行くのはお薦めできないけどねぇ」
ラキアが付け加えた。
俺は拳を握りながら応える。
「行かないとマリコー・ギロック……あそこのマムだかボスだかをぶん殴れないんだが」
「あんたのそういうところ、全然変わってないわねぇ。今でも挨拶代わりに殴りかかったりしてるの?」
「俺はそんなことしてないぞ。それ、親父と間違えてないか?」
「あらそう? うーん、ダニエルちゃんとごっちゃになるなんてアタシも年を取り過ぎたのかしらねぇ。あー嫌だ嫌だ」
中空を見遣りながら首を傾げるラキア。
イアナ嬢が尋ねた。
「ラキアさんってそんなに年上なの? 全然見えないけど」
「あら、イアナちゃんてば上手。ジェイとは大違い」
喋りながら出来たばかりのクレーターの中を覗き込む。すり鉢状の穴の底にぐちゃぐちゃになったエンエンの死体が転がっていた。
毛皮はボロボロだし体液で汚れまくっている。剣のような爪も全て途中で折れたり曲がってたりしていた。
この分だと骨や内蔵も期待できないだろう。そもそもそれらが素材として利用できるかどうかも不明だが。
「うわっ、これは酷いわねぇ。やっぱり巨大化なんかするから自重で余計な落下ダメージが入っちゃったのかしら」
「ラキアさん、あれも壊れたと思う?」
「どうかしらねぇ」
ラキアがエンエンの死体を見つめながらおよそ人語とは思えぬ言葉を発した。
歌うようにそれを続けているとエンエンの死体から紫色の炎が上がる。美しく燃える炎はとても神秘的で見ている者の心を強く惹きつけた。いつまでもずっと見ていられるようなそんな気にさせる何かがある。
しばらくして炎がエンエンの死体を焼き尽くすとクレーターの底には煤けた黒い灰と二つの丸い物が残った。
ラキアがうなずき、イアナ嬢が慎重な足取りでクレーターの中へと降りていく。
俺が降りるのはラキアに止められた。
イアナ嬢が時折崩れる斜面を避けながら進んでいくのを眺めつつラキアと話す。
「まさかあんたがいるとはな」
「全ては運命の通りなのよ」
「俺がここに来ることがか? それともあんたと再開することがか?」
「どう捉えるかはあなた次第。人には……いいえ、全ての存在には予め決められた運命があるのよ。それは古からこの世界を見続けてきたアタシにも言えること」
「そうか」
イアナ嬢がクレーターの底まで到達し、彼女の拳くらいの赤い球を拾い上げた。一部欠けていて死んだように暗い色の赤い球だ。
「エンエンの魔石ね。凶暴化なんてしなければもう少し完全な形で採取できたかも。それに……」
「それに?」
「まず間違いなくマナドレインキャンセラーがあるわね」
「マナドレインキャンセラー?」
初めて聞く単語だった。ちょい頓狂な声になる。
そんな俺が面白かったのか、横目でこちらをちらと見るラキアの口の端が上がった。
「ふふっ、普通は知らないわよねぇ。アタシも実物を拝んだのは片手で数える程度よん」
「どんな物なんだ?」
「簡単に言うと相手に自分の魔力を吸わせなくする魔道具ね。魔力吸いの大森林とかでは特に有効な魔道具だわん」
「……」
はい?
何それ、ずるくね?
「確か西の魔法大国マジンシアで開発された技術を組み込んでいるはずよん。あーでもあの国2200年前に滅んじゃったんだっけ? そうなるともう失われた技術ってことになるわねぇ」
「それだけ昔だと正直意味不明だな。俺の理解の範囲外だ」
「そう? こういう歴史に埋もれた技術や遺産に思いを馳せるのってロマンチックじゃない?」
「それより今だな。そんなやばい物があるとして何故こんな所にある?」
「恐らくは誰かがエンエンに仕込んだのね。たぶん他の魔物に装置を埋め込んだ奴と同一人物」
「装置?」
また聞き慣れない言葉。
あ、いや装置という言葉自体は知ってるぞ。そうじゃなくて。
「まだ何かあるのか?」
「ジェイはあのワークエのアナウンスを聞いた?」
「ああ。それでそのなんたら大実験を止めに来た。まあ結局マリコーに強制転移されてここに飛ばされたんだがな」
「メメント・モリ大実験には五つの増幅装置が使われるのよん。それはそれぞれ独立していて一つの装置に一体ずつの守護者が付いているの」
「守護者? てことはそいつを倒さないと装置の破壊や停止ができないのか」
「そう。それに増幅装置はその守護者の魔力波動と連動していて守護者の魔力波動が装置の制御コードになっているの」
「てことは、守護者をやっつければ装置を止められる、と?」
「そういう意味では守護者自身が装置の一部みたいなものなのかもしれないわねぇ。例えば今回のエンエンみたいに」
ラキアがイアナ嬢の方を指差した。
エンエンの魔石とともに転がっていた緑色の半透明な球をイアナ嬢が天にかざしている。どうやら中に何かあってそれを透かして見ているようだ。
「あれが増幅装置だったみたいねん」
「なあ」
俺は疑問を口にした。
「妙に詳しいように思えるんだが、ひょっとして以前からなんたら大実験のことを知っているのか?」
ラキアは古代紫竜だ。
その長命故に様々な知識を有している。こいつがその気になったらこの世界の文明レベルを一気に跳ね上げてしまうだろう。まあやらんだろうが。
ラキアがニヤリとした。縦長の瞳孔が細まる。
「やっぱりわかっちゃう? そうよん、アタシ実はメメント・モリ大実験のこと知ってるの。あれよ、マリコー・ギロックはただのパクリちゃんね」
「パクリちゃん?」
「真似っこしてるって意味よ」
「いやそれはわかる。俺が聞きたいのはそうじゃなくて」
「あ、うん。そうねん」
ラキアが目を伏せた。
「こう言えば良かったのよねぇ。あのね、大昔にもメメント・モリ大実験は行われていたのん」
「……」
わぁ。
そんな気はしてたよ。
当たって欲しくなかったけどね。
「しかも場所もどんぴしゃでここ。何かの冗談じゃないかって疑いたくなるくらい。でなければながーく生きているアタシへの当てつけ? 人生、いや竜生で二回も世界が滅ぶのを目の当たりにしろってことかしら? まあ前のはちゃんと見てなかったけど」
「どういうことだ?」
「だってアタシ、その時は調整食らっていて亜空間に閉じ込められていたし」
てへ、とラキアがウインクした。
「……」
ラキア。
それ、全然可愛くないぞ。
言わないけどね。怒られたくないし。
**
イアナ嬢がエンエンの魔石と増幅装置らしき半透明の緑色の球を持って戻ってきた。
「やっぱり増幅装置ねん」
イアナ嬢から緑色の半透明の球を受け取ったラキアが中を透かしながらうなずく。
俺は横から覗き込んだ。
「中に金属の板があるな」
「これは基板ね。肉眼では見分けがつかないかもだけど細かな自で術式が刻まれているのよん」
「へぇ」
俺にはただの銀色の板にしか見えないな。
ラキアは当たり前のように球を自分の収納に仕舞った。
こいつの収納はかなり大きいと聞いている。ガキの頃はその凄さを理解できなかったが今は凄いを通り越して非常識だと思っている。
いや、確かこいつ小山ほどもあるグレートワイルドボアを中に入れてたし。
あ、めっちゃでかいコカトリスも収納していたなぁ。しかも番だったから二羽も。
コカトリスの肉って美味いんだよな。
俺がそんなことを考えているとイアナ嬢がラキアにエンエンの魔石を渡した。
一部欠けた赤い魔石は暗い色をしている。
ラキアが目を細めて魔石を観察した。
「あーら、これはなかなかに悪趣味ねぇ」
「えっ、何かあったの」
イアナ嬢が尋ねるとラキアは魔石に自分の魔力を流した。ぼんやりと赤い魔石が光りその中心に別の光を灯す。
「これ、エンエンを一度仮死状態にしてから魔石に魔道具を埋め込んでいるのん。身体のどこかに埋め込むんじゃなくて魔石にってところが悪質よねぇ。まあ、魔力供給とかを考えると理に適ってるのかしらん」
「そんなことできるのか?」
「実際やってる奴がいるからここにあるんでしょ」
俺が質問するとイアナ嬢が答えた。おい。
「でもラキアさん、こういうのって難しいんでしょ? あたしもこんな技術を知っている魔導師なんて聞いたこともないし」
「イアナちゃん、これいわゆる遺失技術だから。知らなくて当然よん」
「え」
イアナ嬢が固まってしまった。
俺たちの頭上を跳んでいたポゥがイアナ嬢の肩に泊まる。耳元でポゥポゥ鳴いているのにそれでもイアナ嬢は固まったままだ。おや、ショックが大きかったのか?
彼女のことは放っておくことにして俺はラキアに聞いた。
「イアナ嬢とはいつから一緒にいたんだ?」
「この大森林の西側にある白い沼でイアナちゃんたちを見かけてからかしら。アタシもちょうど人手が欲しかったから都合が良かったのよねん」
「あんた、また何かしようとしてたな?」
俺がじっとりと見つめるとラキアは明後日の方を向いた。
図星かよ。
「おい、何をしようとしていた?」
「あ、あれよぉ。最初は大森林にある五つの魔力溜まりで稀少な薬草を採取しようとしてたのん。この時期だとナガイーキ草とかナンデモナオール草とか一株で白金貨一枚になる超レアな薬草が生えてるのよぉ。採りに行くのは当然でしょ?」
「……」
「ジェイだってアタシがどんだけお金好きか知ってるでしょ? そりゃ、あっちこっちに貯め込んでいるけどお金は幾らあっても困らないのよん。むしろお金を稼いでこそ楽しい人生ってね。あ、竜生って言うべきかしら?」
「……」
ラキアの口調が早くなっている。
怪しい。
「それで白い沼に行ったら先客がいて戦ってるじゃない。もうアタシ吃驚しちゃったわよぉ。おまけに前に来た時にはただの大蛇だったタージャスが五つ首になってたし」
「ん? 前はただの大蛇だった?」
天の声の討伐報告だと五つ首だったはず。
首の数が増えた?
俺が不思議に思っているとラキアがさして不思議でもなさそうに告げた。
「どうも増幅装置を埋め込んだ奴に改造されちゃったみたいなのよねぇ」
「……」
ワォ。
そんなことまでできるのか。
あーうん、精霊とホムンクルスを合成できるんだものな。首の数を増やすくらいできてもおかしくないか。
「……」
てことはあれか、イアナ嬢とタージャスが交戦中にラキアが白い沼に来たってことか。
じゃあ何でイアナ嬢はタージャスと戦っていたんだ?
「ポゥ」
「ああそうね、ポゥちゃんがお空で狙撃されてそのせいで沼の縁に墜落しちゃったのよねん。そこにタージャスが現れた、と」
「じゃあイアナ嬢は本当にソロでタージャスとやり合ったのか」
「ポゥ」
「かなり苦戦した? まあ確かにあれはなかなかに大変そうだったわねぇ。アタシ、見ていられなくてついウマイボー(ハイパーミルククリーム味)をあげちゃったもの」
「……」
何それ甘そう。
俺のはめっちゃ辛かったのに。めっちゃ苦かったのに。
ずるい。
「ちなみに効果は?」
「あら気になる?」
そう言いながらラキアが白いウマイボーを収納から取り出した。
ポゥがぎょっとする。
聖鳥の表情なんてわかり難いはずなのに俺にはやけにはっきりと理解できた。
そのくらい何かあるってことだ。
「……」
俺が白いウマイボーを持ったまま動かずにいるとラキアがにこにこした。
えっ、ひょっとしてこいつもやばい?
「あーら、せっかくあげたんだから食べたらどう? 別に毒とか入ってないわよん」
「……」
俺は横目でポゥを見た。
首を振ったりという動作こそないものの「やめとけ」と訴えているのが何故かわかる。これ俺の危険察知も働いているのかも。
「あ、ジェイそれ美味しいわよ」
イアナ嬢が復活した。
だが、声が震えてる。何と言うか笑いを堪えているような?
俺は彼女に訊いた。実際にウマイボー(ハイパーミルククリーム味)を食べたのは彼女だからな。
「これ、食えるんだよな?」
「ええ、ちゃんとした食べ物よ。甘い物が苦手とかでなければ平気なはずよ」
「その割にイアナ嬢とポゥの反応が不穏なんだが
「気のせいよ」
「ちなみに今俺が倒れたら大幅な戦力ダウンだぞ」
「……」
イアナ嬢が黙った。おい。
ラキアがふうとため息をつき、収納からもう一本の白いウマイボーを出した。
それを躊躇いもなく一口囓る。なお、この一口で三分の二が無くなりました。
さらに一口。あーあ、こいつウマイボー(ハイパーミルククリーム味)を二口かよ。
上品に咀嚼してから飲み込むとラキアはこちらを安心させるかのように快活に言った。
「ね、何ともないでしょ?」
「……お、おう」
これマジで大丈夫か?
この問いに答える者など無く俺は観念して白いウマイボーを口に運んだ。めっさ緊張するよ。ただお菓子を食べるだけなんだけどなぁ。
「あ」
一口食べて、俺は目を見開いた。
辛くはない。
苦くもない。
ただ、ひたすらに甘い。
砂糖が贅沢に使われているとかそんなんじゃない甘さだ。この口内に広がる甘さは途方もなくくどくて途方もなくねっとりしていてとにかく甘さで舌がおかしくなりそうだ。
暴力的な甘さ……いやもうこれは破壊竜レベルの甘さだな。実際の破壊竜は甘くないかもしれんが。
あとたまに「ゴリッ!」と何か小さくて硬い物が混じっているのだがこれは何だ?
「なあ、時々硬い物があるようなんだが?」
イアナ嬢に訊いてみた。
「ああそれあたしも気になってたのよね。ラキアさん何なのかわかる?」
「ミルクキャンディー、つまり飴ね。それを砕いた物が入っているはずよん」
「……」
「……」
俺とイアナ嬢、絶句。
何だよミルクキャンディーって。
いやまあ牛の乳を用いた飴の類なんだろうってことは想像できるんだが。
それにしたって贅沢過ぎやしないか? しかもこんなに美味い物下手をすると王族だって口にしたことがないぞ。
「こんなの作るなんてエミリアちゃんくらいのものよねぇ。普通は飴をわざわざ砕こうだなんて思わないもの」
「……」
え、そっち?
もっと他につっこむところあるでしょ。
とか思っていると体温の上昇を感じた。これは魔力を回復した時のあれだ。
聞こえてくる天の声。
『確認しました』
『ジェイ・ハミルトンの基礎魔力と魔力回復速度が30%アップしました』
『なお、この効果は五分で消えます。ご注意ください』
「ええっと?」
「あー千頭中じゃないと五分しか持たないのね。あたしの時は戦闘終了するまで効果が持続したのに」
しかし、天の声はそれだけではなかった。
『なお、このウマイボー(ハイパーミルククリーム味)は連続で摂取すると強い依存状態になります』
『健康のために食べ過ぎに注意しましょう』
「……」
ワォ。
これ、ひょっとしてハイパーハバネロ味よりやばくね?
うん。
俺、致死以外の状態異常無効を持ってるけど念のためウマイボー(ハイパーミルククリーム味)は極力食べないようにしようっと。
*
「さてさて」
少ししてラキアがパンパンと両手を打った。
「そろそろ次に行くわよ」
「そうね、ぐずぐずしていると大実験が始まるものね」
肩に乗っていたポゥを片手で抱き直していたイアナ嬢がうなずく。
「あたし、まだまだやれるわよ」
「あらあら、頼もしいわねぇ」
ラキアは楽しそうだ。
俺は一応訊いた。
「なあ、どこに行くんだ?」
「あんた馬鹿ぁ? 増幅装置をぶっ壊しに行くに決まってるじゃない」
「……」
あれ、俺が悪いの?
なーんかイアナ嬢が鼻息荒くしてこっちを睨んでいるんですけど。
「世界中の魔力を集める大実験? 魔力を失った人は死ぬかもしれない? そんなもん放っておけないでしょうが。神が許さないし、あたしも許さないんだからねっ」
「イアナちゃん、その意気よ。アタシもばっちりサポートしてあげるから素材回収……じゃなくて守護者の討伐と装置の破壊頑張りましょうね」
「はいっ」
「(小声で)ふふっ、ど・こ・に売ろうかしら♪ いっくらで売れるかしら♪」
「……」
イアナ嬢。
お前、ラキアに利用されてるぞ。
それとラキア。
イアナ嬢の正義感につけ込んで金儲けしようとしてるんじゃねーよ。
あーこりゃ、俺がついて行くしかねぇな。めんどい。
内心でげんなりしているとラキアがポゥに言った。
「てことで、ポゥちゃんお願い」
「ポゥ」
一声鳴いてポゥがイアナ嬢の片腕から抜け出して空を舞う。
俺たちの頭上で旋回しながらその体を大きくさせていった。
てか、これはでかいな。
王都から出立する時に乗ったのよりさらに巨大じゃないか。
これ、背中に大人の男でも四人は乗れるぞ。
ま、俺は乗らんがな。
あの恐怖体験は二度と御免だ。
とか思っていたらラキアが何か唱えた。
普通の人間なら絶対に聞こえない音域の竜たちの使う言語だ。魔法と呼んでもいい不思議現象を起こすことができる。
おっと、ラキアの奴何をするつもりだ?
ポゥの背中にドーム状の透明な膜が展開した。
既に経験済みなのかイアナ嬢が着地したポゥの背中に乗り込む。あの透明な膜は任意に出入りできるらしい。
ポゥの羽根も何らかの効果を得たらしくイアナ嬢が背中まで上るのに苦労はなかった。
ラキアが俺を促す。
「さ、ジェイも乗って」
「いや俺は後から追いかけるから」
「何言ってるのん。ここから走っても次の目的地になる廃教会まで二日はかかるわよぉ」
「安心しろ、俺なら身体強化できるからそれより早く着く」
すげー疲れそうだがな。
ラキアがはあっとため息をついた。何故だ。
「……ったく、面倒くさい。もうしょうがないわねぇ。あんたがこんなビビりだなんて知らなかったわん」
「いや、俺は別にビビってなんかいないぞ。ただちょーっとあの風圧とスピードが……」
「おやすみ」
その言葉を最後に俺の意識は途絶えた。