チェルシーは婚約を夢見る3-3
本日2回目の投稿です
話をしている間に、まるで陶器のようなきめ細やかな肌に仕上がり、自分では絶対にできないくらい美しい顔にしてくれた。
「まるで魔法ね」
思わず呟くが、エラはフフフと笑うだけだ。
その間にも、毛先をカールさせて、綺麗に結い上げ、髪にラメをつけてくれる。
「ねえ、エラは、好きな人がいる?」
「残念ながらいないの。働くのに精一杯だから」
「私も沢山の仕事を掛け持ちしているけど、本業は劇団の女優。でも、お金のない劇団でね、公園は月に数回だけ。でもいいの。キッシンジャーのチョコレートパイさえあれば」
「キッシンジャーのチョコレートパイが好きなの?私も大好物よ。ほら、完成!」
ヘアメイクの仕上がりを見るように立ち上がり、色々な角度から仕上がりを見る。
完璧だわ!
次は着替えをしようとドレスを手に取った。
「豪華なドレスね。彼からのプレゼント?」
「違うわ。実はね」
占い小屋に入ってこのドレスを貰ったこと、占いの料金すら払っていないこと、気がついたらバザールの外だったこと、戻ったけど占い小屋は消えてなくなっていたことなどを話した。
「嘘、そんなことってあるの?」
「なんだか怖くて、今日おじいちゃんに鑑定魔法機にかけてもらったんだけどね、何の魔法もかかっていないって。だから今着ているのよ。せっかく貰ったんだもの」
「確かに、チェルシーのためにあつらえたみたいにピッタリだし、こんなに素敵なドレスだから気持ちはわかるわ。ところでチェルシーのおじいちゃん、鑑定魔法機持っているの?」
「そう。うちは、代々魔法付与靴を作っているんだけど、鑑定魔法は使えないから」
「チェルシーも魔法付与できるの?」
「誰にも言わないでね?実はそうなの。でも他の魔法はさっぱり使えないの」
「誰にも言わないわ。彼もその事を知っているの?」
「コーディには言う機会がなくて言ってないの。ここみたいに誰もいないところじゃないと話せないもの。外は誰に聞かれているかわからないから」
「確かにそうよね。秘密は誰もいないところでしか話せないわよね」
「今履いている靴はね、数年前に魔法付与した靴なの。特注品でね、靴に任せておけばワルツにカーテシー、それから歩き方も全部バッチリなの」
「へえ!すごい靴ね。特注品って事は、持ち主は違う人?」
「そう。特殊な靴だから、一見さんお断りでオーダーメイドなの。でも、差し押さえ品のオークションにかかっていて、おじいちゃんが国税庁から買い戻して修理したの」
「新品にしか見えないわ」
「内情の話だからね?ローズサファイアさんとかにも言わないでね」
「当然よ」
着替え終わって、控室の鏡で全身を眺める。
素敵な髪型で、それにメイクもすごく上手!
チークや口紅の色が、ドレスと合っている。
くるっとターンすると、赤いハイヒールがチラリと見えていい感じだわ。
「完璧だけど、足りないものがあるわ」
エラは壁際にかかっている沢山の衣装をどかして、奥のクローゼットを開けた。
何枚か確認した後、一枚をハンガーから外し、脇に抱えて、隣のクローゼットを開けて、小さなクラッチを手に取る。
「これを着て」
肩から羽織らされたのは、オフホワイトのコートだった。
その間に、メイクボックスをゴソゴソと探って、奥の方から口紅を出し、クラッチに入れて手渡される。
「コートは一昨年のデザインだから、ローズサファイアさんは多分もう着ないわ。それから、ほとんど中身が入っていない口紅だけど、メイク直しには使えるわよ。クラッチにはチェルシーのハンカチも入れてね?」
「ハンカチなんて持ってないわ」
「嘘!もう、ありえない。支配人に忘れ物のハンカチがないか聞いてくるわ。あの人、洗濯魔法が使えるから綺麗にしてもらってから戻ってくるわね」
エラが出ていき、一人ぼっちになった。
豪華な楽屋を見て心が踊る。沢山の豪華な衣装に、高級品のメイク道具。
それから沢山のプレゼントが机の上を埋め尽くしている。
こんな楽屋が貰えるくらいの大女優になりたい。
コーディと結婚してもこの夢は捨てたくないわ。
立ち上がり衣装が壁際に沢山掛けてある方に歩いて行く。
カラフルな羽飾りのついた衣装や、ブラックスパンコールでキラキラと光るロングドレス。
素敵な衣装を眺めているとエラが戻ってきた。
「はい、ハンカチ。忘れ物だから、色や柄は選べないわ」
パープルのハンカチを渡されたので、クラッチに仕舞う。
「どんなところに行くのかはわからないけれど、多分これで大丈夫よ。でも、その格好で家に帰るの?」
言われてはたと気がつく。
確かにこれじゃ帰れない。目立ちすぎるわ。
「ここに迎えに来てもらうことにするわ。7時まであと30分だし」
「じゃあ私は帰るわね。遅くなると家族が心配するの」
「エラ、本当にありがとう。このお礼は必ずするわ」
「気にしないで。人の幸せのお手伝いができたならよかったわ。プロポーズされたら教えてね。じゃあ」
エラはそう言って帰って行った。
30分後、コーディが馬車で迎えに来た。
ガルシア家の馬車ではなくて辻馬車だ。ドアが開き、馬車に乗り込む。
「やあ、チェルシー。いつにも増して綺麗だね。ここの衣装どうしたの?いつもよりもゴージャスだね。すごく似合うよ」
「えっと、あの。ありがとう」
まさか知らない人から貰ったとは言えないし、こんなに豪華なドレスを自分のものだとも告白する勇気はない。
「メイクさんも腕がいいね。君が絶世の美女に見えるよ」
それっていつもは美人じゃないってこと?と聞きたいけれど、勇気がなくてにっこり笑うだけ。
「ありがとう。今日はどこに行くの?」
コーディの正装が素敵で、目が離せない。
組まれた長い脚が凄く魅力的。
私の視線に気がついているくせに、普段通りに振る舞っているもクールでかっこいい。
「なかなか予約が取れないお店だよ。きっと気にいると思う」
「そんなに人気のお店なの?」
「ああ。大人気店だよ」
大人気でドレスコードのあるお店ってきっと高級なレストランだわ。
心躍らせて外を眺めていると、馬車が速度を落としはじめた。
そして、シックなネオンのお店の前に停まる。
入り口には高級スーツの案内係が立っており、予約の有無を確認した後、予約のない客には空席がないと断っていた。
すごすごと帰っていく客も、案内されて中に入っていく客も皆、いい身なりをしている。
馬車を降りて、入り口の列に並ぶ。
スパンコールでキラキラ光るドレスの中年カップルや、個性的なドレスの女性同士の客など、服装は派手目だ。
「いらっしゃいませ、ご予約のお名前を」
受付係に聞かれ、コーディは家名を名乗る。
「ガルシア子爵令息様、お待ちしておりました。お席にご案内いたします」
受付係は丁寧にコートを脱がせてくれて、クロークの引き換え札をくれた。
店内は天井が高く、豪華なシャンデリアに、柔らかい毛足の長い絨毯。
円形の店内の真ん中は、大きな水槽で綺麗な魚が泳いでいる。
それを囲むように丸テーブルが置かれていた。
「フテイディ産の白ワインを」
席につくなり注文する。
戸惑う私にコーディはウインクをして小声で囁く。
「フテイディワイナリーは、ガルシアガラス工房のボトルを使ってくれているんだ」
「ワイン瓶を見せるためにこんなに高級そうなお店にしたの?」
小声で聞き返すと、楽しそうににっこりと笑いかけてくれた。
「違うよ」
ワインと共に前菜が運ばれてきた。
どこから手をつけていいかわからないくらい綺麗に盛り付けてある。
「今日は来てくれてありがとう」
「私こそ。誘ってくれてありがとう」
いつもとは違いすぎる雰囲気に緊張してぎこちない動きになってしまうが、コーディは普通だ。
当然よね、貴族だもの。
フォークを手に取るが、場違いすぎて気後れしてしまう。
いつものお安いバルの方が、楽しめたのに。
とはいえ、明らかにお金持ちしかいない空間に連れてきてくれたという事は、絶対にプロポーズよ!
私もこの空間に慣れなきゃ。
コーディの妻として振る舞わないといけない未来が待っているだもの。
背筋を伸ばして、ゆっくりと前菜を口に運ぶ。
緊張し過ぎて味がわからないわ。
「今日はね、未来について相談があったんだ」
来たわ!
きっとプロポーズよ。
デザートの時間にプロポーズしてくれるのかと思っていたけど、メイン料理がくる前に、こんなふうに言ってくれるのね。
「相談ってなに?」
笑顔で聞こうとするが、緊張で右の口角だけ上がってしまう。
ぎこちなさすぎるけれど、これが精一杯。
「実は、コレなんだけど」
ジャケットの内ポケットから四つ折りの紙を出して、ゆっくり広げた。
それは指輪のデザイン画だった。
3種類のデザインがカラーで描かれており、それぞれ宝石の種類やカッティングが違う。
どれも素敵!
「これは?」
平静を装い質問する。
「見ての通り、婚約指輪のデザイン画だよ。女性の意見が聞きたくて」
「私の意見?」
デザインを決めさせてくれるのね。
嬉しくて笑みが溢れる。
「何笑っているの?」
ニヤッと笑いながら聞かれて、咳払いをして真面目な顔をして見せる。
「笑ってなんかいないわ。真剣に話を聞いているのよ。ちゃんと見せてよ」
綺麗なデザイン画を受け取る。
「一つ目の真っ青な宝石のデザインだけど、何の石?」
「サファイアの予定だよ。お祖母様の指輪をリフォームするんだ」
「宝石の周りをダイヤで囲むのはやり過ぎだと思うわ。ゴテゴテして、ドレスに引っかかりそう」
「確かに。言われればそんな気がしてきた」
「このピンク色の宝石のデザインは、甘過ぎない?宝石をハートにカットするって。子供じみたデザインだわ。それに比べて、真ん中のダイヤモンドのデザイン画はシンプルで素敵」
「ハートにカットするのは甘すぎるかな?僕はいいと思ったんだけどな。相手はまだ社交界デビューしたばかりだしさ」
「……え?どっ、どういうこと?」
コーディの顔をじっと見た。
「あれ?前に言わなかった?二ヶ月前、父が婚約者を決めたんだ。取引先のメイデス子爵家のマディソン嬢と婚約したんだよ。マディは18歳で、今年社交界デビューしたばかりでね」
眉を下げて笑う笑顔が恨めしい。
二ヶ月なら、先月私の奢りでバルで飲んでるわよ。その時は、『夢を追うチェルシーの姿を見ているのが好きだ。自由って羨ましい。君は君のままでいて欲しい』なんて言ってたわ。
『将来、結婚することがあったら僕は妻には自由にして欲しい』ともね。
思わせぶり過ぎて勘違いしていたわ。
「そうなんだ。聞いてないわよ?おめでとう!」
今日プロポーズされると思って来たのに。
涙が出そうになるのを我慢して無理に笑顔を作る。
「政略結婚だよ。家のために尽くさなきゃいけない。チェルシーは同志と言うか兄弟というか。まあ身内みたいなもんだしさ。最初に言ったつもりだったんだけどな」
悲しくなって掌をぎゅっと握る。
「兄弟って何よ。私は女性ですけど?」
ニヤッと笑って見せているつもりだけど、今笑えているかしら。
不自然な笑顔になってないかな。
「チェルシーは素敵な女性だよ。言葉のあやだ。申し訳ない」
テーブルの上に置いた手が小刻みに震える。
この場から逃げ出したい気持ちの表れだが、その右手を優しく包まれた。
なんでこの場においても思わせぶりに振る舞うのかしら。
「何よそれ!」
無理に強がってみせる。
「僕は、嫡男ではないとはいえ、もう親の言う通り結婚して兄を支えて家業を盛り立てないといけないから。貴族って辛いよ」
貴族じゃなくても、家業はあるのよ。
私だってお祖父ちゃんの靴屋を…。
靴屋をどうするのか、ちゃんと意思表示しなかったのは、コーディのところにいつかは嫁ぐつもりだったから。
今はコーディに理解を示しているような態度を見せるが、内心はボロボロ。
帰りたいって言おうかしら?
それとも何も言わずに帰る?
そんな勇気ないからお手洗いでもと、立ちあがろうとした時だった。
「いらっしゃいませ〜、ガルシア子爵令息ぅ〜」
テーブルの上に手を置いたのは、ドラッグクイーンった。
背が高いのに、更に大きく見えるようなピンヒールを履き、太ももの上までフロントスリットの入った真っ青なドレスを纏っている。
ノースリーブのからのぞく腕は女性とは違って筋肉質だ。
アスリートのような体型だわ。
「今日はぁ、来てくれてありがとうございますぅ〜」
「いえ、こちらこそお招き頂きまして」
「シャンデリアをリフォームするのに直接見て欲しかったんですよぉ?最新式のデザインに変えたくて」
「そうですね、ちょっと調度品と雰囲気が合ってませんものね」
二人の会話をじっと聞いていてわかった。
このドラッグクイーンが店主で、この方に招待されたんだ。
しかも、仕事絡みで。
「ショーとの雰囲気も加味して、提示して頂戴ね。ところで、二人は?恋人?それとも婚約者?家族?」
「以前話したと思いますが、昔所属していた歌劇団の団員です。すっごく頼もしいヤツで、男よりも男らしいんですよ。でも、素敵な人なんです」
ちょっと酷い紹介よね。
男らしいって何よ。
怒りたいけれど、それを我慢してニャっと笑ってみせる。
「コーディはとっくの昔に役者の道を諦めたけど、私はまだ追いかけているの。男らしいから、夢は捨てないのよー」
ノリよく答える。
これは本当の私じゃない。コーディが理想とする『チェルシー』だ。
「あら。じゃあ同業者ってこと?」
ドラッグクイーンが意味深に笑う。
もしかして男だと思ってこちらを見てる?
「ちっ違うわ。私は女よ」
焦って手を振ると、二人は笑い出した。
「君は、確かに女性らしくない体型だけど、誰も男だと思っちゃいないよ。チェルシーは早とちりだな」
それって、胸もお尻も出ていない事を言ってるの?気にしているけど、それは酷い。
睨みたいけど、それもできなくてニコニコと笑顔を作り続ける。
ドラッグクイーンはウインクして私の手を握った。
「この人、大きな胸が好きらしいわ。まだ若いから、これからでも育つわよ。じゃあ、楽しんで行ってね」
投げキスをして奥へと歩いて行き、姿が見えなくなると急に室内が暗くなった。
円形のホールの中央にある大きな水槽がゆっくりと地面に吸い込まれるように見えなくなると、眩しいくらいのスポットライトが当てられる。
オーケストラの音楽が鳴り、現れたのは5名のドラッグクイーンだ。
踊りながら楽しく歌って、曲が変わると各テーブルを周りながら薔薇を一輪配りはじめる。
楽しいフリをしてショーを見ているが本当は今すぐに帰って泣きたい。
でもそれが出来ない。
ここで帰ってしまうと、もう一生コーディと会う機会が訪れない気がしたからだ。
近いうちに結婚するから遅かれ早かれ会えなくなるのはわかっている。
でも、それは今じゃない。
今はまだ、コーディの顔を見ていたい。
好きって気持ちは失恋しても消えないから。
全く楽しめないまま、帰路についた。
「今日は一緒に来てくれてありがとう」
「私とでよかったの?婚約者と行くべきじゃ…」
口をついて出た言葉は理解を示す態度だった。
なんで本当の気持ちを言えないのかしら。
自分にガッカリする。
そもそも、コーディは私の気持ちを知っていたはず。
それなのに、この結果だ。
「18歳のお嬢さんにあの店は刺激が強すぎるよ」
「まあ、確かに」
本物の女性ではないとはいえ、下着が見えそうなくらいにスリットの入ったドレスを纏い、聞き方によっては卑猥に聞こえる歌詞。
お子ちゃまには無理だけど、あらぬ期待を持たせる必要なんてなかったんじゃないかしら。
「それならどこに行くか教えてくれてもいいのに」
「あの手紙の内容だとワクワクしたでしょ?サプライズだよ」
そうね、最悪のサプライズだったわ。
重い足取りでアパルトマンの階段をのぼる。
ドアを開けて部屋に入ると、思いっきり泣こうと思ったが、性格上出来なかった。
このドレスを汚したくなくて綺麗に脱ぎ、部屋着に着替えてから安いワインを出した。
さっきも高級ワインを飲んだのに、全く酔えなかった。
何よ!何がサプライズよ!
荒れてワインを飲む。
目が覚めると朝だった。
最悪の二日酔い。最悪の気分。