ダニエラは婚約を断れない2-2
「もう、叔父様は外に出られないのですか?」
「その通りでございます。クルーガー家から持ち逃げした宝石類は、逃げる時に売却して換金したようですが。そのお金も、持ち逃げした現金も全て持ったまま、塔に幽閉されているそうですよ」
「はあ。トーマス叔父様のどこがよかったのかしら?」
塔に幽閉するくらい叔父様を愛する女性ってどんな方なのかしら。
「伯爵未亡人は若い頃、就寝中の火事のせいで、顔や体、手に酷い火傷の跡が残っているのですよ。その火事で、夫を亡くされました。火傷のせいで、殆ど社交にも顔を出されないようなのです」
「何故また、そのような方をターゲットにしたのでしょうか?」
「これは推測ですが、普段社交をしていないので、お金を使うことがありませんから、騙されたことに気がつかないと考えたのでしょう。出歩かない分だけ資金も潤沢ですしね」
「それが、予想と違ったと?」
「結婚の話を持ちかけたのがいけませんでしたね。相手は資金が潤沢な伯爵籍を持つ女性。嫁いで『伯爵夫人』の座を手に入れたわけではなく、生まれながらの伯爵家の女性ですからね。一筋縄ではいきません」
「叔父様は見誤ったのですね」
「そういう事です。好意を寄せてくれた男性は何としても手に入れたかったのでしょう。その好意が偽物だと気がついていたとしても、です。権力は全てを凌駕します」
「権力でですか……」
「伯爵婦人のお父様は法務副大臣ですから、本当に由緒ある血筋の方です。幽閉している時点で『この男の愛情は本心ではない』と気がついている証拠ですね。トーマス様の人権なんて無視です」
「死なないと塔から出られそうになさそうですね」
「多分そうでしょう。今はどんな暮らしを送っているのやら」
「沢山のお金を持っていても、閉じ込められていればお金なんてなんの価値も持ちませんね」
もはや紙切れとなんら変わりない紙幣と共に幽閉されているなんて滑稽すぎる。
「おっしゃる通りでございます。ちなみに、共謀の娼婦は投獄されています。婦人の一言でね。罪なんて後からいくらでも捏造出来ますしね」
権力を持つ人に逆らう事なんてできないのね。
「幽閉されて何年経つのですか?」
「8年です」
「では、我が家の資産を持ち逃げしてすぐに幽閉されたのですね」
「自由の身だったのは数ヶ月です。今、トーマス様の状態がどうであれ、世間的には、外国の伯爵婿です。しかも義父は法務副大臣。高い地位でございますから、ダニエラ様は、婚約者候補としてお名前が上がったのです」
叔父の意外な結末を知ってしまった。
8年も自由を奪われて幽閉されているとは。自業自得だから可哀想だとは思わないけれど、馬鹿な事をしたもんだわ。
なんだか気持ちが晴れて、少しスッキリした。
「まさか、そんな事になっているとはね。フフフフ」
お母様がいきなり笑い出した。
「アハハハ。いつか、トーマスがどこかで借金を重ねて、借金取りがうちに来るのではないかと怯えていたけど、それも心配いらないのね」
だんだん声が大きくなり、涙声になってきた。
「フフフ。心配してすごく損しちゃったわ。アーおかしい」
お母様はお腹を抱えて大笑いしている。きっと予想外の結末に感情の糸が切れたのだろう。
アッシャーさんは、品よくにこりと笑った顔のまま、しばらく何も言わない。
お母様は大笑いした後、涙をふいて私の隣に腰掛けた。
全てバレてしまったのと、トーマス叔父さんの事について少し安心して、気が緩んだのだろう。
「懸念材料がないことはわかりました。でも、何故、私なのでしょうか?もっと条件のいいご令嬢がいらっしゃるはずです。資金面でも、爵位の面でも」
「それを明かすことはいたしかねます。私のお話は以上となります。では早速準備に取り掛かりましょう」
アッシャーさんの言葉で、サロンに5名のメイドが入ってきた。
いつのまに、人の屋敷にメイドを連れ込んだのよ。
メイド達は丁寧に控えている。
「半年後、お二人には社交界に戻って頂きます。ダニエラ様にとっては、正確には社交界デビューですが、ご年齢的には遅すぎるので、王家主催の夜会で、婚約者お披露目という形でデビューして頂きます」
言葉の意味が理解できずに固まってしまったが、その間にメイド達は母を取り囲む。
その時、またしても来客を知らせるベルが鳴った。
今は来客に対応している暇はない。
無視していると、玄関付近で声が聞こえできた。
「外に救護院の馬車が泊まっているけど誰か急病なの?」
声の主は、なんとローズサファイアさんだった。
鍵をかけてあったはずなのに、どうやって室内に入ってきたのだろうか。
「エラ、急に仕事になっちゃったのよ。だから、メイクをお願いしたいわ」
大きな声で、一人で話しながら近づいてくる。
「ねえ、なんで誰も返事してくれないの?」
言い終わった時、ちょうどサロンのドアを開け、驚いた顔を見せる。
それもそうだろう。
お母様はいつものメイド服の上から病院着を着せられて、あっという間に持ち込まれた移動ベッドに無理矢理寝かされたところだったのだ。
「ちょっと!何が起きているの?あんた達誰よ?」
見たことのないメイド達と、執事をジロジロと見ながら母に向かって歩きだした。
「なんでローズさんが屋敷に入れるんですか?」
「鍵を持っているからよ」
ローズさんは、執事のアッシャー・キンレイさんをじっと見ている。
「これはこれは、ローズ・ゴルボーン女史。今日は身分を隠しての副業の日ですかな?私共の事はお気になさらず」
ローズサファイアさんを、『ローズ・ゴルボーン女史』と呼んだ。
もしや知り合い?
「何故、私の名前を?」
ローズさんの顔が曇った。
「隠し事をしても通用致しませんよ。あなた様が、明日こちらに引っ越しをするために家具の移動を手配した事も存じております」
「どうして?何で知っているの?本当の名前も、こちらに引越ししてくることも」
頭痛の種になりそうな発言に、お母様が連れていかれそうになる事よりも驚きが大きい。
「ローズさん、ここに引越ししてくるんですか???」
思わず大きな声が出てしまった。
「今はそれはどうでもいいのよ。何が起きているの?クルーガー子爵家の借金のカタにヒラリーを連れて行こうとするなんて!」
ローズさんはお母様の側に行こうとするが、メイドに阻まれて近寄れない。
「落ち着いてローズ。私は大丈夫。これで借金が返せるなら、何だってするわ」
移動ベットがメイド達に囲まれながら動き出した。
その言い方だと、完全に借金のカタだわ。
ローズさんは誤解してアッシャーさんに近寄ろうとするが、シールドで近寄れない。
「それでは行ってらっしゃいませ。留守はお預かり致します」
アッシャーさんは丁重なお見送りの姿勢を見せる。
「ローズ!ダニエラと、このお屋敷をお願いね」
こちらに向かって叫ぶために、体を起こそうとすると、メイドがそれを阻止する。
「無理矢理拘束するなんて酷いじゃない!ちょっと、髪の毛には触らないで頂戴!」
怒るお母様の声が遠ざかっていく。
ローズさんは阻止したいと思っているようだが、アッシャーさんのシールドで動けない。
「ダニエラ、なんとか言いなさいよ。ヒラリーが、あなたのお母様がどうなってもいいの?」
こちらに凄んでくるが、王室が絡んでいるから私には止められない。
「ゴルボーン女史は、これからお仕事ですか。お忙しいですね。今後についてご説明いたしますので、お二人とも私の馬車でお送りいたします」
シールドで拘束された状態のローズさんは無理矢理、馬車の前まで連れてこられた。
黒塗りの馬車の扉の内側に、トカゲの紋章があるのを見て固まる。
「この馬車って、ハートフォード侯爵家の馬車なの?」
ローズサファイアさんが小さな声で呟き、軽く身震いをして、こちらを見る。
「なんでこんな大物が、ヒラリーを連れて行くのよ?」
服を引っ張って耳打ちされるが、どう答えていいかわからない。
何も答えずに無表情のままで馬車に乗り込む。
アッシャーさんが扉を閉めて、私達の向かいに座ると、馬車は動きだした。
「ダニエラ様、お着替えなどのお時間が取れずに申し訳ありません。この馬車は空間魔法で、奥にお着替えのためのスペースを設けてありますから、どうぞご利用ください」
「ありがとうございます。利用させていただきます」
「では、立ち上がり、椅子の背もたれを押して、後ろにお進みください」
言われた通りに、背もたれを押すと、椅子が折りたたまれ、通路になった。その後ろにはドアが現れ、中に入る。
驚いたことに、中は大きな姿見とメイク台が置いてあり、すごく明るい。
「それでは、身支度をしながらお聞きください」
アッシャーさんの声がスピーカーから聞こえるように、空間に響いた。
「ヒラリー様はこれから、健康的で小麦色に日焼けしたメイドから『病から回復した子爵夫人』らしい外見へと変貌して頂きます」
お母様の日焼けした肌が、真っ白になるのかしら?
8年間の蓄積が、たった半年で無理があるのではないかと思ったが、口には出さない。
「ダニエラ様の職場は、明日からハートフォード家になります。国税庁からの出向職員としての配属でございます。ご質問はございますか?」
「ありませんわ」
ローズさんの返事が聞こえた。相手が何者かわかったせいで、さっきまでの勢いが皆無だ。
「ゴルボーン女史は、明日からクルーガー子爵邸にお住まいのご予定でございますね?」
「はい」
「お荷物はもうおまとめであると認識しておりますが?」
「ええ」
「私共はこの時間にクルーガー邸の模様替えをしておりますゆえ、ゴルボーン女史の家具は申し訳ございませんが入りません。確か、大きなアイテムボックスをお待ちなはずですから、そちらで保管ください」
「…はい」
ローズさんが、全く自己主張せずに全ての物事に返事をしている!
もしも私が同じことを言っても、納得してはもらえないだろう。
「ところでゴルボーン女史、古代ライドバース時代の論文を発表されましたが、あの新説に大変感動しました」
「お読みいただいたのですね、有難うございます」
「それで国立博物館研究室から、引き抜きがかかり、オーバード私立大学歴史研究室教授から、国立博物館歴史科教授になられたそうですね。おめでとうございます」
「本日、正式な手続きを完了して、発表は明日なのに。もうご存知なのですね。驚きです」
「ダニエラ様の関係者様は、全てお調べさせて頂きましたから」
ローズさんて、大学教授だったんだ!
知らなかった。
てっきり歌手だけをして生活していると思っていたけど、はたしてどっちが副業なのかしら。
驚きながらも着替えが完了したので、ドアの外に出た。
「質問ですが、クルーガー子爵家には何が起きているのでしょうか?」
ローズさんの質問にアッシャーさんが真顔になった。
「貴方様はクルーガー家の内情を深く知る唯一の部外者ですし、今日鉢合わせするとは想定外でしたから、説明致します。ダニエラ様はハートフォード公爵家嫡男セオドリック様の婚約者に決定致しました」
「はぁ…何のご冗談を」
「冗談ではございません。貴女様は、社交界とは距離をとっているとはいえ、建国から続くゴルボーン伯爵家の現伯爵様の実妹様です。今社交界を蝕む高級娼婦の噂をご存知でしょう」
ローズさんは伯爵家の出身??知らなかった。
「ええ。若いご令嬢の中には、高級娼婦として働いている人がいると。隣国発の事件ですけど、あくまで噂の域を出ない話ですね」
「それが事実なのですよ。今の社交界で、未婚で婚約者がいなくて、高級娼婦事件と関連がなくて、一番クリーンな方を探しました」
「それが、エラだったのですか…。ハートフォード公爵家の嫡男様の噂は社交界ではあまり伺いませんし、国有林を管理する家系ですから、華々しい方を迎え入れると大変そうですものね」
ローズさんはなんだか納得顔だが、私は全く腑に落ちてはいない。
「ここで提案なのですが、ダニエラ様の社交界デビューを手伝って頂きたいのです。こちらで手を回す事は簡単ですが、鼻が効く方に詮索されてはクルーガー家が困ってしまいますでしょう」
「わかったわ。私の事も調査済って事よね。どこまで調べたんですか?」
「それはご想像にお任せいたします」
「では、歴史の研究ってすごくお金がかかる事はご存知でいらっしゃいますね。発掘に、古い書物に、分析用の高価な魔道具。だから、この仕事はやめませんからね。ですから、誰にも言わないで頂戴」
「勿論でございます。しかし、くれぐれも正体がバレないようにお願いします。ダニエラ様、異論はございませんね?」
「あの、私もできる限りこの仕事を続けたいんです。資金が頂けると聞きましても、なるべく借金の返済をしたいのです。ですが、いつまでも続けられない事はわかっています」
「かしこまりました。ダニエラ様におかれましては裏方でしかもメイク担当。もしも正体がバレても貴族令嬢の息抜きの範囲で収まるでしょう。その場合、婚約破棄になり、それまでにかかった費用を王家から請求されますからね」
ニコニコと笑うアッシャーさんの笑顔に恐怖を感じる。
それならますます、自分で稼がなきゃいけないじゃない!
馬車が速度を緩めた。
「到着いたしました。お迎えは、ゴルボーン女史の馬車を手配しておきます」
アッシャーさんにエスコートしてもらい、馬車を降りた。
楽屋についてから急いで着替えを手伝い、メイクを施して行く。
準備が整ったのは公演5分前だった。
「間に合ったわ!頑張ってきてね」
大きく背中が空いたドレスの後ろ姿を見送ってから、ふーっと息を吐いてソファーに座り込んだ。
本当に、最悪の日かもしれない。
一息ついたら、目の前に積まれたローズサファイアさん宛の荷物を鑑定魔法で調べようかしら。
ランチボックスを開けてサンドウィッチを頬張る。
ゆっくりと食べながら、プレゼントの類いを眺める。
高級チョコレートにワイン、それからシルクのスカーフ!
その横に私宛の封筒が一通。
不思議に思って手に取ると、差出人はチェルシーだった。内容は至って簡単。
今度お茶に行こうというお誘いと、メイクについてのアドバイスが欲しいというものだったが、かなり熱烈な文面だ。
忘れていたわ。
連絡するって言われたんだった。
あまり関わり合いになりたくないけれど、チェルシーとはこれからも顔を合わせるから、断りづらい。
あのタイプは何故無理なのかと詮索してくる。
とりあえず、ローズサファイアさんの仕事の予定が詰まっているから忙しいし、無理だと連絡しよう。
でも何回も通じるわけではないと半ば諦めモードで手紙を書いた。




