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危機回避

一週間後、お母様が戻ってくる予定の朝の事だ。

「今日、私と国王陛下に謁見するから、そのつもりで」

さらっと言われた事に驚き、メイド服から着替えなければいけないなら教えて欲しかったと、恨めしい目で見る。


「心配しなくても、メイド服のまま王城に行くから大丈夫だよ。人前に出る時は、たとえ国王陛下であろうと、いつもの態度は崩さないで」

何が大丈夫なのよ。

メイド服で王城に行くなんて、不敬罪に問われたらどうしてくれるのよ。

しかもあの笑わない顔を国王陛下にも見せないといけないって、私の未来は無いじゃない。

「今から無表情にならなくてもいいから」

にっこり笑うセオドリック様が怖い。


馬車に乗ってから、これからの流れを聞く。

国王陛下に謁見して婚約の報告をし、夕方から始まる舞踏会でお披露目の流れだと言われる。

「それって前もって決まっていたんですよね?」

「当然だよ。根回しは必要だ」

「今回、使用人の格好をして、登城することもですか?」

「そうだよ。無能なフリを何故続けていると思っているんだ?なまじ王位継承権があるから、大変なんだよ」

「はぁ。そうですか」

この人、影武者と正反対だ。

影武者とオリジナルの中間がちょうどいい。

怒られたい影武者と、人を操りたいオリジナル。

どっちも癖が強すぎる。


ため息をついて使用人用の出入り口から、王城に入った。

今回は、侍女の格好をしたチェルシーが一緒だ。

セオドリック様に、チェルシーには真実を話したと伝えてある。

「まだだったの?」そう鼻で笑われたので、三歩下がって影を踏んづけといた。

本当は本人を踏みつけたいが、それはできないから影で我慢したのだ。

それから、チェルシーの同僚のニールとマーサさんも一緒だ。

城に勤める使用人達は、色々な貴族のお仕着せを見ているせいなのだろう。

全く違う制服を着た私を見ても全く反応しない。


私達は、控え室に入った。

ここは、謁見する貴族の待合室だ。

複数の控え室があり、当然爵位によって広さや調度品が違う。

当然ながら公爵家専用の控え室は、かなり広い。

「では準備いたします」

マーサさんは自らのアイテムボックスから、衝立を出すと、私を囲った。

「まずは、背中のファスナーに魔道具をかざします」

ファスナーがキラキラ光る。

お仕着せがクリーム色に変わり、スカートが伸び、パニエが入ったプリンセスラインのドレスへと変化した。

何これ?

「驚きました?ファスナーに特殊魔法が施されているんですよ。結婚式のお色直しとかに使うのが一般的なんですよ」

メイクを直してもらい、品のあるネックレスをつけられる。

「セオドリック様は業務の関係で、宰相様と面談されていますのでもう少しお待ちください。わたくしは、これからの段取りを確認してまいります」

マーサさんと入れ替えにニールが護衛のため室内に入る。


「何処をどう見ても護衛には見えないのね」

「そう見せないのが私の仕事です。こう見えても騎士団所属ですよ」

以前私が見たパーティーの給仕とは違う雰囲気だ。神経質そうな七三分けの髪に、細縁のメガネ。

お茶を淹れる仕草は、侍従そのものだ。


他愛もない話をしながら30分が経過したが、マーサさんは戻ってこない。

「上司からは、タイムスケジュールを守るよう仰せつかっています。クルーガー子爵令嬢ははじめの謁見なので、基本的には30分前に着いて、国王陛下の側近からマナーの説明を聞きます。では、謁見の間にご案内します」

ニールがドアを開けて、外には出ずに中に戻ってきた。


「ドアの前の護衛が変わっています。普通は護衛は交代しません。何か変です。用心しましょう。ただ、城の中でむやみやたらに武器は持ち歩けません。私が暗殺者と間違われてしまう」

「確かにそうね」

その時、チェルシーがひらめいた。

「じゃあ、念の為にこれを。アドラー魔法靴屋の新作ダンスシューズを履きましょう」

「何故?」

訳がわからず質問する。


「改良型は、ドアを蹴破るために頑丈に。そして早く逃げられるために足が速くなる魔法を追加で付与しました」

「もしかしてパーティーでの事?」

ニールは驚いて聞くが、チェルシーはいたって真剣だ。

「そうです。逃げなければいけなくなった時のためです」

ニールと私は、真剣なチェルシーを見て、笑いたいのを堪える。

「クルーガー子爵令嬢は、パーティーの事知らないと思うよ」

「知ってるわ。私もあの場にいたから」

いつもの無表情に戻り、さらっと答える。


「ええええ?もしかして、チェルシー嬢の隣にいた女性がクルーガー子爵令嬢?」

ニールが狼狽している。

「そうですわ。何か問題でもありますでしょうか」

「いえ、ありません。氷上のドライフラワーと呼ばれているのに、違う顔もあるんですね」

作り笑いを浮かべるニールを無視してチェルシーの方を向く。


「ところで何故これを持ってきたの?」

「それは、高位貴族を前にしてカーテシーを失敗したら困るからです。エラも私も」

「もしかしてその靴」

チェルシーが履いている靴を見る。

「そうよ。新作の魔法靴。エラも履いてね」

あまりにも真剣なので靴を履き替えて、これからの事を聞く。堂々と謁見の間に向かう事だけだった。

拍子抜けするけれど、それがベストだ。

「では、行きましょう」

ニールがドアを開けてくれた。


すると、既に案内係が部屋の前に待機していたのだ。

「わたくしは第五執事のケンダルでございます。謁見前の説明をいたしますので、ご案内いたします」

うやうやしく礼をしてくれた。


「わざわざご足労ありがとうございます。お手数ですが、ご案内をお願いいたします」

ニールが挨拶をしてくれたので、息を呑む。

いよいよだ。

いまだにお会いしたことのない国王陛下。

普通は、下位貴族である子爵家では、謁見の機会なんてない。

緊張しない方が無理だわ。


先導の執事についていく。

私の後ろには、ニールと、何故かマナー本を抱えたチェルシーがついてきた。


「謁見の間は、この渡り廊下を通っていくのが一般的ですが、あいにく工事中でして、ワンフロア下の階から向かいますので迂回します」

渡り廊下では、壁の張り替えが行われており、明らかに通れないのがわかる。

執事の案内通り、下のフロアへと続く階段を降りると、そこは伯爵家の控えの間があるフロアだった。


先に進むと、いきなり前後を囲まれる。

「まさかこんな事!」

ニールは私たちの前に出て、守りの体勢に入る。


「ケンダル、よくやったわ」

女性の声が聞こえたと思ったら、ケンダルは一歩下がった。

前に出てきたのは、見覚えのある令嬢だった。

ローレッタ・バーセック侯爵令嬢。

セオドリック様の以前の婚約者だ。


胸ギリギリまで開いたチューブトップの真っ赤なドレスで、かなり寄せて上げている。

胸が大きいのを見せびらかしたいのかもしれないけど、強調しすぎだ。

「あなたが、セオドリック様の婚約者になる予定の貧乏貴族?ふーん。胸もないし、お尻も小さい。使用人も同じく貧相ね」

私達を値踏みした後、見下した視線を送ってきた。


「辞退しなさい。王家に認められた婚約者は私よ。第三王妃様には、もう許可を頂いているの。私が婚約者に戻る事を。だから、ここから出ていきなさい」

ジリジリと追い詰めてくる。


「それにセオドリック様は、ただ単に冷たいだけの氷上のドライフラワーよりも、もっと情熱的なものをお望みよ」

顎をつんと上げて、スカートのスリットから、ピンヒールをチラッと見せてくる。

ハートフォード公爵家のメイド達が履いているハイヒールより、ヒールが高い。


この人、ずっと影武者を本人だと思い込んでいたんだわ。

色々な意味で同情してしまう。

「雷で脅したり、水を浴びせたり。それがお好きなのは知ってますのよ。あなた、知らないでしょ?それから、きっとムチで打たれるのもお好きかもしれませんわね。私、勉強しましたのよ」

違う勉強をしなさいよ、というのは今じゃないわね。


「あなたもムチで打たれるのがお好きかしら?」

その言葉で、ローレッタ嬢の侍従ごムチを手渡した。

こっちに向かって振り下ろす気だわ。

「そんな野蛮な事しなくても、私の護衛がゴミを排除してくれるわね」

ローレッタ嬢は冷たく笑うと、「やれ」と一言言った。


十数人の護衛が一斉に押さえつけにかかる。

ニールが攻撃を防ぎ一撃喰らわせると、ダメ押しでチェルシーが分厚いマナー本で殴った。

「側仕えは、不敬で排除できるわ」

ローレッタ嬢が冷たく言い放つ。


「下位貴族が、反論しちゃダメよ。ねえ、その綺麗なお顔に傷を付けたくはないでしょう?」

ローレッタ嬢はムチを振り下ろしてきたので、避けなきゃ。

壁際に走ると、凄いスピードで広い廊下の反対側まで行けた。

チェルシーの靴のおかげだ。

すごすぎるわ。


「クルーガー嬢、そのまま逃げるんだ!」

ニールが叫ぶが、この広すぎる城の中、どこをどう進んでいいかわからない。

それに2人を置いては行けない。


「身体強化の魔法ね。そんなものが使えたなんて」

ローレッタ嬢は歯軋りしているが、無視して護衛の後ろに行き、蹴りを入れる。

「ゔぉぉぉ」

護衛が変な声を出して倒れた。

私に蹴られたところがかなり痛いようで、のたうち回っている。

この靴の威力、すごすぎるわ。


「クルーガー子爵家は武闘系じゃないはずよ!たかが蹴られたくらいで怯まないで」

ローレッタ嬢は爪を噛んで、顔を歪めている。

ええ、武闘系じゃないわ。


ニールとチェルシーは、1人ずつ護衛を片付けていく。

偶然、誰か通ってくれないかしら?

そうすれば相手は怯んで逃げられるのに。

しかし、願いも虚しく誰も来ない。

「誰か!助けて!」

大声を出すと、ローレッタは失笑した。


「誰も来ないわよ?このフロアの控え室には、防音効果をいつもの3倍かけてあるから。で、諦めて私のムチのプレゼントを受け取りなさい」

ヒユッ

振り下ろすムチが空をきる。

靴のおかげで逃げ足だけは早いから、なんとかなっている。


「こいつらの半分は怪しい薬でも飲んでるのか、蹴られても動じないの。どうなってるのよ!」

残りの5人となったが、制圧はできていない。

ジリジリと追い詰められていく。

「そろそろ観念しなさい」

ローレッタ嬢がジリジリと迫ってきた。

「その顔に傷から残ったらどうなるかしら?

どこにもお嫁に行けないから、修道院に行くしかなくなるわね」

ローレッタ嬢がムチを振り上げた。


もうダメだ。反射的に目を瞑る。

「ダニエラ様!」

ニールの声と共に、「ギャ!」というカエルが潰れたような声と、ドスンという音が聞こえて恐る恐る目を開ける。

ローレッタ様が転んでいて、セオドリック様が私の前に立ちはだかっていた。


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