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真実を話す

「ヒラリー様が来週お戻りになりますよ」

アッシャーさんが朝食の時に教えてくれた。

「本当に?予定よりかなり早いわね。嬉しいわ!」

とダニエラは純粋に喜んだ後、我に帰る。

この状況で、果たしてお母様は喜んでくれるのだろうか。


ダイニングテーブルで食事をしているのは、アッシャーさんの服だけ着たセオドリック様。

正体をバラされてから、クルーガー邸では変装するのをやめてしまったのだ。

手抜きもいいところよ。

「貴女は私に危害を加える事はないし、夜這いの危険もないし、何よりラクだから」というのが本人の言い分だ。

開き直ったセオドリック様と、アッシャーさんの奥様からの熱のこもった指導で、公爵家に嫁いでもギリギリセーフなマナーまでなんとかたどり着いた。

そのアッシャーさんの奥様のマーサさんが、壁際でギラついた目で私のマナーをチェックしている。


それから、研究者の格好のローズサファイアさんはもう家具のように存在を消している。

きっと面倒ごとに関わりたくないのか、ある日、セオドリック様が素顔でダイニングに入って来たが、ギョッとしただけで何も言わなかった。


セオドリック様の護衛はこの家で給仕や庭師として働いているし、侵入者を感知する魔道具も周囲から解らないように沢山設置されていた。

もう、訳がわからないわ、どんな要塞なのよ。

「お母様が戻ってくるということは、婚約の発表をするということですね?」

「そうだよ。それはおいおい説明する。今日の午後からは、エラとしてファーマーズマーケットで実演販売だよね?情報収集をお願いしますよ」

「かしこまりました」

ツンと返事をする。


ファーマーズマーケットには貴族のお屋敷に勤める使用人達が買い物に訪れている。

そこでの噂話などを集めるのが今回の仕事だ。

ただ、お母様が戻って来て婚約発表をしたら、もう今の生活は送れないだろう。

チェルシーには本当の事を話さなければいけない。


いつか真実を伝えないといけないと思っていたけど、予定より早くなってしまった。

午前中はハートフォード家に行き、ダニエラとして働く。

その間、アッシャーさんに変装したセオドリック様は王城に行き、本物のアッシャーさんはクルーガー邸で使用人達の指導にあたるそうだ。

ずっと騙されていたなんて、呆れて何も言えないが、初めは婚約は無かった事にできないのかと思うほどだった。

何を信用していいかわからない人に向かって、仲睦まじい婚約者のフリはできない。

私が味わったのと同じ気持ちをチェルシーにさせているのかと思うと胸が痛む。

きっとチェルシーに真実を話すと、この関係は終わってしまうのかもしれない。

友達に嘘つかれていたなんて最悪よね。


でも話さなければ……。

午前の仕事が終わり、被り物をしてファーマーズマーケットに向かった。

そこでチェルシーと合流する。

いつものウサギの被り物で待ち合わせの場所に立っていると馬車がやって来た。

中にはメガネをかけた男性とチェルシーが同乗していたようだ。

「送ってくれてありがとう」

馬車から降りてくるチェルシーが言うと、男性はにっこり笑う。

「こっちは早く終わるだろうから、ひやかしに戻ってくるよ」

「うるさいわね!自分の仕事に集中しなさいよ」

馬車から手を振る男性は、騎士団の制服を着ていた。


「エラ、待たせてごめんなさい」

チェルシーはいつも通り振る舞っているが、最近はちょっと様子が違う。

「この実演販売が終わったら、大切な話があるからカサブランカに行きたいの」

「何故?」

「今は言えないの。お願い」

「…わかったわ」

秘密の話をするにはそこしかない。

クルーガー邸にはアッシャーさんがいるし、ここでは誰が聞いているかわからない。


その後の実演販売はいつも以上に頑張った。

そして、着ぐるみのままカサブランカに向かった。

「エラ、また着ぐるみか?しかも、臨時歌手のチェルシーは料理人の格好だ。何の余興だ?」

警備員が笑っているがいつものようにやり過ごして、ローズサファイアさんの楽屋に入った。


「チェルシーにこれ以上、隠し事をしていても気が重いだけだから、これが私の本当の姿よ」

着ぐるみを脱いで、ダニエラ・クルーガーの本当の姿を見せる。

オレンジの巻き髪に、濃いメイク。

しかし、チェルシーは驚かなかった。


「知ってたわ。貴族には私達に言えないことがいっぱいあるもの。仕方ないわよね。庶民になりすますのは息抜きなの?」

「違うわ」

ここで、今までの事を話した。

クルーガー家は借金が沢山あるが、貴族としての体裁を保たないといけない事。

その理由はワイナリーのためであり、資金がないせいで通信で教育を受けていて、本当はずっと働いていた事。

母が相続したタウンハウスの家財道具一式を売り払い、貴族として普通に生活しているフリと、我が家の使用人のフリをしていた事。

国税局に勤めていて、氷上のドライフラワーと異名がつくくらい人付き合いをせず、詮索をされないように振る舞っていた事。

そして、それに目をつけられたハートフォード公爵家から借金の帳消しの代わりに婚約をしないといけない事。

全てを話した。


「ハートフォード公爵様には、内情を暴かれてしまったけど、自分から全部を話したのはチェルシーだけなの」

「そっか。私、永遠に本当のことは教えて貰えないのかと思っていたの。身分を偽って息抜きしているのだろうからって」

「チェルシーは何で本当の私を知ってたの?」

「見ちゃったのよ。ガーデンオペラで」

「見たのは私だけ?」

「そうよ。エラが馬車に入った後、ダニエラとして出てくるのをね」

ローズサファイアさんが、ローズ女史として出ていくのは見ていなかったみたいでよかった。

もっと言うと、セオドリック様が影武者と入れ替わるのも見ていないのでむねをなでおろす。

他人の秘密は話せないもの。

「それを見られていたのね。私ったら迂闊だったわ」

「私は平民だけど、まだ友達だから」

「身分なんて関係ないわ。私が初めて真実を話した友達だから」

私達はハグをして、握手をした。


「ところで、あのアッシャー様って何者なの?」

ドキッとする。

本当の事は話せないからオフィシャルな事だけを伝えておこう。

「ハートフォード公爵家の執事よ。元々は王城に勤めていたらしいわ。どうしたの?」

「私、アッシャー様に勧められて新しいアルバイトに就いたの」

「それは確か聞いたわ」

「寮付きでね、すごく快適な居住空間なの。でもね、勤務先は『魔道具研究所』って、表向きは民間の企業なのに、国の機関なのよ…さっき送ってくれたニールは、エラもっている人よ」

「私が知ってる?誰だろう。国税局の人?」

それはかなり不味い。


「違うわ。あの地下のパーティーで、私たちを助けてくれた給仕よ。あれはニールだったの。と言う事は、何が言いたいかわかるよね?」

「つまり、諜報機関って事?」

「そうよ!そんなものが街中にあって、たくさんの人が働いているなんてね」


チェルシーの話を聞いているうちに、怒りが込み上げてきた。

セオドリック様は、チェルシーまで巻き込もうとしている。

何とかしてチェルシーをこの仕事から引き離さなきゃ。

危険な目に遭ってもらっては困る。

「だんだん腹が立ってきた!何で私が秘密を守らなきゃいけないのよ」

怒り出す私を見て、チェルシーがあたふたする。

「どうしたの?」

「私もアッシャーさんから諜報活動に誘われて、それまがいの事をさせられているのよ。でも、怒っているのはそこじゃないの。チェルシーを巻き込んだ事よ」

「そんなに怒らないでよ。ほら、報酬がいいし」


「チェルシー、あなたのウチはお金持ちよ。もっと言うと、チェルシーの作る靴のおかげで、すっごく裕福なの。あなたのお祖父様は貯金しているだけだから、変化に気がつかないかもしれないけど」

「???そうなの?」


「そうよ。だからチェルシーは無理に働かなくてもいいのよ。好きに演劇に打ち込めるのよ。それを知っているくせにチェルシーに伝えないどころか、働かなきゃいけないって思っているチェルシーに漬け込むなんて。許せない」

「落ち着いて」

「無理無理。アッシャーさんはね、2人いるのよ」

低い声で伝える。

「双子って事?」

「違うわ。チェルシーをこの仕事に引き込んだのは、アッシャーさんになりすました私の婚約者。セオドリック・ハートフォード公爵様なの。絶対に許さない」

「まあまあ、そう言わないで。私、意外とこの仕事好きかもしれないの」

驚いてにっこり笑うチェルシーを見る。

「この仕事が好き?」

「コーディに依頼されて行っていたなりすましと違って、国の役に立っている上に、緊張感が半端ないのよ。舞台に立つより緊張するのよ。これって天職じゃないかしら」

まってまって。

チェルシーが毒されている。

おかしくなってきたわ!


「実は、次の仕事も受けているの。内容は、王城でダニエラ・クルーガー子爵の侍女をする事。侍女ってした事ないから憂鬱だったけど、エラの侍女なら楽しみだわ」

チェルシーは鼻歌を歌いながらルンルンしている。


一体どうなっているのか頭が痛くなってきた。

「私、正式な職員にならないかって誘われているの。職員になって、これからも色々と楽しむつもり」

だんだん違う方向に向かっているわ。

もう、どうなるのかわからない。


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