チェルシーの転職2-1
チェルシーは、部屋の片付けに飽きてきた。
一息吐こうかしら。
それなりに気に入っていたこのアパルトマンから急遽引っ越す事になり、大急ぎで荷造りをおこなっており、ちょと途方に暮れていた。
狭い部屋だと思っていたけど、片付けてみたら、想像以上に荷物があったのだ。
朝から準備をしていたので、うーんと背伸びをして窓を開ける。
相変わらず眺望はない。
外の空気を吸いながら箱が積まれた部屋を見る。
色褪せた壁紙とはもうお別れね。
引越しが決まったのは3日前。
しかも、明日新居に移る。
事の発端は、一週間前に出席したパーティーだった。
魔道具が奏でる音楽に、洗練されたドレスやタキシードを纏った沢山の人。しかもみんな仮面をつけており、素顔は晒さない。
そのパーティーにエラと出席したのだ。
怖い思いもしたけれど、あれから夢の中をフワフワと漂っている気分だ。
豪華な魔法石のネックレスに素敵なドレスを自分が纏っていたなんて信じられない。
分不相応な素敵な思いをさせてもらったのに、パーティーの後、危険に晒してしまったと、エラの雇い主であるアッシャー様から謝られた。
依頼内容はこなせなかったから謝らないといけないのはこちらだと思うけど、アッシャー様は新しい仕事を紹介してくれるそうだ。
新しい仕事って何かしら?
カサブランカの臨時歌手も、劇団の練習や公演も全部そのまま続けられる上に、寮まであるって最高じゃない。
しかも、居住費は無料で、冷暖房も家具も付いているらしい。
夢のような新居だわ。
今のアパルトマンは夏暑く、冬寒かったから、もしもボロボロだとしても、それだけで引越す価値がある。
ただ、たった4日で引越さないといけないから、急いで引越用の箱に服や小物を順番に詰めていたのだ。
あらかた荷造りを終えて、コーヒーを入れて椅子に座ると、クローゼット横に丸めたまま置いてあるポスターに目が止まった。
以前所属していた劇団のポスターでコーディが主役のものだ。
捨てなきゃ。
そう思うけれど、やっぱりコーディのポスターは捨てられなくて、引越しの荷物に入れる。
未練がましいのはわかっている。
捨てられないダメな自分がいる事に呆れてしまうけど、どうしようもないのだ。
コーディが婚約したと聞いた時はショックだった。
しかも相手はまだ18歳。
若さでは敵わないけど、私にだって勝てるものがあるかもしれないじゃない?
少なくとも、歌では勝てる筈だし、これまでコーディの事を見ていた時間だって勝てる。
って、張り合ったところでどうなるわけでもない。
単に私は選ばれなかっただけだ。
…考えないようにしよう。
黙々と残りの荷物を詰めて、引越しの荷物を積み上げていると、大切な事を思い出した。
おじいちゃんから仕事を頼まれているんだった。
急いで支度をして、アドラーの魔法靴屋に向かう。
「チェルシー、お前に仕事を頼まなきゃいけなくなって申し訳ない」
「気にしないで」
おじいちゃんに家族のハグをして、古ぼけたソファーに座る。
「ワシの昔馴染みが、ホテルの支配人をしてるんだがな。パーティーの予約があるらしいが、今流行りの風邪で接客の人数が足りないそうなんだ。頼めるか?」
「もちろん!給仕の臨時バイトは何度も経験あるから。ところで、急な事なんだけど、明日引越す事になったの。新居は決まってるんだけど住所がよくわからないから、また連絡するわ」
「チェルシーらしいな。わかった。連絡待っておるよ」
簡単な仕事だから問題ないわと、指定されたホテルに向かった。
王都には沢山のホテルがあり、庶民向けから貴族向けのホテルまで、無数に存在する。
今回のお仕事は、ミドルクラスのホテル。
主に子爵家以下の爵位の方々御用達で、場合によっては、大きな商会や有名オートクチュール工房のパーティーなども開催されるそうだ。
今回は王都にある貴族向けの家具屋のパーティーが行われるので、そのお手伝いに呼ばれた。
商会の設立10周年パーティーと、次男の婚約発表も兼ねているらしい。
おじいちゃんの知り合いの支配人に挨拶をして、本日の説明を受ける。
「近頃、風邪が流行っているせいで数人休んでいてね。急遽仕事をお願いしてしまい申し訳ありません。アドラーさんの靴は山に入る時、愛用させてもらってるんですよ」
支配人は楽しそうにお爺ちゃんとの関係を話してくれた後、仕事について説明してくれたあと、注意事項を聞く。
「招待客リストに貴族が一定数いるので、注意してください。たまに、ちょっとした事で不敬だなどと言ってくる人もいますが、その場合は私を呼んでください」
「かしこまりました」
本当に人手が足りないようで、臨時に呼ばれた給仕が私以外にも数人いた。
なんとかなるわよね。
初めは良かったのだが、軽はずみに引き受けた事を後悔するのはパーティーが始まってからだった。
賑やかというより、うるさい喧騒の中にいるようで、パーティーというより騒がしいバルにいるようだわ。
普段の給仕のお仕事より、なんだか忙しい。
「バンケットコーナーのトレーを下げて」
「はい」
馬鹿騒ぎしている横を通り過ぎる。
お祝いのパーティーにしては、なんだか雰囲気が違う。
一週間前の夢のようなパーティーと比較してはダメなのかもしれないけれど、本当に参加者は貴族ばかりなのかしら?
先ほどから、ワインを注いだグラスを、テーブルに並べるがすぐに無くなる。
並べても並べてもすぐに無くなるのだ。
招待客はタダ酒を笑先にとバーゲンセールの服のように持っていき、すぐに飲んでしまうからだろう。
食事も同様だ。
バンケットコーナーは追加しても追加しても追いつかない。
この会場にお腹を空かせた熊でも紛れ込んでるのかしら?
お酒もお食事も無くなるスピードが尋常じゃないわ。
招待客の半分は、お祝いというより騒ぎに来ている感じね。
ダンスを踊りたくないと言っているご婦人を無理矢理誘う殿方や、好みのタイプの男性を見つけてはしなだれかかる若い女性。
雛壇の若い男女が今回の主役だろうが、みんな好き勝手だ。
「床にお料理をこぼしちゃったわ」
酔った女性の声が聞こえてそちらに向かうと、お皿ごと落としたのか、割れた皿と散らばったお料理があった。
掃除道具を取りに行って、お皿やこぼれたお料理を回収し、綺麗に掃除をする。
床の汚れを全て綺麗にして立ち上がろうとした時だった。
「床に這いつくばって何をしてるんだ?」
酔った中年男性が話しかけてきた。
ニヤニヤして足元がおぼつかないので、相当酔っているようだ。
「お食事がこぼれましたので、綺麗にいたしました」
「何処でも綺麗にしてくれるのなら、これから私の入浴に付き合ってくれ。私も綺麗にしてもらいたい。君はメイドだろう?男爵の言うことは聞かないとな」
貴族の酔っ払いってこんな酷いの?
なんなのよこのオジサン。
この場を切り抜けるために立ち上がろうとした時だった。
「仕事中の女性に絡むのはやめたらどうですか?ジョルジョさん。貴方は貴族じゃないし、本物の貴族はそんなこと言いませんよ」
助け舟を出してくれたのはパーティー参加者の若い男性だった。
黒豚のメガネに、栗色の前髪を下ろしており、礼服の胸には騎士団の紋章がついている。
「なんだ、ニールか。お前、騎士団に入団したのに、パレードや行事に参加しているを見た事がないぞ?しかも、雛壇にいるミレットは、お前の元婚約者で幼馴染じゃないか」
酔ったオジサンが呂律の回らない言い方で、男性をなじる。
「お前、寝取られたのによく参加できるな。ミレットの親父さんに聞いたが、騎士団が忙しいってたまにしか連絡をよこさなかったそうじゃないか。本当に騎士団にいるのか?」
「ええ」
「王都の娼婦館で客引きしているのを見たって噂や、荷馬車で女といちゃつきながらいるのを見た噂も聞いたぞ。騎士団って嘘ついて女と遊び歩いてるんじゃないのか?」
「違いますよ、本当に忙しかったんです。それに私じゃありませんよ」
私を助けようと間に入ったばっかりにとばっちりを受けている。
「確かにお前じゃないな。お前は女にモテるタイプじゃない。野暮ったいしな。ミレットの手も握らなかったんだろ?だから寝取られたんだよ。ほら、雛壇見てみろよ。あの胸に細い腰!ワシならすぐに手を出すけどな」
男性はニヤつくオジサンを嗜めながら、こちらをチラリと見て目配せした。
動けって合図だと思ってそそくさと逃げ、壁際へと移動した。
紳士的な人だったわ。
ただし、婚約者を寝取られたのよね。
見た目は…今まで見てなかった雛壇を見る。
なんともいえないわね。
ちょっと野暮ったく見えるのは、黒縁のメガネに、下ろした前髪のせいだと思う。
鍛えた体をしているように見えるし、それとは対照的に雛壇の男性はただ細いだけ。
体動かさないのね、きっと。
新婦は細いウエストに、大きな胸とお尻で、妖艶なタイプ。
綺麗にカールさせた長いブルネットをしきりに触り、若い男性が雛壇に近づいてきたなら、すかさずボディータッチをしている。
自分が美しいと思っているのか、はたまた結婚してもなお男性にモテたいのか。
友達にはなりたくないタイプね。
でも、何故元婚約者の男性が会場にいるのかしら?
私なら出席しないわ。
助けてくれた男性は、あの酔っ払いを上手に落ち着かせて会場の外へと連れ出し、戻ってくるとそばにいた若い男性と話し始めた。
本当はマナー違反だけど、会話を盗み聞きすることにしよう。
ちょっとあの男性に興味が湧いたわ。
「ニール、騎士団はどうだ?」
「遠征が多くてほとんど王都にいないんだよ」
「じゃあ久々に戻ったんだろ?ミレットの婚約発表のパーティーなんて、貴重な休みに出なくてもいいのに」
「俺が3年間一度も戻らなかったから、痺れを切らしたミレットが他所に行っても仕方ないと思う。今は幼馴染として参加しているんだ。たまたま休みも取れたし」
ここで、厨房に料理をとりに行くように言われて盗み聞きは終わった。
騎士団に所属するって大変なのね。
エリートコースなのに。
色々なことを考えながら、バンケットコーナーの料理を交換して、空いたお皿を片付ける。
カートを動かしてまた厨房へと向かっている時だった。
あの後ろ姿は間違いない、コーディだ。
この商会と繋がりがあるんだわ。
話しかけたいけど、今私は給仕だから話しかけるのは憚られる。
それなら、あっちから気づいて話しかけてもらえばいいんだわ。
コーディの視界に入りたいから近くに移動しようとして足が止まる。
コーディは1人じゃない。
隣に女性がいる。
淡いストロベリー色の長い髪を後ろで編み込みにした、若い女性だ。
顔立ちは少し幼いが、ボディは完璧。
出るところは出ているのに、細いウエスト。
プリンセスラインの淡いブルーのドレスを纏っているのが、美人というより可愛らしい。
ワイングラスを持つ右手に光るものが見える。右手の人差し指には婚約を示す大きなダイヤモンドの指輪だわ。
きっとあの時に相談を受けた指輪だろう。
諦めようと決めたはずなのに、コントロールが効かない泣きたい感情に押し流される。
コーディと婚約者の仲睦まじい姿を目の当たりにして、頭で考えていたのとは違う、心の奥がぎゅっと潰されたような、水の中で息をしようとしているような、感じた事のない気持ちに支配される。
今までファンの女の子達がコーディの腕に絡みつく姿や、役の中でダンスをする姿を何度も見たじゃない。
舞台上では、ヒロイン役の女優と抱き合ったり、キス寸前の演技も幾度となくあったわ。
でも、こんな気持ちに一度もならなかった。
コーディは優雅にパーティーに出席しているのに、私は酔っ払いに絡まれながら働いている。
今、自分はどんな顔をしているのかしら。
もしも声をかけられたら、にこやかに笑えるかしら。
「あの、体調が悪そうですけど大丈夫ですか?」
話しかけられて、我に返る。
振り返ると、そこには先ほど酔っ払いから助けてくれたニールと呼ばれている男性が立っていた。
「あっ。だっ大丈です」
「酔っ払いに絡まれて大丈夫でした?もしかして気分が悪そうなのはそのせいですか?」
誰にも気づかれないと思っていたのに、不意を突かれたせいで涙が滲んできた。
「泣かないで。そんなに辛い思いをさせて…」
私の態度に狼狽して右往左往している。
ニールさんのせいじゃないのに、申し訳なくなってまた涙が出そうになってきた。
感情のコントロールができない。
「少し風にあたってきます」
料理もお酒も行き届いているから大丈夫。
あの2人が視界に入らないところで、しかも気持ちをリセットできる場所に行きたい。
「チェルシー、奥のトレー下げてくれる?」
ここで、指示が来たので仕事を中断できなくなってしまった。
「かしこまりました」
平静を装い返事をすると、ニールさんは心配そうにこちらを見る。
「酔っ払いに絡まれていた事を説明しておくから休んだら?」
見ず知らずの私の事をこんなに気にかけてくれるなんて、ニールさんは婚約破棄をされて肩身の狭い思いをしているはずなのに、なんて優しいんだろう。
「大丈夫ですから。きにかけて頂き、ありがとうございます。仕事に戻ります」
この人は辛い立ち位置なのに、逃げもせずパーティーに出席しているのに、私だって頑張れるはずよ。
ちらっとコーディを見て、自分を落ち着かせるために息を吐く。
それからニールさんに向かってニコッと笑い、仕事に戻ろうとした時だった。
「聞き覚えのある声がしたと思ったら、チェルシーじゃないか。今日はここでアルバイト?」
コーディに気づかれてしまった。
背後から話しかけられたので、振り向かざるを得ない。
また泣きそうになるのをグッと堪えて笑顔を作る。
「コー、ガルシア…しっ子爵令息様、何かご入用ですか?」
公の場では、平民と貴族なので名前で呼んではいけない。
それくらいはわきまえている。
「マディ、こちらは不定期に仕事を依頼しているチェルシーだよ」
隣には、先ほど盗み見た可愛らしい顔の女の子が立っていた。
「まあ!コーディ様は色々な方との交流がありますのね。わたくし、平民の方との交流がございませんの」
上目遣いのマディ嬢に対して、コーディは嬉しそうに微笑む。
「販路拡大するには、幅広い層に使ってもらわないといけないから、たくさんの人と働くのは大切な事なんだよ」
「ふふふ。コーディ様ってすごい方なのね。あちらに、お父様のお知り合いがいらっしゃいますわ。急いでご挨拶しなきゃ」
マディソン嬢は、コーディの腕を引っ張る。
コーディはこちらをちらっと見たが、何も言わずに行ってしまった。
「仕事の上司なの?」
ニールさんが、驚いた様子で聞いてきた。
「いえ、あのー。昔、ガルシア子爵令息は俳優をしていたんです。その時の劇団仲間です。今はたまに仕事の依頼を受けているんです」
「そうなんだね。ガルシア子爵家の次男コーディ様と、メイデス子爵家のマディソン様は、商会側の招待客だ。メイデス子爵令嬢は、確か…騎士学校総代の追っかけの1人じゃなかったかな」
「追っかけ?」
「そう。しょっちゅう差し入れを持ってきたり、待ち伏せしたり。既成事実まで作ろうと、寮に忍び込んだ子だよ」
「寮に忍び込む?あり得ないわ」
「だろ?これ以上何があったのか言うのははばかれるくらいの事をしたんだよ」
「そんなに酷い事を?」
「騎士学校から接近禁止命令が出る、くらいにね。噂は広まるのが早いから、騎士で結婚相手を探すのは難しいだろうね。当然、武闘系の家系の中でも噂は広まっているから、商業系の相手を探すしかないんだろう」
「それは…凄い女性なんですね。あんなに可愛らしいのに」
ため息を吐く私を見て、ニールさんは笑った。
「なんか元気出たみたいだね」
本当だ。
今は、先ほどまでの気持ちから少し解放されている。
「ありがとうございます」
笑顔で礼をすると、トレーをバックヤードに持っていった。
もう何をしたってコーディは私には振り向いてくれない。わかっていたことなのに。
なんとかしてこの気持ちを忘れなければ。
曰く付きだろうがなんだろうが、あんなに若くて可愛い婚約者なんだもの、きっとコーディが夢中なんだろう。
この後、パーティー会場に戻りたくなくて、食器洗いに専念した。
それからアパルトマンに帰るとふて寝をした。
明日になったらきっと何かが変わるから、そう信じないと折れそうな気持ちを保ちながら。
朝になっても、悲しみや胸の痛みに混ざってまだ買えない淡い気持ちは消えなかった。
身支度をして鏡を見る。
酷い顔。
忘れるためには引越しはいいタイミングなのよ。
自分に言い聞かせて時計を見る。
そろそろ迎えが来る時間だ。
階段を降りると、すでに迎えの馬車が来ていた。
「チェルシーさん、おはようございます」
アッシャー様が既に待ってくれていたのだ。
「おはようございます。荷造りは終わっています。先日お願いしたように、家具は処分頂ければと思います。それ以外の箱は、新居に持っていきますのでよろしくお願いします」
「かしこまりました。ここからの手続きはチェルシーさんの同僚となる方が、寮でお待ちなのでこの馬車で向かってください。この封筒を渡していただければわかると思いますよ」
アッシャー様は馬車には乗らずに見送りをしてくれたので、私は礼をする。
すごくいい人だわ。
平民の私にも丁寧に接してくれるもの。
乗り込んだ馬車は王都西側の魔道具街に入ると、6階建のビルの前で止まった。
『レッドウッド魔道具修理研究所』
魔道具研究所?
簡単な仕事だって言ってたけれど、私は魔法が得意じゃない。
どうしよう…。
きっとすぐにクビって言われるわ。
アパルトマンも引き払ったし、あまり楽観的にはなれない。
嫌な汗が止まらない。
でも、もう後戻りはできないので、意を決して馬車を降りる。
研究所はスリガラスでできた両開きの扉だったので、押してみたが開かない。
ノブはないし呼び鈴もないので、どうやってあげればいいのかしら。
困っていると、後ろから離れかけられた。
「君、新人さん?」
振り返ると、そこに立っていたのは黒縁のメガネの、昨日のパーティーで助けてくれたニールさんだった。
「あっ。昨日のパーティーで助けて頂いてありがとうございます」
「昨日の…えっと、昨日の給仕の子?君が新人さん?」
ニールさんは騎士団所属だって昨日話していたのを盗み聞きしたけど、本当は魔道具工房の職員なのかしら。
なんで嘘なんてつくんだろう。
あまり信用できないタイプなのかもしれない。
「はい。多分」
「多分って、どういう事?君は優秀だからここに就職するんじゃないの?」
「えっと。アルバイトです。寮付きだって伺いました」
「上の指示なら、そうなのかな?初めてのアルバイト採用だから、わからない事は配属される部署の上司に聞いて」
「配属される部署?魔道具は修理と開発があるのかしら?私はどちらもできないわ。魔法が苦手だもの。だから、清掃なら得意だから、そういうところに配属になるわね」
「清掃なら、うちの部署だよ」
掃除のお仕事の人なのね。確かに婚約者には言いづらいかもしれない。だからといって騎士団なんて嘘をつかなくても、普通に研究所の職員って言えばいいのに。
嘘を突き通すのはプライドが高い人なのかもしれない。普通にいい人なのに、なんだか残念。
「これを渡すように言われたの」
先ほどアッシャー様から頂いた封筒を渡すと、ニールさんは中を確認してからこちらを向いた。
「私はニール・カーター。みんなは普通にニールと呼んでいる。これからよろしく」
握手の手を差し出してくれたので、握り返す。
「チェルシー・アドラーです。私のことはチェルシーと呼んでください」
見栄っ張りだけど、いい人のニールと上手くやっていけるかな。
アルバイトで寮に住める仕事なんてないから頑張るしかないか。
「ここは本館だよ。寮に案内するからついてきて」
一階は、修理の受付ブースと引き取りブースがあるだけだった。
正面玄関から出て、裏の建物に入る。
「このドアは魔道具だから鍵は必要ないよ。一階は、清掃部、二階は修理部、三階は開発部と所属部署でフロアが決まる。チェルシーは一階で、115号室。部屋は鍵があるから、無くさないように」
渡されたのは、複雑な魔道具を組み込んだ鍵で、恐る恐る受け取る。
鍵だけでも高価そう。
「室内を説明するから、鍵を開けてくれる?」
「わかったわ」
鍵を差し込むと魔道具が反応してドアが開いた。
中をのぞいて驚く。
広いワンルームで、天蓋付きのベッドに、眠れるくらい大きなソファー。
「魔道具のシステムキッチンだよ」
「そもそもシステムキッチンってなんですか?」
「クズ魔石を燃やしながら料理をしたり、水を出すために魔力を使うとかしなくてもいいんだよ。手をかざせば水が出るし、火も使える」
「魔力は必要ないんですか?」
「ないよ。生活魔法を使えない人もいるからね」
あまりにもすごくて感動する!
最新式の魔道具に囲まれた部屋がタダなの?
お掃除であろうがなんだろうが、絶対に頑張るわ。
「君の引越し荷物はここにおいてもいい?」
「お願いします」
ニールが先ほどの封筒を開ける。
すると、勢いよく荷造りした箱が飛び出してきて、部屋に積み上がった。
最後に、ちゃんと蓋を閉めなかった箱が落ちてきて中身がこぼれ落ちる。
コーディが主演の舞台ポスターや、劇団時代のグッズが散らばった。
慌てて拾うが、それと同時にニールも慌てて拾ってくれている。
見られたくないものばかりが散らばっている!
「色褪せた古いポスターだね。主演は、コーディ・ガルシア子爵令息?このグッズもガルシア子爵令息の応援グッズ?」
ニールが拾ってくれた物をひったくるように受け取るとゴミ袋に入れた。
「劇団時代のグッズなの。解散した時、一旦預かったのよ。クローゼットの荷物を全部箱に詰めたから入ってたのね」
ニールは何かを察したのか、同情するような目でこちらを見る。
「爵位持ちと俺たちは相入れないモンだよ。仕事に専念するしかないな。午後は今後の説明がある。13時に本館2階の会議室に来て」
ニールは私の肩を叩くと部屋から出て行った。
恥ずかしい。
心の中を覗かれたみたい。