パーティーでの危機3-3
メイク台には、私達以外にもおしゃべりをしている女の子が2人いた。
メイク台に口紅を並べて、どの色にするか迷っているようだ。
仮面をつけているから、年齢はわからないがドレスのデザインからするとかなり若そうだ。
しかも、並べている口紅はどれも高級品である。
「酔ったのならしばらく休んだ方がいいわ」
と声をかけてくれたあと、こちらを向いて驚いた声を出す。
「まあ!今日、双子コーデの素敵な女の子がいるって噂されてたの。あなた達の事ね」
え?
噂されてるの?驚いて思わず酔ったフリを忘れそうになるが辛うじて思い出す。
「入口のセキュリティーチェックで足止めされている女の子たちの格好が可愛いって」
「私も聞いたわ。年代物のネックレスに素敵なデザインのドレスで。それ貴女達よ」
2人は矢継ぎ早に楽しそうに話す。
「そのドレスのデザイン、あまり見ないからどこで買ったか聞きたかったの」
「そのネックレス、過去に同じようなものをオークションで見た事あるんだけど、かなり高いのよね?」
「そうそう。魔法石だけでできたネックレスでしょ?すぐにわかったわ。ウチのお婆様がコレクターなのよ」
私達の返事を聞かずに2人は話を続けるので、私達は話に加わらずに奥の椅子に腰掛けた。
この子達に聞かれたらマズいので、気分が悪い様子を醸し出しながら、チェルシーにもたれかかる。
それから、囁くように小さな声を出した。
「いい?人に聞かれたら困る事を言うわ。今から言う事がYESなら、手を1回握って。NOなら、手を2回握って」
チェルシーは手を1回握ってくれた。
「あのお酒、見たことある?」
2回握られる。
見たことないのね、よかった。
「あれはかなり危険なお酒よ。絶対飲んじゃダメ。わかった?」
1回握られる。
「それに一刻も早くここから出なきゃ。協力してくれる?」
1回握られる。
すると、チェルシーはフラフラと立ち上がった。
さっきまでしっかりした足取りだったのに、何か考えがあるのかしら。
「なんか急に気持ち悪くなってきたわ」
本当に気分悪そうに声を出すと、個室に入りドアも閉めずにトイレに屈みこんだ。
「おええええ」
女性にあるまじきオジサンのような声で、嘔吐音を漏らす。
あまりの声に、化粧室にいた女の子たちが少し引いている。
「ねえあなた、大丈夫?」
一人が声をかけくれたが、チェルシーの声はくぐもっていた。
「ダメみたい。おええええ」
チェルシーの背中をさすらながら覗き込むと、目で合図を返してくれた。
チェルシー笑っている。
演技なんだわ。
「あの…おえええ…コーディ様を…うぷっ…コーディ様にもう体調が悪いから帰りたいと伝えてくれないかしら」
屈みこんでいるチェルシーの演技は迫真にせまっているから、演技だとは思わないだろう。
個室を見に来た子は、高そうなドレスで膝立ちになり、嘔吐をしている後姿を見て、ちょっと引いているようだ。
初めてのパーティーではしゃぎすぎて飲みすぎたんだと勘違いしているのね。
「…わかったわ。でも私、コーディって人知らないの。ほかに誰とお話していたの?」
最初は私が体調が悪い振りをしていたから、嬉々として喋るのはおかしいので、私も飲み過ぎたフリを続ける。
「…えっと、ロミオ様と、ロベルト様よ」
「もしかして奥のVIP席にいたの?あの席はなかなか行けないのよ?それなのに飲みすぎ?ありえないわ!!次がもしもあるなら気を付けなさい」
「今回は探してきてあげるけど、次は飲みすぎないようにね。パーティーは危険がいっぱいよ?」
楽しそうに笑いながら、先ほどの二人組は化粧室を出て行った。
迷惑をかけて申し訳ないわ。
知らない人を探すって大変なのよね。
広い会場に、沢山の人がいるから、むしろ見つからない可能性の方が高い。
そもそもコーディは、私達と別行動を取っていたけど、どうやって送り届けるつもりだったのかしら?
そんな事を考えていたら、化粧室のドアが開いて先ほどの女性が顔を出した。
「外にコーディって人がいるわ。次にパーティーで会ったら、ドレスや宝石の事聞かせてね。じゃあね」
と言って、手をヒラヒラ振っていなくなってしまった。
お礼も言えずに巻き込んでごめんなさい。
化粧室は女性専用だし、開けっぱなしにはできないので、ドア越しでコーディに話しかける事にした。
「コーディ様、私、足元がふらつくの。それからお姉様は気分がすぐれないみたいだわ」
普段は感情を出さないようにしているから、声色を使うのは難しい。
「君はそれなりに平気そうだね。チェルシーは飲み過ぎか?」
コーディは『リザリー』という設定をすっかり忘れている。
「2人とも、よ。飲み過ぎたみたいで気持ち悪いの」
「君の飲みっぷりは知らないが、チェルシーが簡単に酔うなんて。よっぽど強い酒を一気飲みしたのか?せっかく、あの席に誘ってもらえたのに。俺だってまだ誘ってもらったことがないんだよ」
どうもチェルシーに嫉妬しているようで、大人げない。
っていうか、コーディも相当酔っているのかもしれない。
「俺はまだ帰らないから、君たちは奥の空いている部屋で休んでいるといい。帰る時声をかけるから」
そんな無防備な事、怖くてできるはずないじゃないと思ったけど、今は深酒をした演技を続ける。
「わかったわ。どこかお部屋を借りて休んでいるわ」
危険からは逃れられないなら、なんとかしてここから逃げ出す方法を考えなきゃ。
チェルシーのところに行き、コーディからどこかの部屋で休んでいるように言われたことを伝える。
「なんとかしてここから出なきゃ」
チェルシーと2人、小声で考えを言い合うが答えは出ない。
ここは地下だから窓はない。
エントランスから堂々と出ていく場合、違法なお酒を勧めてきたVIP席の男性達に連れ戻される可能性がある。
上を見上げると、天井付近には小さな通気口があった。
空気を滞留させないためだけど、メンテナンス用の扉がどこかにあってもおかしくないはず。
「ちょっと待っていて」
チェルシーの隣のお手洗いに入り、透視魔法を使う。この魔法が使えるのは、主に貴族だけなので、チェルシーには内緒にしたい。
室内全体を魔法で透視する。
あった!
チェルシーのいる個室に、外に続くドアがある。
どこまで続くのかはわからないけど、これで外に出られるかもしれない。
「ここに、ドアが隠してあるみたい」
チェルシーに耳打ちしてから、魔力を掌に込めて、壁をゆっくりと撫でていく。
見た目を綺麗にするために隠匿魔法が使われているはずだ。
でもここから出ていく人なんているはずないんだから、鍵なんてかかっているはずないし、簡単に開くはずだわ。
魔力に反応したのか、カタンと何かが外れる音がして、いきなり鉄のドアが開いた。
屈むとなんとか歩ける高さで、横幅は男性1人くらいの幅だった。
「エラすごいわ!危険かもしれないから先に行くわね。昔、うちの靴屋に出入りするオッチャン達に護身術習ったことがあるの」
無謀にも入ろうとするチェルシーのドレスの裾を掴んで止める。
「真っ暗の中を進んじゃダメ」
光魔法で奥を照らしてみると、3メートル先に扉があった。
外に出られるかも。
チェルシーがドアを開けると、そこは建物の外だったが、残念ながらまだ地下だった。
広い地下道のような空間で、ワインや酒瓶の箱が沢山積まている。
そこに、空のワインボトルを持った男性給仕がやってきた。
積み上がった箱の影で私達には気がついていないようだ。空瓶を捨てる箱は簡単な作りで隙間だらけだから、箱の影に私達がいることに気がついても良さそうなのに、全く気が付かない。
男性は瓶を捨て、歩きながら箱の影に向かってきた。
誰もいないと思っていたようで、顔の全面を隠す仮面を取ると、胸ポケットからタバコを出して口に咥え、指先に火魔法を灯した。
タバコに火を着ける寸前で私達を見つけると、驚いたのか指先の魔法が消えて、慌てて口に咥えたタバコをポケットに突っ込む。
「おっお嬢様方、どうやってここに?ここにいては、危険です」
裏口がどう危険なのか疑問に思ったが、給仕は慌てている。
「本当に危ないんですよ」
何が危ないのか聞こうと口を開こうとした時、給仕が私達の口を押さえて、物陰に隠れるように引っ張った。
口を押さえられたまま、ゴミ箱の影に押し込められる。
その勢いで、チェルシーの仮面が取れて足元に転がった。
「な!」
何するのよって言いたかったのに、言葉が止まる。
鉄の扉の開く音がして、男性と女性の声が聞こえてきたのだ。
「まあ綺麗!魔法で作った空なのね。それで、本当にいいのかしら?私にそんなことができるかしら?」
女性の声は酔っていた。呂律がイマイチ回らないようだ。
どこから聞こえるのかと思ったら、斜め上にバルコニーのようなものがある。
バルコニーの奥には、満天の星空が見えた。ここって地下のはずなのに。
暗がりのため、2人の姿はイマイチ見えないが、かなり親密なようだ。
「ララ、君は特別だよ。さあ、行こう」
「楽しみだわ。これは私とアレク様だけの秘密よ」
男性の声で呪文のような言葉が聞こえたが、何を言ったのかは聞き取れない。
驚いたことに、天井から人が乗れる大きさの箱のようなものが降りてきて、2人は乗り込んだ。
あれは噂に聞くエレベーターね。
そんなに見ちゃいけないことなのかしら?
と思っていたら、今度は足音と共に男性数人が裏口から出てきた。
「オークションの宝石より、いい宝石を付けてた二人組がいたらしいぞ」
「ああ、聞いたよ。魔法石だけでできたネックレスだろ?」
「クズ魔法石らしいから、石には価値はないが、あれを作った魔術の方に価値があるらしいな」
「販売当初はクズ魔法石のネックレスで量産品だったみたいだけど、今は残ってないから高値で売れるらしいぞ」
「令嬢と宝石セットで売ればいいのに」
数人の男達から笑いが起きる。
「宝石も女も高く売れるといいがな、どうかわからないぞ?そもそも誰かの所有物だからあんな珍しい石を付けてきたのかもしれないしな?」
「確かに」
男達は喋りながら未開封のワインの箱をカートに積んでいるようだ。
今の話題ってもしかして私達の事なのかしら?
「おい、一箱足りないぞ」
「今日の目玉品の箱が無いじゃねーか!探せ!」
1人が怒ったように叫ぶ。
歩き回る足音が聞こえ、タバコの匂いがふわりと漂ってきた。
すぐ側にいるんだわ。
給仕の体に力が入っている。
きっと私達を守るつもりなんだ。
「空き瓶用の箱に紛れてないか?」
声がかなり近くで聞こえている。
ゴミ箱の横にいるのかもしれない。
角度によってはチェルシーから落ちた仮面が見つかってしまい、ここにいることがバレてしまう。
もしもに備えて体に力が入る。
「あったぞ!箱に『花瓶』って書いてあって気が付かなかった」
離れたところから声が聞こえた。
「それならよかった。空き瓶用の箱を退けるとなると、服が汚れる」
物を退かす音が聞こえ、足音が遠ざかっていった。
給仕は私達を押さえていた手を緩めると、周囲を確認して小声を出した。
「申し訳ありません、お嬢様方。なんだかお二人が何かから隠れようとしているのかと思いまして咄嗟の行動に出てしまいました」
「助けてくれてありがとうございます」
チェルシーがお礼を言う。
「さっきの噂話、お二人の事だと思いますから、エントランスからお帰りいただいた方が安全だと思います」
給仕はすごく心配してくれているようだ。
「しかし、どうやってここに来たんですか?裏口に続く通路に入らないとここまで辿り着けませんが、お二人の服装だと途中で止められたはずです」
「化粧室からよ」
「そのような場所から!どうして外に?」
「帰りたかったのだけど、自分の馬車で来たわけではないからよ。待っているように言われたのだけど、ちょっと…」
「身の危険を感じたのですね。では、エントランスに辻馬車を呼んでもらえるように支配人に申し伝えますので、化粧室の扉からお戻り頂けますか?」
「わかったわ」
「化粧室から出て、右に進み、2番目の談話室にお入りください。私もそちらに行きます。なるべく早くお願いします」
給仕は仮面を被り直し、礼をすると裏口から戻って行った。
私達は化粧室に戻る扉を開けて、中に入る。
幸いなことに誰もいなかった。
「チェルシー、楽しいパーティーだったのにごめんなさい」
「気にしないで。そもそもコーディの依頼なんだもの」
すごく申し訳なさそうにしている姿を見て胸が痛む。
アッシャーさんから参加を命じられたのだから、チェルシーは悪くない。
私の素性も偽っているし、そもそも、このネックレスが目をつけられたのだから、どんなに謝っても足りないかもしれない。
「エラが珍しいお酒を知っていたから危険を回避できたのよ。本当にエラって凄いわ。でも、なんでそんなお酒知っていたの?もしかしてカサブランカに持ち込もうとしたお客さんがいたとか?」
違法なお酒を持ち込もうとする貴族はいないし、カサブランカが危険な場所だとは勘違いしてほしくない。
「違うわ。危ない目に遭わないようにローズサファイアさんが教えてくれたのよ。歌姫って職業は多くの人に言い寄られたらしいから」
「…なるほど。私は全く言い寄られないから、歌手としても俳優としても未熟ね。振り向いて欲しい人は1人なのにね」
お酒のせいで、自虐も楽しそうに話しているけど、それが本心なのね。
「お話は尽きないけど、談話室に向かいましょう」
談話室は「利用中」の札が掛かっていて、開けるか迷ったけど、ノックをして中に入る。
すると、すでに給仕の男性が待っていた。
「お嬢様方、辻馬車を手配いたしましたので、しばらくお待ちください。では、私は失礼します。後に支配人が呼びに来るかも思います」
それだけを言うと、水差しを置いて出て行った。
しばらくすると、全面顔を覆い隠す仮面を被った男性と戻ってきた。
セキュリティーチェックで私たちの入場を止めた男性だ。
「お嬢様方、辻馬車を呼びましたのでもう迎えが来ます。エントランスまで向かいましょう」
男性はチェルシーを支えながら、ゆっくりと歩き出す。
チェルシーの酔っ払いの演技はすごく上手いので、そういった客を見慣れているであろう男性も騙されている。
酔っ払いの演技のまま出口まで辿り着くと、辻馬車が既に待機していた。
馬車に乗る時、1人の給仕がやってきて、男性に耳打ちをした。
「ロベルト様からのご伝言ですよ。またパーティーに誘いたいから直接の連絡先を教えて欲しいそうです」
「今日は飲みすぎてちゃんと文字すら書けないわ。どうしたらいいのかしら」
サカブランカ宛に送ってもらうわけにはいかない。
それは危険すぎるわ。
一箇所に立てずにフラフラと揺れて、時折笑いながら、ミミズが這いつくばったような読めない文字で名前を書く。多分読めないわね。
学のない平民と思ったのか、本当に酔っていると思っているのかはわからないけど、相手は名前を書いただけの紙を内ポケットに入れた。
「それで十分ですよ。またこの会場でお待ちしております」
御者は踏み台を準備してドアを開けたあと、ふらつく私達が馬車に乗るのを手助けしてくれた。
ドアが閉まると、ゆっくりと馬車が動き出す。
セキュリティーチェックをしてくれた男性に見送られ、私達は会場を後にした。
緊張が抜けたのは、地下から地上に出た時だった。
「ここは王都東側の工場地帯だわ」
辻馬車の窓は換気のため半開きなのが普通なので、地下にいる時は私たちの話を誰かに聞かれてはまずいと思って黙っていたし、馬車の車輪や馬の蹄の音も響いていたのでずっと無言だったのだ。
「24時間稼働している工場が大半だから、いつでも馬車の往来が多いからここなら確かにお忍びで来やすいわね」
工場の夜景を見て、あの会場から抜け出した事に安堵する。