チェルシー・アドラー
本日2回目の投稿です
メインストリートから少し外れた通りの奥まった所に、「アドラーの魔法靴屋」という少し変わったお店がある。
年季の入った木製の看板にはオレンジのペンキで店名が書かれており、経年劣化で曇ったショーウィンドウには、騎士用ブーツが飾られているが、いつから置いてあるのかもわからないくらいに、いかにも古そうだ。
そこに一人の女性がやってきた。
ガラス扉についているベルが、カランカランと鳴り、来客があることを店内に知らせる。
入ってすぐに、中古の盾や剣が所狭しと棚に置かれているのが目に入った。
その奥には、色々な年代に流行った騎士用ブーツや、軍人用ブーツが並んでいる。
店内には吟遊詩人が活躍した時代に流行った歌がレコードから流れおり、まるで前時代から時が止まっているようだ。
不思議な置物や、用途不明の金属の塊を怪訝そうに見ながら、女性は店主を探した。
見た目より広い店のようで、奥まった場所に、メガネをかけて使用感溢れるブーツに針を入れている白髪頭の男性を見つけると声をかけた。
その奥のソファーに座っている白髪頭で恰幅のいい男性には見向きもしない。
「こちらに追跡魔法付与靴があるって聞いたんですけど」
髪をきつめのお団子に結い、上品なツーピースのスーツを着た女性が話しかけたので、男性は顔をあげてメガネ越しに女性を見る。
「ここには売ってないよ」
「そうですよね、わかりました。お店を間違えたようです」
女性はツンと冷ました返事をすると、大股で帰って行った。
客が店から出て行く時の、扉のベルの音が店内に響く。
「よかったのか?返して」
グレイヘアの男性は自らの髭を撫でながら店主に質問をする。
「ああ。いいんだよ。追跡魔法付与靴は、紹介の客にしか売らないとチェルシーが決めているんだ」
「そうか。追跡魔法付与靴はチェルシーちゃんの案だからなぁ」
二人の会話に出てきたチェルシーは、『アドラーの魔法靴屋』の3代目店主のモーゼ・アドラーの孫娘にあたるチェルシー・アドラーの事で、10年前から靴屋を手伝っている。
元々は騎士や軍人向けの防御魔法が付与されたブーツが専門だったのだが、孫娘が職人として独り立ちした5年前から、追跡付与魔法靴など新しい商品の販売を始め、今ではかなり儲かっているが、店構えは昔のままだ。
昔は高級品だった防御魔法が付与された靴は、今では安価な大量生産品が出回り、オーダーメイドの靴屋は苦戦を強いられていて、斜陽産業とさえ言われ始めていたが、それを変えたのが孫娘であった。
今現在のアドラーの魔法靴屋で1番人気の商品は、追跡魔法を付与した靴。
以前、誘拐事件でこの靴を履いていた子供が追跡魔法によって助かり、犯人逮捕に繋がったため爆発的に売れている。
しかし、悪用されては困るので、一見さんお断りでの受注生産だ。
それと、この靴屋の隠れた人気商品でベストセラーなのが、舞踏会用ヒールと、男性用の舞踏会用靴。つまりダンス魔法付与靴だ。
これは、ありとあらゆるダンスを靴が踊ってくれるのでダンスが苦手でも大丈夫。
靴のステップに上半身の動きを合わせるだけでいい。
もちろん、優雅に歩くのもこの靴に任せれば、どんな高貴な方の前でも恥をかくことはない。
多くの隠れファンを抱えるこの靴は、専門の職人が訪問してオーダーメイドで作るので、履いている事がバレないのもまた人気の理由である。
「そういえば最近チェルシーちゃんはどうしてるんだ?」
コーヒーを啜りながら、グレイヘアーの客が聞くと、店主は苦笑いをした。
「相変わらず役者を夢見て小さな芝居小屋で端役をやっている」
「じゃあ靴屋はアルバイトか?」
「そのようだ。ここで稼いでいる金がいくらなのかチェルシーはわかっちゃいないよ。時給100セプトを請求しては、また芝居小屋に帰って行くよ」
店主が寂しそうに答えると、客は大きな声で笑い出した。
「チェルシーちゃんが靴屋をやれば大金持ちになれるのに勿体無い。芝居にしか目がないなら、きっと将来大物になるぞ」
「将来なんて!チェルシーはもう25だ。お貴族様ならまだしも、ワシら庶民の女の子じゃあ、結婚適齢期だよ。なのに相手もいない。しかも、仕事は芝居小屋の端役だ」
その頃チェルシーは、とある子爵家の結婚式のパーティーに出席していた。
金髪のカツラを被り、長い付け睫を3つも付けて、真っ赤な口紅を引き、外国訛りでおめでとうを言っていた。
今日は花婿の異国の従姉妹になりすまして出席している。
本当の従姉妹は、ボトックスを失敗して暫くは外出しないと家に閉じこもってしまい、急遽キャンセルになっから、花婿の従姉妹のリーシャのフリをしているのだ。
「ありがとう!リーシャ」
新婦が抱きついてきて、その後は酔っ払った新郎の父親に抱きしめられた。
「待ってよ!私はニセモノよ」
笑顔を崩さないように務めているが鼻にシワを寄せて新郎の父親に小さな声で告げる。
ボディータッチは好きではない。
「いいじゃないか。今日はリーシャのフリをしてもらわんと困る。それに、あんた、尻にも胸にも詰め物するくらい棒みたいな体型だろ?ワシも含めて誰も興味は示さんよ」
失礼な言葉に怒り出したいが、結婚式の場でそれをしたら、ギャラの支払いを拒否されるだろう。
いつかこの私をこんなふうに扱った事を後悔させてやるんだから!
表情に出さないようにしながら、気持ちを切り替えるために、遠くで談笑する新郎の友人たちを盗み見る。
その中の1人、コーディ・ガルシア子爵令息と目が合った。
コーディこそが『なりすまし屋』にオファーしてきた人物で、以前所属していた歌劇団の看板役者だった人物だ。
今、コーディ・ガルシアは、子爵家に戻り、家業であるガラス工場の営業責任者をしている。
均等の取れた体に、長い足、黒曜石のように艶のある髪と空を思わせる蒼色の瞳は、遠くから見てもオーラがあり、役者を辞めた今でも、目立っている。
やっぱり誰よりも素敵。
同じ劇団にいた頃、お酒を飲んでは笑い合ったわ。
いつも、街の安いバルに二人で行っていた。
彼は自分の稼ぎを歌のレッスン代に充てていたから、お会計はいつも私だったけど、誘ってくれたら断れない。
あのコーディの誘いを断れる女性なんてこの世にいるはずないわ。
しかも、コーディはいつも私だけを誘ってくれていた。
劇団員同士の恋愛は禁止されていたから、私達はこっそりと外で待ち合わせて、バルに飲みに行くだけだったけど、それでも幸せだった。
その時は、お互いに平民だと思っていたけど、それからしばらくして劇団が解散する時に子爵令息だと知った。
親の反対を押し切って役者を夢見ていたから、彼も金欠だったんだと、あの後の噂話で聞いた。
あれから5年経つけど、彼は忙しく働いていて、今では仕事以外で会う事も少なくなったが、たまに二人であの思い出のバルでお酒を飲む。
彼からこのお付き合いについて何か言われた事はないけど、ずっと昔に私から告白しているのにこの関係が続いているから、彼も先に進む気持ちがあるんだと思う。
もしも違ったら、とっくに断られているだろう。
この先に進むには色々な準備が必要なはずだわ。
それも当然の事。彼は子爵令息で、私は貧乏な平民。
両親は住み込みで働いていたホテルの火事に巻き込まれて亡くなり、子供の頃から古い靴屋のおじいちゃんと二人暮らし。
きっと私の気持ちに答えるために、家業に戻ったんだと思うわ。
今だって私を見て愛おしそうに目を細めているもの。
結婚するには、お金がないとできないし、コーディのお父様であるガルシア子爵に認めてもらわないといけない。
私が有名女優になるには、常に金欠状態の劇団を大きくして、もっと大きな劇場を借りれるようにしないといけない。
それに主役を張れるようにもならなきゃ。
だから内緒でアルバイトをしている。
依頼された人物になりきるアルバイト。私は『なりすまし屋』と呼んでいる。
依頼は休みの日に受け、こっそり劇団の衣装を拝借して、メイクで顔を変える。
あとは演技力で勝負だ。
今日の結婚式は、コーディからの依頼で、彼に会えたから、明日からまた頑張れるわ。
結婚式が終わり、劇団の事務所に戻って衣装を脱いで、カツラを取り、メイクを落とす。
あくまで内緒で衣装を拝借しているから、誰にも見つからないように気を配りながら。
「あら、チャエルシー。どうしたのこんな時間に」
経理のイレナさんが、衣装部屋を覗いて声をかけてきた。
イレナさんは年齢不詳、魔女の中でも長生きな家系の魔女だという噂で、100歳は超えているのではないかと噂されている永遠のおばあちゃんだ。
「落とし物をして探しにきたの」
「本当に?もしかして、無断で衣装を使ってない?」
「つ、使ってないわよ。第一何に使うのよ」
イレナさんはじっと私を見た。
「汚れたり破けたりしていたら弁償してもらいますからね。どうせアルバイトに使ったんでしょ?」
「えーっとあのー」
図星すぎて言葉に詰まる。
「誰かの誕生日にサプライズで『セクシー歌手の衣装でハッピーバースデーを歌って』とか言われて、ノコノコとセクシー衣装着て行ったんでしょ?今、そんなサプライズパーティー流行っているらしいわね」
「へーそうなんだー」
にっこり笑って誤魔化してみる。
「こないだ、ユーリが、こっそりそこにある衣装でそのバイトに行っているのを見つけちゃったのよ。衣装は汚すなって言ってやったわ。ドレスの大半は貴族の払い下げ品なのよ!」
ユーリはこの劇団のセクシー担当の女優だ。
大きな胸に、細いウエスト、ボリュームのあるヒップをしているが、喋り方や顔つきは垢抜けず、セリフも下手。だからコメディエンヌとして売り出している。
「ユーリがそんなバイトを?あの子、歌も下手なのに」
「まあねー。オファーする人は、ご愛嬌で呼んでるだろうから。チェルシーは歌は上手いけど、マッチ棒みたいな体じゃね…。それにお顔の特徴も、薄いし。女優としては強みなのかしらね?」
「それって褒めてるんですか?それとも貶しているんですか?」
ダークブラウンの髪に、同じ色の瞳。この国で一番多い組み合わせだ。
顔もこれといった特徴がないが、どのような顔の雰囲気にもメイクで変化できるので、女優向きだと思っている。でも、イレナさんはそうとは思っていないらしい。
「あら!すきなほうに解釈して頂戴」
「じゃあ褒め言葉だと思っておくわ」
明るい声で返事をしたのに、ため息を吐かれた。
どうも違うと言いたいらしい。
「イレナさんがここにいるという事は次の公演が決まったの?」
「もう少しお金が貯まったら、次の公演が企画できるけど、アンタ達なんでも壊すから経費かかり過ぎるのよ」
請求書を見ながら小言を言われたので、そそくさとその場を離れて、自分のアパルトマンに帰った。
小さなワンルームの部屋は、色褪せた壁紙を隠すために、気に入ったポスターやチラシを壁一面に貼っている。
そのほとんど全てがコーディに関するものなのは、気持ちの表れだ。
私の住んでいるアパルトマンは、下町の裏通りにあり、夢を追う若者や、一人暮らしのお年寄りが住んでおり、私もその一人。
お爺ちゃんは帰ってこいって言うけれど、帰ったら靴屋を継がないといけない。
別に継げと言われているわけではない。でも、一緒に生活していると、なんとなく継がないといけないような気がして、後ろめたい気持ちが沸き起こる。
魔法靴屋はあまり儲からない。
だから、お爺ちゃんが生活に困らないように、細々とでも売れるであろう追跡魔法附与靴や、ダンス魔法付与靴を考えた。
お爺ちゃんがいくらで売っているのかは知らないが、なんとか生活できるくらいには稼げるだろう。
クローゼットにかけてある少ない服から部屋着を選び、ベッドに寝転んだ。
コーディが主演だった舞台ポスターを眺める。
頑張って稼がなきゃ。
目を閉じて将来を想像していると、フワフワと漂う感覚がして、気がつくと朝になっていた。
目を覚まして、ゆっくりと起き上がり、カーテンを開ける。今日は曇り。
雨が降らないだけマシ。
火魔法が使えない私は、お湯を沸かすのに魔道具に頼らないといけない。
というか、日常的に使う家事魔法全般が苦手だ。
窓際に置いた椅子に座り、外を眺めながら温かいお茶を飲む。
お金がないから、自分で摘み取ったハーブを乾燥させたお茶で、結構気に入っている。
気がつくと9時だった。今日の仕事を思い出して急いで劇団の事務所に向かう。
「おはようございます」
事務所に入ると、イレナさんがしらけた顔で待っていた。何人もの役者が青いオークションハウスの制服を着ている。
「今日は大金が入る依頼なのに、なんで遅れてくるのよ。全員でアルバイトの日よ。急いで着替えて頂戴。今日は差し押さえ物品のオークションの手伝いよ」
髪を一つにまとめて、薄化粧に黒縁のメガネをかける。男性団員は七三分けで髪を固めている。
今回は国税庁が差し押さえた物品のオークションだ。
全員で迎えの馬車に乗り、オークション会場に向かった。
私達の仕事は、入札方式の品物の横に立ち、怪しい人がいないか警備をする。
客が入る前に、責任者から説明を聞き、定位置についたら開場だ。
全員が集められ、責任者からの説明を聞いた。
その中には、私達のようにアルバイトで雇われた者や、国税庁職員、魔導士など沢山の人がいる。
私のエリアは貴族の差し押さえ物品。
立ち位置の説明を受けた後、ガラスケースの中を見て驚いた。
なんと、アドラー魔法靴屋のダンス魔法付与靴だ。女性用のハイヒールで、色はワインレッド。
これは確か、4年ほど前に私が魔法付与したものだ。
これを購入したのは、確か新興男爵令嬢。記憶によれば、デビュタントで履くと聞いたから、それ以降は使っていなかった……わけではなさそう。
毎回この靴を履いて夜会に出ていたようで、靴がくたびれている。
購入者は『靴に頼らなくても大丈夫』だと感じたら履くのをやめるので、いつまでもこの靴を履き続けるわけではない。
この靴の魔法に合わせて踊れるように練習してから本番に挑むはずだ。
普通、練習は50時間もあれば、どんなに運動音痴でも魔道具の力を借りているとはバレないように踊れる。
それから数回あれば、それなりに上手くなるはず。
一足の靴にこめる魔力は大体、だいたい70時間分。
魔法を付与した私にしかわからない事だが、もうこの靴にあまり魔力は残っていない。
でも、オークションハウスはそんな事わかりっこないから、スタート価格がかなり高めに設定されている。
ぼったくりでしょ!
しかし、それを言うと「何故そんな事がわかるのか」と聞かれて、返答に困ってしまうから黙っておくことにしようと思ったけど、やっぱり何故この値段なのか聞きたい。
魔道具のエリアなので、開店前に魔導士が見回りにやってきた。
「あの、質問してもいいですか?」
「なんでしょうか?」
「この魔法の靴なんですけど、こんなに使い込まれているのに何故こんなに高いんですか?」
魔導士はパッと見て、古い靴だと感じたらしくじっと説明を読んだ。
「これは、ダンスが踊れる魔法の靴ね。かなり珍しい魔道具なのでこの値段なのよ。私は見たことないわね。類似品はあるけど、ここまで高性能な物は市場にあまり出回らないから」
私が魔法付与靴の注文を受けるのは、お爺ちゃんか自分が認めた相手だけ。
飛び込みのお客さんの注文は受けない。
だから、見たことがなくても当然だろう。
「そうなんですか…。魔力残っているんですかね?」
唐突過ぎただろうか?驚いた顔をしている。
「あなた、かなり高度な魔法が使えるの?どんな魔法が得意?試しに何か魔法を使って見せて頂戴」
キラキラと目を輝かせ、期待でワクワクしているようだ。
「私、魔法は苦手で……」
付与魔法は特殊すぎる能力だから、人には見せてはいけないとお爺ちゃんにきつく言われている。
もしも人に知られれば、誘拐のターゲットにされるし、自分で自分の身が守れるわけじゃないなら絶対に秘密だ。
「そんな、謙遜しなくてもいいのよ。もしかして特殊魔法の持ち主?」
「違います。試しに見せますが」
掌を見せて両手を重ね、口の中で呪文を唱えたが、プスっと音がして、細い煙が一瞬出ただけだった。
普通は掌に火魔法で作った火の玉か出現するはずだが、私にはこれが精一杯。
拍子抜けした魔導士が、無表情になる。
「このような商品は、魔力補填しなくても一生使えるのが普通よ」
一気に興味を無くしたのかそっけない態度になった。
魔導士は会場を歩き他の商品を見て回る。
その背中を見送った後、オークションが始まった。入札方式なので、靴の横にある箱に希望価格を記入して入れて行く。
この靴に興味を示したのは、ガムを噛みながら会場を歩き回る親子とか、派手な娼婦風の女性など、ちょっと難ありな人ばかり。
使用感が拭えないので、若いご令嬢達は説明を読んで気になってはいるようだが入札に参加してくれない。
『魔法付与者不明』の横に『販売元不明』の文字も入札が少ない理由だろう。
付与魔法者がわからないと安心して履けない。
見たことのない魔道具には、どんな不具合が起きるかわからないから。
靴が勝手に歩き出して、高いところから落ちたり、大事な場面で脱げたりしたら大変だと考える人が多いのもまた事実だ。
3時間の展示で、入札者は結局現れなかった。締切時間になり、オークション参加者は別室へと移動する。
私達アルバイトは一箇所に集められて、入札の結果見守るのだが、開封は簡単らしい。
何が起こるのかワクワクしながら待っていると、魔導士たちが一斉に杖を掲げた。
その瞬間、入札箱から一枚の紙が出てきて、机の上に自動的に並んだ。
入札箱には魔法がかけられており、一番高い金額を書いた紙だけが出てくる仕組みらしい。
ここからどうなるのかと見ていると、国税庁職員達が入ってきた。
殆どが男性職員でスーツ姿だか、数人の女性職員はダサいモスグリーンの制服を着ている。
あのデザイン、すごい古臭いわ。でも、制服だから我慢しないといけないのが可哀想。
その中に一人、凄く目立つ女性職員がいる。
この場にいる女性職員はビジネスメイクで落ち着いた雰囲気なのに、厚塗りのファンデーションでワインレッドの口紅、オレンジ色の胸まである髪の毛をガチガチに固めてカールしている。
ダークエメラルドのような濃緑の瞳を囲むように引いた力強いアイラインと、長いつけまつげは、意志の強い瞳を際立たせており、舞台俳優ばりに濃いメイクだ。
責任者らしき人物と話しながら手元の書類に何かを記入している。
会話の内容は聞き取れないが、表情は全く動かないので、重要な話ではないのかもしれない。
かなり美人だけど、あんなに無表情じゃね。きっと男性にはモテないだろう。
勿体無いわ。あの人、きっと舞台映えするわね。劇団にこないかな……って、来るわけないか。
国税庁の職員なら頭が良くて、きっと家柄もいい。多分貴族だろう。
それに収入もかなりいいはず。
見ていると、責任者らしき男性と派手なメイクの女性は、だんだんこちらの方に移動してきて、話し声が聞こえる位置になった。
「クルーガー子爵令嬢、各入札額を照合してください。手伝いに来てもらってありがとう」
責任者らしき男性が、舞台俳優ばりにメイクの濃い女性にファイルを渡した。
やっぱり貴族のご令嬢だったのね。
「かしこまりました。残業は致しませんので、ご了承ください」
抑揚のない声で返事をする。
対応がクールだ。何にも靡かない芯のある感じがして、感じ悪いを通り越して、寧ろカッコいい。
その女性職員はテキパキと手際よく書類整理をしてあっという間にいなくなった。
私達は落札者の発表会場に移り、笑顔で本日のお客様をお見送りして仕事は終了。
帰りの馬車の中では、オークション品の話意外に、やはりあの国税庁職員の事が話題にのぼった。
あまりにも印象的過ぎたのだ。
「あの人、舞台俳優並にメイクが濃かったよね」
「キリッとした美人で見惚れちゃったわ」
「あのダサい制服が気にならないくらい顔の印象強かったね」
「クルーガー子爵令嬢って呼ばれていたから、やっぱり貴族令嬢じゃないと国の仕事は勤まらないのよ」
「しかし、無表情で返事に抑揚がなくて、アレじゃモテないわね」
「でも、スレンダーで体型も申し分なかったわよ」
帰りの馬車の中では、先ほど見た美女の話で盛り上がっていたが、私はイマイチ会話に乗り切れなかった。
解散後は、今日見た靴のことをお爺ちゃんに話したいと思ったので、『アドラーの魔法靴屋』に向かった。
ちょうど店は閉店時間だったようだ。
お爺ちゃんはブラインドを閉めていた。
「チェルシー、どうしたんだい?」
なんだかモヤモヤした気持ちを吐き出すように、オークションハウスで自分が魔法付与した靴が出品されていたが、入札されなかった事を説明する。
「そんな事があったのか。ダンス魔法付与靴なら悪用される事はないだろうが、追跡魔法付与靴が転売されていては困るな。なんか対策を立てないといけないかもしれない」
お爺ちゃんのこの懸念が、現実になるとはこの時は知る由もなかった。