パーティーでの危機3ー1
ダニエラは強気で満面の笑みを浮かべる。
初対面なのに、毅然とした態度でコーディ・ガルシア子爵令息の仕事だけを受けるわけではないと宣言するためには、余裕がある態度を見せないといけないが、意外と簡単だった。
怒って危害を加えることが出来るほど、肝が据わった人ではないわ。
この人って小物感溢れてるもの。
国税局にやってくる脱税をする貴族達はもっとしたたかだ。
その点、コーディはズルを指摘されたら、『気が付かなかった』と言って、ちゃんとやるタイプだろう。
きっと、チェルシーに依頼している仕事の内容は、いろいろな所にいい顔をしたくて依頼している仕事に違いない。
こういったタイプは追いつめられると、何でも洗いざらい言ってしまうタイプだわ。
悪人からしたら、仲間に引き入れる事は簡単だけど、信用ならない小物だから、依頼主の正体を教えてもらっていないのかもしれない。
「リザリーとアマンダになりきるにあたっていくつか質問ですが、この二人は『実在』するのですか?」
この質問にコーディはすこし表情を曇らせた。
「…実在するのか、本当のところ私も知らないんだ。純粋な社交の場だから、相手を爵位で推し量らないようにというのが、この夜会の趣旨だから、爵位も家名も名乗らない。しかし女性は違うようだが、それが偽名なのかどうなのかはわからない。過去に一度だけ、本名で参加している貴族女性を見たことがあるけどね」
「そうですか…」
男性は爵位抜きで話したい場なのかもしれないし、爵位のない裕福な商会の会長なども参加するのかもしれない。
でも、女性は爵位を名乗るということは、女性にはランクがあるのかもしれないわ。
そのことをコーディが理解しているとは思えない。
「他の方は偽名かもしれないのですか?」
「そうかもしれないし、違うかもしれない」
適当に答えないだけ、マシだ。
そんなことどうだっていいだろう?という事もできるのに、そうしないのは、貴族令嬢になりきってほしいから。
きっと招待状の送り主は、相当大物なんだわ。
コーディでどこでもいい格好をしたがるから、薄い関係でも顔が広そうなのに、そうでもないみたいね。
ガルシア子爵家は商業系の家柄だし、参加する夜会は商業系の家柄が集まるものが中心だらだろう。
そのせいで武道系や農業系、文学系の方々を知らないのね。まあ当然だわ。
「私達には敬称がついているのは何故なんですか?」
念の為にもう一度聞いてみる。
「女性達は皆敬称が付いている。ただ、理由はわからない」
答えた顔は何かを隠している様子はなく、コーディは何も知らない様子だ。
やはり爵位を付けることによって、女性はランク付けされているということだわ。
「かしこまりました。では貴族っぽく振舞えばよろしいのですね?」
「そうだね。もう会場に付くから、『コーディ』と呼んでほしい。振舞も貴族的で」
ここまでチェルシーはずっと私達の会話を聞いているだけで、何もいわなかった。
ちらりと横を向くと目があう。
『わたし、貴族らしく振舞えるかしら。しかも、こんなに高価なドレスに宝石を纏って』
小さな声で訴えかけるので、私はつとめて笑顔を作る。
震えているみたいだから安心させなきゃ。チェルシーにもちゃんとしてもらわないと、夜会に入れなかったら困るわ。
『いつも通りで大丈夫よ。二人でいたらなんとかなるわ。細かい事は私に任せて?貴族の扱いは慣れているの。これは実入りのいい仕事なのよ?』
国税局で面倒な貴族の扱いには慣れているのだが、チェルシーはカサブランカでの事だと思っているだろう。
『わかったわ。困った事があったら、エラに耳打ちするわね』
しばらくして到着したのは、薄暗い廃地下道だった。
王都には、100年くらい前の戦争時代の廃道が残っている。
今では、ほとんどが再利用されていて、このように当時のままの所は少ないはずだ。
再開発の工事に使う材料の税金計算をしたことがあるから知っている。
計算をした数年前、担当部署が仕事が多すぎてパンクして、応援に呼ばれたのよね。
確か、古地図もみたけど、見た記憶しかないから、ここがどこなのかは想像もつかない。
薄暗くてよく見えないが、この道の奥に作業員のような服装の男性が2名いる。
「まずこれをつけて」
渡されたのはおでこから鼻までの、顔の半分が隠れる仮面だ。
コーディも同じタイプの仮面をつけたので、私たちも仮面をつける。
「それから、服を汚さないために、このマントを羽織って。ここから会場まで歩くけど、声が響くから黙ってついてきて欲しい」
私達は頷くと、言われた通り馬車を降り、作業員の方に歩いて行った。
首までを隠すフード付きマントで全身を隠し、マクスで顔が見えない3人組という、怪しさ満点の格好で作業員の前まで歩いた、
「何のようだ?ここは浮浪者もおおいから早く帰りな。酔っ払って肝試しに来る場所じゃないぜ」
一人の作業員が私達を追い払おうとするが、コーディは怯まずに未開封の赤ワインのボトルと真っ黒な封筒を渡す。
「君たちの上司からだよ。これを渡すように言われてきたんだ」
作業員は、ワインを受け取り、足元の作業箱に入れ、ペンライトで手紙を照らすと、作業員の横の壁がドアに変わった。
あの手紙が招待状なのね。
そして、もしかしたらワインが入場料なのかもしれない。
コーディは作業員に声もかけずに、ドアを押し、中へと入っていくので、私達も後に続く。
作業員の前を通る時、作業箱をチラリと見ると、ワインは無くなっていた。
やっぱりね。
予想通りだったので、嬉しくなりニヤリと笑いながらドアを通り抜ける瞬間、目が眩むほどまぶしくなり、気が付くと大きなホールに立っていた。
天井が高く、柱は大理石。
かなり豪華な場所に違いない。
「いらっしゃいませ。今宵は可愛らしいお友達をお連れですね」
話し方こそ柔らかいが、どことなく冷たい感じがする少し背の低い中年の男性が声をかけて来た。
服装からして、この会場の責任者か、または主催者の侍従だろう。
顔を全部覆う仮面をつけているので、表情はわからない。
「ああ、ハーベリック伯爵家のリザリー嬢とアマンダ嬢だ」
コーディはこの男性にも招待状を渡すと、男性は内容を確認した後、こちらを向いた。
「こちらの方々が。かしこまりました。では、セキュリティーチェックの後、中にお入りください」
一瞬、値踏みするようにこちらを見たが、すぐに普通の表情に戻り、チェルシーと2人、横に並ばされた。
虫眼鏡が先端についたような棒を頭のてっぺんからかざされる。
魔道具探知機だ。
案の定、イヤリングとネックレス、それから靴にも反応した。
「お二人様とも、お通しできませんね。これが何なのか教えて頂ければお通しもできますが」
魔道具は持ち込み制限をかけているようだ。
武器や、録音録画などありとあらゆるものを想定しているのだろう。
かなり物々しい。
「このネックレスとイヤリングは、クズ魔石でできておりますの。先祖代々伝わるもので、家宝ですのよ。素敵な殿方に出会えると聞いたから、飛び切りおしゃれをしてきましたのに。魔道具として反応したのは、それぞれの魔石の効果を抑える道具を取り付けているからではなくて?」
「というと?」
「昔の魔法石ですもの。効果なんてお構いなしに作ったものらしいですわ。だから、気をつけないと、暴走しますのよ。例えば、コレ」
私は、男性の胸ポケットのハンカチーフを取る。
「ちょ!何をするんだ!」
「見ていただければわかりますわ」
そう言って、イヤリングを外して、留め金横のネジを緩める。
イヤリングの魔石の効果が発動したのを確認してから、宝石の中央にハンカチーフを近づけると、綺麗な緑色が、真っ黒になってしまった。
「コレは?」
男性が驚く。
「今では誰も見向きもしない『なんでも黒くする魔法石』ですわ。こんな効果は誰もいらないですわよね。採れた時は真っ黒なんですけど、精製してダイヤモンドのような宝石にしますのよ。100年前までは安価な宝石として出回っていたらしいですわ」
このネックレスを渡された時、使い方について、何度もせつめいを受けた。
宝石が没収されないように、そして疑われないように。
国の備品だから当然の対応だけど、こんなの何個もあるのかしら?
ふと沸いた疑問を振り払いながら、ネジを絞めながら答えると、男性はため息をついた。
「そんなもの聞いたことがない」
「あら!皆様が暖炉に火をくべる時、屑魔法石をつかうでしょ?今ではあれくらいしか用途がありませんのよ」
「暖炉石になっているのか。それは確かに屑魔法石ですね」
「こんな石ばかりを集めたネックレスですから、魔道具で効果を抑えておりますの」
「いわゆる屑魔石の集合体というのですか?お二人のネックレスが」
「そうですわ。ですから、このまま見逃していただけないかしら?」
「確かに年代物のようですね。デザインも作りも最近のものではないようですし。まあ見逃しましょう。では靴はどのような理由で?」
「内緒ですわよ?うまく踊れるハイヒールですわ。嘘だと思うならどなたか女性を」
「わかりました」
と返事をすると、部下らしき男性にメイドを呼びに行かせる。
程なくして、少し痩せた30歳くらいのメイドがこちらにやってきた。
部下やメイドは仮面をつけていないので、支配人のみ素性を隠したいようだ。
「では、あなた、私のハイヒールを履いて、カーテシーをして頂戴」
中年のメイドは訝しがりながら、私の脱いだハイヒールに足を入れてカーテシーをしようとしてバランスを崩してよろける。
「ちょっとコツがいりますのよ。次はワルツを踊ってみせてくださらない?」
メイドは頷き、踊ろうと足を踏み出すが、靴の動きについていけずに躓いた。
「コツをマスターしませんといけませんわね」
ウインクしてみせると、男性がさっきよりも大きなため息を吐いた。
普通の魔道具であることが伝わったようだ。
「確認してきますから、メイドからハイヒールを返してもらいここでお待ちください」
その後ろ姿を見送りながら、チェルシーは私の腕を振るえながら握った。
「まさか、そんなすごい宝石だとは」
耳打ちしてくる声が震えている。
「ローズさんが言うには、オーダーメイドだから、絶対に外さないでねっていっていたわ。だから、何があっても外さないでね」
外れない魔法をかけることもできたけれど、魔法感知されると面倒だからやらなかったのよ。
私達の横にコーディがやってきた。
「まさか、全て魔法石でできた本物だとは思わなかった。そのネックレスやイヤリングは普段どこに?」
誰にも聞こえないように聞いてくる。
「さあ、わたくしも存じ上げませんわ。今日はローズ様の計らいでこの出で立ちですのよ?詮索したら、次はないですから」
ネックレスとイヤリングは諜報機関の金庫で、ドレスは諜報費でそれなりのものをなんて言ったら、きっと驚くでしょうね。
「次はない…ね。どうやって借りたんだ?」
「それは、貴族のパーティーに行くからとお願いしたのですよ」
「詮索はされなかったか?」
「ええ。一緒に住んでいますからね。信用されてますよ。その代わり、当面休みなしです。ちなみに、この一式を汚したり壊したり紛失すると返済できない金額ですから、気をつけてくださいね」
「そんなに高価なのか?」
コーディに脅しをかけておかないと、簡単にホイホイ借りられると思われたら困る。
とはいえ、これくらい言ってもこの人に通じるかどうか怪しい限りだわ。
「ええ!今回は特別ですわ。もしかして舞台衣装だから安価だとお思いで?」
「違うのか?」
「違いますわ。ローズさんは伊達に王都一の歌姫と言われているわけではありません。イミテーションなどの偽物は絶対に使いませんし、お持ちではないのですよ。ドレスだって最高級のシルクですしね」
これは本当。
何十本と持っているネックレスは、全て本物。だから、姿を偽るための普段の出立はあんなに地味で質素だと思わなかった。