プレゼント
いよいよ、コーディのから依頼された仕事の日になった。
着飾って貴族のパーティーに出席するためにエラに言われた通りにお店にやってきたチェルシーは、今、1人がけのリクライニングチェアに座り縮こまっていた。
メイクのために座らされた椅子が高級すぎて震えが止まらない。
場違いすぎるわ。少しでも汚して弁償なんて言われたら、一生かかっても返済できない。
掌をギュッと握って、何にも手を振らないようにしているのに、そんな私の様子に気がつくことなく、チョコレートソースの掛かったワッフルとコーヒーが出てきた。
「合間に食べてくださいね。コルセットを締める前に食べ終わらせてください。空腹で締めると、本当に辛くなっちゃいますからね」
感じのいい女性が、鏡越しににっこり微笑んで、お皿とカップを置く。
こぼしたらどうしようと思って手がつけられない。
美味しそうなのに!
サンドイッチとかにしてくれれば安心して食べられるのになぁ。
見ていたらヨダレが出そうなので、他に視線を移す事にしよう……って、これを食べてからドレスを着るのよね。
そういえば以前、靴を納入した男爵家の方から聞いたことがある、空腹でドレスを着てコルセットを閉めたら、その後苦しくて何も入らなくなって、空腹で倒れそうになったって。
それを防止するためなのよね。
恐る恐る、溢さないようにワッフルを食べる。
チョコレート濃厚!綺麗に飾り切りがされたフルーツも甘い。
ワッフルってパサパサしたのしか食べたことないわ。
あまりのおいしさに一気に食べてしまう。
豪華な室内を観察したいけど、そんな勇気はないので、目の前の大きな鏡の前に並べたれた沢山の高級化粧品の容器をじっと見る。
「パックをしてからベースメイクをしていきますよ。お肌のお手入れ怠ってるわね?」
しゃがれた声の女性が、顔に泡パックを塗ってくれる。
泡のせいで目が開けられない。
「そこらじゅうカサカサじゃない!日焼け止めは塗らないし、保湿はしないし。ボロボロの肌ね」
ギュと握った手を解かれ、手や腕にまで美容液を塗られる。
「お金持ちはね、顔だけじゃなく全身のお肌の手入れを怠らないんですよ?貴族令嬢に擬態するなら、そこも真似しなきゃね。耳の日焼けにもファンデーションを塗りますからね」
ズボラ具合を指摘されて、何も言えない。
そもそも、ここはどこなのかしら?
パーティーの支度をするのはカサブランカではなく、帽子屋だとエラから手紙いたのは昨日。
同封された地図を見ると、服飾問屋街のはずれにある店だった。
普段、行くことのない服飾問屋街を地図を頼りに華やかな服飾街をウキウキと歩いた。
高い服しか売っていないエリアだから、貧乏人には無縁の場所だ。
地図の通り、細い角を曲がると、華やかな表通りとは打って変わって、少し薄暗い路地に驚く。
もう一度地図を確認してみると、やっぱりここで間違いない。
古いドレスがショーウィンドーに飾ってあるような、なんだか胡散臭そうな店がひしめき合うように立ち並んでいるのを眺めながら進む。
何故マントを着た人が多いのか疑問を持ちながらも、路地を進むと、奥に帽子屋があった。
店構えは、年季の入ったというよりも、営業していない雰囲気で、ショーウィンドウに陳列してある帽子は古めかしく、少し埃っぽい。
本当にここで合っているのか不安になりながら、勇気を出してドアを押す。
ギギギギ
ドアの軋む音が無音の店内に響くが、それよりも大きな声で、「こんにちは!」と叫んだ。
返事はない。
奥には大きな鳥籠が置いてあり、インコが寂しそうに鳴いてる。
恐る恐る店内に足を踏み入れたら魔法が発動して、気がつくとこの豪華な控え室に立っていたのだ。
室内にはエラが先に来ていて、既にメイクを終わらせていいた。
ちゃんとメイクしたエラを初めて見たけれど、想像とは違い、メガネを外すと、可愛らしい顔になるのね。
って感心している場合じゃない。
「エラ、ここって?」
小さな声で聞く。
「ローズサファイアさんのお知り合いのお店なのよ。今日はカサブランカは使えないから」
「そうよね、ショーの日ですものね」
これが、ここに来てからした会話。
なんだか場違いすぎて、それ以上の言葉は飲み込んでしまい、今に至る。
私のメイクが始まった。
以前エラにしてもらったメイク同様、自分じゃないみたいに美人に仕上がっていく。
用意されたドレスは色違いだった。
エラがライムグリーンのドレスで、エメラルドとダイヤモンドでできたネックレスとイヤリング。
私にはライトパープルのドレスと、アメジストとダイヤモンドのネックレスとイヤリングを着けられる。
「どっどうしよう。こんな豪華な物付けて歩けない」
「大丈夫ですよ。ローズサファイアさんの舞台用のアクセサリーなんです。光を反射させやすいように全部クズ魔法石でできているから、そんなに高い物じゃないからね」
ブルブル震えていると、メイクをしてくれた女性が優しく教えてくれた。
「ところで、何故用意したハイヒールを履いてくれないの?」
もう一度、真っ白のヒールを勧められるが、丁寧に断り、ここまでわざわざ持ってきた紙袋を手に取る。
荷物置き場にも置かず、常に真横に置いていたのだ。
「さっきから気になっていたのよ。その袋には何が入っているの?」
エラが興味津々で近づいてきたので、中を見られないように後ろを向いて、箱を2つ出した。
「この箱はエラに。もう一つは私用」
厚紙でできた箱を渡すと、不思議そそうに首を傾げる。
確かに何がなんだかわからないとは思うけど、渾身の自信作だから絶対に喜んでもらえるはず。
「今開けてよ」
自信たっぷりに言う。
「今?」
「そう!」
少し困った顔のエラになんとしても蓋を開けて欲しい。
「そんなにキラキラした目で見つめないでよ。じゃあ開けるわよ?」
笑顔で頷くと、エラは勢いよく蓋を開けた。
中にはシルバーのハイヒールが綺麗に納められている。
「アドラーの魔法靴屋特製、社交界用ハイヒール!」
司祭者のように勿体ぶって叫ぶと、エラが驚いた顔を見せる。
「ウソ!本当に?」
「本当よ。前回、馬車の中で契約書を交わした後、帰り際にあの男性にエラの靴のサイズを聞いたの。そして作ったのよ。早速履いてみて?長い時間履いて、ヒールの動きに体を合わせないといけないのよ」
説明しながら、自分でもヒールを履く。
エラは白いヒールを脱ぎ捨て、シルバーに輝くヒールを履いて鏡の前に立った。
「試しにカーテシーしてみてよ?」
「カーテシーね。わかったわ」
エラが足を動かそうとすると靴が勝手に動き、そして止まった。
それに合わせて綺麗に腰を折るので、本当に優雅だ。
「この靴、最高ね。どこで足を止めていいのか曖昧だったの」
「すごいでしょ?しかも、これは新作!この靴の生地はただの革ではなくて、ドラゴンの皮を使っているの。魔力いっぱいよ?だから、ドレスに合わせて靴の色が変わるのよ」
「どうやって変えるの?」
「靴を履く前に、風魔法で色を送り込むの」
唯一使える日常魔法はそよ風を起こす事。
だから、この魔法で色を変えれるように作ったのだ。
エラは楽しそうに何度か靴色を変えて、結局ドレスと同じ色にした。
「今日は会場までどうやって行くの?」
エラの質問にはちょっと答えづらい。
「あの…コーディが迎えに来るの」
「仕事の依頼人だもの。仕方がないのね。くれぐれも、他所からも依頼を受けていることは言っちゃダメよ?」
念を押されて大きく頷く。
「当たり前じゃない」
「ガルシア子爵令息様にあったら、私がビシッと『次からどの仕事を受けるのかはこちらで決めるし、契約書がないと仕事は受けない』って伝えますから」
「ええお願い」
私が言えないからエラに言ってもらう事にしたのだ。
コーディを見ると、曖昧な事でも許してしまう。
それがいけないとエラに言われている。
頭ではわかっているのに、あの笑顔を見ると反論できない。
だって、全てが私の理想だもの。
整った顔に、抜群のスタイル。2人きりでいる時の、私を見る甘い視線。
私には抗えない。
だから、何も言えないのだ。
「迎えに来てもらう場所の変更は送ってある?」
「ええ。この場所わかるかしら?」
「多分大丈夫だと思うわ。路地を入ってすぐに貴族男性御用達のシャツを売る店があるのよ」
シャツ専門店?
聞いた事ないし、そのような店があった事に気が付かなかったけど、エラは貴族のお屋敷で働いているから、その辺詳しいのかもしれないわ。
「そろそろ時間ね。帽子屋の店先に出ていましょう?」
エラに促されて部屋の真ん中に立つと、ふわっと浮く感じがした。
気がつくと、帽子屋の中にいた。
でも、先ほど見た帽子屋とは店構えが違う。
乗馬用のオーダーメイドの帽子屋になっていたのだ。
そこにコーディが迎えに来た。
上質なタキシードを品よく着こなし、髪を流している。
やっぱり整った顔でステキ。
「ここって何?」
帽子屋に入ってくるなり、不思議そうに辺りを見回している。
何か言わなきゃ。でも、私もここが何なのかわからない。
「ここは…あの」
言葉につまる私の手をエラが引き、それと同時に一歩前に出た。
「初めまして、コーディー様。この度はお仕事をご依頼頂きありがとうございます。私はチェルシーのビジネスパートナーのエラと申します」
「君の素顔をみるのは初めてだね。ウサギの着ぐるみで実演販売をしているのを一度見たよ。君がパートナーになってから、仕事が絶えないみたいだね」
「もともとチェルシーががんばっていましたからね。ちなみに、ここは見ての通り帽子屋さんです。誰にも見つからない場所で待ち合わせがいいと思ったんです。だって誰かになりすますんでしょ?」
エラは当然だと言わんばかりに答えた。
「私と面識があり、君達とも面識がある貴族なんてそうそういないだろう」
コーディの言う事はもっともだわ。いくらエラが貴族の邸宅でメイドをしているとはいえ、そこに来るお客様はメイドの顔なんて覚えていないはずだもの。
「平民の私でも、顔はそれなりに知られている可能性がありまして。私は、カラブランカの専属歌手ローズサファイアさんの付き人ですから」
強気で微笑むエラを、コーディはちょっと考えるように見る。
「君は貴族の顔を知っているのか?」
「ローズサファイアさんは貴族のパーティーに呼ばれる事も多いし、私は付き人として同行しています。でも、パーティでお会いする方々のお顔をまじまじと見るのは不敬にあたりますし、お顔はわかりませんが、控室での給仕をするのは私なので」
「今の君を見て、相手は『エラだ』とわかるかい?」
「わからないと思いますが、コーディ様がカサブランカにお迎えに来たら、流石にわかると思います」
「だから、帽子屋で待ち合わせか。なかなか気が利くね。さすが、国内トップクラスの歌姫ローズサファイアの付き人だけある。じゃあ馬車に乗って」
黒塗りの馬車の中は豪華だった。すこし明るさを落とした間接照明に、ワインクーラーと数種類のグラスがまるでお店のように配置されている。
皮張りのソファー座りながら室内を眺めた。
「この馬車は?今まで乗せてもらったガルシア子爵家の馬車とは違う感じね」
ガルシア家の馬車よりすごく豪華だ。
「このバーティーの招待状を送ってくれた方の馬車だ。すごくお金持ちな方で、普通なら子爵家の私がお会いできるような方ではないんだよ。ましてや平民の君たちは、お名前すら聞くことはないだろう」
「そんなすごい人の馬車なんだ」
適当に相槌をうつ。
高そうなオブジェが飾ってあって、ワインセラーには高級品のワインが収められている。
贅を尽くした馬車なのはわかったけど、エラの雇い主の馬車の方が洗練されていて豪華に見えた。
まあ、私にはそう感じただけで、お金持ちのお屋敷に入った事も、馬車に乗った事もないから違いはわからない。
「あまり時間もないから、今日の依頼内容を説明する。まず、二人だけど、ハーベリック伯爵家のリザリーとアマンダ」
「二人は架空の人物ですか?実在するなら、その二人に似せないといけなかったのではないですか?」
エラの質問はもっともだわ。
今までなりすましをしたけど、服装の指示がほとんどで外見の指示はほとんどなかった。
「それは私もわからない。『ハーベリック伯爵家のアマンダとリザリー』と名乗ってパーティ―に出席できる女性を連れてくることとしか指示を受けていないからね」
「わかりました」
「そのほかの指示は、『この夜会でなるべく人目をひくこと。そのためには何をしてもいい』といわれている」
「何をしてもいいってどういう事?私もエラも平民で貴族のパーティーは出席したことがないから、どうしたら目立つかわからないわ」
ため息を吐く私とは違い、エラはにっこり笑った。
「かしこまりました。コーディー様。今回の依頼はしっかりとこなしますので、ご安心ください。それより、今後についてでございます。私とチェルシーはビジネスパートナーで対等です。ですから、今後の仕事は二人で相談して決めていきますので、残念ながら、今までご贔屓くださいましたコーディー様の仕事が最優先というわけにはまいりません」
「それってどんな意味なの?」
少し引き攣りながらコーディーが質問をする。
「そのままの意味でございます。ローズサファイア様経由のご依頼が最優先。ドレスや宝石類も全てローズサファイア様からお借りしていますから」
「ドレスや宝石類は高額で買えないのはわかる。しかも、それを簡単に貸してくれるのは、エラがお願いしているからなのも承知した。しかし、私の依頼が最優先だ!」
「そうはまいりません」
「チェルシーへの依頼なら、受けれるだろう?」
私は何も答えず、笑顔のままで動かなかった。
そうしないと、『できるわ』と答えてしまいそうだ。でも、エラとの約束で一人で依頼をうけないことにしているのだから、ここで答えてはまずい。
「チェルシー一人での依頼も今後お断りします。店頭販売から、パーティーの余興まですべて二人で受けると約束しました。そうしないと、共同パートナーの意味がありません。それに、私達の会社は既に商業組合に届け出済みです。二人で作った規約にも、一人の依頼は受けないと書いておりますしね」
「それは勝手ではないか?」
「二人の会社を設立したということは、これから仕事を大きくしていくということです。ですから、お気を悪くなさらないでください。それから、宝石のレンタルは時間が決まっておりますので、パーティー会場の滞在時間は本日中ですわ」
エラの言葉は何故か重みがあった。
すごいわ。私より年下なのに。