表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/17

ダニエラはどんどん深みにハマる3-1

何ヶ月も投稿できずに申し訳ありません

初めてチェルシーの仕事を手伝いに行く事になった時、ダニエラがウサギの着ぐるみ姿だったのには理由があった。

深く考えてとか、身元がバレるのを防ぐためであるとかではない。


ハートフォード公爵家でおこなれている魔法のレッスンの時、庭のオブジェを壊してしまい元に戻すのに思いの外時間がかかってしまったからだ。


当初の予定では、メイクを落として髪色を変え、メガネをかけて『いつものエラ』として行くつもりだったのに。

送迎の馬車には、「魔法の練習をしてから帰る」と伝えて、急いで駅のトイレに駆け込み、アイテムボックスから着ぐるみを出して着た。

当然だが、中身はいつもの巻き髪と濃いメイクの『ダニエラ・クルーガー』のままだから、絶対に脱げない。


ウサギの着ぐるみ姿で乗り合い馬車待ちの列に並ぶと、皆ギョッとしてこちらを見るが気にしない。

その後は、チェルシーと合流して実演販売を行った。

着ぐるみがアイテムボックスに入っていたおかげで、何とかやり過ごしたわ。


カサブランカに着ぐるみで入ると、裏口の警備員がギョッとする。

「エラ、どうしてまたウサギの着ぐるみなんだ?今日は出張イベントはないはずだが」

「そうなんだけど、ローズサファイアさんからお願いされた仕事なのよ」

「そうか。君も大変だね」

「ついでにここで着替えてから荷物を持ち出すわ」

「わかったよ。下っ端はこき使われて大変だよな」

妙に同情されて気まずいが、まぁいいわ。

次からは、着替える場所を確保しないと。

今回はとりあえずローズサファイアさんの楽屋で着替え、髪色とメイクも変えてカサブランカを出る。


安請け合いするもんじゃないわ。

なりすまし屋を手伝う事にしたから、これから自由時間が大きく減ってしまうけど、あまりにもチェルシーが可哀想だったから手を差し伸べてしまった。

話を聞けば聞くほど、コーディ・ガルシアって最低で、どんな人なのか見たいと思っていたら、今日、日用雑貨店でチェルシーを探していて、ガルシアガラス工房のブースでコーディを見る事ができた。


ポスターで見た時と感想は変わらず、整った顔だなと思ったけど、ただそれだけ。

それよりも怒りが湧いてきた。

実は、チェルシーから話を聞いた後、ガルシア子爵家について、ハートフォード公爵家の図書室に置いてある貴族名鑑で調べてみたのだ。

子爵家のかなり後方に名前と、家業と所在地しか書いてなかった。

つまり、貴族の世界での立場は弱いという事だ。


社交界デビューしていない私は、貴族の世界のことは、職場である国税庁の中でしか知らない。

とはいえ、業務上ある程度の事は心得ている。

爵位では測れない勢力の事も、裏側から見てきた。


貴族名鑑の後方に載る貴族は2つに分かれる。

王族に代々仕えているため実態がイマイチわからない貴族か、はたまた存在感の薄い貴族なのか。

まぁ、わかりきった事だけど、確実に後者ね。

ガルシア子爵家は公爵家や侯爵家の分家などではなく、かといって力のある家でもない。

つまり後者だ。

見た目しか取り柄のない陰の薄い貴族で、性格が悪いなんて最悪だ。

チェルシーに期待を持たせといて、他の女性と婚約したんだから、こんな最低な人はいない。


きっと、貴族と平民の婚約なんてあり得ないに決まっているだろうと言うタイプよ。

いるいるそんな貴族。

平民には威張り散らしているくせに、国税局に来ると縮こまっているのよね。


将来を夢見させつつ他の女と婚約なんて信じられない。

期待したチェルシーはどうなるのよ。

好きな人が出来て、その人と結ばれたいと思う気持ちに、貴族だからとか平民だからとか関係ない。

真面目に生きているチェルシーには幸せにある権利がある。

というか、知り合いになった女の子は全員、私の分まで幸せになってほしい。


クルーガー邸に戻ると、すでにアッシャーさんも戻っていた。

「お帰りなさいませ、ダニエラ様」

我が家の新米執事であるモンゴメリが出迎えてくれる。


現在のクルーガー子爵邸のおかしな所は、アッシャー・キンレイ伯爵夫妻と、ローズ・ゴルボーン伯爵妹が住んでいる事だ。

アパルトマンじゃないのに、貴族が大渋滞している。


今は、新米執事のモンゴメリと、同じく若いメイド長のクリッシーニにアッシャーさんが指示を出すのをじっと眺めていた。

混乱するのは『執事として働くアッシャーさんと、メイドとして働く私』がいるのに、執事とメイド達が忙しなく働いているのだ。

もちろん、手配したのはアッシャーさんで、現在の使用人達はお輿入れの際に帯同する使用人達を選ぶ目的もあるらしいが。

にしても、情報過多。

使用人や執事は大変そうだ。


「ダニエラ様、新しいドレスの仮縫いが到着しております」

「ドレス?」

マギーさんがサロンから顔を出した。

「こちらですわ」

そういえば、休日用のドレスがとか聞いた気がする。

この後、沢山のドレスの仮縫いをして一日が終わってしまった。


翌日からまたメイドの仕事と魔法のレッスンに精を出すつもりでいたが、思いのほかウサギの着ぐるみは好評で、仕事が次々と舞い込む上に報酬が意外にいい。

しかも、狙い通り『カサブランカのチェルシー宛』に仕事の依頼が届いている。

コーディ経由じゃないから、予想以上の報酬額だ。

私もお金は必要だもの。

稼げるのは嬉しい。

今のところ婚約破棄を狙っているが、もしも本当に破棄された場合は、クルーガー子爵家に導入された資金を返却しないといけないだろう。

いくら違約金が来るのかしら。

それまでに稼げるだけ稼がなきゃ。

でも、もしも婚約が続行した場合にも備えて、魔法の練習などにも手は抜かない。


次は、土曜日の早朝マーケットの実演販売ね。

着ぐるみを着ていたら、顔はバレないから身バレの心配はないし、報酬がいいので、なんとかして毎回駆けつける。


依頼は平日の夕方が多いから、バタバタと慌ただしく定時に帰るが、アッシャーさんには気が付かれていないようだ。

カサブランカから報告を受けているであろうローズさんは、新しい仕事を始めたのは気がついているようだが何も言ってこない。

メイドの仕事にも、カサブランカの仕事にも影響していないから大丈夫。

誰がなんと言おうがこの仕事は続けるつもりだ。


毎日、罵倒されながら目覚めるセオドリック様を見守り、壁際で朝食の配膳を手伝い、馬車のお見送りを終え、経理室に向かう。

この日常が一生続くかと思うとため息が出る。

そりゃ、メイドはいずれ卒業するだろう。

しかし、婚約者という立場になり、その後妻になるのだからずっと続くのは変わりないのだ。

経理室に入ると、皆、出張の準備をしている。

寝袋や非常食を持ち、ポーションも鞄に詰めていた。

「ダニエラ嬢、留守をお願いできるかしら?領地の森に害獣の群れがやってきたのよ。騎士団にも討伐を手伝ってもらっているだけど、進んでないし、希少種の植物に影響が出ているの」

「わかりました。留守を預かります」

「セオドリック様は既に向かわれていて、ここは当面閉鎖していくよ」

常駐の職員全員が、防護服を身につけて馬車ででかけていく。


いきなりやる事が無くなったので、メイドの仕事を手伝おうとエントランスに向かうと、そこで、驚愕の光景を目にする事になる。


ハートフォード家のメイドは皆、隙のないフルメイクに、ハイヒールまたはウエッジソール の踵の高い靴を履いているが、全員がローヒール の靴を履いて、軽やかに歩いているのだ。

いつもはカツカツとヒールの音を鳴らして颯爽と歩いているのに別人のようで驚いていると、さらにびっくりする光景に出くわした。


フルメイクにパリッとした制服は同じだが、十数人のメイド達が笑顔でお喋りしながら、使用人の休憩室でお茶をしている。

今は休憩時間らしいが、まるで違う人たちを見ているようだ。


「あら!ダニエラ嬢、今日はメイドのお仕事なのね。まずはお茶で一休みしましょう」

柔らかい声で声をかけてくれたのは、このお屋敷に初めて来た日に手本を見せてくれたフランカさんだ。

あの脅すようなドスの聞いた声とは全く違うし、表情もにこやかである。

別人すぎて驚きつつ、思わず座ってしまう。


「もしかして、私達のギャップに驚いている?」

最年長で妖艶な魔力を醸し出すエブリーさんが、屈託なく笑うので、狼狽して作り笑いを浮かべてしままいそうになったが、ハッと我に帰る。


今までプライベートを詮索されないために作り上げた『氷上のドライフラワー』というキャラクターを高圧的なメイド軍団と、マゾ素質のある婚約者候補から逃れたくて捨てようとしていた。

危ない危ない。

詮索されない為に5年もかけて作り上げたのに、わずか1週間で本来の自分を見せようとしていた。

気がついてよかったと、安堵したことは悟られないようにいつもの声を出す。


「ええ。驚きましたわ」

普通は、この氷の表情にたじろぐのに、皆笑顔を見せるので、戸惑ってしまう。


「ふふふ。ダニエラ嬢はそのままなのね。それはスカウトされてくるだけあるわね」

「私達のあの態度には理由があるのよ」

皆が教えてくれたのは意外な事実だった。

「この職場の決まり事は、オフィシャルでは高いヒールで濃いメイクに無表情でいなければならないのよ。それは、ハートフォード公爵夫人、つまり、シータ王女殿下から決められているの」

「セオドリック様に少しでも甘い顔を見せると、やりたい放題になるから隙を見せないようにと決められた事なのよ」

「セオドリック様は怒られるのが好きなのかもしれないから、新しい婚約者ができたらどうするつもりなのかしら?」

1人の疑問に、みんながうーんと考える。

「本当にそうね。もしも私なら辞退するわ」

「私も」

「私も無理ね」


この質問の答えの行方を静観しているが、内心では、ドン引きしてお先真っ暗だと感じている。

婚約の事はまだ公表されていないけど、どうしたらいいのかわからない。


「私なら喜んで結婚するけどなぁ。セオドリック様はいつも穏やかだし、怒鳴ったり人を見下したりしないでしょ」

1人がクスッと笑って楽しそうに反対意見を述べた。

確かにセオドリック様は見下されたい人だものね、人は見下さないわよね。

「お顔もいいし、物腰柔らかいし、私だったら嬉しいわ」

「私も穏やかな人がいいわ」

「人柄がいいものね」

「強い態度で出ないといけない大元の原因は、朝よ」

みんな困った顔でうんうんと頷く。


「ダニエラ様は詳しい事をご存知かしら?」

「いえ何も」

そもそも、毎日『遅れそう』と言ってどこかに送り出すけれど、どこに行っているのかは知らない。


「セオドリック様は毎日、森林組合に行かなきゃいけないんですけど、部屋で朝食を取りたいとおっしゃったら、それは行きたくないという意思表示なんです」

「何としても出勤してもらわないといけないから私たちも必死なのよ」

「まっ、森林組合のお仕事って何なのかは私達も知らないんだけど」

皆口々に教えてくれる。


「ダニエラ様は、執事のアッシャーさんと共に赴任してきたという事は、王室からの派遣よね」

「ここの職員の半数がそうなの」

「元は国税庁にいたんでしょ?噂で聞いたことあるもの。『氷上のドライフラワー』と呼ばれるかなり仕事のできるご令嬢がいるって」

そんなに有名だったんだ。

きっと良くも悪くも、だよね。ここにいる人達は私の悪い噂を口に出さないだけなのだろう。

「ええ。国税庁でした」

退職願も出していないけれど、無断欠勤になっているとかないわよね。


「アッシャー様とダニエラ様が派遣されてきたのは、新体制になるって事でしょ?」

「やっぱり、婚約破棄の影響よね」

みんなが口々に話し出す。


「ダニエラ様はどこまでご存知かわからないけど、セオドリック様にはつい最近まで婚約者がいたのよ」

「バーセック侯爵家のローレッタ様って言う方でね、我が家に数人の使用人を送り込んできたわ」

「迷惑だったわよね」

使用人が増えたら、仕事がラクになるのになぜ迷惑だったのかしら?

「バーセック侯爵家から送り込まれた方々は、何か問題でも起こしたのですか?」

「そういうわけじゃないけど。送り込まれた使用人が信用できるかはわからないでしょ?」

「バーセック家の使用人は色々な事を嗅ぎ回っている感じだったし、あの頃はみんな無言で働いたわよね」

皆同調して頷く。


「世間話をしたら、私達やセオドリック様の情報を与えている事になるでしょ?」

「だから、バーセック侯爵家から派遣された使用人がいる時は、皆おしゃべりできなくって」

「そうそう」

「一日中、ツンケンした態度を崩せなくて大変だったよね」

皆、盛り上がってきて、楽しそうに話している。


「何故、ローレッタ様との婚約が解消されたか知っている人いる?」

「知らないけど、婚約解消されて、ほっとしたわよね」

「ほんとほんと。ローレッタ様ってオンナからあまり好かれないタイプだったもの」

私も婚約者になった後、そんな噂話をされたくないと思って、話の続きをじっと聞く。


「あまーい香水をつけてて、大きな胸を強調するようなフリルゴテゴテのドレスを着て」

「昔は年相応な反応で可愛らしくて。微笑ましく見守っていたのに。だんだん見た目が派手で、露出が多くなっていったのよね」


皆の話を総合すると、婚約当初は清楚でおとなしかったのに、だんだんと服装やメイクが派手になり、きつい香水をつけるようになった。

その頃はセオドリック様に「パーティーに連れて行って」とおずおずとお願いする姿を見かけたが、婚約解消する一年位前からは、もうお願いする事もなく、一人で毎晩のようにパーティーに繰り出していっていた。

裏事情である高級娼婦をしていた件を知らなくても

これは婚約解消になるレベルだわ。


「そもそも、何でローレッタ様って使用人を送り込んできたのかしら?」

「バーセック家から送り込まれた使用人達がコソコソ話してるのを聞いちゃったんだけど、セオドリック様を足掛かりにして、王族に取り入りたかったみたいよ」

「それ、私もバーセック侯爵家から送り込まれた使用人達が話しているの聞いちゃった」


「なるほどね、だから使用人達の仕事ぶりが中途半端だったんだ」

皆、口々に当時の愚痴を言い合う。


「ところで、ダニエラ嬢は何でも手際がいいし、家事も初めてだとは思えないわ。どこかでメイドの経験が?」

色々とバレそうになっている事に冷や汗が出てくる。


「我が家は子爵家ですから、爵位のない家に嫁ぐこともあるだろうという母の考え方なんです。母の友人がそれで苦労したらしいので」

言い訳としては無理があるかしら?


「商会に嫁いだりとかすると、大変らしいってよく聞くわよね」

ここから世間話に変わっていったので、内心安堵する。世間話とはいえ、内容は王宮の事や、流行の服装や髪型の事だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ