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チーム始動2-1

先日は間違ったエピソードを投稿してしまいまして申し訳ありませんでした。

春は花粉でぼーっとしてしまい、本当にすいません

チェルシーは壁のポスターを剥がした。

どれもコーディが主役なので、このままではいつまで経ってもこの気持ちから抜け出せない。


全て剥がし終えて、部屋を見回すと、色褪せた壁紙のせいで部屋の貧相さが際立って、ため息が出てしまう。

でも、ポスターを貼り続けるよりはマシ。

自分を納得させた後、このたくさんのポスターをどうするか考えるが思い浮かばない。

とりあえず丸めて、クローゼットの奥に押し込んで、劇団の稽古に向かう。


何も考えたく無かったので、日常に追われるようにして生活していたら、あっという間になりすまし屋の仕事の日になってしまった。

コーディとは顔を合わせたくないけど、行かなきゃいけない。


今回は、日用雑貨店の開店10周年キャンペーンの仕事だ。

缶詰に、小麦など食料品から日用品まで幅広く取り扱う郊外のお店で、包丁の実演販売をする。

お昼から始めるのだが、あれから初めてコーディと顔を合わせるので少し気まずい。

どんな顔をすればいいのかしら。


実演販売用の服は料理人の格好と指定があったから、劇団から服をこっそり借りてきて、着替え、その上からコートを羽織った。

乗合馬車は少し混んでいたが、目的地に着いた頃には半分になっていた。


広い道路沿いにある大きな煉瓦造りの日用雑貨店に入る。

雑貨店と聞いていたから、テニスコートくらいの大きさのお店だと思っていたのに、1000人の客がディナーを食べながらショーを見られるサカブランカより広い。


入り口横のレジに行くと、コーディが恰幅のいい中年男性と話していた。

スリーピースのスーツを着て、シャツの一番上のボタンを開け、少しラフに見える格好の上から、ブルーの『ガルシアガラス工房』のロゴの入ったエプロンをつけている。


私を見るとにっこり笑って手招きをした。

どんな顔をしていいか分からず、少しだけ笑う。

こんな時に、誰かいてくれれば…。

一人でコーディと対峙するのは今の私には辛すぎるが。

誰も来ない。

誰か助けて。偶然に知り合いに会ったりして、気持ちを逸らせてほしい。

じゃないと、まだ未練たっぷりの私はコーディの一挙一動が気になる。

何も考えるな私!言い聞かせても、その瞳の奥に映っているのが私でありますようにと願ってしまう。


コーディは家のために婚約したのであって、本当はチェルシーが好きなのよ。

耳の奥で悪魔が囁く。

そんなはずないわ、コーディは女性を大切に扱うのだから婚約したとなったらその女性だけを見るはずよ。

誠実な人だもの、諦めさない。

悪魔をたしなめるように天使が囁く。


「こちらはチェルシー。今日は包丁の実演販売をしてくれます」

恰幅のよい男性は店主だった。握手をして、今日の仕事の指示を受ける。

「本当の実演販売員が休むことになってしまってね。ガルシア子爵令息に聞いたらいい人がいると言われてね。料理人なんだって?期待しているよ」

店主は笑いながら背中をポンポンと叩いて、知り合いを見つけて「じゃあ」と足早に行ってしまった。


料理人だと紹介されたの?聞いてないけど!

「役者はどんな役にでもなれるだろ?」

コーディが甘い声で囁く。

顔が熱くなるが、唇の端をギュッと噛んだ。

流されるな私。

「無理よ。料理も苦手なのに」

コーディは抗議を聞かずにウインクして店の奥に向かっていった。

奥にガルシアガラス工房の特設コーナーがあるらしい。


重い足取りで指定された刃物売り場に向かい、テーブルセッティングをする。

長テーブルにクロスをかけて、すぐに使えるように包丁とまな板を置いた。

とりあえず準備はできたけど、どうしよう。人並みにしか包丁は使えない。

今、お買い物に来ているどこかの使用人や、いつも家族に食事を作っている普通の女性の方がはるかに上手いのに、どうすればいいのよ。

しばらくテーブルの前をぐるぐる回って考えを巡らせる。

なんとなく包丁をディスプレイして、その横に立ってみた。

当然だけど誰も足を止めてくれない。


店の店主が私のところに来て、「ちゃんとやってくれよ?料理人としての実力を見せてくれ。店にあるものは何でも使っていいから」と力強く背中を叩いく。

「これを使ってくれ」と大きなキャベツを置き、どこかに行ってしまった。

ピンチだ。

大きくピンチだ。

これで悪評が立つと、仕事が無くなってしまう。


意を決して包丁を手に取り、キャベツの千切りを始めるが、スピードはゆっくりだ。

しかも、あまり薄く切れずに厚みもバラバラ。

これはお給料を貰うどころか、慰謝料を請求されるレベルだわ。

手元がおぼつかないので、まな板をじっと見て10分ほどキャベツを切っていると、誰かが目の前に来た。


このレベルで見られるのは辛いと思い、顔を挙げてギョッとする。

目の前に、ピンクのウサギの着ぐるみが、紐で繋がれたフワフワと浮く色とりどりの風船を沢山持って立っていたのだ。

大きな瞳に、突き出た2本の前歯。

ニヤッと笑った被り物の口元が、少し不気味だ。


ウサギはじっと私を見ていたが、「代わって」と小さな声で言った。

この声、エラだわ!

「これ、販促用の風船ね。ちゃんと配るのよ?」

たくさんの風船の紐を押し付けられて思わず受け取る。


エラは着ぐるみの中指の指先を引っ張ると、手首の先だけ手袋のように脱げて、人間の手が出てきた。

異様な光景だけど、何も言えない。

ウサギのエラは手を綺麗に洗い、それから包丁を両手に持った。

二刀流の殺し屋みたいで怖い。

二つの包丁を見比べた後、大きいサイズの包丁を置いた。


「にんじんと、玉ねぎ、トマト、硬い胡桃、あと奥で実演販売しているスパイスを一本、鍋も持ってきて」

言われた通りに材料を揃える。

「これ、言われた材料よ」

「ありがとう。次は、歌を歌って。なるべく明るくてテンポのいい曲よ」

驚いてウサギの着ぐるみを見るが、顔が覆われているからエラが何を考えているのか分からない。

何を歌おうかしら。

ここは、童謡が妥当かもしれない。

適当に歌っていると、エラは野菜を手際よく切っていく。

あまりにも手際が良くて、本当にシェフのようだ。

ウサギの着ぐるみで手先だけが人間だから、すごく異様だけど、見ている人は気にならないようだ。

気がつくと人だかりになっていた。


包丁で硬い胡桃から柔らかいトマトまでを綺麗に切り、全てを鍋に入れてスパイスを振り、煮込む。

すぐに出来上がったスープを見物客に振る舞うと、みんな目を輝かせて驚いた。

「この包丁、硬くても柔らかくても綺麗に切れるから買うわ。ついでにこのスパイスも」

包丁とスパイスが飛ぶように売れて、私は購入するお客さんに風船を配った。


開始から2時間足らずで包丁は全部売り切れてしまった。

今まで何度もお店の1日販売員をやったけど、こんなに短時間で仕事が終わってしまった事はない。

店主は喜んで、ちゃんと二人分の日給をくれたうえに、缶詰などの粗品を沢山くれた。

「君たちのお陰で包丁だけじゃなくスパイスも飛ぶように売れているよ。あれはうちの店のオリジナルなんだ」

ホクホク顔で、次もまた呼ぶよと言ってくれた。

「じゃあ次から、カサブランカのチェルシー宛に連絡をください」

エラはそう言って握手をして別れた。

奥のガルシアガラス工房のブースを覗いてから帰ろうとしたが、止められる。


「コーディが来てるんでしょ。見ちゃダメ」

「私の行動、わかりやすい?」

「ええ、すごく。気にせずに帰りましょう?」

「え?ああ。うん、わかった」

見に行きたい気持ちを抑えて店を出た。


「あの馬車に乗りましょう」

エラに促され客待ちの辻馬車に乗り、行き先はカサブランカを指定した。

馬車が動き出しても、エラは着ぐるみを被ったままで、身動きしない。


「今日、凄かったわ!包丁が完売したのよ。エラって料理が上手なのね。手際もいいし」

「完売になって良かったわね」

「あのスープの味付け、最高だったけど、私があのスパイスを買おうとした時、止めたのは何で?」

「スープの味付け、あのスパイスを使ってないからよ」

「はい?どういう事?」

「あれ、こっそり舐めてみたんだけど、美味しくなかったから、これを使ったの」

どこからともなく白い袋が出てきた。

「これ、母が作ったスパイスミックス。土手や空き地に生えている草と、ハーブで作ったのよ。これで味付けしたの」

「つまり雑草って事?」

エラの動きが一瞬止まったが咳払いが小さく聞こえる。

「山野草。つまり香草よ」

やばい、失礼な事言っちゃった。

「なるほどー。全然気が付かなかった。どう見ても、あのスパイスを使っているように見えたわ」

ニコリと笑って誤魔化す。

「そりゃ、ちょっとは入れているわよ?でも、同時にこれも入れたわけ」

着ぐるみの中からくぐもった笑い声が聞こえてきた。

「これ、私がお手伝いできる日程よ」

二つ折りの紙を渡される。

中を見ると、午前中空いている日や、夕方空いている日など色々だった。

「仕事、不規則なの?」

「メイドの仕事をしているのよ」


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