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婚約の現実3-3

長い間、時間が開いてしまいすいませんでした。

経理を習いながら、魔法の訓練も受けることになった。

ハートフォード侯爵家が管理している王家所有の森は、ただの森ではない。

絶滅危惧種を管理したり、王室に届ける魔草を管理したりとかなり特殊な森だ。

経理といえども、森に行かないといけないこともあるらしく、出向の職員以外は全員が特殊魔法が使えるので、ダニエラも覚えるように言われた。


「今は森が大変で、数名出張中なんです。だから、クルーガー子爵令嬢にはまず魔法を覚えて頂きます」

使い続けて自己流になっている魔法を矯正したあと、特殊魔法を覚える。

ただ、魔法の訓練はかなり過酷で、すぐに疲れてしまい動けなくなる。こんなに連続して魔法を使うなんてないからだ。

時間が経てば回復するが、慣れないうちは15時までの勤務となった。


訓練が始まって数日が経過したある日、帰りの馬車の中で魔法便を受け取った。

『カサブランカからダニエラ宛の手紙が届いたわ。同封しておくので読んで頂戴』

ローズさんの綺麗な文字の手紙はいつ貰っても嬉しい。

同封の手紙は誰からかだろうかと、便箋を開く。


差出人はチェルシーだった。

プロポーズを受けるかもしれないからメイクを手伝って欲しいという内容だ。

ダニエラのヘアメイクを落として、エラとしてカサブランカに行くには何時になるのか考えて返事を書く。


『仕事が終わるのが16時なの。それからでもいいかしら?カサブサンカで待っていて』


手紙を返信してため息をくつ。

好きとか嫌いとか判断が出来ない相手と一年後に結婚することになる私とは大違い。

まぁ、『仮』の婚約者だと信じているけど、魔法を覚えなきゃいけなかったりと、段々と本物の婚約者候補ではないかと怖くなってくる。

このままでいくと、将来の夫となる人は、メイドに高圧的な態度を取られたい変態の可能性が濃厚だ。

貴族社会では家柄と財力が全てだから、側から見たら幸せに映るだろう。

誰もが憧れる嫁ぎ先で、妬みやっかみを受ける事になるだろう。

でも、私の気持ちは?

私の幸せは?

相手を好きになれなかったとしても、せめて尊敬できる相手だったらなぁ。


…恋愛かぁ。

歌手になる夢を追いかけながら、恋もしているなんて羨ましい。

プロポーズされる事を期待して、デートに向かうなんて、幸せ絶頂じゃない!

いいなぁ。

考えてみたら、借金を返すのに忙しくて、恋愛なんて考えた事なかった。

自分には無理でも、周りの人は幸せになって貰いたい。


クルーガー邸に着くと、急いでメイクを落とし、ダニエラからエラに変身する。

そして、マギーさんにカサブランカに急遽メイクの助っ人に行ってくるけど、帰りは早いと伝えて、辻馬車を拾った。

ローズさんには、化粧品を使わせてくださいと、魔法便を送ったので大丈夫。


16時半になんとかカサブランカに到着した。

支配人が、チェルシーは大部屋の控え室にいると教えてくれたので、そちらに向かう。

普段は、出演者が多数待機している控え室を開けると、ポツンとチェルシーがいた。

「あの。突然、不躾なお願いをしてごめんなさい」

「いえ。気にしないで。今から急いでメイクをしていくわね。これ貴女の?」

並べてあるメイク用品を指差して聞く。

舞台にはいいかもしれないけれど、厚塗りのケバケバしい顔に仕上がるだけで、決して可愛くはならない。


「これじゃダメよ。ローズサファイアさんの楽屋に行きましょう。メイク道具を使う許可は取ってあるわ」

ローズさんの控え室のドアを開けて中に入る。

衣装や小道具などが綺麗に陳列されており、テーブルの上には沢山のプレゼントが置かれていた。

チェルシーは物珍しそうに部屋を見回している。

確かに豪華な空間よね。まるで貴族令嬢の衣装部屋みたい。

まぁ、ローズさんは貴族だったから今となっては驚かないけどね。


「じゃあ、椅子に座って。まずそのカサカサの肌をなんとかするわね」

メイク落としを使った後、洗顔剤で顔を綺麗にする。

それから保湿剤など沢山のものを塗ってから、下地をつけていく。

「今日プロポーズされるの?」

「私はそうだと確信しているの。彼の名前はね、コーディ・ガルシア。子爵令息なのよ。昔、同じ歌劇団に所属していたの」

はにかむように笑うので、私も笑顔になった。


「その彼とつきあっているの?」

「ちょっと違うわ。身分差もあるし」

身分差ってことは相手は貴族なのかしら?

平民と付き合うって、貧乏で貴族同士で相手にされていないか、はたまた一代貴族か。

あとは、身分差が気にならないくらいに気持ちが強いのか。

どれなのだろうか。


「貴族って異性と二人で外出しちゃダメらしいわね。だから、二人で会う時は、歌劇団時代から行きつけのバルなの。この前は、素敵なペンをくれたのよ」

ガラス製の万年筆って聞き覚えがあるわ。


「それってどんなの?」

「ガルシア子爵家はね、ガラス製品を製造しているの。その、ガルシア社製の万年筆なのよ。淡いピンクのガラスで出来ていて気に入っているの」


それ、粗品じゃないかしら?

グラスを大量に購入するとガルシアガラス工房製の万年筆をくれるらしい。

去年、国税庁の同僚からもらったわ。

あの時「うちのワイングラスを買い替えたら貰ったんだけど、万年筆にはこだわりがある」って同じ課の女性社員全員にくれた。

粗品として沢山配っている物を『特別』としてくれるなんて、ケチだわ。

相手の男性について疑念を抱いてしまう。


「それって、綺麗な紺色の箱に入ってた?」

「そうよ。何故、それを知っているの?」

「なんとなく、よ。うまくいくといいわね」


その男はやめといた方がいいって言えない。

もしもうまく行ったら、きっと何か裏がある。庶民の女性を騙して結婚詐欺をするつもりなのかしら?

それともチェルシーは魔法が上手いとか?


「ねえ、エラは、好きな人がいる?」

「残念ながらいないの。働くのに精一杯だから」

恋人や好きな人がいないのは本当。

でも、婚約者候補はいるけどね。

残念ながら、多分、変態。

口に出したいけれど、ぐっと我慢する。


「私も沢山の仕事を掛け持ちしているけど、本業は劇団の女優。お金のない劇団でね、公演は月に1週間だけ。でもいいの。キッシンジャーのチョコレートパイさえあれば」

「キッシンジャーのチョコレートパイが好きなの?私も大好物よ。ほら、完成!」


チェルシーが持つドレスを見て驚く。

それってすごく高価な物じゃないかしら?

どうやって手に入れたか聞いてみると、占い小屋に入ってこのドレスを貰ったと説明してくれた。


「嘘、そんなことってあるの?」

「なんだか怖くて、今日おじいちゃんに鑑定魔法機にかけてもらったんだけどね、何の魔法もかかっていないって。だから今着ているのよ。せっかく貰ったんだもの」

「確かに、チェルシーのためにあつらえたみたいにピッタリだし、こんなに素敵なドレスだから気持ちはわかるわ。ところでチェルシーのおじいちゃん、鑑定魔法機持っているの?」

「そう。うちは、代々魔法付与靴を作っているんだけど、鑑定魔法は使えないから」

「チェルシーも魔法付与できるの?」

「誰にも言わないでね?実はそうなの。でも他の魔法はさっぱり使えないの」

「誰にも言わないわ。彼もその事を知っているの?」

「コーディには言う機会がなくて言ってないの。ここみたいに誰もいないところじゃないと話せないもの。外は誰に聞かれているかわからないから」

それは絶対に話さない方がいいわ。

その男、怪しすぎる。

とは言えないから、ぐっと我慢する。


「確かにそうよね。秘密は誰もいないところでしか話せないわよね」

「今履いている靴はね、数年前に魔法付与した靴なの。特注品でね、靴に任せておけばワルツにカーテシー、それから歩き方も全部バッチリなの」

「へえ!すごい靴ね。特注品って事は、持ち主は違う人?」

「そう。特殊な靴だから、一見さんお断りでオーダーメイドなの。でも、差し押さえ品のオークションにかかっていて、おじいちゃんが国税庁から買い戻して修理したの」

そういえば、チェルシーを見かけたオークションの売れ残り品の中にあったような気がする。

こんな高価な物を作れるのなら尚更、ガルシア子爵令息には合わない方がいいわ。

しかも修理したとは思えないくらい綺麗なハイヒール。


「新品にしか見えないわ」

「内情の話だからね?ローズサファイアさんとかにも言わないでね」

「当然よ」

絶対に言わないと誓う。

これって、重大な秘密だわ。


着替え終わり、チェルシーはくるっとターンする。

満足そうな顔をしているけど、このまま出掛けていくつもり?

これじゃチェルシーが恥をかいてしまう。


「完璧だけど、足りないものがあるわ」

奥のクローゼットからローズさんが使っていないコートと、小さなクラッチを出して口紅を入れて渡した。

ハンカチがないと言ったので、なんとか準備をしてこれも入れる。


「どんなところに行くのかはわからないけれど、多分これで大丈夫よ。でも、その格好で家に帰るの?」

「ここに迎えに来てもらうことにするわ。7時まであと30分だし」

「じゃあ私は帰るわね。遅くなると家族が心配するの」

「エラ、本当にありがとう。このお礼は必ずするわ」

「気にしないで。人の幸せのお手伝いができたならよかったわ。プロポーズされたら教えてね。じゃあ」

話を聞く限り、ガルシア子爵令息とはうまくいかないと思う。

いや、うまくいかないで欲しい。


きっとロクな奴じゃないわ。

チェルシーって接してみると、素朴で憎めないタイプだ。

私とは大違い。

自分を偽りながら虚勢を張って生活しているのって、疲れる時もあるのよね。


ゆっくり眠って、早朝に熱いお湯で疲れを流す。

今日から午後からの出勤だ。


まず経理室に向かい、書類整理を行う。

夕方にはメイドの業務に移らないといけないので、ダイニングに向かう。


セオドリック様のディナーの準備のため、ダイニングにお皿をセットしたり、銀食器を磨いたりと大忙しだ。


「ダニエラ嬢、エリーの後について行きなさい」

メイド長の指示に従い、エリーというメイドの後についていく。

年齢は私より若い。もしかしたら18歳くらいなのかもしれない。癖毛をお団子に纏めた、ちょっとふっくらした可愛らしい女の子だ。

「新人さんですよね?セオドリック様は多分、図書室にいらっしゃいます。起きていらっしゃるといいのですが」

声から緊張感が伝わる。

図書室の前で立ち止まると、軽くノックして、ドアを開けた。


「セオドリック様」

呼びかけるが返事はない。

エリーの背中越しに見えたのは、本を開いてウトウトする様子だった。

眠っている主人を起こす時は、どうするのかしら?

粗相のないように…って考えていたら、エリーさんはズカズカと進んでいき、セオドリック様を通り越して奥の脇机まで行くと、ベルを手に取った。

カランカラン

勢いよく鳴らす。


「起きてくださいよ!ご主人様。そんなところで寝ていて、誰がベッドに運ぶと思ってるんですか?誰も運んでなんかくれませんよ」

大きな声で叫ぶように言うと、やっと指先が動いてゆっくり目を開けた。


「もうディナー?」

「さようでございます。早くダイニングにいらしてくださいね。二度寝なんてもってのほかですよ?」

鼻を鳴らして、図書室を出たので、私もあとに続く。

ここのメイドってみんな気が強い。


しばらくしてセオドリック様がダイニングにやってきたが、普通に給仕を行っている。

お部屋に戻られる時も、全員が丁寧にお見送りをしていた。


丁寧な時もあるんだわと思ったが違ったようだ。

いつもセオドリック様はメイドにしかられたり、脅されたりしている。

カーテンを勢いよく開けて大きな声で怒鳴り散らす人や、風魔法で無理やり起こそうとする人、雷魔法で脅かそうとする人、それぞれの流儀があるらしい。

普通なら、雇い主を脅す使用人なんてもってのほかで激怒されてクビになるだろう。

でも、どんなに乱暴な起こされ方をしても、セオドリック様は全く気にしている様子はない。


冷静に観察していると、メイド達は口調こそ粗いが、仕事は丁寧だ。

とはいえ、私は日中、経理を教わっているので、仕事ぶりを見ているわけではないから、本当のところはわからない。


類は友を呼ぶじゃないけれど、ハートフォード家には性格がキツイメイド達があつまるのか、集めるのか。

セオドリック様が怒られたがりだからかしら。

だから、『氷上のドライフラワー』で来て欲しいと言われたんだ。

私のことをサディストだと思ったのね。

違う!ノーマルよ!!!


お金のために人生棒に振る?

このままじゃそうなりそう。

早くちゃんとした婚約者が見つからないかしら?


「私って『仮』の婚約者なんですよね?」

アッシャーさんに聞いてみる。

「違いますよ。ダニエラ様、貴女様は正式な婚約者様です。そもそも『仮』の婚約者様のために、多額の資金投入をするはずございません」

「そう…ですよね。では私は確定?」

「当然でございます」


どうしよう。

私の婚約者は変態だ。

これはもう確定。

こちらから婚約破棄はできない。なら、あっちから破棄してもらえればいいんだわ。

私って賢い!それなら、すぐにでも実行しないと。


メイド達みたいにキツイ口調を使わずに優しくすればきっとガッカリするはず。

だってセオドリック様はマゾ…怒られたい変態なのだし。

変態は変態らしく怒られて過ごせばいいわ。

でも、私だけ優しくすれば、婚約や結婚は破談になるはず。


まずは、にこにこと笑顔を作る作戦に出てみる。

「ダニエラ嬢!」ものの5分でメイド長に注意された。

こんな事ではめげないわ。

薄化粧に変えたらいいんじゃないかしら?

家を出る時はアッシャーさんと一緒で、薄化粧だと注意されてしまうからメイク道具を持って出勤してきた。

出勤早々メイク直しをしようとしたが、監視の目が厳し過ぎて、全く実行に移せず。


ガッカリしてクルーガー邸に戻り、エラのヘアメイクをする。

今日は、こっそり『やさしいテレンス王国語』の本を買いに行く予定だ。

破談してもらおう計画と同時に、このまま何の変化もなく結婚まっしぐらになった場合に備えて、色々な知識をつけてく計画を同時進行しておかないと。


外国語がすこぶる苦手だから避けて通ってきたけど、高位貴族に嫁ぐとなると知識は必要だろう。

アッシャーさんにお願いしたくはない。だって結婚に乗り気だと思われたら困るもの。


まだ婚約が正式に発表になったわけではないから、今ならまだ自由に外出できる。

「本屋さんに買い物に行ってきます」

マギーさんに伝えて、繁華街に向かう。

今は、徒歩での外出は禁止だ。閑散とした場所に行くのも禁止。

外出は、アッシャーさんが準備した『ローズサファイアの使用人専用馬車』に乗る。

カサブランカのマークと、ローズサファイアのシンボルである半分のバラのマークが入っている。

一般人のエラが馬車移動するのは不自然だからという理由だ。

これなら、誰も不審に思われない。


まずは、よく行くベーカリーに立ち寄った。

お屋敷の新しい料理人の作るパンも美味しいけれど、庶民のパン屋さんの素朴な味も忘れ難い。

それに、ここの店員のリジューとは、仲良しで、たまにカフェでおしゃべりする間柄だ。

パンを買ってから、本屋に向かい、語学本だけじゃなくて、娯楽の本なども物色する。

一人で外出できる機会はうんと減ってしまった。


貴重な時間を楽しむように、本屋の店員であるニコラともおしゃべりをした。

この友情を続けるにはどうしたらいいんだろう。

高位貴族に嫁いでしまうと、一人の外出は無理になるだろう。

やっぱり、何としても婚約破棄してもらわなきゃ。


二人で笑い合っていると、チェルシーからの魔法便が届いた。

ローズさんのコートとクラッチを返したいという内容だ。

次に外出できる機会はまだわからないし、チェルシーの気持ちを考えると、カサブランカに行った時にで返却してもらうのは、ローズさんの目の前だからやりずらいだろう。

『近くにいるから取りに行くわ』と返事を書いてから、本屋で買い物をして、チェルシーの家に向かった。

歩くと40分以上かかるだろうが、馬車だと15分だ。


ひどい風邪がまだ治りません。

皆様、咳風邪にはお気をつけて!

これでもインフルエンザの予防接種はしたんだけどなぁ。

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