ダニエラ・クルーガー子爵令嬢
新しいお話を始めます。是非お付き合いくださいませ
ダニエラ・クルーガー子爵令嬢は、机の上にある書類を手に取った。
5ページに渡りびっしりと書き連ねられた書類をチェックした後、机上の羽ペンを取ると青いインク壺に浸して、訂正が必要な複数箇所にまるをつけ、別紙に何やら書き込み『差戻』の箱に入れる。
書類は入れた途端、マルをつけた箇所が光り、そして跡形もなく消えた。
箱には魔法がかかっており、次の部署へと書類が送られたのだ。
愛用のペンを元の位置に戻すと、自らの机の上を綺麗に整頓して、帰宅の準備を始めた。
柱の時計は16時55分を指している。
ダニエラは国税庁の職員で、入社5年目の23歳。
誰よりも仕事が早く、そして正確なので、この部署では一目置かれた存在である。
その証拠に、他の職員の机上は沢山の書類が積まれていているが、ダニエラの机の上は綺麗に整頓されており、初めから書類など置かれていなかったかのようだ。
机の引き出しから愛用の革のハンドバックを出したところで、17時を告げるチャイムが鳴った。
すぐに立ち上がり無表情で「ごきげんよう」と挨拶をすると、扉を開け、しんと静まり返った廊下に出る。
どこの部署も残業が当たり前なので、定時になっても帰る人はいない。
長い廊下を出口に向かって歩いていると、向かいから大きな箱を抱えた庶務課のグエンテ男爵がやってきた。
グエンテ男爵は50代後半の人当たりのいい方だ。
庶務課なので色々な部署に備品を届けたりしており、庁舎内の事は何でも知っている。
「お疲れ様、クルーガー子爵令嬢。相変わらず残業なしで帰宅ですか?最近では他部署から引き抜きがかかっているそうですね」
人の数倍仕事を行い、かつ定時で帰るダニエラは常に引き抜きがかかっている。
「ごきげんよう、グエンテ男爵様。わたくし、今の部署が気に入っておりますの。それに定時帰宅は当たり前の権利ですわ。では急いでおりますので失礼いたします」
早足で立ち去るダニエラの後ろ姿を眺めながら、グエンテ男爵は小さな声で呟く。
「氷上のドライフラワーと言われる所以は、夜会にでも出席するんじゃないかと思うくらいのヘアメイクをしているのに、無表情と抑揚のない返事のせいだ。仕事もできて良い子なんだけど、勿体無い」
苦笑いをしてから、廊下の先の倉庫に向かっていった。
ダニエラはいつも、ワインレッドの口紅を愛用し、オレンジ色の胸まである髪の毛はコテで巻いて、ガチガチに固めている。
ダークエメラルドのような濃緑の瞳を囲むように引いた力強いアイラインと、長いつけまつげは、ダニエラの意志の強い瞳を際立たせており、抑揚のない話し方が、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
他の同僚たちはビジネス向きの落ち着いたヘアメイクなので、一人だけ浮いているが全く気にしていないようだ。
ランチタイムになると、皆はカフェテリアに繰り出すのに、誰が誘っても全く応じてくれない。
オフィスに残り、ドレッシングも何もかけないサラダを食べているのだ。
何故そうなのかと質問すると、ため息をついて、太りたくないからカロリー制限をしていると答え、氷の表情を見せるので、それ以上誘えない。
私生活については、聞くことすらはばかられる。
全くもって想像がつかない。
こんなに外見に気を遣っている様子なのに、誰もお茶会や夜会に参加しているのを見たことがないのだ。
スレンダーな体系なら流行のドレスを着て煌びやかな場所に繰り出すはずなのに、普段どうしているのやら不明だ。
過去に室長が何気なく休みの日の予定を聞いたのだが、冷たく抑揚のない声で「私の事はお気にならさず」とその後、話しかけることができないくらいピリッとした空気を醸し出したのだ。
これが普通の態度なのだから驚きだ。
相手が誰であろうが、抑揚のない声で、返事をするし、無表情なのだから『氷上のドライフラワー』と言われている。
別の愛称もある。『魔道具人形』オートドールだ。
まるで感情が感じられないから魔道具仕掛けのようである。
仕事が早くミスもなく、人より多く働く点も拍車をかけており、『魔道具人形、オートドール』と呼ぶ人がいるのだ。
室長ですら、仕事の不明点はダニエラに聞く。
魔法仕掛けな上、絶対的な権力を持っているように見えるから、より一層近寄り難く感じる。
ダニエラに対して、「早く帰れて羨ましいわ。少しは手伝ってくれたっていいじゃない」って思う職員もいるが、それを口に出したら最後。「私は仕事が出来ません」と自己申告している事になるので、誰も口には出さない。
誰だって早く帰りたい。
17時ならまだ、カフェが開いているから、友人とおしゃべりをする時間があるし、ショッピングだってできる。
女性職員の大半が、「国税庁ってなんでこんなに残業しなきゃいけないのかしら?」とか、「こんな職場辞めてやる!」なんて思っているが、それでも黙々と勤めている。
その理由は、お給料がいいからと、少しでも条件のいい婚約者を探すためである。
今どき、子供の頃から婚約者がいるのは稀で、結婚相手は自分で探すのが普通だ。
政略結婚は、旧家の爵位の高い一部の家だけに残る風習で、今は主流ではない。
だから、少しでもいい相手と巡り合うために、なるべく人気の職場への就職を希望して、せっせと働くのである。
女性貴族に一番人気の職場は騎士団。
武闘派で頭脳明晰なエリートで構成されているうえ、見目麗しい男性が多い。
毎年沢山のご令嬢が狭き門を突破するためにありとあらゆる努力をする。
職員として採用されたら完全に勝ち組だ。
服装は自由なので、流行の最先端の格好をしたおしゃれな女性達が毎日通勤しているので、皆憧れている。
次に人気なのは、外務省。
外交官は、文系のエリート集団で、複数の言語を操り、大国とも渡り合えるだけの知識と頭の回転の速さが必要な上、高位貴族出身者が多い。
補佐として採用された女性職員の制服は決まっているが、シックでお洒落なデザインのドレスで、知識と家柄の良さが滲み出るデザインである。
職場での婚活が成功したなら、海外の外遊や、迎賓館での舞踏会など、華やかな生活が待ち受けているので、外務省の試験に落ちても、中央省庁に務める女性貴族達は、なんとかして外務省勤めのエリートと出会おうと、その機会をうかがっている。
その二つと比較して、国税庁は全く人気がない。
関税の計算や提出された税金書類を精査したり、税徴収したりするわけだが、それがかなり過酷だ。
税金を巡って貴族から怒鳴り込まれたり、輸入関税で揉めたりするからだ。
仕事は地味だし、忙しいし、残業まである。しかも、制服はデザインが更新されておらず古臭い。
そんな人気のない省庁に入るのは、結婚するなら中央省庁に勤めている人だと決めているご令嬢か。
または、他の省庁の試験に落ち、しかもどうしても働かないといけないご令嬢だ。
後者の場合、生家があまり裕福ではない場合が多い。だから、最初から他の省庁よりもお給料が良く、あまり人気のない国税庁狙いで入庁を果たすのである。
好意的な見方をするなら、働きがいがある。男性職員はなんだかんだ言ってもエリートだから、婚活も悪くない。
しかし、ダニエラは婚活をしている様子はないし、寄り道やウインドウショッピングをしているのも見た事がない。
いつも通り定時に帰っていくが、どこで何をしているのか知っている人は皆無だ。
そのダニエラのハイヒールの足音が扉に近づく。
「ごきげんよう」
入り口の守衛は挨拶を聞いて、庁舎の大きなガラス扉を開けてくれた。
乗合馬車の停車場の方に向かって歩くが、馬車に乗るつもりはない。
物陰に隠れて、小さな皮のカバンの中に隠してあるアイテムボックスから、紺色のベーシックなマントと平民に人気の靴を出す。
ダニエラのアイテムボックスは5センチくらいのポーチで、大きな旅行用トランク5個分の荷物が納められる。
アイテムボックスは高価な物なので、なかなか買えないが、副業の雇い主から貰った。
靴を履き替え、マントを羽織り、小さな革の鞄とハイヒールをアイテムボックスに仕舞う。
それからフードを目深に被り人混みに紛れた。
節約のために1時間以上かけて歩いて帰るために、人に見られないように気を配る。
当然だが、中央省庁に務める貴族の子息は、どんなにお金がなくても馬車で帰るくらいの経済力はある。
でも、残念ながらクルーガー子爵家にはない。
職場で全く笑顔を見せず、誰に対しても素っ気なく振る舞っているのは、自分の事を詮索されたくないからであって、防御姿勢なのだ。
5年も続けていると、業務の事しか話しかけられない。
不便は感じないし、むしろ安堵している。
早く帰るのも、馬車に乗らない理由を聞かれないために、皆よりも早く仕事をこなし、定時で帰るためだ。
今日はいつもよりも街に活気がある気がする。
フードで顔を隠しながら、街並みを見た。
夕方の空気は、日中の熱が抜けきれず、10月だというのにまだ暑さを感じる。
街には人が溢れていて活気があり、沢山の人が歩いていた。
ドレスショップのショーウインドウや、ハイヒールショップには目もくれず、肉屋や魚屋の前で足を止めそうになる。
ダメダメ。月末のお給料日まで節約を頑張らなきゃ。カバンをぎゆっと握って家路を急ぐ。
貧乏であることをひた隠しにして、なんとか日々過ごすのは、家業であるワイナリーに影響が出ないようにするためだ。
融資を受けている資金の返済の見込みがないと誤解されてしまうと、今後融資を受けられなくなる可能性があるし、ワインの販売時も足元を見られてしまうかもしれない。
借金の返済が終わるまでは節約生活を続けなければいけない。
子供の頃はそれなりに裕福だったはずなのに、もう遠い昔のような気がする。
リカーショップの前を通ると、店内の商品棚にクルーガーワイナリーのワインが並んでいるのが見えた。
王都のリカーショップで並んでいるのをみるのはまだ稀だ。
赤ワイン一種類だけだけど、気持ちが上向きになる。
もう少し頑張ろう。
家業であるクルーガーワイナリーは150年の歴史があり、小規模だが質のいいワインを作りつづけている。
物心ついた時から、ワイナリーは多くの従業員がいて活気があり、暮らしぶりは裕福だった。
10歳の時には葡萄畑を2倍に広げ、醸造所も増築して、中規模なワイナリーへと成長した。
海外には流通していないが、国内では少しずつ認知度が上がってきていたようだ。
しかし、14歳の時、日照りで飢饉になり、翌年は一転して悪天候が続いたせいで葡萄畑は再起不能に陥りかけ、立て直すために多額の融資を受ける事になってしまった。
しかし、最悪な事が起きた。
父の弟である叔父のトーマスに、金庫の中の資産を全て持ち逃げされてしまったのだ。
宝石、貴金属を含め全てを。
しかも、父の名義で借金までつくっていた。
叔父はそのまま音信不通。
噂では、21歳の踊り子につぎ込んで、その子と一緒に国外逃亡したらしい。
葡萄畑は危機的状況、お金は持ち逃げされてない。
しかも借金まである。
生活が一変してしまい、没落の文字が頭をよぎった。
王立学園に入学する予定だったのに、お金がない。
この国では、14歳まで家庭教師をつけて、15歳から3年間は学園に通うのだ。
場合によっては、その後は大学部まで進むのだが、入学金すらないから学園には通えない。
貧乏貴族の場合、高位貴族のお屋敷に行儀見習いという名目で住み込みをし、令嬢の世話係兼話し相手をしながら、高位貴族の資金で王立学院に通わせてもらう。
この仕事を考えたが、子爵家にお金がないと言っているようなもので、家業に影響を与えてしまう。
残る方法は一つしかない。病になり、通学できないと嘘をついて、領地に引き篭もろう。
でも、これでは将来、外でお金を稼ぐ事はできないし、結婚も無理だ。
両親は、将来のために学院だけは通って欲しいと言った。
5歳年上の兄も「絶対に高等部だけでも卒業しないといけない」と大反対した。
当時兄は大学部の2回生で、卒業まで残り2年あったが、学費は先に納めてあった。
兄は、大学を辞めて、前納してあった大学の学費を私の高等部の費用に充てようと考えたようだ。
しかし、奇跡が起きた。
母に相続の案内が届いたのだ。
母が子供の頃、実家に遊びに来ては刺繍を教えてくれていた遠縁の叔母の弁護士からだった。
叔母は遠く離れた地の伯爵家へ嫁いだため、その後は会う機会がなかったから、連絡が来るまで、遠縁の叔母のことは忘れていたそうだ。
弁護士から聞いた話によると、残念な事に子宝に恵まれず、家督はご主人の弟に譲り、王都の貴族街にあるタウンハウスで余生を過ごしたそうだ。
遺言内容は「タウンハウスと家財道具は、刺繍を教えていた遠縁の姪であるヒラリー・クルーガーへ。その他の資金や宝石は教会に寄付する」というものだった。
相続の手続きを完了した後、社交界には『クルーガー子爵婦人は、重い病にかかり、領地内の森にある別宅で療養生活に入る』と公表し、私と兄と母は、こっそり母が相続したタウンハウスに移り住んだ。
兄が住んでいた王都の屋敷は人に貸し、家賃収入を得る事にした。
領地内のお屋敷は使用人を全部解雇して、家財道具を全部売り、その後解体して、残った資金で屋敷跡地を葡萄畑にした。
使用人の大量解雇で月の支払いを減らし、大きな家を解体したことにより、維持費を減らしたのだ。
そして父は、祖父の代からある小さなマナーハウスへと移り住んだ。
ワイナリーについては、以前と変わらずに経営を続けているので、内情が火の車なのは、誰にも気づかれてはいない。
私達が移り住んだタウンハウスも、家財道具を必要最低限を残して売り払った。
こうして工面したお金で、どうにか破産は免れた。
両親は、将来を考えたら二人ともちゃんと学院を卒業しなさいと言って、私の学費もなんとか準備してくれた。
嬉しかったが、高等部に通学するためにはすごくお金がかかる。
制服に鞄、通学するための馬車。
節約のために、禁じ手を使うことにした。
「不治の病である母の側を離れたくないから、通信教育にして欲しい」と学院にお願いをして、通学の10分の1の費用で済む通信課程を選択したのだ。
叔父に全財産持ち逃げされたので、母は表舞台には出られない。
宝石やドレスを新たに準備するお金なんてないし、参加する費用もない。
対外的には、病に倒れた母は、領地の森で療養生活を送っていることになっているが、タウンハウスに引き篭もってはや8年。
母の体調は、今も昔もピンピンしている。
元気が有り余っているようで、毎日ノーメイクでメイドの格好をし、お屋敷を掃除して、庭で野菜を育てている。空いた時間には、お針子の内職までしているのだ。
幸いなことに、今住んでいる貴族街のお屋敷の周辺に住む貴族たちとは、元々交流が無かったので、私達の顔は知られていなかったから大胆にもこんな生活ができる。
私も、仕事以外ではメイド服を来て家事をし、偽名でアルバイトにも行っている。
そのアルバイトは今日はお休みだから、真っ直ぐ家に帰る。
もうすぐ貴族街だ。平民の靴を履いて、長い時間かけて歩いてくるがダニエラ・クルーガーだとバレたら困るので、人通りの多い道から横道にそれて、革の鞄をアイテムボックスから出し、靴をハイヒールに戻してマントを脱ぐ。
早くメイクを落としたくて家路を急いだ。
お屋敷の門をくぐり、前庭を歩く。
ここには、食べられる花しか植えていないが、綺麗に手入れされいる。
小さな池の前には、葡萄棚を作り、四阿代わりになっているし、綺麗に咲き誇るパンジーも食用だ。
食べられる物だけで作られた前庭なのに凄くオシャレなのは母のセンスだ。
大きな玄関扉を開け、エントランスに入った。
ステンドグラスが正面にくる開放的なデザインで、おしゃれなオブジェが並んでいるのは、前の持ち主である叔母のセンスだ。
ここを抜けると一気に様変わりする。
天井の高い広い空間はかつてダイニングと呼ばれていた部屋だが、今は何も置いていない。
殆どの部屋には家具は無く寒々しいが、ダニエラは気にすることなくそれらの部屋を通過してキッチンへと入って行った。
「お母様、ただいま戻りました」
「お帰りなさいダニエラ。スープができているわ」
外からは見えない裏庭は畑と化している。
ランチで食べているサラダも、自家製の野菜だ。
お母様自慢の菜園でとれた野菜を、我が家の数少ない魔道具『食品貯蔵庫』の中で保管している。
ここに入れた食材は、入れた時の鮮度をずっと保ってくれるからお肉の保管もできる。
二人で素朴なスープを頂きながら、他愛のない話をするのが日課だ。
明日は、税金滞納者の差し押さえ品のオークションの日であると伝えると、母は複雑な顔をこちらに向けた。
「私達も、あの時にそうなりそうだったのよ。でも、なんとかギリギリ免れてよかったわ。税金の滞納があると、葡萄畑やワイナリーまで差し押さえられてしまうから」
過去を思い出して安堵している母に、どんな品物がオークションになるのかを説明してその日は終わった。
翌日、オークション会場に向かう。
事前準備を済ませて、監視兼事務として呼ばれた私達は、アルバイトが来る前に『魔法の衝立』の裏に回った。
外からは見えないがこちらからは相手が見えるので、姿を隠して潜む空間を作る魔道具だ。
貴重品が沢山並ぶ会場だが、顧客の殆どが貴族なので物々しい雰囲気は隠さないといけない。
衝立の裏にいる私の位置から会場はよく見えた。
今はアルバイトや職員が集められ、本日の業務についての説明を受けている。
そのアルバイトの中に見たことのある人がいる。
オークションハウスの青い制服を着た、茶色い髪の女性だ。
名前は確か、チェルシー。
私が身分を偽って働いているショーハウス『カサブランカ』にたまに出演している前座の歌手だ。
薄暗いショーハウスに合わせて、チェルシーはいつも、今の私より濃いメイクで来る。
元の顔が判別不可能なぐらい盛っていて、しかもメイクがあまり上手くないので、何度か指摘しようか迷ったが、何も伝えていない。
だから、話した事はないが顔はわかる。
今日は流石に薄化粧で来て、まるで別人だが、『カサブランカ』のスター歌手の専属メイクをしている私はメイクのプロだ。
どんなにメイクを変えても、見知った人なら判別はたやすい。
でも、相手は私をわからないだろう。
今の派手なメイクをした私を見ても気が付かないはずだ。
少し不安にならながらも、無表情を貫き側に行く。
やはり目の前に行っても気が付かれなかった。
身分を偽るバイド先ではエラと名乗り、薄化粧に髪は三つ編み。
いつも大人しい服を着ていて、沢山のヘアメイク道具を持っているからだ。
私は、『カサブランカ』のトップスターであるローズサファイアの付人をしている。
まさかチェルシーにこんなところで会うなんて。
だからといって正体がバレていないし、これからも話すことはないだろう。
とはいえ、なるべく接触しないに越したことはない。
バレたら仕事もアルバイトも両方失うことになるだろう。そうなれば、家名にも傷をつけることになる。
胸の奥が騒つくが、それは取り越し苦労だと考えて、ハーブティーを飲み眠りについた。
その日見たのは、奈落の底に落ちる夢だった。
これは何かの警告だろうか。
ダニエラはまだ気が付いてはいなかった。
ここから訪れる困った未来の序章である事に。