8球 雄馬くんはバレーを知りません
男子バレーボール部の入部を決めた。
入部届けにはしっかりと自分の名前を書いて。
でも、私が想像している以上に、雄馬くんはバレーのことを知らなかったらしい。確かにイチから教えるとは言ったけれど……。
「あ、来た来た!おはよう、巴!」
「おはよう、雄馬くん」
先日、海から一緒に途中まで帰宅した際、意外とご近所らしいことを知った。なので、別々に朝登校するよりもちょっとした待ち合わせをして話をしながら登校した方が楽しいだろ、ということでその案を採用することにさせてもらった。
その道中、どうしても話題に上がってしまうのはバレーのこと。もちろんお互いに書いた入部届けは通学バックの中に入れてある。でも、バレーに関するルールの話をすると途端に雄馬くんからは『?』と不思議そうな顔をされてしまうのだ。もしかして、バレーのこと全然知らない!?こ、これは重大問題かもしれない!
「お、おはよーっす!って、そちらはどちらさん?」
背後から自転車で追い越して行ったかと思えば一旦止まり、わざわざ自転車を降りると私たちの隣に並び挨拶をしてくれたのは昼神陽介くん。私と同じクラス。そして、バレー部入部希望者の一人だ。
「昨日会ったんだけれど、……あれ、そう言えば雄馬くんの苗字って……?」
「あ、悪い悪い!言ってなかった。俺、雲英雄馬。雲英って『雲』に野口英世の『英』って書いて雲英珍しい苗字らしいけれど、ま、気軽に『雄馬』って呼んでくれ!」
き、雲英くんって言うんだ。知らなかった。……なんていうか、日本に無さそうな感じの苗字だよね。
「おう、よろしく!……千早、アレからどうしたんだよ?さすがに俺も凪も気になってさ……バレー部見に行こうぜって誘って気分悪くさせちまったか?」
「!あ、全然!むしろ、私も雄馬くんもバレー部に入部希望出すから」
「へ!?そうなのか!よっしゃ、これから一緒に頑張って行こうぜ!」
あ、なんか熱意が凄い。雄馬くんも明るい感じがするけれど、陽介くんはなんていうか熱血?みたいな感じがする。『あの夕日に向かって走ろうぜ!』とか言い出しそう……。
「ちなみに俺はWS希望!雄馬は?」
「あー……陽介くん。雄馬くんはまだバレーはじめたばかりだからポジションはまだ特に決まってなくて……」
そうか?と希望とかはないのか?と陽介くんが雄馬くんに聞いているのだけれど、当の雄馬くんと言えば顔に?マークを浮かべてきょとんとしているばかり。まさかとは思うのだけれど……。
「ぽじしょん?……って、なんだ?」
やっぱり、分かってなかったーっ!!!ここまで知らないの!?いやいや、昨日、言ってたよね。バレーの球を見ながらこれがバレーボールに使う球だってことも知らなかったって。でも、ここまで無知なの!?ど、どうしよう……ここまで知らない人にどこから説明していけば良いのか……。
「バレーって、とにかく相手コートにボールを返せばいいんだろ?ぽじしょん……って、そんなに重要なのか?」
つい、気が付いたら陽介くんと目を合わせてしまった。お互いにどうしよう……って考えているに違いないわ。
「えっと、うん。ボールを相手コートに返す。それは合ってる合ってる。でもポジションも大切なことで……人によって向き不向きっていうのがあったりするんだよ」
「……へぇ……?」
だ、だめだ。この反応は絶対に分かっていない反応だわ。教材に頼る?バレーボールの基礎!って感じの本を持ってきて説明する方が早いかしら?それとも目の前で部活の練習を見てもらいながら説明した方が良いのかしら。
「……う~ん……これは、あくまで俺の勘だけれど。雄馬はS向きじゃあねえな!うん!」
ズルッと思わず通学バックの紐が落ちそうになっちゃった。
って、それぐらい何となく分かるわよ!それにいろいろと情報が足りていない今の雄馬くんをSとしては……さすがに考えられないよね。
「えっと、バレーが初心者ってだけで別に運動も苦手って感じはしないよ。だからこれから考えていけば自分に向いているポジションっていうのが分かると思う」
「ほぉ~……」
それにポジションについてはあまり雄馬くんは考えていない?興味が無い感じ?これはバレーを知らないからくる興味の無さなのか、それともそもそもポジション自体に興味が無いのか……難しいところね。
「あ。そう言えば私は途中で帰っちゃったけれど他にも一年生って入部希望者っているのかな?」
「あぁ。千早がいなくなってから新たに二人やってきてさ。一人はめちゃくちゃ頭良さそうな感じ。んで、もう一人は賑やかそうな感じかもな」
その説明の仕方……ま、まあ初対面のイメージってことだよね。頭良さそう……落ち着いている感じ?賑やかって……それ雄馬くんや陽介くんにも当てはまることだと思うんだけれど。
「つか、あのマネージャーの先輩!千早が帰って行ってから心配してたみたいだぜ。監督も……言い過ぎたか、とかいろいろ言ってたし」
あー……ちょっとびっくりしちゃってつい帰ってきちゃったんだけれど。マネージャーさんにも監督にも悪いことをしたかな。別に、もうだいぶ吹っ切れてるし。なぜか昨日よりも気分は良い。だからきっとまた監督に同じことを言われたとしても今度は『ご迷惑お掛けするかもしれませんが、よろしくお願いします』ってはっきり言えると思う。
怪我とかってなんだか今まで負い目みたいに感じていて、なんとなく周りには話さず隠すべきものって考えていたけれど、なんだか私の心の中では変わった感じがする。どうしてだろう?雄馬くんに会ったから?無邪気過ぎる雄馬くんと話したから?そうなのかな。
「謝るよ。まずは謝って、それできちんと挨拶するつもり。そう言えば凪くんは?」
「いや、それがさー……連絡先交換して今朝も連絡入れてんだけれど、全然連絡付かないんだよな」
「え?えっと……電話は?」
「全然繋がらん」
何かあった、とか。
どうしても何かが……とかって考えてしまう。家は無事に出たんだろうか、今もしかして既に学校に着いててスマホが近くにないとか……。
「なんつーか、めんどうくさそうなヤツだな」
ぽつり、と雄馬くんが呟いた。雄馬くんは凪くんに会ったことはないはず。
「へ?」
「その、凪ってヤツのこと。連絡一つぐらい普通はするだろ?」
確かに、ね。
「まあ、今日から部活の仮入部みたいなものもはじめて良いって話だったから朝の練習にも顔は出すと思うんだよなあ」
でも……凪くんが、めんどうくさい?
なんで、そんなふうに思ったんだろう?連絡をしないだけで?それとも、なにか……雄馬くん的に考えるところがあったんだろうか。
「「あ」」
「……おはよ」
体育館に顔を出すと既に制服姿から動きやすいTシャツとハーフパンツ姿でストレッチをしている凪くんを見つけた。
「おはよ……っじゃねえよ!なんで連絡一つよこさねぇんだよ、お前!」
ズカズカ足音を立てて凪くんに近寄り見下ろす陽介くん。その間にも凪くんはストレッチ中。
「……別に、同じ学校に行って体育館に行くのが分かってるんだから連絡なんていらないでしょ」
「だからってなぁ……」
「何かあったらどうするんだ」
凪くんと陽介くんの間に割って入ったのは雄馬くん。その表情は真剣で、凪くんに詰め寄っていた。
「何かって……?」
「事故とか。連絡が付かなくて慌てる気持ち、考えたことないのか?」
「あー……ごめん。今度から、ちゃんと連絡する」
えっと、大丈夫なのかな、これ。一応、同級生。同じ部員として過ごしていくのなら変なわだかまりみたいなものは生まない方が良い。でも、きちんとするべきところはきちんとしておきたいけれど……。凪くん、ちゃんと意味を分かって今応えたのかな?
「まあまあ!ほら、着替え行くぞ!あ、女子の更衣室の場所も聞いておいたから。途中まで一緒に行こうぜ」
「う、うん……」
一度凪くんに背を向けてから着替えるために移動をした私。でも、ちらっと後ろの様子を伺ったときに『めんどうくさ……』って凪くん、呟いていたんだよね。だ、大丈夫かな……。
雄馬の苗字発表!雲英です!凄い苗字だなぁ……自分もビックリしました。でも、ちゃんと「きら」変換すると出てくるのでそこにもビックリですよ!
なんだか早くも暗雲が……大丈夫かな、一年(汗)
良ければ見守っていただけると嬉しいです!『ブックーマーク』や『評価』などもしていただけると嬉しいです!これからも珍苗字など出てくると思いますが、良ければお楽しみに!!