7球 約束
私が今日の放課後にあったこと、それからなぜ話してしまったのか分からなかったけれど自分の怪我のこと……それらを話すと『なんだそりゃ』と、ちょっと怒ったような呆れたような顔をしている雄馬くん。
なんで、そんな顔をするの?
「あのなぁ~……それは、おっさんが悪いだろ」
「へ?な、なんで?」
軽く手をパンパンと叩き、手元に付いていた砂を落とすと自分の髪をぐしゃりと掻きつつ口をへの字に曲げてしまった。
「なんでって言われても……。だいたい話を聞くに、おっさんはあんたの怪我とか知ってたんだろ?なのに部活に勧誘してくるなんて有り得ねえ!普通、試合中に怪我すりゃ試合とか……バレーそのものが怖くなったりとかするんじゃね?……あんたは、どうなんだよ。今だってバレーボールとか目の前にして何ともないのか?」
恐怖とかは今まで意識したことは無かったかもしれない。
それよりも、また動いて足を怪我したら、またあの痛みを味合わなければならないのか……っていう恐ろしさはあったかも。
「バレー自体が嫌いになったわけじゃないよ。でも、怪我はちょっと怖い……かな」
「あー、そっちかよ。……で?あんたはバレーしたいのか?あー……選手としてって意味だけじゃなくて、マネージャーとか。もちろん監督補佐とか。応援してくれる奴らもいればすげえ気合い入るし。……一度怪我したから分かるだろうけれど、メンタル面のケアとかさ。バレーってコートに立ってる選手だけがいれば良いってモンじゃねえだろ?何かあったとき控えと代わることもあるし、審判だって必要だし、ネット?とかボールとかもしっかり準備しなくちゃいけないし……そう考えていくとやることってたくさんあるんだよなあ」
「……雄馬くんって本当にバレーのこと知らないの?今の言い方だと凄い詳しそうに聞こえるけれど」
「いやいや、全然知らん。最初……このボールがバレーの球っていうのも分かんなかった」
えー。
それ、どこの……いや、この際、田舎だとか都会とかは関係無いよね。どれだけバレーと無縁の生活をしてきたんだろう。知らなすぎにもほどがあるでしょ。
でも、雄馬くんの言うことは正しい。あまりバレーのことを知らないって言う雄馬くんでさえ、どんな役の人が必要か、どれだけの人たちが必要なのかってことがちゃんと分かっている。
「……でもなあ、おっさんのいる部活かー……」
「そ、そんなにあの監督のことが苦手?」
「……あの、おっさん。初めてみたとき、あのグラサンの見た目だから『ヤーさん』って呼んですげぇ怒られた。でも、よくよく考えてみたら名前が谷古宇だろ?だから、谷古宇のおっさん……つまり、『やーさん』って呼んでもまだ怒ってくんだよ」
ヤーさんは、所謂反社会的なあまりよろしくないご職業の人たちのこと。だけれど、雄馬くん的には谷古宇監督の頭文字を取って『やーさん』と呼んでいるらしい、が。まあ呼び方は同じだもんねえ。
「あんた、名前は?」
「千早巴」
「んじゃ、巴な。……巴は、何にビビってんだよ?それってまた怪我がしたくないって感じじゃないよな」
「え。怪我……だと思うけれど」
「そうか?だったら、なんでこんな所にいるんだよ」
雄馬くんは言いながら足元、つまり砂浜を指さした。
私は砂浜といえば足腰の鍛錬にはうってつけだとばかり考えているのだけれど……。
「だ~から!足場が悪いだろ。変なふうにコケたら、また怪我するとか考えなかったのか?意外と危ねえんだぞ、砂浜って」
え。
そう、なんだ……。
「それに、巴は遠くからでもじゅうぶん声はこっちにまで聞こえるから俺にアドバイスしてくれりゃ良かったのかもしれないのに。わざわざ足元が危ないこっちに来て、俺にアドバイスしてくれたろ?なんでだ」
だって近くからの方が、より的確なアドバイスが出せると思ったし……。
「巴さー……きっと、マネージャーとか向いてるんじゃね?マネージャーっていうか、コーチみたいな感じ。確か監督とコーチって違うんだよな?」
「えっと、まあ違うって言ったら違うんだけれど……学生の部活で監督もコーチも揃っているっていうのは強豪校とかじゃないのかな」
あれ、そうだっけか?と慌ててそっぽを向いてしまう雄馬くん。私がマネージャー向き?ずっと選手として過ごしてきた私が?だってマネージャーの仕事をしていたのは中学に入って入部したての頃だけで。ほとんど覚えていない。それでもマネージャーがどれだけ大切で、欠かせない存在だってことは分かっているつもりだけれど。
「……もし……もしも、巴がマネージャーっつか、コーチみたいな感じで男バレに入るなら、俺も入ろっかなー。巴がいてくれた方が上手くなりそうだし」
「な、なにそれ。だいたい、さっきのはたまたま上手くいったってだけで、いつも上手くいくわけじゃ……」
「やってみなくちゃ分からないだろ。何事も。例え上手くいかなかったら、また違うアドバイス出してくれよ。それを試して、またダメだったら違う方法を探す。それで良いじゃん」
よく、分からない。
でも、雄馬くんの言葉って、ストンと胸に落ちてくるような感じがする。きっと本人は当たり前なことを言っているだけかもしれないけれど、それは今の私に凄く衝撃を与えることだった。
「……そう言えば、監督には『チームメイトになってくれないか』って言われた気がする……」
「へ?あの、おっさんに?……それなら意外と考えて言ってんのかもなあ。マネージャーになってくれって言うんじゃなくて、そう言うってことはさ。巴のことをマネージャーとしてスカウトしたいわけじゃなかったってことなんじゃね?監督の補佐的な感じでマネージャーともまた違う感じで、でもバレー部の一員として一緒にやっていかないかってことなんじゃ……って、おい!なに、泣いてんだよ!どっか痛めたか!?」
気が付いたらボロボロ泣いていた。
同級生の男子、それに小さな男の子がいる前で、ボロボロと。怪我をしたときだって、運動ができないって医者から伝えられたときだって、リハビリでどんなにツラくても泣いたりしたことは一度も無かった。なんとなく、悔しくて。泣いたら、もう運動ができない自分を認めてしまうようで。
でも、今は……そんな感情で泣いてるんじゃない。
これは、きっと安心したんだ。
「ち、ちが……っ……う、嬉しくて……うん、うん……。……私、入部するから。……雄馬くんも私が入ったら入部してくれるんでしょ?一緒にやろうよ。ちゃんとイチから教えてあげるから私もいろいろ勉強するから。一緒に上手くなろうよ」
目元をごしごしと拭うと雄馬くんにバレー部の入部を促した。つまり、スカウトである。まあ、私もまだちゃんと入部している部員じゃないけれど、一緒に……このバレーに関して無知過ぎて、下手くそな雄馬くんをイチから指導して、誰よりも上手くさせてあげよう。そしてもっともっとバレーに興味を持ってもらいたいと思った。
「よぉーし!んじゃ、明日、入部届け出しに行こうぜ!……ほら、約束な!」
「ん、約束」
小指をピッと立てて向けてくるものだから私も小指を出して指切りげんまんの約束を交わした。
その後、なぜか『僕も僕も~!』と小指を立ててくるチビちゃんとも不思議な約束をすると途中まで一緒に帰ることに。途中、砂浜を歩かせたから私の足の心配をしてくれる雄馬くん。帰ったらちゃんとケアしろよ、とかちゃんと休めよ、って何度も声をかけてくれた。
そして、私は一枚の入部希望カードに自分の名を記載していくことになる。
入部先は、もちろん……男子バレーボール部だ。
個人的には、雄馬が言っていたように『監督』と『コーチ』にはそれぞれの役割があると思っています。だけれど、どうしてもコーチって言えば監督のことだと思うし、監督はコーチの仕事をしていると考えていることが多いと思います。実際同じように考えている人の方が多いかもしれません。特に学生の部活の中だと。やっぱ強豪校とかには複数のコーチがいて、その上に監督がいるって感じでしょうかね。が、今作ではちょっと変わった立ち位置からコートを見守る存在として主人公を立たせていきたいと考えています。
あれ、ぐちゃぐちゃしてきた?落ち着いて落ち着いて、私も深呼吸!!!
雄馬はバレーはド素人(というか無知?)ですが、もう一人の主人公というか……このチームには無くてはならない存在になっていくと良いなぁと作者目線で書かせてもらっています。
良ければ『ブックマーク』や『評価』などしていただけると嬉しいです。なかなか文章でスポコンものを書くのは大変なことかと思われますが、それでも頭の中に情景が浮かんでくるような……そんな作品を目指していきます!